上 下
35 / 36

第35話★皆様、お集まりですわ

しおりを挟む
駆け込んできたヒューゴを含め、現在、エリーがいる子ども部屋には、エリー、ロタリオ、ディーノ、ハイド、カール、リック、レリアの八人に、追いかけてきたリリアンと、セバスが加わり、合計十名が勢揃いしている。
異様地帯となった子ども部屋は、ヒューゴに視線を集めているものの、事態は特に変わっていない。有頂天のエリーと、不機嫌な周囲、そして焦る父親と怒る母親、それからなだめる執事の構成のまま。


「エリーたん、エリーたんからも何とか言ってくれ」

「あなた、この期に及んで娘にすがるなんて、それでも伯爵家の主ですか!?」

「エリーたんの婚約を白紙にして何が悪い。そもそも婚約しなければ、エリーたんは悪役の道を歩まずに済むんだ」

「わけのわからないことを仰ってないで、その書類を渡しなさい」


白熱した攻防戦をどういう気持ちで受け止めればいいのか。理解不能の周囲をよそに、ただひとり、エリーだけが蒼白な顔でヒューゴの元へ近付いていた。


「お父さま。白紙とは、どういう」

「エリーたん。エリーたんを嫁にやりたくない。あんな鬼畜王子なんかと一緒にさせるなんて、オレの名前で悪役令嬢にさせるなんてイヤだ」


抱き締めてくるヒューゴの様子は、特段変なところはない。慣れとは怖いもので、エリーにすがりつくヒューゴの図は、この一年で日常の一部になってしまった。
だからだろう。その発言の怪奇さに、誰も何も思わないのは。もはや、あの事件から以降、ヒューゴは直接魔法を受けたことによる精神汚染で、人格が破綻したと誰もが認めていた。


「随分と騒々しいですね」


穏やかかつ、清廉な声が空気を分断する。
今度こそ周囲は驚き、焦り、一斉にその場で頭を下げた。


「アーノルド王子様」


父親にすがりつかれたエリーは、その場で瞳を煌めかせる。それを見たアーノルド王子は、羨む美貌を惜しげもなくフル動員したような笑みを浮かべて、エリーの元へと近寄ってきた。
惚れられていることがわかっている者の強みか。証言者がちょうどいい具合に揃っていると言わんばかりに、アーノルド王子はエリーの元へたどりつくなり、膝をついて、胸に片手を置く。


「エリー・マトラコフ伯爵令嬢。このシャルムカナンテ王国、第二王子アーノルド・シャルルと婚約いただけますか?」


あまりに流暢で、優雅な所作だったため、エリーでなくても、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
人生最高潮のエリーは、ヒューゴに抱きつかれていなかったら、鼻血を吹いて倒れていただろう。それほどまでに、夢のような現実世界。もちろん即座に、エリーはアーノルド王子の手を取って「はい」と、答えようとした。


「ちょっと待った」


エリーの手首を掴んで、乙女のイベントを中断させたのは、数人の男たち。拍手喝采のハッピーエンドで終わるところを見事に打ち砕き、エリーのみならず、リリアン、レリア、セバスまで硬直させている。
アーノルド王子は虫も殺さない笑みを浮かべて、なぜかライバルを名乗り出た面々に無言の圧力を強いていた。


「なぜ、邪魔をするのか伺っても?」


ゆっくりと立ち上がり、臆しもせず語りかける姿が、およそ十歳半年ほどの人間だというのだから恐ろしい。第二王子はステファン王直々に王家の英才教育を施されたというが、まさに、末恐ろしい逸材である。


「書類上は婚姻関係が成立しているのですよ。あなた方に、止める権利はありません」


深紅の髪に黄金色の眼力は迫力がありすぎる。シャルムカナンテ王国は火の魔女に愛された国だというが、まさに炎を連想させる王子は、穏やかにそこにいるのに、とてつもなく怖く感じられる。


「止める権利がないってなら、わざわざ演技すんなよ」


王族に対して砕けた物言いが出来るのはロタリオだからこそだろう。ロストシストは、魔法による貢献から、貴族とは違う枠組みで国に属している。ロストシストに言わせてみれば、国はただの箱に過ぎず、王家はただの飾りに過ぎない。
ともあれ、すべての者の代弁をしたロタリオの返答を空気は待っている。

「直接、その目で見ていただいた方が、現実を理解してくださるかと思いまして」

「や、だめ、ダメだ。エリーたんは嫁にやらんぞ」

「これは、マトラコフ伯爵。そのような場所においででしたか。エリーがあまりにも美しいので、そちらにばかり気をとられていました」


ご挨拶が遅れて申し訳ないと手を差し伸べてきたアーノルド王子に、ヒューゴは「やべぇ、さすが一番人気の攻略対象」などとぼやいているが、それを放置し続けるわけにもいかない。
特にエリーは、アーノルド王子に名前を呼ばれた興奮で、鼻息が荒くなっている。このまま王子の独壇場を許せば、更なる悲劇が待っているかもしれない。


「エリーたん、よく聞いて。アーノルド王子は六年後、エリスの再来と言われる女性と運命的な恋に落ちてしまうんだ。そして、エリーたんの婚約は破棄になり、悲運の末路をたどってしまう。だから、ダメだ。オレは、エリーたんを幸せにするために、ここにいるんだ」

「あなた、何を仰っているの。王子に不敬ですわよ。あ、アーノルド王子、主人はああ言っていますけど、わたくしは娘の婚約を心から祝福しておりますわ」


正反対の意見を片手で制したアーノルド王子。黙る観客。黒曜石に似たエリーの瞳に、満月に似たアーノルド王子の瞳だけが映り込む。新月に開催される月夜会の由来。それは、かつてマトラコフ家が王族と結び付いた栄光の日に名付けられた。
『繁栄の血族』と、語られるようになった由縁は、身近なところにあったりするのだ。


「エリー」

「はい」

「王家に嫁げば、この者たちとも容易に会えなくなります。思い出を増やすことは、あまりおすすめしません」

「………え?」


数秒かけて理解した。そう言えるほどの間を置いて、エリーの口から夢の覚める声が落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~

すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。 そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・! 赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。 「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」 そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!? 「一生大事にする。だから俺と・・・・」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。 ※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。) ※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。 ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します

楠結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

処理中です...