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第21話★不穏な気配がしますわ
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パクは原石の時点で、属性までわからない。不純物を排除し、加工された段階で、込められる素質、魔力量が左右される。
パクの原石から、パク鉱石として流通する素材になるまで、それはどれほど時代が進んでも、職人の技術以外では成しえない。つまり、優秀な加工技術者がこの魔導回路研究所に集まり、一流のパク職人が在籍していることになる。
その中でも特に優秀で、指折りの人材が集まり、三日目。マトラコフ伯爵の望む「闇雲の産声を払拭し、パクによる爆発を引き起こす連鎖反応を食い止めろ」という命令は叶っていない。そもそも魔素溜まりは自然現象で、それは等しく雨量によって水位が決まる巨大な湖と同じ。あらかじめ、そこに溜まると決まっているからこそ、世界は保たれている。それを操作することは神の行為と同じ。人工的に作られたダムであればまだしも、見えない気体、それも害悪な空気を周辺へ垂れ流すわけにはいかない。
「オレが嘘をついていると言いたいのか!?」
「いえ、滅相もございません」
苛立つヒューゴの迫力に、怯えた職人の一人が蒼白な顔で地面に頭をつけた。エリーから見れば変態の一言で片付く父親も、エリーが産まれる前は冷酷な伯爵と恐れられた人物。調子が狂っていた姿もやはり根本は健在かと、誰もが等しく口を閉ざしていた。
「お父さまが怒ると怖いですわ。特に目がギラッとして、光るんですのよ。震え上がって当然ですわね。まあ、お父さまを怒らせるほど、無能な人材しかいないことは残念ですけれど」
エリーは机を叩いて怒鳴る父親の背中と、その眼力に睨まれて震え上がる大人たちを視界におさめながらお茶をすする。可愛い口に少量の水分が消えていくのは、儚さを助長しているが、それを隣にいるロタリオは冷めた目で見つめていた。
「お前、本当に詐欺だな」
「どういう意味ですの?」
「そうしていれば、本物のお嬢様みたいだって言ってんだよ」
「みたいではなく、事実ですわ。私が可愛く、可憐で、特別だということをロタリオもようやく認識できたようですわね」
「喋ると本当に残念だよな」
「失礼ですわよ。私が鎖を外して差し上げたのですから、何か案のひとつでも出して、役にたったらいかが?」
「恩着せがましいのも魅力半減。そんなんじゃ、お前の好きなアーノルド王子様に嫌われるぜ?」
エリーの弱点は、恋に盲目で、自意識過剰なところだろう。そもそも自分が好かれている前提でいることに疑問が沸くが、当の本人はそうでもないらしく、「それは困りますわ」と真剣に考え、人形になりきることにしたらしい。
「ロタリオ、あまりエリーお嬢様をからかわないで。お馬鹿なのが露呈しては困るのよ。婚約者もまだ決まってませんし、貰い手がなくなっては困ります」
「こいつに婚約者とか無理だろ。すぐに破棄されるに決まってる。見た目だけで言い寄るやつは、まあ、んー、黙ってれば賢そうに見えないこともないか。どっちにしろ、婚約者が不憫だよな」
「レリアもロタリオもうるさいですわ。私がアーノルド様に嫁げば」
お茶を置いたエリーの言葉は続かない。なぜなら、蒼白な顔で「旦那様、お嬢様」と使用人の一人が飛び込んできたからで、そんな彼の様子に驚いたエリー自身のせいだった。
静まり返る室内の入り口で、壮年のシワが苦渋に歪む。言葉を選ぼうと思考を巡らせているが、事実はひとつしかないのだから結果は変わらない。
室内を一巡する使用人へ近寄り、伝言をもらうなり、主人の元へと静かに近付き、耳打ちするのは執事の基本だろう。ところが、それをヒューゴが盛大にぶち破った。
