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第27話★新たな日常生活ですわ
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エリー・マトラコフ伯爵令嬢の朝は早い。無事に八歳の誕生日を迎え、秋が過ぎ、冬が到来しても、相変わらず妖獣ゴンザレスの鳥小屋に通っていた。
「クックループゥ……クォカ!?」
足音がするなり甘えた声で駆け寄ってきた巨大な鳥は、その足音がエリーのものと気付くなり、不機嫌な態度で威嚇し始める。女はキライ。明らかに敵意ある雰囲気に、エリーが真っ向から勝負を挑むのも見慣れた光景となっていた。
「愛しのディーノでなくて、残念でしたわね。ゴンザレス」
ふふんと、相手を見下した笑顔がなんと様になることか。卵回収用のカゴを片手に、エリーはゴンザレスと対峙していた。
「クォッカー、カー、ァー」
「勝手に聞き間違えて近付いてきたのはあなたの方ですわ。そのように威嚇するのは、みっともなくてよ。くっくるぅぷ。とか可愛らしい声で鳴いてらしたわね。ほら、先ほどみたいに鳴いてごらんなさいよ」
おーほほほという高笑いが似合うのもいかがなものか。のどかな朝に、突っ込むのも今さらな展開。朝陽は心地よく大地を照らし、マトラコフ伯爵邸は今日も変わらず、元気いっぱいの朝を迎えていた。
「エリー様、ここにいたの。寝言でイチゴとおっしゃっていたので、てっきり今日はイチゴのほうかと」
「ディーノ、遅いですわ」
「申し訳ありません」
「クッルルルウゥプゥ」
「遅くなってごめんね、ゴンザレス」
ディーノは人間と魔獣の両方に頭を下げて、それから一人、小屋の中に入ってゴンザレスをぎゅっと抱きしめる。わかりやすく、うっとりとした乙女の表情で甘え始めたゴンザレスを横目に、エリーは小屋に入って、素早く卵を回収し、小屋の前でディーノを待った。
「ディーノのおかげで、今朝も卵を無事に回収できましたわ」
「よかった。あ、エリー様。ゴンザレスの羽が」
「あら、気付きませんでしたわ」
エリーの頭頂部に乗っていたのだろう。まだ身長がエリーよりも低いディーノは、少し背伸びをしてその羽に手を伸ばす。エリーは身体をかがめて、ディーノが羽を取りやすいように頭を下げた。その瞬間、「おーい、エリー」とどこからかエリーを呼ぶ声が聞こえてくる。
「あの声はロタリオですわ」
ディーノが伸ばした腕は、エリーの頭についた羽どころか髪に触れることもなく宙を描く。そしてエリーが見つめる先、空へと顔をあげて、ロタリオを目視した。
「何してたんだ?」
「エリー様の髪についた羽を」
「まったく、エリーは相変わらずだな。ほらよ、取れたぜ」
「ロタリオ。断りもなく、エリー様に魔法をかけるなんて」
「なんだよ。文句あるのか。エリーが許してんだから、何も問題ないだろ」
「エリー様が何も言わないからって、ロタリオは甘えすぎだ」
「は?」
睨み合う両者は気付かない。エリーは頭どころか全身に羽をつけていても、気にせず屋敷に戻っていたことを。二人を置き去りにして向かう先は厨房であり、頭の中はオムレツか、卵焼きか。下手すれば「茶碗蒸しもいいわね。卵かけご飯も捨てがたいわ」などと考えている。
「ロタリオ。今日も朝ごはんを一緒に食べていくでしょう?」
「おう」
「ディーノ、手伝ってちょうだい」
「はい、エリー様」
エリーは今日も二人を引き連れて朝食を食べるだろう。あの日から変わらず、いや、日を重ねるにつれてより親密になった関係は、疑うことなく日常に溶け込み、円滑な歯車を動かしていた。
ところが、悪役令嬢として断罪される未来が待っているエリーの日常は、いつまでもそうとは限らない。事実、窓から三人の様子を眺めていたヒューゴは、その手に握られた一枚の招待状を見て、難しい顔を浮かべていた。
