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第三章 それぞれの素性

【独白】Sideランディ~共通認識~

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何か言いかけて素通りしていく。
また、声をかけようとして素通りしていく。
朝から何度繰り返されたか、わからない。
赤い髪を茶色に変えたテイラーは、アヤから聞くところによれば秋にはバートとかいう男と結婚する予定らしい。ブライズメイドなのだと嬉しそうに語っていたアヤの顔を思い出せば、自然と顔はゆるんでくる。


「なんだ?」


視線を感じて作業中のパソコンから顔をあげてみれば、またテイラーが射殺す勢いでオレを眺めていた。
「ブレイクタイム」と一言告げて席を立ち、帰ってきてからもうかれこれ二時間はこの状態が続いている。
何か言いたいことがあるのか。そう問いかけてもテイラーのことだ。鼻を鳴らして去っていく姿しか想像できない。


「……別に」


ほらな。大体、予想は当たる。


「ん?」


パソコンの画面上にメッセージ着信のアイコンが出て、その発信者がスヲンであることを告げている。何か急ぎの案件かと思いながら開封すると、アヤの帰国日が決まったという衝撃的な内容だった。


『もー、ほんとヤダ。いまも叔父さんに抗議したけど、ビザの関係もあるからこれ以上無理だって』


即レスするロイの語尾に、よくロイが使用する上目遣いで目が潤んだアイコンがつけられている。ロイのためにある絵文字だとは思うが、オレやスヲンはもちろんそれを指摘しない。


『いつ帰国するんだ?』


オレの要件を簡潔にロイにかぶせる。
昔から長々と言葉を繋げるのが苦手だ。聞きたいことを回りくどく引き出すのも得意じゃない。ロイもスヲンもわかっているから、ロイの変な絵文字やスタンプの真下にオレの短絡的な言葉が続いても文句は言わない。


『こっちでの研修終了日が水曜日。帰国後、日本支社に復帰が一週間後の水曜日の予定だ』

『えらく時間に余裕があるな?』

『温情だろう。社長からの』


スヲンとのやりとりは簡単に進むから話は早い。問題はここからだ。


『なにが温情だよ。ボクからアヤを取り上げるなんて絶対許さない』

『社長に付き合ってることは「言いたくない」んじゃなかったのか?』

『もうとっくにバレてるし、バレたから期間の猶予でボクの機嫌をとってるんだよ』


今度は角が生えて怒った絵文字が語尾についている。
いちいち語尾に絵文字をつけなくてもロイの表情は余裕で思い浮かべることが出来るのに、この男はわざわざ添付しないと気が済まないタチらしい。


『飛行機のチケットは俺に一任されてる』

『絶対無理。空港や飛行機で可愛いアヤが誘拐されたらどうするのさ?』

『スヲンはいつのチケットを取る予定だ?』

『俺は火曜の早朝につけばいいと思ってる』

『やーだー。ちょっと叔父さんから電話だ、ボク頑張るから』


たぶん、オレとスヲンは同時に深く息を吐き出しただろう。
ロイの叔父、このエクシブカンパニーの社長バージル・ハートンはロイによく似ている。いや、ロイが性格形成の段階でバージルに影響を受けたと表現するべきか。お互いに似た者同士、けれど相手の方が何年も先を生きている。ロイが言い負かされるのもそう遠い話ではない。


『スヲン、チケットは4人分確保できた。あとはホテルだな』


ロイの存在にいちいちかまっていたら時間ばかりが無駄に過ぎる。
どうせ「ボクたちも一緒に行くから」とか言い出すのは目に見えている。そうであれば先に手を動かしている方が効率的だ。


『サンキュー、ランディ。アヤが大声を出してもいい場所がいいね』

『あと天井高とベッドの大きさと、風呂のでかさだな』

『さすがピックアップが早い、助かるよ』


メッセージを打ちながら日本のホテルを検索して、候補を絞って渡すくらい造作ない。
仮にも常にパソコンと接触している指だ。アヤと過ごす時間を得るためならたとえ折れてでも動かす。


『あ、ボクここがいい』


突然参加したうえに、決定を口にしたロイがピックアップしたホテルのひとつをスクリーンショットで送ってくる。


『了解。滞在は?』

『一か月』

『短いな』

『それ以上はダメだって』


泣き顔の絵文字を送ってくるロイを無視して日本のサイトに飛ぶ。その間に、結局バージル社長に言い負かされて観念したロイが要望を次々とメッセージで重ねてきた。
「シーツの補充」「アヤの服、下着、靴、かばん、アクセサリー」あげればキリがないが、日本のサイトで予約画面に必要事項を記載して完了する頃には、三人のチャットはロイの要望で埋まっていた。


『ランディ、ありがとう。精算や準備は受け持つよ』

『ああ、頼む』

『わーい。やっぱり持つべきものは親友だなぁ』


能天気なロイの言葉で今日の会話は終了だろう。
ほっと息を吐いたオレはコーヒーでも飲もうかと腕を伸ばして、じっとテイラーに見られていることに気付いた。さすがに気になる。


「言いたいことがあるなら言え」


仕事のことなら困る。手短に要件を聞くくらいの余裕はあると、テイラーを促したが、彼女は少しムッとした顔で目を吊り上げた。


「あんたのその物言い、やっぱりあたし嫌いだわ」

「そんなことを言うために一日の大半を消費したのか?」

「違いますー……はぁ、もういいや。あのさ、単刀直入に聞くけどあんたたちってアヤと本気で付き合ってんだよね?」


どういう意味だ。
知らずと睨んでいたらしい。テイラーは少し身を引いて、それでも食い下がらずに言葉を続ける。


「キン…ぐ…ロイとアヤの交際が公になったじゃん。だけどあの日以来、アヤが暗い顔することが増えた気がして。別に喧嘩したわけじゃないってことくらい見てればわかるよ。けどさ、アヤには毎日笑っていてほしいんだよ」

