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第二章 共通の知人

【独白】Sideスヲン~類は友を呼ぶ~

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【Side スヲン】

遡ること月曜日。
今日はアヤがランディの部下に「最近どう?」という軽い質問をするはずだった日。
なぜ、過去形か?
それは俺が聞きたい。
ブレイクタイムとアヤが勝手に名付けている時間が過ぎた午後四時頃、ランディからのメッセージで俺とロイが同時に頭を抱えたのはいうまでもない。


「アヤってトラブルメーカーなの?」

「俺に聞くな」

「なんで、簡単に誘いにのっちゃうの?」

「だから俺に聞くな」

「セイラが今、エドガーと一緒にいるのが予想できないのかな。エドガーが危険なやつってのが、わかってないのか…んー…アッパーリードに行くことになるって想像できなかったのかな。アヤはバカなの?」

「想像力はあると思ってたが、見通しが甘かったな」

「本当バカ。説得とか交渉とかダメダメすぎて可愛いんだけど。ボクたち以外にもそれって心配で胃が痛いよ」


今は車のなか。
アヤのおかげで予定が狂った。


「今日はアヤを抱き潰す予定だったのに!!」


叫ぶロイを無視して俺は先を進む。廃墟同然のビルを改装し、それなりどころか完全にいかれた施設へと変貌させた男の元についたのは、午後六時を回った頃だったように思う。
仕事を終え、俺の運転する車でロイと二人。ランディは部下が使い物にならなくなったせいで発生したシステムエラーの対処に追われている。


「イーサン、元気にしてたぁ?」

「突然の訪問、喜ばしい限りです」

「全然嬉しそうじゃないじゃん」


車を停める前に顔を見せた人物へ、助手席のロイが窓を開けて手を振っている。
くたびれた白衣、腰まで伸ばした長い髪。不摂生がたかったような生気のない顔色をした男の名前はイーサン・ノット。
廃墟同然のビルで暮らす変態。医師免許を持っているがまともじゃない。人助けなんて一番縁遠いのではないだろうか。数年、戦場で軍医として働いていたそうだが、そのときの話を聞くと医療とは何かを考えさせられる。
今はピアス&タトゥー専門と看板を掲げて、そこの術者として登録してある。針、なんて存在とこの男を出合わせた神は何を創造したかったのか。それは未だにわからない。


「そんな顔しないで、ほらエサだよ」


心底迷惑そうな顔をしていたイーサンが、ロイの手のなかにあるものを目にするなり顔色が変わる。少し垂れた目尻から覗く黄金色の瞳が、まるで夜空に輝く星……いや、いいすぎた。路地裏に差し込む外灯の光のようにきらめく。


「エサ、とは心外ですが、ありがたく頂戴しま……なんです?」


適当に停車させた近くによって手を伸ばしたイーサンが怪訝そうな顔に戻るのも無理はない。
ロイがエサを隠したせいだ。


「面倒ごとはお断りですよ」


さすが数年来の知り合い。
モノ言わぬロイの行動の意味をよく理解している。
ふんっと鼻をならして腕を組むイーサンが、左に重心を寄せるのはクセだろう。俺はロイの手のなかから「イーサン用のエサ」を受け取って、車から降りた。


「今晩、ふたり患者を受け入れてほしい」

「認識が正常であれば、『今晩』が指す時刻はすでに回っているのですが」

「うち、ひとりは俺たちだけで対応する」

「……だけ?」


それは自分を含まないのかとイーサンの顔に疑問が浮かぶ。俺は「イエス」と雰囲気で伝えて、イーサンの前にエサを提示した。


「欲しがっていた新薬とその解毒剤を試験できる人間ひとり。十分じゃないか?」

「言葉に含みがありすぎて逆に興味が増しますよ」

「それは遠慮したい」


言いながらイーサンに手渡したのは、先日アッパーリードで手に入れた白い粉。少量でも強力な催淫効果があり、かつ速効性。液体に溶かせば無色透明、無味無臭という優れもの。こういった類いのレイプドラッグは開発も早く、回るのも早い。
『名前のないクスリ』なんて調べればキリがないが、それを調べたがるのがイーサン・ノットという男でもある。
ランディの部下が最近おかしいというのは、これの影響だろう。エドガー。アヤの口から聞いた名前と、バルボッサの告げた名前が同一人物を示すのなら、今夜このクスリの解毒剤は必要になる。


「あと一時間ほどで解毒薬が欲しい」

「ふざけてるんですか?」

「タイムリミットのある方が好きだろ?」

「与えるほうは好きですが、与えられるのは好みませんね」


イヤそうな顔をしながらもイーサンの目は白い粉から離れない。すでに頭の中ではおおよその分析が終わっている。
そういう規格外の男だ。


「面白くなかったら怒りますよ?」

「まあ、そういうな」

「人使いが荒すぎる悪友を持てば例外ではなく当然の態度だと思いますけど」

「メールも電話も何度もしたはずだが?」

「忙しかったんですよ。ラットの覚えが悪くて、躾に時間を要していますので」


はぁ。と、俺とロイのため息が同時に聞こえる。一週間前から毎日電話もメールもし、まったく繋がらないと思ったらこれだ。
強行突破して、ようやく会えたものの、不機嫌なイーサンは地雷と同じ。扱い方を間違えると瞬間に爆発する。