「うーん、実に悩ましい」
「旦那様。本日も双眼鏡とやらでお嬢様を観察ですか?」
「セバス。エリーたんの魅力が、とどまることを知らない。今日も変わらず可愛いし、日に日に魅力が増していく。嗚呼、くそ、オレですらエリーたんと『朝の食料調達イベント』に数えるほどしか参加したことがないというのに、あのガキ二人は、あれから毎日エリーたんに引っ付いてやがる。にしても絵になるんだよな。ムカつくことに、無駄に顔がいいから、並んでも遜色ないどころか、エリーたんの魅力が増すんだよな。絶対ヒロインよりエリーたんの方がいい子なんだよ。バカで世間知らずだけど、嗚呼、近い。近すぎる、エリーたんが最高なのはわかるけど、離れろ。解釈違いだ。ああ、でも、似合いすぎてツライ。カプ推しになりそうで困るわぁ」
「あまり興奮なさいませぬよう。お嬢様の専属騎士を許したのも、腕輪による拘束解除を許したのも旦那様でございます」
「だって、こんなことになると思わないじゃないか。二人とも断罪イベント後に、事故と見せかけて殺してくる危険なやつらだ。少しでもエリーたんの魅力に触れ、エリーたんの将来を安全なものに出来ればと思って傍にいることを許したものの、ううむ、これは、想定外で、もしかするとオレはとんでもない過ちを犯しているのでは?」
「現在進行形で娘の行動を監視している旦那様の方が危険かと思いますが?」
「セバス。これが平常心を保っていられるか!?」
「保っていただかなければ困ります。事故以来、公の場に出ておられないのですよ。王家主催の月夜会では、情けない姿をなさいませんよう。それこそ、とんでもない過ちとして末代までの恥となります」
「王家主催の月夜会、そうだ、それをなんとかして不参加にしないと」
「正気ですか?」
「ああ、至って正気だとも。どうせヒロインと結ばれるんだ。アーノルド王子にエリーたんの人生をつぶされてたまるか」
「お嬢様に恨まれても知りませんよ」
「ぐふっ」
双眼鏡がみしりと悲鳴をあげる。ついでにヒューゴの手に握られたままの招待状も原型を無くすかのように潰されていた。
「クックループゥ……クォカ!?」
足音がするなり甘えた声で駆け寄ってきた巨大な鳥は、その足音がエリーのものと気付くなり、不機嫌な態度で威嚇し始める。女はキライ。明らかに敵意ある雰囲気に、エリーが真っ向から勝負を挑むのも見慣れた光景となっていた。
「愛しのディーノでなくて、残念でしたわね。ゴンザレス」
ふふんと、相手を見下した笑顔がなんと様になることか。卵回収用のカゴを片手に、エリーはゴンザレスと対峙していた。
「クォッカー、カー、ァー」
「勝手に聞き間違えて近付いてきたのはあなたの方ですわ。そのように威嚇するのは、みっともなくてよ。くっくるぅぷ。とか可愛らしい声で鳴いてらしたわね。ほら、先ほどみたいに鳴いてごらんなさいよ」
おーほほほという高笑いが似合うのもいかがなものか。のどかな朝に、突っ込むのも今さらな展開。朝陽は心地よく大地を照らし、マトラコフ伯爵邸は今日も変わらず、元気いっぱいの朝を迎えていた。
「エリー様、ここにいたの。寝言でイチゴとおっしゃっていたので、てっきり今日はイチゴのほうかと」
「ディーノ、遅いですわ」
「申し訳ありません」
「クッルルルウゥプゥ」
「遅くなってごめんね、ゴンザレス」
ディーノは人間と魔獣の両方に頭を下げて、それから一人、小屋の中に入ってゴンザレスをぎゅっと抱きしめる。わかりやすく、うっとりとした乙女の表情で甘え始めたゴンザレスを横目に、エリーは小屋に入って、素早く卵を回収し、小屋の前でディーノを待った。
「ディーノのおかげで、今朝も卵を無事に回収できましたわ」
「よかった。あ、エリー様。ゴンザレスの羽が」
「あら、気付きませんでしたわ」