「喧嘩はしていないし、家ではよく笑っている」

「それ、彼氏としての返答間違ってない?」


腰に手を当てて仁王立ちで言われる内容なのかと、こちらも聞き返したい。
彼氏として、テイラーにとって何が正しい返答かは知らないが、オレたちがアヤを暗い顔にさせているわけではないと断言できる。ただ、暗い顔をする要因であることは認めよう。


「アヤは会社で交際が公になるのがイヤなんだろ」

「なんで?」

「それは知らない」


アヤは過去を喋りたがらない。
オレたちも無理に聞かない。そんなもの、これから生涯続いて行く人生でいつか知ればいい程度の情報だと思っている。


「オレはアヤのことを愛している」

「そんな真顔で言われても」

「アヤはアヤが思っている以上にオレたちのことを愛している」

「……あんた、自分で言ってて恥ずかしくなんない?」

「そうか?」


自分で話題を振っておきながら「なんかバカバカしくなった」という理不尽な理由で話を切り上げたテイラーに、一応アヤの帰国日が決まったことを伝えておく。
「あんたね、そういう大事なことはさっさと言いなさいよ」と怒っていたが、さっき連絡が来たばかりだと返事をしたうえで、アヤが日本に帰った後に必要があれば電話すればいいと日本支社の電話番号を預けた。


「え、アヤってめちゃくちゃボクたちのこと好きだよ。ね、スヲン?」

「本人は無自覚だけどな」


家に帰り、アヤが眠ったあと。お決まりの状態で酒を飲みながら、ふとテイラーに言われたことが気になって聞いてみた。
ロイもスヲンもオレと同じ反応をする。アヤへの愛も、アヤからの愛もオレたちは微塵も疑っていない。アヤに愛されているし、アヤを愛している。オレたちの中ではアヤを世間の枠ではめるなら結婚相手として決めているが、まだアヤには告げていない。匂わせはしたが、それはプロポーズには入らない。
付き合い始めて一か月と少し。
早計過ぎる、異常だと世間の反応がアヤを苦しめるだろうという配慮なだけで、アヤさえ良ければオレたちはいつでもアヤをずっと傍に置く権利を手に入れるつもりでいる。
ただ、スヲンの言葉にはオレも同意の顔を示すほかない。どうせロイも同じだろう。
アヤは『無自覚』にオレたちを愛している。


「そうなんだよね。もっとこう愛してるって言葉に出してくれてもいいのに、控えめというか、一歩引いてるっていうか。態度や表情はあんなにわかりやすいのに」

「オレたちがそうさせてるか?」

「どうだろ……ボクはこれでも結構押さえてるんだけど。アヤは臆病で警戒心強いから、本性出して嫌われるの怖いし、逃げられたらヤだし」

「俺も」

「いやいやいや、スヲンは全然隠せてないから。ね、ランディ?」


論点がずれるのは仕方がない。
オレたちがアヤを不安にさせているのなら払しょくしたいと思うが、まあ、ロイがいうようにオレたちの性癖を暴露するには勇気が必要かもしれない。
スヲンもスヲンなりに隠している。人一倍サディストなのだから本人は随分努力していると思う、たぶん。


「アヤの心にボクたちには言えない何かトラウマがあって、自分に自信がないのもだけど、ボクたちの愛を信じられないとかじゃないかなーって漠然と思ってる。でもなー、その原因が男だったりしたらボク、日本で捕まっちゃうかもしれない」


オレが質問のすべてに返答するわけではないことを知っているロイは、気にもせずにめそめそと泣き声を吐いている。絵文字が容易に想像出来るのは、もはや絵文字がロイに寄せているとしか思えないほど。


「早くこっち側に堕ちて来ればいいのに」


天使の顔をして悪魔の言葉を吐く男の顔に苦笑しかない。


「アヤはどうやったらボクたちの愛が生半可な気持ちじゃなくて、それこそ墓にまで連れていく勢いで愛してるって伝わるのかな。このままじゃ、本当に誘拐して監禁しちゃう」

「難しいな。アヤ自身が俺たちを愛するのを怖がってる」

「手遅れなのにな」

「手遅れなのにね」


スヲンの言葉に憐れみの言葉を吐くと、今度はロイが同調してきた。
オレたちは本当、つくづく行きつく未来が同じだと息も吐きたくなる。同じ時代に生まれ、出会い、そしてたった一人を愛した。他のやつなら奪ってでも自分だけのアヤにしたかったが、なぜかアヤとの未来をどうシミュレーションしてもロイとスヲンがそこにいる。


「ま、アヤがボクたちとの愛を自覚できない原因が他の男だった場合は、本性出してでもアヤの記憶を塗り替えるしかないでしょ」

「逃げようとしたり、離れようとしたり。最悪、別れるって言いだすかもな」

「スヲンに諭されるアヤは可哀想だね」

「よくいう。泣いて懇願するアヤに興奮するのはロイも同じくせに」


こんな物騒な発言をする男たちと同じなのは少し、いや、かなり癪だが。
それが運命ってやつなら、受け入れるしかない。オレも二人と同じ、アヤを失うくらいなら無理矢理にでも人生を奪えばいいと思っている。等しくコチラ側に。
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