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第二章 共通の知人
第二十五話 不可抗力な空間
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明朝、アヤは人気を感じて目を覚ました。
「起こしましたか?」
まだ薄暗い室内で、くたびれた白衣と長髪を持つ影が揺れ動きながら声をかけてくる。そういえばアレックスの寝顔を見ているうちに知らずと眠ってしまったのかと、アヤは椅子に座ったまま寝ていた姿勢を後悔する。
顔だけをアレックスの眠るベッドにあずけていたせいで、全身からだるさが抜けない。眠り自体、浅かったからかもしれない。いつまでも若くないんだなと、地味に落ち込んでため息を吐いた。
「もう少し眠っていてかまいません」
「……でも」
「昨夜はあれほど激しかったのですから、その程度の睡眠では疲れなどとれないでしょう」
ぼんっと、顔から火が出たのではないかと思うくらい恥ずかしい。
ランディからもキスマークがほしいとねだったあと、「時間です」と鬼の形相で部屋に入ってきたイーサンに追い出される形で、アレックスの看病に戻されたのだから。もしかしなくても、知られているとは思っていた。
それでも起き抜けに指摘されると、いくらなんでも動揺する。
「……ごめんなさい」
アレックスの腕に突き刺した点滴を確認していたイーサンの目がこちらに向く。
茶色の瞳に見えたが部屋の灯りが反射して金色にも見える瞳が、じっと無言で「何のことでしょう?」と言っていた。
「病室で、あんなこと」
「あんなこと?」
「…っ…包帯も無駄にしてしまって」
「包帯を使ったのですか?」
「いえ、あの…その…」
医者独特の淡々とした口調の質問に温度差を感じる。
わかっていて聞いてくるのか、わかっていないから聞いてくるのか。このままでは墓穴を掘ってしまいそうになるが、もはや手遅れのような気がしないでもない。
「アヤ、でしたね」
「は、はい」
「あなたが濡らしたシーツは、先日のものと一緒に先ほど業者にクリーニングを依頼しました。本来なら支払いをお願いするところですが、こうして看護もしてくださいましたし、なによりモデル料を含めるとお礼を言いたいくらいですよ」
「……モデル?」
「昨晩、施されたでしょう。直に拝めないのが残念ですが」
「ッ!?」
安易に胸に貼り付けられたシールのことを言っているのだと気付いて言葉を失う。
白い円形のレース型タトゥーシール。乳首が勃起した状態で密着し、固まったそれ。考えないようにしていたのに、イーサンの視線に、少し布地が擦れただけで感じてしまうことまで思い出してしまった。
「どうです?」
「なっ、な、なにがでしょう?」
「剥がすときにどう鳴くのか、想像しただけで楽しくなってきますが、開発した身としては着け心地なんかも気になるのですよ」
「ご、ご自分では」
「していますよ。見ますか?」
ほらっと、白衣の下に着ていたシャツをめくって腹部を見せてくる。元軍医とアレックスの情報で得ていたが、なよっと見えて割れている腹筋には若干の違和感を覚える。とはいえ、アヤの目はイーサンのおへそを取り囲むように施された黒いレースの模様に釘づけになっていた。
「ぅわぁ…っ…黒もきれいですね」
「でしょう」
「すごく繊細で、肌に馴染む感じで、全然シールには見えません」
「おほめに預かり光栄です。アヤはどんな感じですか?」
「私のは白いレースで、少し模様が違うみたい。あ、でもここなんかはよく似ていますね」
「どこです?」
「見えますか、こ……~~~ッ」
ニコリとほほ笑んだ声に流されていた事実を消してしまいたい。
アレックスを挟んで覗き込んできた顔に、胸元をはだけさせて模様をよく見せる行為など、痴態以外の何物でもない。
「い…っ…いまのは、なかったことにしてください」
「いやです」
「……え?」
「アヤの肌は良いキャンバスになりそうですし」
危険信号が点滅した気がして、思わず胸元の合わせ目を手でギュッと握りしめてしまった。