「本当に、リリアンとカールが倒れたのか?」
「はい。奥さまとカール様は、公務中に突然倒れられ、意識不明とのことです」
「なんですって!?」
これはエリーの悲鳴。父親はなぜか言葉を失って、半分崩れかかっている。「どういうことだ。ロタリオとの好感度バグ発生時には、二人とも健在なはずだ」などと呟いているが、どういうことも何も、知るよしはない。ダスマクトの様子は机上の空論では解決出来ないと、断言するしかない。
「お父さま、ダスマクトへ行きますわ。セバス、レリア、準備をして。ロタリオも連れていきますわよ」
「は、え、なんで俺まで」
「シシ爺も一緒でかまいませんわ。魔導車へ早く」
エリーのワガママを聞き慣れていれば、自然と身体は動くというもの。気付けば一行は、穏やかな王都から随分離れたマトラコフ本領地にある廃坑の街ダスマクトへとやって来ていた。
「なんですの、これは」
魔導車の窓から見えるのは、枯れた大地。人や生き物の気配はない。いや、気のせいでなければ、一般的な鳥や虫が姿を消す代わりに、歪で獰猛な気配が上空を飛んでいる。濃い臭気は目にみえて霧として漂い、異様な静けさが街中をおおっていた。
「魔素がここまで濃いとは」
シシ爺の言葉通りであれば、霧のように視界を遮る臭気が魔素ということ。魔素は魔力の源であるため、魔石や魔獣を形成すると言うが、素人目に見ても、これは異常現象だと断定できる。
「旦那様、お嬢様、魔素は有毒です。魔力の無いものが体内に取り込めば、命に影響を及ぼしますので、どうぞこちらを」
「お嬢様。お付けいたします」
レリアに強制的につけられたブローチは、空気浄化の魔法で全身をおおう一品。呪いを緩和させ、一定範囲を正常値に保つ。とはいえ、母や兄がそれを付けずに公務についていたとは思えないため、これも万全の対策ではないのだろう。
「とりあえずリリアンとカールの元へ行こう」
魔導車だけが視界の悪い荒野を進む。
そして、それは何の前触れもなく右に振り切り、大木に真っ正面から突っ込む形で急停止した。
パクの原石から、パク鉱石として流通する素材になるまで、それはどれほど時代が進んでも、職人の技術以外では成しえない。つまり、優秀な加工技術者がこの魔導回路研究所に集まり、一流のパク職人が在籍していることになる。
その中でも特に優秀で、指折りの人材が集まり、三日目。マトラコフ伯爵の望む「闇雲の産声を払拭し、パクによる爆発を引き起こす連鎖反応を食い止めろ」という命令は叶っていない。そもそも魔素溜まりは自然現象で、それは等しく雨量によって水位が決まる巨大な湖と同じ。あらかじめ、そこに溜まると決まっているからこそ、世界は保たれている。それを操作することは神の行為と同じ。人工的に作られたダムであればまだしも、見えない気体、それも害悪な空気を周辺へ垂れ流すわけにはいかない。
「オレが嘘をついていると言いたいのか!?」
「いえ、滅相もございません」
苛立つヒューゴの迫力に、怯えた職人の一人が蒼白な顔で地面に頭をつけた。エリーから見れば変態の一言で片付く父親も、エリーが産まれる前は冷酷な伯爵と恐れられた人物。調子が狂っていた姿もやはり根本は健在かと、誰もが等しく口を閉ざしていた。
「お父さまが怒ると怖いですわ。特に目がギラッとして、光るんですのよ。震え上がって当然ですわね。まあ、お父さまを怒らせるほど、無能な人材しかいないことは残念ですけれど」
エリーは机を叩いて怒鳴る父親の背中と、その眼力に睨まれて震え上がる大人たちを視界におさめながらお茶をすする。可愛い口に少量の水分が消えていくのは、儚さを助長しているが、それを隣にいるロタリオは冷めた目で見つめていた。
「お前、本当に詐欺だな」
「どういう意味ですの?」
「そうしていれば、本物のお嬢様みたいだって言ってんだよ」