「休憩時間だと思えばいいだろ?」

「たしかに……こういう時間も必要なので、かまいません」


助手という名目で一人置いた看護師。いや、ここはイーサンの恋人と呼称しておいた方が彼女のためかもしれない。イーサンがどういうつもりであれ、窓から見える女の顔はそれなりの肉体関係があることを物語っている。


「イーサン。彼女ならちゃんと大事にしないと」

「彼女ではありません」

「好みの看護服着せて、常時傍に置く女は彼女じゃないの?」

「世間一般論をあてはめないでください」

「彼女にラットなんて愛称つけるのイーサンくらいだよ」

「助手としても使える有能なラットとして飼ったのですが、少々束縛が過ぎましたので、本当の束縛がどういうものかを教え込んでいる最中です」

「うぇー、あれ現在進行形なの?」

「なにか?」


ロイが助手席から哀れみの声でイーサンに告げているが、当の本人がその言葉を聞き流しているのだからランディ流に言うならヌカニクギか。


「そのエサ。ラット用じゃないからね」

「……わかってます」

「少量でかなり効くみたいだから、投薬量に気を付けなよ?」

「……わかってます」

「依存性ありそう?」

「見た目は確かにあの頃回ったものに似てますが、どうでしょう」

「やっぱり、舐めるんだ。で、どう?」

「なさそうですけど」

「そっか。エドガーってやつが回してるらしい」

「ああ、あの子ですか」

「バルボッサ情報だからわかんないけど」

「ほう……彼は元気でした?」

「うん。震えるほどイーサンを恋しがってた」

「それはそれは。可愛らしい」


類は友を呼ぶ。らしい。信じたくはない。
イーサンのこの恍惚とした満面の笑みを見ていると心底思う。
「可愛がる」という方向性が常人には理解できない範疇にあり、それを実行することに躊躇がない。快楽至上主義者と書いて、サイコパスと呼ばせる人間はそう滅多にいないだろう。


「一時間で解毒薬を作るとなれば、ラットの躾は後回しですね」

「アヤの声くらいは聞かせてあげてもいいよ」

「アヤ?」

「ボクの運命の子で、ボクたちの最愛の人」

「それは興味がそそられますね」

「少しは協力してくれる気になった?」


イーサンの瞳が何もない空間を一周して戻ってくる。
自分にとっての「利」がどれほどあるかを計算していたのだろう。白い粉が未知数であれ、俺たちもアヤが絡んでいなければイーサンに借りを作るのはしたくない。
けれど、アヤがお人好しを発揮した以上、こうなるのは遅かれ早かれ。
今夜、アヤはセイラとアッパーリードへ行く予定になっている。予定、もうすでに押しているが。


「また後で来る」

「まあ、治験出来るなら『わかりました』と言っておきましょう」


それから車に乗り、発車させる寸前で助手席の窓側にイーサンが体重をのせてきた。
「危ない」と叫ぶまでもない。
彼はよくそういう行動をする。


「エドガーくんに伝言をお願いできますか?」

「いいよ、なに?」

「ヒトの縄張りで狩りをするからには楽しませてくださいよって」

「おっけー」


ロイが了承して、イーサンは身体を離した。アクセルを緩めることはもうない。


『直接向かう』


残業を終えたランディからメッセージが来た。
運転している俺の代わりにロイが返信をしている。アヤがセイラと行動を共にして間もなく三十分。珍しく定時よりも少し遅めに部署を後にしたセイラと合流し、着替えて、移動して入店。
バルボッサにはアヤの行動を監視するよう伝えている。


『アヤさん来た』

「って、バルボッサが言ってる」

「あと十分くらいで……なんだ、事故か?」


今までスムーズに流れていた車道で突然長蛇の列が生まれていく。どうやら先の交差点で新車運搬用の大型キャリアカーが曲がる直前、砂を運搬していたトラックと衝突し、死者は出ないものの大変なことになっているらしい。
道路が通行止めになるのも時間の問題。
う回路を探して走っていては、アヤが無事なうちに確保は難しくなる。


「スヲン、ボク降りるね」

「は?」


言うが早いかロイは降りて走っていく。
俺も出来ることならそうしたい。それでもランディとロイがいればアヤは大丈夫だとも思えた。


「こういうときに冷静でいられるのはあの二人がいてこそだな」


自分の役割に集中できる。
アヤがセイラを元の世界へ戻したいと願った以上、俺たちはそれを叶えるために動く。名前のないクスリは稀少なため、一般の病院では安全に対処できない。
イーサンなら後遺症もなく秘密裏に治療できる。が、しかし。イーサンの元に戻るには別の道を行く必要がある。


