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第五章 動き出す人々

第七十七話 何気ない時間

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「まだ喉が痛いの?」なんて、場違いな気遣いをみせてくるロイに「犯人はお前だ」と告げたい。背中をさすってくれているけど、いつも上手くいかないのは、タイミングのせいだけではないような気がしてくる。


「アヤってば、うどんも自分で食べられなくなっちゃったの?」

「……っ、違う……し」

「いつもみたいに食べさせてあげようか?」

「うどんはさすがに無理」

「ええ、無理かどうかやってみないとわからないこともあると思う」

「あ、ちょっと。お箸」

「はい、あーん」

「いやっ」

「可愛い、アヤ。ほら、お箸返してあげるから、怒らないで食べて」


完全に子ども扱いされているのが解せない。
アヤはお箸をロイの手から奪い返す勢いで譲り受けて、うどんに専念することにした。うどんは、美味しい。ロイが用意したものだとわかっていても、うどんに罪はない。


「ねぇ、スヲンは何食べてるの?」

「ナッツ」

「お腹膨れる?」

「俺は酒を飲みながらだとあまり食べ物はいらないんだ」

「そうなの?」

「ちゃんと食べてるから心配しなくていいよ」

「本当?」

「スヲンはアヤの前ではいい子ぶってるけど、結構食べるよ」

「え!?」


はっきり言って、スヲンが食べているイメージはない。人形かと思えるほどの造形美であり、家族に世界的美人がいることをふまえると、大食漢はさすがにないだろう。
口にするものといえば、オーガニックなど、食にこだわりがありそうにも思う。
結構食べるとは、どの程度なのかとまじまじ見つめていたら、横からロイに「これくらい」と写真を見せられた。


「え、こんなに食べるの。三人じゃなくて、一人で?」

「日本の大盛りとかデカ盛りに挑戦してもスヲンはいけると思うよ」

「全然イメージになかった。え、本当にスヲンの胃袋に全部入るの?」

「だからアヤの前ではかっこつけてるんだって」

「ロイ」

「はいはい。スヲンが怒ると怖いから、アヤはうどんに集中しな」


そう言ってロイは携帯をしまう。スヲンは鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまったが、耳がほんの少し赤く染まって見えるのは、お酒のせいではないだろう。


「スヲンがいっぱい食べるとこみたい」

「いや、なんか。うん、いつかな」


スヲンが照れている。
これはいい情報を手に入れたと、アヤは上機嫌になってスヲンの頭を撫でた。


「うん、絶対みる」

「っ、勘弁してくれ。アヤが見てると思ったらそれだけで胸がいっぱいで、腹が減らない」

「そんなわけないでしょ。変なスヲン。私、いっぱい食べるイメージはランディだった」

「ランディは、飲むし、食べるな」


そういってスヲンの前に座るランディに顔を向ける。
ウイスキーの入ったグラスを持つのが似合う。大きな氷が大きなガラス容器の中で光を反射させて、綺麗で、それだけで特別感が増してみえる。半分ほど入った濃厚な液体を口に運ぶランディはカッコいい。片手でグラスをわしづかみにするその大きな手に、つい視線を送ってしまう。


「ランディ、それ……美味しい?」

「飲むか?」


何気なく渡されたグラスは、両手で持ってその重みを感じることが出来る。
これを片手で、むしろ指先だけで持ち続けるランディの手は、普段キーボードを鳴らしている繊細さとは違った能力が秘められている気がした。


「ランディの手って大きいよね」

「ああ。バスケしてたからな」

「バスケって、あのバスケットボール?」

「バスケに種類があるのか?」

「ダンクシュートとかするやつ?」
「ダンクは出来るが、それがメインのゴールフォームではないぞ」

「ええ、すごい!!」


見たいとランディに言えば「いつかな」と曖昧に返された。あまり好きじゃないのかもしれない。
両手で持ったグラスを口に運びながらそんなことを思っていると、ロイが横から会話に参加してきた。


「プロの誘いを断ってプログラマーになるとか、ランディらしいよね」

「オレにとってバスケは趣味というか、息抜き程度の感覚でしかなかった。向上心が芽生えたり、努力をしようと思えるものであれば、もう少し違ったかもな」

「ボクはランディが今のランディで嬉しいよ」

「ま、当時はゲーム制作にハマってたのもあるな。おかげで大きな獲物を釣れた」


そういって笑うランディを見つめながら、口に含んだウイスキーを喉に流す。
痛めた喉を通ると、ほんのり熱く感じた。それは決してランディと目があったせいではない。と、思いたい。