そうでなくても下着をつけていない寝間着の内側を自分から見せてしまっている。
「隠されると余計に見たくなります」
「……そう、言われても」
「一度も二度も大差ありませんよ」
「そう…っ…言われても」
「嗚呼。そこで瞳をそらしてしまうのは、よくありませんね」
かまわずに腕を伸ばしてくるイーサンの目が確実に獲物を仕留めるハンターの気配を漂わせている気がしてならない。いったい、どうするべきか。
ごくりと喉がなったところで、それまで微動だにしなかったアレックスが寝返りをうって、たてられた膝にアヤとイーサンはさえぎられる。
「アヤに変な色目つかってんじゃねぇ」
「起きていたんですか」
「起きたんだよ……たく、変態の毒牙を見過ごしたら俺が兄貴たちに殺される」
「蘇生くらい試みますよ?」
「……はぁ。イーサンと話してると疲れる」
どこかで聞いたことがある台詞。誰がどこで言っていたのだろうと思い出そうとして、アヤはロイたちの姿がそこにないことに気付いた。
「そういえば、ロイたちは?」
「生きていますよ」
「……」
的外れの返答に顔が引きつる。
ぜひ、そうであってもらわなければ困る。という当たり前の感想は、きっとイーサンには伝わらないのだろう。
「そんな顔をしなくても、もう間もなく来ますよ」
そんな顔とはどんな顔だろうか。イーサンだけでなく、アレックスにまで見つめられるほどの表情が想像つかない。
自分のほっぺたをムニムニと両手で包んでみる。
「ほら、来ました」
むにむにと揉んでいたその手が、大きな音を立てて入ってきた三人の気配にそのまま固まったのはいうまでもない。
「アヤ、無事!?」
ロイが扉を開けるなり真っ先に抱きしめに来る。手を頬に添えたまま抱きしめられるのは、かなり間抜けな気もしたが仕方がない。これは不可抗力。
変に歪んでいるだろう顔でアヤはじっとロイに抱きしめられている。
「イーサン、お前。よくもぬけしゃあしゃあと」
次に入ってきたスヲンがイーサンに何やら詰め寄っているが、対応の温度差がありすぎて、やはりまともな会話が成り立っていない。イーサンは淡々としているが、あのスヲンが珍しく怒っている。
「アヤに手は出してないだろうな?」
「物理的には出してないと言えますね」
「他にどういう意味がある?」
「どういう意味があってはいけないんでしょう?」
「しらばっくれるな」
「スヲン。素が出ていますよ」
「誰のせいだと」
スヲンの長いため息が空虚に漂っていく。イーサンと会話した相手から高確率で吐かれる息は、いつもどこか空しさをまとっているが、この光景を回避するほうが無理なのかもしれない。
アヤはなるべくイーサンには関わらないでおこうと、誰にでもなく心に止めた。
「アヤ、おはよう」
「ランディ、おはよう」
最後にランディが疲れたように目頭を押さえて入ってきたが、朝の挨拶だという風にキスをしてくれる自然な流れにホッとする。「アヤしか見えてねぇのかよ」というアレックスの呟きは、この状況下では誰にも届かなかったらしい。
明朝の病室に男五人と女一人。体の大きな男の人たちが増えると、部屋が小さくみえる現象を微笑ましく眺めながら、アヤはひとり欠伸を殺して目をまたたかせる。
「ロイたちは、もうお手伝い終わったの?」
「うん、終わったよ。一人にしてゴメンね、寂しかったよね」
「ううん。アレックスがいてくれたからだぃ…じょ…ぶ」
ロイの腕のなかは心地いい。
三人の匂いが安心感をくれたのか、起きたばかりだというのに嘘みたいな眠気が急速に襲ってきていた。
寝るつもりなんてどこにもないのに。
昨夜酷使した体と、寝落ちるまで看病した結果と、慣れない場所では仮眠効果が得られなかったのだから、これも不可抗力といっていいのかもしれない。
「おつかれ…さ……」
お疲れ様を自分では全部言ったつもりが、どうやら最後まで言葉にならなかったらしい。
「アヤ……寝ちゃった」
頬に手をあてたまま、ロイに身体を預けて寝息を立て始めた姿に、それまで何かを言い合っていたスヲンとイーサンも口論を止めて互いに短い息を吐き合った。
