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閑話
【独白】Sideスヲン~関係を持つ前~
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【Side スヲン】
部下からあがってきた資料に目を通す。資料は履歴書に似た必要事項の羅列。名前、性別、得意不得意、その他備考。
「アヤ・サイトウ。女、英語不得意。備考、カナコの友人の娘」
口に出して頭痛がする。
社長のカナコ贔屓もここまでくればさすがだと、頭を抱えざるを得ない。アメリカに本社をおく会社に英語不得意な人間を招き入れるなんてどうかしている。
「本当に27歳か?」
日本人は幼く見えるというだけあって、自分と同じ年とは全く思えない女の写真が添付されている。
一般的な容姿だろう。真面目な就職活動用の写真。社長が現地で面接したと言っていたが、面接とは名ばかりのカナコへのごますりだろうということは、なんとなく想像がつく。
「真面目そうなところだけが利点か」
研修生としてしばらく預かる以上、事前の情報は欲しい。どこに配属するか、誰を担当につけるか。そういう采配がものをいう。
「庶務でしばらく抱えてもらうか」
人は十分に足りていると言っていた部署であれば、出来ないひよ子一匹くらい面倒を見れるはずだ。電話対応は無理にしても、物品管理、入力やファイリング、会議準備など出来ることは何かしらある。
「というわけで、あなたは事務部へ」
「事務、部」
「フロアは五階のエレベーターを降りてすぐです」
「エレベーター、五階」
「デイビットという人物があなたの担当をします」
「……デイビット」
これは後から知ったことだが、アヤはこのときのやり取りを全く覚えていないらしい。緊張が記憶を喪失させたのか、記念すべき初対面を忘れられるとは……まあ、この時は俺も事務的に接していたし、数ある業務の一つをこなすことしか考えていなかった。
アヤへの第一印象は、壊れた機械のようにたどたどしく復唱しながらメモをひたすら書いていく。英語は不得意なりに、一生懸命向き合おうとしているところは好感がもてた。
「メンターにはシステム部の」
「めんたー?」
メモから顔をあげて首をかしげる。
不覚にも、その仕草を可愛いと感じ、笑い声をもらした。
「すっ、すみません。めんたー、システム部ですね」
日本から来たばかりの研修生は、真面目を具現化したような容姿をしていた。白シャツに黒のタイトスカート、ストッキングにローヒールのシンプルな靴。髪をひとつに束ね、愛想程度の薄い化粧。
俺が笑ったことを呆れられたと思ったのか、また慌ててメモをとっている。
「庇護欲を掻き立てる…いや、加虐心を煽られるのか」
「えっ、すみません。もう一度言ってもらえますか?」
発音が、まるで幼子のそれだと、また笑いたくなる。小さな唇を必死に動かされるといじめたくなるのは、この性格のせいだろう。
「……えっ?」
ポンポンと頭を撫でそうになった自分にも驚いたが、アヤはもっと驚いた顔をしてかたまっていた。
それもそうだろう。初対面の相手に頭を撫でられるなど、ここで殴られても仕方がない。最悪、セクハラで訴えられる可能性もおおいにあり得る。
間一髪、踏みとどまった自分を褒めたい。
「……あ、あの」
アヤが赤面してうつむいた。
「っ」
何かが疼く。
長く一緒にいればいるほど深みにはまる気がして、俺は慌てて誤魔化すための咳ばらいをした。
一体どうしたというのか。自分らしくもない。
「すまない。もう行っていい」
「えっ、あっ、はい」
ペコリと小さく頭を下げて走り去っていく背中が愛らしい。庶務に配属したが、あの身体では少し酷だったかもしれないと、人知れず後悔した。
意外と重たいものを運んだり、動かしたり、肉体労働がものをいう場面がある。さすがにメインで任せられたりはしないだろうが、注意しておく必要はあるだろう。
「……少しいいか?」
「はい、なんでしょう?」
「ここの花瓶はどうした」
「先日、日本から研修に来たアヤという子が持っていきました。なんでもヒビが入っているのを見つけたとかで」
