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第三章 それぞれの素性

第二十九話 研修の終わり

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雨が降っている。
朝、起きる頃には地面が濡れて、空はどんよりと分厚い雲におおわれていた。
テレビのニュースでは大型台風に注意するよう警告が出されている夏の入り口、薄手のシャツワンピースを着ていても湿気がまとわりついて気持ち悪い。二の腕を隠すことが出来る形を選んだのが失敗かもしれない。


「ぅー」


クーラーのついた室内にいるとはいえ、低気圧の影響を感じるのが地味につらい。頭痛がないのがせめてもの救いだが、今日は全体的に歯車が噛み合わない日だろうなと漠然と思っていた。


「……ご飯と味噌汁が食べたい」


消化がいいものを身体が欲している。
ピザとかポップコーンとかホットドッグとか。アメリカンサイズの大きいものじゃなく、数種類の小鉢をつまみながら白米を消していきたい。
そんな風に思っていたから。


「はい」

「………」


目の前におかれた茶碗と大皿に盛られた煮物に感謝するしかない。
白米、味噌汁、漬物、お浸し。煮物に焼き魚。そして、卵焼き。


「……いただきます」


手を合わせてお箸を持つ。


『うまいな』

『日本食っていいよね、お箸が使えてよかったって生まれて初めて感じるよ』

『材料を後で聞いておくか』

「………」


父、母、娘。家族三人が暮らしていた家に、身長180を余裕で越える男が三人も増えれば、それなりに圧迫感はすごい。家具が小さく見えるだけじゃなく、部屋まで窮屈になってしまったように感じる。
四人がけのキッチンテーブルに座っているのは、アヤのとなりにランディ。ランディの前にスヲン。スヲンの隣、つまりアヤの前にロイが座って、各々に食事を堪能している。


「ねぇ、アヤ。何って言ってるの!?」


朝食に気合いが入るはずだ。
密集した食卓に疑問を抱いてる余裕もないらしい。小声で囁きかけてきた母親の顔は、突然娘が連れてきた海外美形の三人組に興奮を隠しきれていない。
特に韓流にハマっていただけあって、スヲンを見る目が乙女のそれに変わっている。


「えー……あー。美味しいから作り方を教わりたいって」

「嬉しい、もちろん大歓迎って伝えて!!」

『……だって』


いい年してはしゃぐ姿を見ているのが恥ずかしい。大体、日本語くらい彼らは喋れる。通訳するまでもない。


「では、滞在中はコチラで教えていただいてもイイデスカ?」

「包丁は習ったことがある」

「ボクもアヤのマザーと仲良くなりたい」

「お母さん。顔が……痛っ」


スヲン、ランディ、ロイに見つめられて許容範囲を越えた母親のパンチを背中にくらう。
どうしてこうなったのか。
思い返せば五日前。会社から「海外研修終了のお知らせ」をもらったことが始まりだと認識している。


「研修期間が終わるから、明日、日本に帰るね」


出立前日である日曜日の夜中に切り出す羽目になったのは、生理終わり後の金曜日から彼らに終日抱き潰されたからで、アヤに非はないと言いたい。
日本まで飛行機で約半日。
問題は帰国することではなく、彼氏たちと遠距離になるという事実。それも電車ですぐそこというわけにいかない。それなのに、三人はさも涼しい顔で「うん」と頷いただけだったのだから不満はそのまま顔に出ていたに違いない。


「……それだけ?」


裸でもつれ合うベッドの上。
いつものように三人に包囲されて寝そべっていたが、アヤは薄情な腕の中から這い出て頬を膨らませる。


「う、わっ!?」


ぐいっと足を引かれてロイの身体の下に吸い込まれたのはその時だった。


「すねた顔も可愛いね。アヤのほっぺた、リスみたい」

「べっ、別に。そういうのじゃな…ッ…」

「もっとキス、する?」


額を重ねながら聞いてくるロイの口調に気分がほぐされる。我ながら単純だと思うが、かまわれるのは嫌いじゃない。


「しない」


普段ならイエスと首を縦に降るところだが、今回ばかりは流されるわけにいかないと、アヤはふんっと顔を背けた。そのすきに肩にかかった髪を手のひらで滑らせて、肩にキスを落とすランディも同罪だと言いたい。


「アヤ」

「……?」


スヲンの呼び声に不貞腐れながらも意識を向けるのは、少しでも離れるということを寂しいと思ってくれているか確認したかったから。
真上にロイを乗せ、左肩にランディをくっつけたアヤは、右側で肩肘をついて覗き込んでくるスヲンの笑みに疑問符を浮かべる。


「アヤは日本に帰ったら実家に住む?」

「……うん。たぶん」

「それとも俺たちとホテル暮らしをする?」

「え?」


再度「え」と不可解な声だけをあげる。
あまりに自然に問いかけられた内容が素直に入ってこない。言われたことをすぐには理解できなくて、アヤはスヲンの質問を何度も脳内で繰り返していた。


「誰が、誰と?」 


もはや独り言として扱われているらしい。
チュッチュッと可愛らしいリップ音が三方向から聞こえてくる。肩に頬に鎖骨に、挙げ句に胸の谷間に顔を埋めるロイがその先端で遊び始めたのだから洒落にならない。


「ま…ァッ…待って」

「やだ、待たない。アヤの乳首にキスマークつける」

「またそんな…ッ…うっ」

「それで、決めたのか?」

「ランディ…耳ぁ、ちょっ……ンッ」

「聞くまでもないだろうけど、アヤの口から聞いておきたい」

「……スヲン」


絡み付く腕からは逃げられない。
愛撫は加速することはあっても、おさまることはほぼないこの状況で、まともな思考は巡らないというのに。性感帯を開発された身体から快楽を逃そうとアヤは小さく身悶えていた。