「そこで寝ますか」
「待て、イーサン。そういう眼でアヤを見るな」
「そう言われましても、触手がうずくと言いますか」
「うずかせるな」
「スヲン。アヤのことになると馬鹿みたいですよ?」
「相手が変態だからな」
「シーツを業者に出したばかりですので、アヤを寝かせるなら病室のベッドではなくラット用の」
「誰が使うか」
イーサンの言葉を遮るように、スヲンが「ノー」を口にした。
「俺たちはこれで帰らせてもらう」
「アヤが寝ちゃったしね。イーサンの仕事もアレックスの依頼も終わったし、もうボクたちの邪魔をするのは許さないよ」
「アレックス、トニーの場所だ」
「サンキュー、兄貴」
笑顔で返事をしたアレックスはランディから送られてきたらしい携帯の画面を見て、お礼を口にする。それを聞き終わらないうちに、三人はアヤを抱いて早々に帰っていった。
残った病室にはイーサンとアレックスの二人きり。
「兄貴のあんな顔、初めて見た」
「今までの女性がみたら泣くでしょうに」
「……本気ってこと、か」
「冗談であれは怖いですよ」
「まー、たしかに。可愛いしな、アヤ」
「そうですね」
「………」
「………」
無言の意味はそう難しくない。
互いに複雑な心境を胸に秘めたまま過ごす未来を想像して苦しくなる。兄弟の恋人、後輩の恋人。それも一対一ではなく、あの三人から一斉に目をつけられたとなれば頭が痛い。
「楽しくなりますね」
「イーサンがいうと冗談に聞こえねぇよ」
ふふっと微弱な笑みをこぼしたイーサンに、アレックスは突っ込みをいれる。
そうでもしないと、とてもじゃないが平常心を保っていられない。言葉で表現できない感情に名前をつけてしまう前に、思考から追い出さなければ始末に困る羽目になるだろう。
「脳の神経回路をいじるのでしたら……」
「だから冗談に聞こえねぇって」
「……いつでもどうぞ」
不穏な言葉だけを残してイーサンが部屋から出ていこうとしている。アレックスも等間隔で落ちていく点滴の雫を眺めているうちに、再度眠気が襲ってきたらしい。
静寂が落ちた部屋は、本来の姿を取り戻すように朝の光だけを届けていた。
「起こしましたか?」
まだ薄暗い室内で、くたびれた白衣と長髪を持つ影が揺れ動きながら声をかけてくる。そういえばアレックスの寝顔を見ているうちに知らずと眠ってしまったのかと、アヤは椅子に座ったまま寝ていた姿勢を後悔する。
顔だけをアレックスの眠るベッドにあずけていたせいで、全身からだるさが抜けない。眠り自体、浅かったからかもしれない。いつまでも若くないんだなと、地味に落ち込んでため息を吐いた。
「もう少し眠っていてかまいません」
「……でも」
「昨夜はあれほど激しかったのですから、その程度の睡眠では疲れなどとれないでしょう」
ぼんっと、顔から火が出たのではないかと思うくらい恥ずかしい。
ランディからもキスマークがほしいとねだったあと、「時間です」と鬼の形相で部屋に入ってきたイーサンに追い出される形で、アレックスの看病に戻されたのだから。もしかしなくても、知られているとは思っていた。
それでも起き抜けに指摘されると、いくらなんでも動揺する。
「……ごめんなさい」
アレックスの腕に突き刺した点滴を確認していたイーサンの目がこちらに向く。
茶色の瞳に見えたが部屋の灯りが反射して金色にも見える瞳が、じっと無言で「何のことでしょう?」と言っていた。
「病室で、あんなこと」
「あんなこと?」
「…っ…包帯も無駄にしてしまって」
「包帯を使ったのですか?」
「いえ、あの…その…」
医者独特の淡々とした口調の質問に温度差を感じる。
わかっていて聞いてくるのか、わかっていないから聞いてくるのか。このままでは墓穴を掘ってしまいそうになるが、もはや手遅れのような気がしないでもない。
「アヤ、でしたね」
「は、はい」
「あなたが濡らしたシーツは、先日のものと一緒に先ほど業者にクリーニングを依頼しました。本来なら支払いをお願いするところですが、こうして看護もしてくださいましたし、なによりモデル料を含めるとお礼を言いたいくらいですよ」
