19 / 36
第19話★魔導師ロタリオ
しおりを挟む
一方、部屋に閉じ込められたエリーとロタリオは、まったく正反対の表情を浮かべていた。エリーは泣き叫び、令嬢の面影もない。ロタリオは近くの椅子に腰かけて、そんなエリーをじっと見続けていた。
「お前、よくそんなに泣けるな」
「っ、ぐす、お前じゃありませんわ、ぅ、エリーという名前が、っ、あるんですのよ」
「エリーは、よくそんなに泣けるな」
「し、失礼ですわ、貴族令嬢の名前をろ、ロストシスト風情が容易く、呼んでいい、わけ、ない。身の程をわきまえなさい。私の名前を呼んでいいのは、アーノルド王子だけよ」
「アーノルド、ああ。あいつか」
くだけた物言いに、等しくそれはエリーの地雷。仮にも一国を担う王族の王子に「あいつ」呼ばわりは不敬だと、扉の前で泣いていたエリーの涙がピタリと止まる。
「私だけではなく、よくもアーノルド王子を侮辱して」
「好きなのか?」
「は、ぇ?」
小さな手がロタリオの頬を叩く前に止まる。怒る時の赤さとは違う薄紅色がエリーの頬を染めて、わかりやすくエリーは一歩後退した。
「あっあ、あなたに教えることはありませんわ」
「好きなんだな」
「ちが、違いますわ。アーノルド王子は、アーノルド王子様は」
「好きなんだな」
「すっ、す、好きとか、そんな、私はいつも優しく、美しいあの方の婚約者になりたいだけで」
「あははは。お前やっぱり変なやつだな。それを好きっていうんだろうが」
ぐうの音も出ないエリーは、目の前で笑うロタリオになぜ自分の気持ちが悟られたのかを考えていた。一生懸命考えたけど、答えが見つかるはずもない。恋は盲目。鏡があれば、エリーは自分がどんな顔をしているか知れたかもしれない。
「アーノルド、な。あいつ、たしかにモテそうだもんな。あいつ、俺より鬼畜なのに、お前ほんと、可愛い顔して見る目ないな」
「ロタリオはアーノルド王子をご存知なの?」
「ああ、知ってるぜ。なんなら、あいつの秘密を俺は握ってる」
「それは、なんですの!?」
とびつく勢いでロタリオの肩を掴んだエリーの行動に、からかうことを楽しむロタリオが答えるわけがない。
ぐらぐら揺られながら笑うロタリオと、必死のエリー。体力自慢はエリーにみえて、なぜかロタリオのほうに軍配があがっていた。
「お前、俺が怖かったんじゃないのか?」
「ロストシストは怖いですわ。でも、アーノルド王子の秘密を知る方を怖がるわけには参りません。私は、あの方の傍にいたいのです」
「いや、動機不純すぎだろ。それに意味不明」
「な、う、きゃぁ」
先ほどまで笑っていたロタリオの顔に笑みはない。右手の人差し指を軽く振ってエリーに向けたとたん、なぜかエリーの身体がふわりと離れて、ロタリオの前で浮遊している。
「な、なにをしたんですの。私に、や、やだ、怖いですわ。ロタリオ、降ろして、浮いてます」
「浮かせてるから知ってる」
「浮かせ、浮かせてるとはどういうことですの、そんな、パクなんてどこにもないのに」
浮いたエリーはキョロキョロと周囲を見渡す。いくら子どもとはいえ、人ひとりを浮かせるには、パクでも高度な錬成が必要となる。それを同じ年齢の少年が、あり得ない。それに、相手は自分と背丈も年齢も大差ない男の子。これが現実だとすれば、ロタリオは相当の魔力を保持していることがわかる。
エリーは怖くなって、自然と震え始めた指先に口を閉ざした。
「きゃあっ」
指先が触れ合って、絡まると同時にエリーはロタリオに抱き止められていた。しかし、そこは強気のエリー。どんっとロタリオを押して、身体を離す。
「なにをするんですの」
