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閑話
追録1 そうして歯車は廻り始めた
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海外支社を視野に入れた際に、日本を候補にいれたのはそう珍しい話でもない。
他の企業が手を伸ばすように、じゃあ日本でもやってみようという話が出ただけで、それに至っては特に問題があったわけでもなかった。といえればまだいいが、現実はもっと陳腐で打算的だ。
「だるうぅううぅい」
個室のデスクで項垂れていると、携帯にメッセージが来た事を告げる振動が意識を揺り動かす。
「また、京都の写真…はぁ…カナコの着物姿見せつけたいだけじゃん」
画面には「元気にしてるか?」の文字と共に着物姿の美人と金髪碧眼の男が一緒に映っている写真が一枚。自撮りなのを良いことに、これ見よがしに肩を抱いて、男は着物美人の頬に嬉しそうなキスをしていた。
「ねぇ、スヲン。見てよ、叔父さんから送られてきた、この写真。現地視察なんて名目でデートしてるんだけど」
「ん、ああ。社長か」
「社長って呼ばなくていいよ。これ完全に私情だもん」
「ロイにとっては叔父でも俺にとって社長は社長だ」
「だったら怒った方がいいんじゃない、これ。秘書のスヲンに全部丸投げして、遊んでるんだよ、この人」
見るまでこの攻防が続きそうだと思ったのか、スヲンは根負けしたように短い息を吐くと、その顔をロイの手の中にある画面の方へと向ける。
「さすが日本人。58には見えないな」
「そこじゃない」
「ランディが好きそうだ」
「ランディは好きそうだけど、話題振ったら長くなりそうだから黙っておくよ」
「賢明だな」
二人で軽く笑って、ロイは携帯の中の叔父を見つめる。
自分とよく似たブロンドの髪に絵にかいたような鼻筋と青い瞳。ハートン家の双子といえば自分の父と叔父のことを差しているが、この二人の実力は折り紙付きだ。父は母と若いころに知り合ってロイを得たが、叔父は独り身が長く、数年前、遊びに行った日本でカナコと運命的出会いを果たしたらしい。
それからだ。突然、日本支社を設けて足しげく通うようになったのは。
「東京と京都って近いの?」
「新幹線で2時間くらいだったはずだが」
「ふぅん」
日本の支社は東京のはずなのに京都にいるし、現地の秘書ではなく恋人のカナコが隣にいる。往復4時間の距離を毎日通うとは思いにくいから、本当にカナコと一緒に過ごすための口実に会社を利用しているのだろう。
「それよりスヲン、もう帰っていい?」
「は?」
「だってつまんないんだもん。不在時にやっとけって言われた仕事全部終わったし」
「……これだから天才は」
スヲンの舌打ちが聞こえてくる。それでも終わったものは終わった。どうしようもない。
「スヲンが優先順位を決めてくれたからだよ」
「いや、情報を整理して並べ替えたのはランディだ」
「さすがランディ。だけど、どの情報がいるかを選定しているのはスヲンでしょ。有能な親友が二人もいてボクは幸せだなあ」
「だれが親友だって?」
「あ、ランディ。来てたの」
「呼び出しておいてよく言う」
部屋の扉をノックして顔をのぞかせた男は、返事も待たずに中に入る。
社長室という札がかかった部屋に入れる人間はそう多くない。それでも我が物顔で陣取る彼らを叱る人間はここにいない。
「不機嫌だね、ランディ。溜まってるんじゃないの?」
「誰かさんみたいに、そこら辺の女で済ませられたらラクなんだろうな」
「スヲン、言われてるよ」
「今のはロイに向けて言ったんだろ」
「ま、イイ女がいるなら紹介しろ」
「そんなのボクが紹介してほしいよ。父さんや叔父さんが連れてくる女ってロクなのいないし、自分たちだけちゃっかりよろしくやってるのズルい」
「ロイは好みにうるさいからな」
「ランディに言われたくないし」
「スヲンよりマシだ」
「俺からしたら全員変態の一言で片がつく。だからこの年まで売れ残りなんだろ」
それは違いないとどこか煮え切れない笑みを浮かべて三人は顔を見合わせる。
大学時代からの友人だが、性格もタイプも違うのに、波長や歯車といった目に見えないそういうものがよく噛み合った。それをスヲンのいう「変態」で片がつくなら笑うしかない。