「……ひとりでか?」
「そうですよ」
ヒビが入っていたからそろそろ退かせようと思っていた花瓶は、どうやら割れる前に撤去されたらしい。
自分以外にも気付いたものがいたのかと感心する一方で、女性一人で運ぶには気が引ける大きさと重さをしていたように思う。そんな俺の表情を読んだのだろう。
「私も手伝うと言いましたよ。ですが、このくらい平気だと言って、力があるそうで、しばらく見ていましたが本当に平気そうだったのでお任せしました」
通りすがりの社員は運良く事情を知っていたうえに、物言わぬ俺に弁明する。
「そうか」と納得の笑顔を装い、下がっていいことを伝えると、彼女は颯爽と通りすぎていった。
もちろん簡単に頭を下げるなんてことはしない。能力評価の会社は少なからずプライドと負けん気の強さが高い人間が多くなる。比べるのは失礼だと思いながら、どうしても頭を下げて走り去る背中の安否を不安に思ってしまうのも仕方がない。
「過保護になってはいけない」
これでは社長のカナコ贔屓に苦言できなくなる。
とりあえず忘れよう。
俺の仕事はもう終えたはずなのだから。
アヤの方もどうやら俺をすっかり忘れたようで、互いに交わらない何もない日々が繰り返されて行く。そうして過ごすうちに、目に見える変化が至るところで見え始めた。花瓶のように些細なものはもちろん、修繕が見てわかる大きなものまで。後回しにされる程度の業者への連絡が、スムーズに運ばれるようになった。
優秀な人材を集めてきた成果が実ったのか。
社内環境は社員の精神に大きく関係すると気付いたのか。と思ったが、社員たちは相変わらずの日常を送っている。
では、いったい誰が。
そうした誰も気付かないような小さな歪みを、俺でさえも快適だと思える空間作りをどこの誰がしている?
「最近、社内が明るくなった気がする」
特に照明を変えたとか、壁紙を変えたとか、そういう話ではない。雰囲気というにはあまりに抽象的だが、どことなく明るくなった気がする。
その答えは廊下を歩いているうちに見つかった。
「アヤ、また会議室の後片付けしてたの?」
「え、うん。使い終わったままだったから」
「次すぐ使うからいいのに」
「今日はさっきの会議で最後のはずだよ」
「あんたまさか、全部の部屋の予定表覚えてるの!?」
「覚えられないから午前と午後に一回ずつ確認してる」
「……真面目」
赤い髪は遠くからでもよく目立つ。ランディの部下は相変わらずの派手さで、廊下に面した会議室から出てきたばかりのアヤを呼び止めていた。
「で、それは何もってるの?」
「これはね、さっきカウンター横のペーパータオルが切れてたから」
「掃除の人がやるでしょ!?」
「今日は体調が悪くて早退するって」
「……そう」
二人ならんで歩くとミスマッチという言葉を浮かべたくもなる。英語は随分上達したようだが、頑張って言葉を選んでいる感じに、やはり愛着をわく自分を自覚した。
「アヤってば、いつの間に掃除の人と仲良くなったのよ」
「え、毎日会ってれば挨拶くらいしない?」
「しないよ」
即答されて狼狽える姿が愛らしい。
ずっと見ていたくなると同時に、もっと色んな顔を見てみたくなる。それは、自分の悪い癖が出ているなと苦笑するしかなかった。
「……はあ」
女性と長続きしない原因はわかっている。
加虐性愛の自分を理解はしてくれても受け入れてくれる人は限りなく少ない。付き合い当初は好きな気持ちが勝っているのか、受け入れる素振りを見せてくれるが、ある一定期間を超えれば誰もが手の平を返して逃げていく。
「そんな人だとは思わなかった」「もう耐えられない」聞き飽きるほど聞いた言葉。束縛も執着も好きだからこそ湧いてくるものだと思っていたが、俺はどうやらそれが常人よりも振りきれているらしい。
プレイだと割りきった関係であればそれなりに楽しめる。
ただ、そういう「その場かぎり」の関係を望んでいるわけではない。愛した人が自分の手で乱れ、狂っていく姿を見るのが堪らなく興奮するし、その瞳に映し、懇願されると満たされる。特殊性癖であることは受け入れているが、同じ外道に堕ちてくれる人とはまだ出会えていない。