「アヤ、そんなに腰動かしたらボクのが入っちゃうよ?」

「~~ぁ、ロイ…ッ…」

「乳首いじられるの好きになったね、アヤ。可愛い声いっぱい出てる」

「違っ…ンッぁ、ヤッ…」

「違わないでしょ、ほら。可愛い声、出た」


散々抱いたくせにまだ足りないのか、両乳首を引っ張りあげると同時に挿入してきたロイの奇行に腰が沈む。


「入っちゃった」


恍惚の顔で語尾にハートマークをつけることが許されるのはロイくらいだろう。
まるでこちらに非があるように告げてきたくせに、腰をこすりつけてくる圧力の強さはそちら側に非があると断言できる。


「俺たちが何も知らないとでも?」


ロイに突き上げられて息を呑んだアヤの額に唇を落としながらスヲンが囁いてくる。
くすくすと面白そうに笑っている息が、アヤの右手の指に絡まって覗き込み、疑問に答えなさいと要求していた。
でも、それに何と返せばいいのか。すぐに思い浮かばない。


「……ッ…ひゃ、ァッ」


太ももの裏を押さえつけて真上から垂直に打ち付けられるロイの強さに悲鳴が漏れる。大きな手のひら、割れた腹筋、線の細い体躯と整った顔立ち、可愛い仕草。それだけ聞けば童話に出てくる王子様みたいなのに、こういうときのロイは悪役がよく似合う。


「アヤはまだボクたちがどういう人間かってわかってないみたいだね」

「ッ、な…~~ンッ、ぁ」

「離れたくないって素直におねだり出来るのは下の口だけ?」

「ぁ…クッ…やっ、ぁ…ァッ」

「それともアヤはボクたちを置いて、ひとりで日本に帰りたいの?」


疑問形で尋ねるくせに、答えはきっと求めていない。
馴染みすぎるほど馴染んだ膣の奥が伸縮して、ロイの行為を喜んでいる以上、口から出まかせの、その場しのぎの答えなんてどうにもならない。


「そ、こッ……ァッ、だ…ヤッ」


そこを突かれると変な声が勝手に漏れる。体が奥の奥からじんわり震えて、自分では止めることのできない快楽が全身を駆け抜ける。
神経に沿って、電流が巡る。
そういう場所を的確に虐める才能は、王子様には不釣り合いだ。


「~~~~ッ、ぁアッ…イクッ、ん…っ」

「ダメだよ、アヤ。逃げるのも、避けるのも許さない」

「イクッ…ぁ…ぃアァァァァぁあ」


また三人の中心で絶頂を噛み締める。
どこで何を間違えた結果、お仕置きされる羽目になったのか。出来ることなら教えてほしい。


「アヤ、日本がどれだけ離れているか知っているか?」

「…ッ…ランディ…ぁ、何をい、っ」

「声が聴ければいいか?」

「意味が…ァッ…~~っん、ァッ」

「オレはいつでもアヤに触れられる距離でいたい」


ロイの律動に身をゆだね続ける状態で告白される意味がわからない。
ランディの言葉は嬉しいし、アヤ自身もそうであることを望んでいるが、それと今の状況の何が結びつくのだろう。


「アヤが間違えたことはひとつ」


スヲンの指が吐息を零すアヤの唇をそっと塞ぐ。


「ひとりで日本に帰ろうとしたこと」


反論が許されるのであれば声を大にして言いたい。
一人も何も、研修の名目で身を寄せているだけなのだから、帰国する日はいつか来る話で、それが訪れただけのこと。
彼らと別れるつもりで切り出したわけではない。


「真面目で従順なのはアヤの可愛いところで、俺の好きなところだが、離れることも簡単に受諾されると腹が立つ」


疑問符だけを浮かべたいのに、残念ながらロイに打ち付けらる腰の間から淫らな音が舞って、それどころではない。


「ひとときも離したくないと思ってるのは俺たちだけだったか」

「完全な片思いだな」

「監禁しないだけボクたち偉い、でしょ?」


スヲンに口を塞がれているせいで、何も言えない。
鼻から抜けていく荒い吐息だけが情欲をちらつかせて、体が揺れている。


「帰りたくない、も。ついてきて、も。アヤの口から聞けないとは」

「…っ…アヤ、可愛い」

「ワガママも言えないか?」

「その顔、反則…ッ…やば」


ロイだけが一人違うことで顔を苦悶に歪ませているが、アヤは理解しなければいけないだけの言葉の多さに混乱して涙さえ浮かべていた。
帰りたくない。離れたくない。
ずっと傍に、触れ合える距離でいたい。
「一緒に、日本に来て」なんて、誰が言えるだろう。彼らにも彼らの仕事や生活があるのに、自分だけの気持ちを優先させるわけにはいかない。


「アヤ」


ロイに強く抱きしめられてアヤはすがるように抱きつく。
どくどくと薄膜越しに放出される脈を体内で感じながらアヤはロイの熱に甘えていた。


「…っ…私だって、離れたくないもん」

「うん」

「みんなとずっと一緒にいたい」

「うん」

「日本に…ッ…帰りたくない」


ギリギリまで彼らに帰国を告げられなかったのは、抱き潰されただけが原因ではない。
いい年して、離れたくないと子どもみたいに泣いてしまうのを見られたくなかった。見せたくなかった。寂しさを受け入れる大人の態度を示そうとして、結局失敗してしまった。


「でも、帰らないと…っ…いけないの」

「うん」

「やだよ…一緒にいたい」

「うん」

「だって仕事、で…っ…来ただけで、私…私」


どうしたらずっと一緒にいられるかわからない。
わからないから受け入れるしかなかった。
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