「……モデル?」
「昨晩、施されたでしょう。直に拝めないのが残念ですが」
「ッ!?」
安易に胸に貼り付けられたシールのことを言っているのだと気付いて言葉を失う。
白い円形のレース型タトゥーシール。乳首が勃起した状態で密着し、固まったそれ。考えないようにしていたのに、イーサンの視線に、少し布地が擦れただけで感じてしまうことまで思い出してしまった。
「どうです?」
「なっ、な、なにがでしょう?」
「剥がすときにどう鳴くのか、想像しただけで楽しくなってきますが、開発した身としては着け心地なんかも気になるのですよ」
「ご、ご自分では」
「していますよ。見ますか?」
ほらっと、白衣の下に着ていたシャツをめくって腹部を見せてくる。元軍医とアレックスの情報で得ていたが、なよっと見えて割れている腹筋には若干の違和感を覚える。とはいえ、アヤの目はイーサンのおへそを取り囲むように施された黒いレースの模様に釘づけになっていた。
「ぅわぁ…っ…黒もきれいですね」
「でしょう」
「すごく繊細で、肌に馴染む感じで、全然シールには見えません」
「おほめに預かり光栄です。アヤはどんな感じですか?」
「私のは白いレースで、少し模様が違うみたい。あ、でもここなんかはよく似ていますね」
「どこです?」
「見えますか、こ……~~~ッ」
ニコリとほほ笑んだ声に流されていた事実を消してしまいたい。
アレックスを挟んで覗き込んできた顔に、胸元をはだけさせて模様をよく見せる行為など、痴態以外の何物でもない。
「い…っ…いまのは、なかったことにしてください」
「いやです」
「……え?」
「アヤの肌は良いキャンバスになりそうですし」
危険信号が点滅した気がして、思わず胸元の合わせ目を手でギュッと握りしめてしまった。
そうでなくても下着をつけていない寝間着の内側を自分から見せてしまっている。
「隠されると余計に見たくなります」
「……そう、言われても」
「一度も二度も大差ありませんよ」
「そう…っ…言われても」
「嗚呼。そこで瞳をそらしてしまうのは、よくありませんね」
かまわずに腕を伸ばしてくるイーサンの目が確実に獲物を仕留めるハンターの気配を漂わせている気がしてならない。いったい、どうするべきか。
ごくりと喉がなったところで、それまで微動だにしなかったアレックスが寝返りをうって、たてられた膝にアヤとイーサンはさえぎられる。
「アヤに変な色目つかってんじゃねぇ」
「起きていたんですか」
「起きたんだよ……たく、変態の毒牙を見過ごしたら俺が兄貴たちに殺される」
「蘇生くらい試みますよ?」
「……はぁ。イーサンと話してると疲れる」
どこかで聞いたことがある台詞。誰がどこで言っていたのだろうと思い出そうとして、アヤはロイたちの姿がそこにないことに気付いた。
「そういえば、ロイたちは?」
「生きていますよ」
「……」
的外れの返答に顔が引きつる。
ぜひ、そうであってもらわなければ困る。という当たり前の感想は、きっとイーサンには伝わらないのだろう。
「そんな顔をしなくても、もう間もなく来ますよ」
そんな顔とはどんな顔だろうか。イーサンだけでなく、アレックスにまで見つめられるほどの表情が想像つかない。
自分のほっぺたをムニムニと両手で包んでみる。
「ほら、来ました」
むにむにと揉んでいたその手が、大きな音を立てて入ってきた三人の気配にそのまま固まったのはいうまでもない。
「アヤ、無事!?」
ロイが扉を開けるなり真っ先に抱きしめに来る。手を頬に添えたまま抱きしめられるのは、かなり間抜けな気もしたが仕方がない。これは不可抗力。
変に歪んでいるだろう顔でアヤはじっとロイに抱きしめられている。
「イーサン、お前。よくもぬけしゃあしゃあと」
次に入ってきたスヲンがイーサンに何やら詰め寄っているが、対応の温度差がありすぎて、やはりまともな会話が成り立っていない。イーサンは淡々としているが、あのスヲンが珍しく怒っている。
「アヤに手は出してないだろうな?」
「物理的には出してないと言えますね」