問題なのは、それと依存を混同されること。閉じ込めて飼い慣らしたい自分と、自由を求め逃げ回る鳥を追いかけたい自分が共存している。俺がいないと生きていけないという感情を抱きながらも、健気に自分で生きていこうとしていてほしい。
そういうひたむきで儚い姿が欲望を掻き立てる。道端に咲く可憐な花がそうであるように。
それを言ったら、ロイには「理想が高すぎる」と非難され、ランディには「夢を見るのは勝手だ」とどこか諭された。
いつからか、将来を共に出来る関係をあきらめ、一晩飼い慣らす程度の遊びだと割りきるようになった。
誰よりも愛したいのに、喪失感を得るくらいならと一線を引くようになった。
「アヤ、このペンもう出ないんだけど」
ランディの部下とは違う声が聞こえて、俺はハッと意識を現実に戻した。見れば、経理課の人間がアヤに近付いてボールペンを差し出していた。
「資料室のですね。さっき新しいの置いてきました」
「え、そうなの?」
「はい。入れ違いになったのかな……これは、よかったら捨てておきます」
「助かるよ」
俺でもわかる。
アヤを探すより、新しいペンを持っていったほうが早い。それなのに、彼女はそう思わなかったのか。笑顔で受け取り、また頭を下げて通りすぎていく。
彼女を見送る男の顔が、どことなく嬉しそうだったのは気のせいではないだろう。
「いや、断りなよ」
ランディの部下はいい仕事をする。
「ちょっと、あんた。アヤに雑用押し付けてないで、自分でそれくらいしなさい」
「で、でもセイラ、私は別に」
「アヤも。自分で気付いてやるのと、他人に使われるのは違うってことくらいわかるでしょ」
アヤの手のなかからペンを奪って、にやけた男の胸元に叩きつける。
「ナイス」と内心で口を滑らせたのは知らないふりをしておこう。とにかく、ランディの部下が『ナイト』と最近呼ばれ始めた由来はよくわかった。
「ほら、行くよ」
「待って、セイラ」
手首を捕まれてよろけながら、アヤは廊下を引きずられて進んでいく。
あとに残した者が気になるのか、一度引き受けたものが気になるのか。どちらにせよ、申し訳なさそうに頭を下げた姿に全部を許したくなる。
「……はあ」
あまり認めたくはない。
それでも胸中に渦巻く嫉妬と欲望を自覚してしまった以上、遅かれ早かれだろう。
幸い、彼女は日本の研修生。
もし去られたとしても、喪失感を和らげる口実を見つけやすい。
「とりあえず接点を増やすか」
誰にでもなく呟いて、俺は足を進める。
まずは自分の気持ちを再確認する必要がある。いっときの感情に押し流されるほど、無駄に年齢は重ねていない。若ければもっと自由に動けたのかもしれないと、怖いもの知らずの愚かさを少し羨ましく思いながら、俺は人知れず口元に笑みを浮かべていた。
部下からあがってきた資料に目を通す。資料は履歴書に似た必要事項の羅列。名前、性別、得意不得意、その他備考。
「アヤ・サイトウ。女、英語不得意。備考、カナコの友人の娘」
口に出して頭痛がする。
社長のカナコ贔屓もここまでくればさすがだと、頭を抱えざるを得ない。アメリカに本社をおく会社に英語不得意な人間を招き入れるなんてどうかしている。
「本当に27歳か?」
日本人は幼く見えるというだけあって、自分と同じ年とは全く思えない女の写真が添付されている。
一般的な容姿だろう。真面目な就職活動用の写真。社長が現地で面接したと言っていたが、面接とは名ばかりのカナコへのごますりだろうということは、なんとなく想像がつく。
「真面目そうなところだけが利点か」
研修生としてしばらく預かる以上、事前の情報は欲しい。どこに配属するか、誰を担当につけるか。そういう采配がものをいう。
「庶務でしばらく抱えてもらうか」
人は十分に足りていると言っていた部署であれば、出来ないひよ子一匹くらい面倒を見れるはずだ。電話対応は無理にしても、物品管理、入力やファイリング、会議準備など出来ることは何かしらある。
「というわけで、あなたは事務部へ」
「事務、部」
「フロアは五階のエレベーターを降りてすぐです」
「エレベーター、五階」
「デイビットという人物があなたの担当をします」
「……デイビット」