「それより、これ」
「ありがとう」
ランディからスヲンにバインダーに止まった紙が渡される。
何かと視線だけで問いかけてみれば、ランディはいたずらを込めた口角を少しあげただけだった。
「データはそっちに送った」
そっち、とは。スヲンが手に持っているタブレットのことだろう。何かと秘密の多い黒い二つ折りのケースにいれたタブレットはスヲンと四六時中共にあるが、今度はロイがスヲンの画面をのぞき込むように体を滑らせる。
「下がってるな」
「下がってるね」
日本支社の売上報告。娯楽で始めた事業なのが浮き彫りになりすぎだと、ロイは息を落とす。
「立て直しか、撤退か。どっちの予定とか、何か言ってた?」
「社長は、何も言ってないな」
しばらくの無言。その間にもロイの携帯は、叔父からの京都写真が続々と届いている。
そして理解したらしい。
今回の日本視察の目的を。
「あー、もう女のためにそこまでするとか信じられない。わかってて日本にわざと行ったよ。てか、こうなるようにわざと、そうしたというべきか……立て直しでしばらく帰ってこないつもりだね、これは」
「どういう意味だ?」
「カナコに本気ってこと」
「カナコ?」
一人だけ首をかしげたランディを置いて、ロイが唇を尖らせているうちに、スヲンが何かを考え始める。おおかた、これからの予定を組みなおしているのだろう。ロイはその考えがまとまるまで、コーヒーでも飲もうと席を立った。
そして自分のカップにコーヒーを入れるなり「あ」と思い付いた言葉を口にする。
「そういえば、スヲン。日本人の研修はどうなってる?」
「毎年ここでやってたやつか?」
「そう。多忙を理由に2年くらい保留になってて、今年は絶対寄越すって話だったやつ」
「いるか?」
「人質はいるでしょ。それに日本人が来るとなればランディのやる気もあがる」
「女だけならな」
三人集まれば減らず口が絶えない。それでも叔父から仕組まれた最大の仕事に気付いてしまった以上、手を打たないまま呑気にもしていられない。
「費用は全額負担するから絶対寄越せって向こうに言って」
「わかった」
「叔父さんにはカナコとお幸せにって送っておくよ」
他の企業が手を伸ばすように、じゃあ日本でもやってみようという話が出ただけで、それに至っては特に問題があったわけでもなかった。といえればまだいいが、現実はもっと陳腐で打算的だ。
「だるうぅううぅい」
個室のデスクで項垂れていると、携帯にメッセージが来た事を告げる振動が意識を揺り動かす。
「また、京都の写真…はぁ…カナコの着物姿見せつけたいだけじゃん」
画面には「元気にしてるか?」の文字と共に着物姿の美人と金髪碧眼の男が一緒に映っている写真が一枚。自撮りなのを良いことに、これ見よがしに肩を抱いて、男は着物美人の頬に嬉しそうなキスをしていた。
「ねぇ、スヲン。見てよ、叔父さんから送られてきた、この写真。現地視察なんて名目でデートしてるんだけど」
「ん、ああ。社長か」
「社長って呼ばなくていいよ。これ完全に私情だもん」
「ロイにとっては叔父でも俺にとって社長は社長だ」
「だったら怒った方がいいんじゃない、これ。秘書のスヲンに全部丸投げして、遊んでるんだよ、この人」
見るまでこの攻防が続きそうだと思ったのか、スヲンは根負けしたように短い息を吐くと、その顔をロイの手の中にある画面の方へと向ける。
「さすが日本人。58には見えないな」
「そこじゃない」
「ランディが好きそうだ」
「ランディは好きそうだけど、話題振ったら長くなりそうだから黙っておくよ」
「賢明だな」
二人で軽く笑って、ロイは携帯の中の叔父を見つめる。
自分とよく似たブロンドの髪に絵にかいたような鼻筋と青い瞳。ハートン家の双子といえば自分の父と叔父のことを差しているが、この二人の実力は折り紙付きだ。父は母と若いころに知り合ってロイを得たが、叔父は独り身が長く、数年前、遊びに行った日本でカナコと運命的出会いを果たしたらしい。
それからだ。突然、日本支社を設けて足しげく通うようになったのは。
「東京と京都って近いの?」
「新幹線で2時間くらいだったはずだが」
「ふぅん」