「これは俺が得意な重力魔法。土属性だが、浮遊、破壊が俺の分野。ちなみにシシ爺は俺の師匠で、転移や転換の光魔法を得意としてるな」
「それが、何ですの?」
「お前は、何が出来る?」
先ほどとは打って変わって、睨むようなロタリオの瞳にエリーの肩がビクリと跳ねる。
「可愛いだけのやつなんかそこら辺にいる。親が金持ちなんかもっといる。自分の強さを武器に金を稼いだことがないお前に、俺たちロストシストをバカにする権利はない。俺が怖いだって、笑えるね。大体、魔法の恩恵を受けておきながら、この国の連中は有り難みを感じないばかりか、当然のように享受してる。あり得ないだろ。自分ができないことを誰かが代わりにやってくれているだけのくせに、なぜ、俺たちの方が愚弄や批判をされなければならないんだ。お前がアーノルドに選ばれるなら、この国は脳内お花畑のバカ王妃に破滅させられる道を選ぶも同義。大体、他人の弱みを握って、操作しようなんて性悪女が、婚約者になれると思うなよ」
「ひぇっ」
「あ、悪い。少し熱が入りすぎた」
咳払いして、椅子に座ったロタリオに、熱弁していた空気はない。ワガママな令嬢というだけの肩書きしかないエリーに言っても無駄なことを悟ったのだろう。自分の手首を見つめて、そこに取り付けられた太い手枷を撫でて、じっと喋らなくなった。
「もしかして、泣いてますの?」
「馬鹿かお前。なんで俺が泣くんだよ」
「あら、違いましたの。私に言い過ぎたと反省なさっているのかと」
「頭沸いてんのか?」
「頭で何を沸かせるの。ロストシストは、おかしな表現を使いますわね。そう見えたので、そう言っただけですわ。けれど、恥じることなどなくてよ。泣くのは悪いことではありませんわ。感情なんて、世間の目に触れれば隠さなくてはなりませんけど、ここは私たち二人きりです。感情を表に出したって、罰されることはありませんわ」
「いや、お前は信用できない。口が軽そうだし、性格が悪いからな」
「あなたに言われたくありませんわ」
心配して損したと、エリーはロタリオに背を向けて扉のほうへ駆けていく。扉を叩いて「おとうさまーーーーー」と叫んでいるが、扉の向こうからの返事はなかった。
「お前、よくそんなに泣けるな」
「っ、ぐす、お前じゃありませんわ、ぅ、エリーという名前が、っ、あるんですのよ」
「エリーは、よくそんなに泣けるな」
「し、失礼ですわ、貴族令嬢の名前をろ、ロストシスト風情が容易く、呼んでいい、わけ、ない。身の程をわきまえなさい。私の名前を呼んでいいのは、アーノルド王子だけよ」
「アーノルド、ああ。あいつか」
くだけた物言いに、等しくそれはエリーの地雷。仮にも一国を担う王族の王子に「あいつ」呼ばわりは不敬だと、扉の前で泣いていたエリーの涙がピタリと止まる。
「私だけではなく、よくもアーノルド王子を侮辱して」
「好きなのか?」
「は、ぇ?」
小さな手がロタリオの頬を叩く前に止まる。怒る時の赤さとは違う薄紅色がエリーの頬を染めて、わかりやすくエリーは一歩後退した。
「あっあ、あなたに教えることはありませんわ」
「好きなんだな」
「ちが、違いますわ。アーノルド王子は、アーノルド王子様は」
「好きなんだな」
「すっ、す、好きとか、そんな、私はいつも優しく、美しいあの方の婚約者になりたいだけで」
「あははは。お前やっぱり変なやつだな。それを好きっていうんだろうが」
ぐうの音も出ないエリーは、目の前で笑うロタリオになぜ自分の気持ちが悟られたのかを考えていた。一生懸命考えたけど、答えが見つかるはずもない。恋は盲目。鏡があれば、エリーは自分がどんな顔をしているか知れたかもしれない。