これは後から知ったことだが、アヤはこのときのやり取りを全く覚えていないらしい。緊張が記憶を喪失させたのか、記念すべき初対面を忘れられるとは……まあ、この時は俺も事務的に接していたし、数ある業務の一つをこなすことしか考えていなかった。
アヤへの第一印象は、壊れた機械のようにたどたどしく復唱しながらメモをひたすら書いていく。英語は不得意なりに、一生懸命向き合おうとしているところは好感がもてた。
「メンターにはシステム部の」
「めんたー?」
メモから顔をあげて首をかしげる。
不覚にも、その仕草を可愛いと感じ、笑い声をもらした。
「すっ、すみません。めんたー、システム部ですね」
日本から来たばかりの研修生は、真面目を具現化したような容姿をしていた。白シャツに黒のタイトスカート、ストッキングにローヒールのシンプルな靴。髪をひとつに束ね、愛想程度の薄い化粧。
俺が笑ったことを呆れられたと思ったのか、また慌ててメモをとっている。
「庇護欲を掻き立てる…いや、加虐心を煽られるのか」
「えっ、すみません。もう一度言ってもらえますか?」
発音が、まるで幼子のそれだと、また笑いたくなる。小さな唇を必死に動かされるといじめたくなるのは、この性格のせいだろう。
「……えっ?」
ポンポンと頭を撫でそうになった自分にも驚いたが、アヤはもっと驚いた顔をしてかたまっていた。
それもそうだろう。初対面の相手に頭を撫でられるなど、ここで殴られても仕方がない。最悪、セクハラで訴えられる可能性もおおいにあり得る。
間一髪、踏みとどまった自分を褒めたい。
「……あ、あの」
アヤが赤面してうつむいた。
「っ」
何かが疼く。
長く一緒にいればいるほど深みにはまる気がして、俺は慌てて誤魔化すための咳ばらいをした。
一体どうしたというのか。自分らしくもない。
「すまない。もう行っていい」
「えっ、あっ、はい」
ペコリと小さく頭を下げて走り去っていく背中が愛らしい。庶務に配属したが、あの身体では少し酷だったかもしれないと、人知れず後悔した。
意外と重たいものを運んだり、動かしたり、肉体労働がものをいう場面がある。さすがにメインで任せられたりはしないだろうが、注意しておく必要はあるだろう。
「……少しいいか?」
「はい、なんでしょう?」
「ここの花瓶はどうした」
「先日、日本から研修に来たアヤという子が持っていきました。なんでもヒビが入っているのを見つけたとかで」
「……ひとりでか?」
「そうですよ」
ヒビが入っていたからそろそろ退かせようと思っていた花瓶は、どうやら割れる前に撤去されたらしい。
自分以外にも気付いたものがいたのかと感心する一方で、女性一人で運ぶには気が引ける大きさと重さをしていたように思う。そんな俺の表情を読んだのだろう。
「私も手伝うと言いましたよ。ですが、このくらい平気だと言って、力があるそうで、しばらく見ていましたが本当に平気そうだったのでお任せしました」
通りすがりの社員は運良く事情を知っていたうえに、物言わぬ俺に弁明する。
「そうか」と納得の笑顔を装い、下がっていいことを伝えると、彼女は颯爽と通りすぎていった。
もちろん簡単に頭を下げるなんてことはしない。能力評価の会社は少なからずプライドと負けん気の強さが高い人間が多くなる。比べるのは失礼だと思いながら、どうしても頭を下げて走り去る背中の安否を不安に思ってしまうのも仕方がない。
「過保護になってはいけない」
これでは社長のカナコ贔屓に苦言できなくなる。
とりあえず忘れよう。
俺の仕事はもう終えたはずなのだから。
アヤの方もどうやら俺をすっかり忘れたようで、互いに交わらない何もない日々が繰り返されて行く。そうして過ごすうちに、目に見える変化が至るところで見え始めた。花瓶のように些細なものはもちろん、修繕が見てわかる大きなものまで。後回しにされる程度の業者への連絡が、スムーズに運ばれるようになった。
優秀な人材を集めてきた成果が実ったのか。
社内環境は社員の精神に大きく関係すると気付いたのか。と思ったが、社員たちは相変わらずの日常を送っている。
では、いったい誰が。
そうした誰も気付かないような小さな歪みを、俺でさえも快適だと思える空間作りをどこの誰がしている?