「どうだ?」

「んー……大人の味がする」

「じゃあ、アヤにはまだ早かったな」

「私もランディたちと同じ年なのに!?」

「そうだった」


笑うと少しだけあどけなさが垣間見えるランディ。大きな手が近づいてきて、両手の中から片手でグラスを持っていかれると、知らずに胸がきゅっと締め付けられてしまう。


「ゲーム作れるってすごいね」

「そうか?」

「そう言えば家で素麺食べた時に言ってた気がする。何て言うゲームだっけ、たしかフィッシュ?」

「フィッシュズっていう魚のゲームだよ」

「え、スヲンもしたことがあるの?」

「いや、俺はロイが遊んでるのを見てただけ。毎日画面を見せられて、あの頃は魚の名前を聞かない日はなかった」

「ロイが?」

「うん。ボクがめちゃくちゃハマってた。すごく単純なんだけど奥が深くてさ。餌をちらつかせるのがうまいんだよ。おかげで当時のボクは金欠」

「おかげでオレは儲かった」


間接キス。女子高生じゃあるまいし、それ以上のことをしているのに、顔が赤くなる。
ズルい彼氏ばっかり。
当の本人は無意識に同じ場所に口をつけているのだから、意識するほうがおかしいのかもしれない。悔しいけど。


「………ランディって、なんかモテそう」

「アヤ以外にモテても嬉しくないな」


困ったように微笑まれて、こっちが逆に叫びたくなる。自分の彼氏は本当に最高だと、アヤは早まる心臓をなだめるために、意識して座り直した。
よくロイやスヲンが「ランディはズルい」と言っているが、なるほど。わかるような気がする。
天然でこれはズルい。
本当に自分の彼氏かと現実を疑いたくなる。だけど、現実だと知っている。幸せなことに。


「モテるっていうならロイだろ」

「うーわ、ランディ。そういう話題、ここでボクに振るわけ?」

「普段の仕返しだ。たまにはいいだろ?」


言われて、たしかにモテると言えば自分の右隣を陣取る王様だったとアヤはうなずく。
そこで、「そういえば」と昨晩の記憶がよみがえってきた。
メリル・マクレガー。
テレビや雑誌、ネットニュースやSNSで話題のモデル。日本では映画から始まり、歌番組を中心に活躍しているが、本業はモデルだと聞いたことがある。


「メリルさんって、知り合いだったの?」


つい、咎めるようにロイに聞いてしまった。
ロイが無言でランディに「ほら」といった声を投げた気がしたが、ランディだけじゃなくスヲンも無視を決め込んでいるため、今この場にロイの味方は誰もいない。
「はぁ」と観念した息を吐いて、ロイはグラスから離した唇を舐めて、アヤの視線を受けるようにこちらを向いた。


「高校が一緒だったんだよ」

「同級生ってこと?」

「そういうこと」


何か歯切れが悪い。ロイが言葉の奥に何かを隠した気がしたのは、ただの勘。後ろめたいことがあるとき、口数がいつもより少なくなる現象は、各国共通なのかもしれない。アヤは今しかチャンスがない気がして、ロイに詳細を聞いてみることにした。


「ただ、高校が一緒だったってわけじゃなさそう。何か特別な関係だった、とか?」


素直に告げてみると、ロイは意外にも嬉しそうな顔をして「アヤのそういうところ、すごくいいよね」とグラスを置いた。
組んでいた足をほどいて、代わりに指先を組んで、右側にかけた重心をテーブルに預けて微笑んでくる。


「彼女はね。ボクのことが好きだったんだ」

「え、付き合ってたってこと?」

「それは誤解を招く言い方になるし、ボク的には違うんだけど、当時のメリルはボクの特別なガールフレンドだと周囲に認識されていたらしい」

「らしい……え、らしいってどういうこと?」


彼氏彼女の関係で、片方に記憶がないなんてことがあるのだろうか。
もう二十七歳。
いまさら高校時代の男女関係をとやかく言うつもりはない。アヤにも元カレはいる。誰にだって過去はある。あれだけモテるのだから、ロイに元カノがいても不思議じゃない。むしろ、いないほうがおかしい。
特定は作らない主義とか、そういうキャラだったのだろうか。それがロイというなら女遊びを含めて、もっと、こう、色々と言えなさそうなことがありそうでしかない。
愛想と愛嬌の毒牙にかかった哀れな蝶は数知れず。いや、群がる子羊を片っ端から食べる悪魔というべきか。どちらにせよ、爽やかな仮面の下に綺麗な過去はなさそうな気がする。
だって、ロイだもの。その一言で、どこか納得してしまうのは致し方ない。


「何か、アヤ。失礼なこと考えてない?」

「……ッ、全然!!」


ロイに怪訝な顔をされて、アヤは慌てて首を横に振る。それをロイは数秒眺めたあとで「まあ、いいや」と、どこか諦めた息を吐いた。
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