「みたいではなく、事実ですわ。私が可愛く、可憐で、特別だということをロタリオもようやく認識できたようですわね」
「喋ると本当に残念だよな」
「失礼ですわよ。私が鎖を外して差し上げたのですから、何か案のひとつでも出して、役にたったらいかが?」
「恩着せがましいのも魅力半減。そんなんじゃ、お前の好きなアーノルド王子様に嫌われるぜ?」
エリーの弱点は、恋に盲目で、自意識過剰なところだろう。そもそも自分が好かれている前提でいることに疑問が沸くが、当の本人はそうでもないらしく、「それは困りますわ」と真剣に考え、人形になりきることにしたらしい。
「ロタリオ、あまりエリーお嬢様をからかわないで。お馬鹿なのが露呈しては困るのよ。婚約者もまだ決まってませんし、貰い手がなくなっては困ります」
「こいつに婚約者とか無理だろ。すぐに破棄されるに決まってる。見た目だけで言い寄るやつは、まあ、んー、黙ってれば賢そうに見えないこともないか。どっちにしろ、婚約者が不憫だよな」
「レリアもロタリオもうるさいですわ。私がアーノルド様に嫁げば」
お茶を置いたエリーの言葉は続かない。なぜなら、蒼白な顔で「旦那様、お嬢様」と使用人の一人が飛び込んできたからで、そんな彼の様子に驚いたエリー自身のせいだった。
静まり返る室内の入り口で、壮年のシワが苦渋に歪む。言葉を選ぼうと思考を巡らせているが、事実はひとつしかないのだから結果は変わらない。
室内を一巡する使用人へ近寄り、伝言をもらうなり、主人の元へと静かに近付き、耳打ちするのは執事の基本だろう。ところが、それをヒューゴが盛大にぶち破った。
「本当に、リリアンとカールが倒れたのか?」
「はい。奥さまとカール様は、公務中に突然倒れられ、意識不明とのことです」
「なんですって!?」
これはエリーの悲鳴。父親はなぜか言葉を失って、半分崩れかかっている。「どういうことだ。ロタリオとの好感度バグ発生時には、二人とも健在なはずだ」などと呟いているが、どういうことも何も、知るよしはない。ダスマクトの様子は机上の空論では解決出来ないと、断言するしかない。
「お父さま、ダスマクトへ行きますわ。セバス、レリア、準備をして。ロタリオも連れていきますわよ」
「は、え、なんで俺まで」
「シシ爺も一緒でかまいませんわ。魔導車へ早く」
エリーのワガママを聞き慣れていれば、自然と身体は動くというもの。気付けば一行は、穏やかな王都から随分離れたマトラコフ本領地にある廃坑の街ダスマクトへとやって来ていた。
「なんですの、これは」
魔導車の窓から見えるのは、枯れた大地。人や生き物の気配はない。いや、気のせいでなければ、一般的な鳥や虫が姿を消す代わりに、歪で獰猛な気配が上空を飛んでいる。濃い臭気は目にみえて霧として漂い、異様な静けさが街中をおおっていた。
「魔素がここまで濃いとは」
シシ爺の言葉通りであれば、霧のように視界を遮る臭気が魔素ということ。魔素は魔力の源であるため、魔石や魔獣を形成すると言うが、素人目に見ても、これは異常現象だと断定できる。
「旦那様、お嬢様、魔素は有毒です。魔力の無いものが体内に取り込めば、命に影響を及ぼしますので、どうぞこちらを」
「お嬢様。お付けいたします」
レリアに強制的につけられたブローチは、空気浄化の魔法で全身をおおう一品。呪いを緩和させ、一定範囲を正常値に保つ。とはいえ、母や兄がそれを付けずに公務についていたとは思えないため、これも万全の対策ではないのだろう。
「とりあえずリリアンとカールの元へ行こう」
魔導車だけが視界の悪い荒野を進む。
そして、それは何の前触れもなく右に振り切り、大木に真っ正面から突っ込む形で急停止した。
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