「最近、社内が明るくなった気がする」
特に照明を変えたとか、壁紙を変えたとか、そういう話ではない。雰囲気というにはあまりに抽象的だが、どことなく明るくなった気がする。
その答えは廊下を歩いているうちに見つかった。
「アヤ、また会議室の後片付けしてたの?」
「え、うん。使い終わったままだったから」
「次すぐ使うからいいのに」
「今日はさっきの会議で最後のはずだよ」
「あんたまさか、全部の部屋の予定表覚えてるの!?」
「覚えられないから午前と午後に一回ずつ確認してる」
「……真面目」
赤い髪は遠くからでもよく目立つ。ランディの部下は相変わらずの派手さで、廊下に面した会議室から出てきたばかりのアヤを呼び止めていた。
「で、それは何もってるの?」
「これはね、さっきカウンター横のペーパータオルが切れてたから」
「掃除の人がやるでしょ!?」
「今日は体調が悪くて早退するって」
「……そう」
二人ならんで歩くとミスマッチという言葉を浮かべたくもなる。英語は随分上達したようだが、頑張って言葉を選んでいる感じに、やはり愛着をわく自分を自覚した。
「アヤってば、いつの間に掃除の人と仲良くなったのよ」
「え、毎日会ってれば挨拶くらいしない?」
「しないよ」
即答されて狼狽える姿が愛らしい。
ずっと見ていたくなると同時に、もっと色んな顔を見てみたくなる。それは、自分の悪い癖が出ているなと苦笑するしかなかった。
「……はあ」
女性と長続きしない原因はわかっている。
加虐性愛の自分を理解はしてくれても受け入れてくれる人は限りなく少ない。付き合い当初は好きな気持ちが勝っているのか、受け入れる素振りを見せてくれるが、ある一定期間を超えれば誰もが手の平を返して逃げていく。
「そんな人だとは思わなかった」「もう耐えられない」聞き飽きるほど聞いた言葉。束縛も執着も好きだからこそ湧いてくるものだと思っていたが、俺はどうやらそれが常人よりも振りきれているらしい。
プレイだと割りきった関係であればそれなりに楽しめる。
ただ、そういう「その場かぎり」の関係を望んでいるわけではない。愛した人が自分の手で乱れ、狂っていく姿を見るのが堪らなく興奮するし、その瞳に映し、懇願されると満たされる。特殊性癖であることは受け入れているが、同じ外道に堕ちてくれる人とはまだ出会えていない。
問題なのは、それと依存を混同されること。閉じ込めて飼い慣らしたい自分と、自由を求め逃げ回る鳥を追いかけたい自分が共存している。俺がいないと生きていけないという感情を抱きながらも、健気に自分で生きていこうとしていてほしい。
そういうひたむきで儚い姿が欲望を掻き立てる。道端に咲く可憐な花がそうであるように。
それを言ったら、ロイには「理想が高すぎる」と非難され、ランディには「夢を見るのは勝手だ」とどこか諭された。
いつからか、将来を共に出来る関係をあきらめ、一晩飼い慣らす程度の遊びだと割りきるようになった。
誰よりも愛したいのに、喪失感を得るくらいならと一線を引くようになった。
「アヤ、このペンもう出ないんだけど」
ランディの部下とは違う声が聞こえて、俺はハッと意識を現実に戻した。見れば、経理課の人間がアヤに近付いてボールペンを差し出していた。
「資料室のですね。さっき新しいの置いてきました」
「え、そうなの?」
「はい。入れ違いになったのかな……これは、よかったら捨てておきます」
「助かるよ」
俺でもわかる。
アヤを探すより、新しいペンを持っていったほうが早い。それなのに、彼女はそう思わなかったのか。笑顔で受け取り、また頭を下げて通りすぎていく。
彼女を見送る男の顔が、どことなく嬉しそうだったのは気のせいではないだろう。
「いや、断りなよ」
ランディの部下はいい仕事をする。
「ちょっと、あんた。アヤに雑用押し付けてないで、自分でそれくらいしなさい」
「で、でもセイラ、私は別に」
「アヤも。自分で気付いてやるのと、他人に使われるのは違うってことくらいわかるでしょ」
アヤの手のなかからペンを奪って、にやけた男の胸元に叩きつける。
「ナイス」と内心で口を滑らせたのは知らないふりをしておこう。とにかく、ランディの部下が『ナイト』と最近呼ばれ始めた由来はよくわかった。
「ほら、行くよ」
「待って、セイラ」
手首を捕まれてよろけながら、アヤは廊下を引きずられて進んでいく。
あとに残した者が気になるのか、一度引き受けたものが気になるのか。どちらにせよ、申し訳なさそうに頭を下げた姿に全部を許したくなる。
「……はあ」
あまり認めたくはない。
それでも胸中に渦巻く嫉妬と欲望を自覚してしまった以上、遅かれ早かれだろう。
幸い、彼女は日本の研修生。
もし去られたとしても、喪失感を和らげる口実を見つけやすい。
「とりあえず接点を増やすか」
誰にでもなく呟いて、俺は足を進める。
まずは自分の気持ちを再確認する必要がある。いっときの感情に押し流されるほど、無駄に年齢は重ねていない。若ければもっと自由に動けたのかもしれないと、怖いもの知らずの愚かさを少し羨ましく思いながら、俺は人知れず口元に笑みを浮かべていた。
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