日本の支社は東京のはずなのに京都にいるし、現地の秘書ではなく恋人のカナコが隣にいる。往復4時間の距離を毎日通うとは思いにくいから、本当にカナコと一緒に過ごすための口実に会社を利用しているのだろう。
「それよりスヲン、もう帰っていい?」
「は?」
「だってつまんないんだもん。不在時にやっとけって言われた仕事全部終わったし」
「……これだから天才は」
スヲンの舌打ちが聞こえてくる。それでも終わったものは終わった。どうしようもない。
「スヲンが優先順位を決めてくれたからだよ」
「いや、情報を整理して並べ替えたのはランディだ」
「さすがランディ。だけど、どの情報がいるかを選定しているのはスヲンでしょ。有能な親友が二人もいてボクは幸せだなあ」
「だれが親友だって?」
「あ、ランディ。来てたの」
「呼び出しておいてよく言う」
部屋の扉をノックして顔をのぞかせた男は、返事も待たずに中に入る。
社長室という札がかかった部屋に入れる人間はそう多くない。それでも我が物顔で陣取る彼らを叱る人間はここにいない。
「不機嫌だね、ランディ。溜まってるんじゃないの?」
「誰かさんみたいに、そこら辺の女で済ませられたらラクなんだろうな」
「スヲン、言われてるよ」
「今のはロイに向けて言ったんだろ」
「ま、イイ女がいるなら紹介しろ」
「そんなのボクが紹介してほしいよ。父さんや叔父さんが連れてくる女ってロクなのいないし、自分たちだけちゃっかりよろしくやってるのズルい」
「ロイは好みにうるさいからな」
「ランディに言われたくないし」
「スヲンよりマシだ」
「俺からしたら全員変態の一言で片がつく。だからこの年まで売れ残りなんだろ」
それは違いないとどこか煮え切れない笑みを浮かべて三人は顔を見合わせる。
大学時代からの友人だが、性格もタイプも違うのに、波長や歯車といった目に見えないそういうものがよく噛み合った。それをスヲンのいう「変態」で片がつくなら笑うしかない。
「それより、これ」
「ありがとう」
ランディからスヲンにバインダーに止まった紙が渡される。
何かと視線だけで問いかけてみれば、ランディはいたずらを込めた口角を少しあげただけだった。
「データはそっちに送った」
そっち、とは。スヲンが手に持っているタブレットのことだろう。何かと秘密の多い黒い二つ折りのケースにいれたタブレットはスヲンと四六時中共にあるが、今度はロイがスヲンの画面をのぞき込むように体を滑らせる。
「下がってるな」
「下がってるね」
日本支社の売上報告。娯楽で始めた事業なのが浮き彫りになりすぎだと、ロイは息を落とす。
「立て直しか、撤退か。どっちの予定とか、何か言ってた?」
「社長は、何も言ってないな」
しばらくの無言。その間にもロイの携帯は、叔父からの京都写真が続々と届いている。
そして理解したらしい。
今回の日本視察の目的を。
「あー、もう女のためにそこまでするとか信じられない。わかってて日本にわざと行ったよ。てか、こうなるようにわざと、そうしたというべきか……立て直しでしばらく帰ってこないつもりだね、これは」
「どういう意味だ?」
「カナコに本気ってこと」
「カナコ?」
一人だけ首をかしげたランディを置いて、ロイが唇を尖らせているうちに、スヲンが何かを考え始める。おおかた、これからの予定を組みなおしているのだろう。ロイはその考えがまとまるまで、コーヒーでも飲もうと席を立った。
そして自分のカップにコーヒーを入れるなり「あ」と思い付いた言葉を口にする。
「そういえば、スヲン。日本人の研修はどうなってる?」
「毎年ここでやってたやつか?」
「そう。多忙を理由に2年くらい保留になってて、今年は絶対寄越すって話だったやつ」
「いるか?」
「人質はいるでしょ。それに日本人が来るとなればランディのやる気もあがる」
「女だけならな」
三人集まれば減らず口が絶えない。それでも叔父から仕組まれた最大の仕事に気付いてしまった以上、手を打たないまま呑気にもしていられない。
「費用は全額負担するから絶対寄越せって向こうに言って」
「わかった」
「叔父さんにはカナコとお幸せにって送っておくよ」
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