「他にどういう意味がある?」
「どういう意味があってはいけないんでしょう?」
「しらばっくれるな」
「スヲン。素が出ていますよ」
「誰のせいだと」
スヲンの長いため息が空虚に漂っていく。イーサンと会話した相手から高確率で吐かれる息は、いつもどこか空しさをまとっているが、この光景を回避するほうが無理なのかもしれない。
アヤはなるべくイーサンには関わらないでおこうと、誰にでもなく心に止めた。
「アヤ、おはよう」
「ランディ、おはよう」
最後にランディが疲れたように目頭を押さえて入ってきたが、朝の挨拶だという風にキスをしてくれる自然な流れにホッとする。「アヤしか見えてねぇのかよ」というアレックスの呟きは、この状況下では誰にも届かなかったらしい。
明朝の病室に男五人と女一人。体の大きな男の人たちが増えると、部屋が小さくみえる現象を微笑ましく眺めながら、アヤはひとり欠伸を殺して目をまたたかせる。
「ロイたちは、もうお手伝い終わったの?」
「うん、終わったよ。一人にしてゴメンね、寂しかったよね」
「ううん。アレックスがいてくれたからだぃ…じょ…ぶ」
ロイの腕のなかは心地いい。
三人の匂いが安心感をくれたのか、起きたばかりだというのに嘘みたいな眠気が急速に襲ってきていた。
寝るつもりなんてどこにもないのに。
昨夜酷使した体と、寝落ちるまで看病した結果と、慣れない場所では仮眠効果が得られなかったのだから、これも不可抗力といっていいのかもしれない。
「おつかれ…さ……」
お疲れ様を自分では全部言ったつもりが、どうやら最後まで言葉にならなかったらしい。
「アヤ……寝ちゃった」
頬に手をあてたまま、ロイに身体を預けて寝息を立て始めた姿に、それまで何かを言い合っていたスヲンとイーサンも口論を止めて互いに短い息を吐き合った。
「そこで寝ますか」
「待て、イーサン。そういう眼でアヤを見るな」
「そう言われましても、触手がうずくと言いますか」
「うずかせるな」
「スヲン。アヤのことになると馬鹿みたいですよ?」
「相手が変態だからな」
「シーツを業者に出したばかりですので、アヤを寝かせるなら病室のベッドではなくラット用の」
「誰が使うか」
イーサンの言葉を遮るように、スヲンが「ノー」を口にした。
「俺たちはこれで帰らせてもらう」
「アヤが寝ちゃったしね。イーサンの仕事もアレックスの依頼も終わったし、もうボクたちの邪魔をするのは許さないよ」
「アレックス、トニーの場所だ」
「サンキュー、兄貴」
笑顔で返事をしたアレックスはランディから送られてきたらしい携帯の画面を見て、お礼を口にする。それを聞き終わらないうちに、三人はアヤを抱いて早々に帰っていった。
残った病室にはイーサンとアレックスの二人きり。
「兄貴のあんな顔、初めて見た」
「今までの女性がみたら泣くでしょうに」
「……本気ってこと、か」
「冗談であれは怖いですよ」
「まー、たしかに。可愛いしな、アヤ」
「そうですね」
「………」
「………」
無言の意味はそう難しくない。
互いに複雑な心境を胸に秘めたまま過ごす未来を想像して苦しくなる。兄弟の恋人、後輩の恋人。それも一対一ではなく、あの三人から一斉に目をつけられたとなれば頭が痛い。
「楽しくなりますね」
「イーサンがいうと冗談に聞こえねぇよ」
ふふっと微弱な笑みをこぼしたイーサンに、アレックスは突っ込みをいれる。
そうでもしないと、とてもじゃないが平常心を保っていられない。言葉で表現できない感情に名前をつけてしまう前に、思考から追い出さなければ始末に困る羽目になるだろう。
「脳の神経回路をいじるのでしたら……」
「だから冗談に聞こえねぇって」
「……いつでもどうぞ」
不穏な言葉だけを残してイーサンが部屋から出ていこうとしている。アレックスも等間隔で落ちていく点滴の雫を眺めているうちに、再度眠気が襲ってきたらしい。
静寂が落ちた部屋は、本来の姿を取り戻すように朝の光だけを届けていた。
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