「さて、と」


とりあえず通行止めになるまえに脇道へ車を滑らせて、周辺の地図を頭に叩き込む。
アッパーリードとイーサンの病院。少し遠回りにはなるが問題はない。


『アヤさん、エドガーの部屋に入った』

「ロイとランディが向かっている」

『今夜はヤバい、急いだほうがいい』

「例のクスリか?」

『従業員のトニーが吐いた。それに人数がいつもより多い』


人数くらい増えたところでロイとランディには対した支障にはならない。むしろ危惧するのはアヤに実害が出るかどうか。


『アヤ、回収完了』


さすが、持つべきものは出来る共同者。
ロイからのメッセージで店に車をつけ、アヤを含めて全員回収し、調べた道を走って戻る。幸い、事故現場を迂回できる道は時間的にもすいていた。
それでも三十分近くかかったが、当初の道なら数時間足止めをくらったのだから上々だろう。
その後、アヤの介抱に空き病床を借りて次の日。ランディの部下は適切な処置のかいあって無事に退院したとイーサンからのメールで知った。


『予想より早く済んだな』

『ラットが欲求不満で駄々を捏ねる程度の簡単な調合でいけました。あれなら、出回ってもすぐに消えるでしょう』

『速効性があるだけだったか。バルボッサはいつも大袈裟だな』

『依存に関しては薬の成分的には弱いほうでしたよ。早くハイになれる分、今回の件では心因性が作用したのかも』


イーサンとのやりとりで、セイラが会社を欠勤することなく来ていたことを思い出す。アヤもあれ以来、何事もなかったように過ごしているところをみる限りでは、イーサンの見解が妥当だとわかる。


『ところで、スヲン。入荷した作品モデルにアヤを起用する件に関してですが』

『何の話だ?』

『この間、実現可能な商品を作れとあなたが言ったんですよ。忘れたんですか?』

『それと何の関係がある?』

『実現可能か、ぜひ実験台に』

『断る』

『なぜです?』

『俺が自分の彼女にイーサンの娯楽サンプルモデルをやらせるわけないだろ』

『してたじゃないですか』


……はぁ。
イーサンも薬に興味があるなら過去を消す薬くらい作って飲めばいいものを。


『あれ、無視ですか?』


何と返すのがベストか、考えていたのが仇になった。


『なるほど、面白いですね。俄然、アヤに興味がわきました』


やばいと思ったのと、「スヲン、どういうこと!?」とロイが半泣き状態で目の前に現れたのがほぼ同時。


「イーサンがアヤに会いたいって言ってるんだけど」

「どうやらエサが足りなかったらしい」

「嘘でしょ。アヤの声を聞かせてあげるオプションまでつけたのに!?」


イーサンは常に刺激を求めている。才能や能力が非凡ゆえに異質。対価が働きに見合わない場合、いつも相手が一番嫌がることを望む。
サディストなサイコパスを相手にすると頭がいたい。


「なんだこれは、こんなサンプルあるか」


ランディがタブレットを取り上げて文句を言う。ロイまでそれを見て騒ぎ立てるのだから正直勘弁してほしい。
イーサンがまともなものを考えるわけがないだろ。


「自分たちで改良して、完成させて、感想をよこせと要求している」


俺はイーサンが言わんとしてることを代弁して二人に告げた。


「アヤを直接拉致しないでくれてよかった。まあ、宣戦布告してくれるだけのエサではあったらしい」

「いや、イーサンはかなり怒ってるぞ。アレックスからメッセージが来た」


今度はロイの手がランディの携帯を引ったくる。もちろん、俺もその画面を覗いた。
そこには、エドガーが警察に捕まったというニュース。善良な一般市民による通報らしいが、アッパーリードの外で手錠をかけられたところを見ると狙っていたとしか思えない。


「イーサンの嘘つき」


ぷるぷるとロイの肩が震えている。


「アヤを欲しいなんて言わなかったくせに」


最悪、セイラ・テイラーの情報を握られている。それを材料にアヤをおびき寄せることなど、イーサンには造作もない。
狙った獲物を手に入れる執着心の強さは知っている。何がイーサンの琴線に触れたのか、どことなくわかるのもやるせない。


「アヤのバカー」


天井に向かって叫ぶロイとまったく同じ言葉を叫びたい。
ほんとつくづく、俺たち含め、面倒な男に好かれる体質というべきか。
吐いた溜め息をとりあえず脇に寄せて、俺はイーサンに『商品化はこちらで請け負う』とだけ返信した。
イーサンからの返信はない。催促したところで返信は来ない。そういうものだ。無意味なことに頭を悩ませるより、目の前を楽しんだほうが有意義な時間を俺たちも過ごせる。
どちらにせよ、もうすぐ呼び出し同然の事件が向こうからやってくるのだから。
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