エリーの頭頂部に乗っていたのだろう。まだ身長がエリーよりも低いディーノは、少し背伸びをしてその羽に手を伸ばす。エリーは身体をかがめて、ディーノが羽を取りやすいように頭を下げた。その瞬間、「おーい、エリー」とどこからかエリーを呼ぶ声が聞こえてくる。
「あの声はロタリオですわ」
ディーノが伸ばした腕は、エリーの頭についた羽どころか髪に触れることもなく宙を描く。そしてエリーが見つめる先、空へと顔をあげて、ロタリオを目視した。
「何してたんだ?」
「エリー様の髪についた羽を」
「まったく、エリーは相変わらずだな。ほらよ、取れたぜ」
「ロタリオ。断りもなく、エリー様に魔法をかけるなんて」
「なんだよ。文句あるのか。エリーが許してんだから、何も問題ないだろ」
「エリー様が何も言わないからって、ロタリオは甘えすぎだ」
「は?」
睨み合う両者は気付かない。エリーは頭どころか全身に羽をつけていても、気にせず屋敷に戻っていたことを。二人を置き去りにして向かう先は厨房であり、頭の中はオムレツか、卵焼きか。下手すれば「茶碗蒸しもいいわね。卵かけご飯も捨てがたいわ」などと考えている。
「ロタリオ。今日も朝ごはんを一緒に食べていくでしょう?」
「おう」
「ディーノ、手伝ってちょうだい」
「はい、エリー様」
エリーは今日も二人を引き連れて朝食を食べるだろう。あの日から変わらず、いや、日を重ねるにつれてより親密になった関係は、疑うことなく日常に溶け込み、円滑な歯車を動かしていた。
ところが、悪役令嬢として断罪される未来が待っているエリーの日常は、いつまでもそうとは限らない。事実、窓から三人の様子を眺めていたヒューゴは、その手に握られた一枚の招待状を見て、難しい顔を浮かべていた。
「うーん、実に悩ましい」
「旦那様。本日も双眼鏡とやらでお嬢様を観察ですか?」
「セバス。エリーたんの魅力が、とどまることを知らない。今日も変わらず可愛いし、日に日に魅力が増していく。嗚呼、くそ、オレですらエリーたんと『朝の食料調達イベント』に数えるほどしか参加したことがないというのに、あのガキ二人は、あれから毎日エリーたんに引っ付いてやがる。にしても絵になるんだよな。ムカつくことに、無駄に顔がいいから、並んでも遜色ないどころか、エリーたんの魅力が増すんだよな。絶対ヒロインよりエリーたんの方がいい子なんだよ。バカで世間知らずだけど、嗚呼、近い。近すぎる、エリーたんが最高なのはわかるけど、離れろ。解釈違いだ。ああ、でも、似合いすぎてツライ。カプ推しになりそうで困るわぁ」
「あまり興奮なさいませぬよう。お嬢様の専属騎士を許したのも、腕輪による拘束解除を許したのも旦那様でございます」
「だって、こんなことになると思わないじゃないか。二人とも断罪イベント後に、事故と見せかけて殺してくる危険なやつらだ。少しでもエリーたんの魅力に触れ、エリーたんの将来を安全なものに出来ればと思って傍にいることを許したものの、ううむ、これは、想定外で、もしかするとオレはとんでもない過ちを犯しているのでは?」
「現在進行形で娘の行動を監視している旦那様の方が危険かと思いますが?」
「セバス。これが平常心を保っていられるか!?」
「保っていただかなければ困ります。事故以来、公の場に出ておられないのですよ。王家主催の月夜会では、情けない姿をなさいませんよう。それこそ、とんでもない過ちとして末代までの恥となります」
「王家主催の月夜会、そうだ、それをなんとかして不参加にしないと」
「正気ですか?」
「ああ、至って正気だとも。どうせヒロインと結ばれるんだ。アーノルド王子にエリーたんの人生をつぶされてたまるか」
「お嬢様に恨まれても知りませんよ」
「ぐふっ」
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