「アーノルド、な。あいつ、たしかにモテそうだもんな。あいつ、俺より鬼畜なのに、お前ほんと、可愛い顔して見る目ないな」
「ロタリオはアーノルド王子をご存知なの?」
「ああ、知ってるぜ。なんなら、あいつの秘密を俺は握ってる」
「それは、なんですの!?」
とびつく勢いでロタリオの肩を掴んだエリーの行動に、からかうことを楽しむロタリオが答えるわけがない。
ぐらぐら揺られながら笑うロタリオと、必死のエリー。体力自慢はエリーにみえて、なぜかロタリオのほうに軍配があがっていた。
「お前、俺が怖かったんじゃないのか?」
「ロストシストは怖いですわ。でも、アーノルド王子の秘密を知る方を怖がるわけには参りません。私は、あの方の傍にいたいのです」
「いや、動機不純すぎだろ。それに意味不明」
「な、う、きゃぁ」
先ほどまで笑っていたロタリオの顔に笑みはない。右手の人差し指を軽く振ってエリーに向けたとたん、なぜかエリーの身体がふわりと離れて、ロタリオの前で浮遊している。
「な、なにをしたんですの。私に、や、やだ、怖いですわ。ロタリオ、降ろして、浮いてます」
「浮かせてるから知ってる」
「浮かせ、浮かせてるとはどういうことですの、そんな、パクなんてどこにもないのに」
浮いたエリーはキョロキョロと周囲を見渡す。いくら子どもとはいえ、人ひとりを浮かせるには、パクでも高度な錬成が必要となる。それを同じ年齢の少年が、あり得ない。それに、相手は自分と背丈も年齢も大差ない男の子。これが現実だとすれば、ロタリオは相当の魔力を保持していることがわかる。
エリーは怖くなって、自然と震え始めた指先に口を閉ざした。
「きゃあっ」
指先が触れ合って、絡まると同時にエリーはロタリオに抱き止められていた。しかし、そこは強気のエリー。どんっとロタリオを押して、身体を離す。
「なにをするんですの」
「これは俺が得意な重力魔法。土属性だが、浮遊、破壊が俺の分野。ちなみにシシ爺は俺の師匠で、転移や転換の光魔法を得意としてるな」
「それが、何ですの?」
「お前は、何が出来る?」
先ほどとは打って変わって、睨むようなロタリオの瞳にエリーの肩がビクリと跳ねる。
「可愛いだけのやつなんかそこら辺にいる。親が金持ちなんかもっといる。自分の強さを武器に金を稼いだことがないお前に、俺たちロストシストをバカにする権利はない。俺が怖いだって、笑えるね。大体、魔法の恩恵を受けておきながら、この国の連中は有り難みを感じないばかりか、当然のように享受してる。あり得ないだろ。自分ができないことを誰かが代わりにやってくれているだけのくせに、なぜ、俺たちの方が愚弄や批判をされなければならないんだ。お前がアーノルドに選ばれるなら、この国は脳内お花畑のバカ王妃に破滅させられる道を選ぶも同義。大体、他人の弱みを握って、操作しようなんて性悪女が、婚約者になれると思うなよ」
「ひぇっ」
「あ、悪い。少し熱が入りすぎた」
咳払いして、椅子に座ったロタリオに、熱弁していた空気はない。ワガママな令嬢というだけの肩書きしかないエリーに言っても無駄なことを悟ったのだろう。自分の手首を見つめて、そこに取り付けられた太い手枷を撫でて、じっと喋らなくなった。
「もしかして、泣いてますの?」
「馬鹿かお前。なんで俺が泣くんだよ」
「あら、違いましたの。私に言い過ぎたと反省なさっているのかと」
「頭沸いてんのか?」
「頭で何を沸かせるの。ロストシストは、おかしな表現を使いますわね。そう見えたので、そう言っただけですわ。けれど、恥じることなどなくてよ。泣くのは悪いことではありませんわ。感情なんて、世間の目に触れれば隠さなくてはなりませんけど、ここは私たち二人きりです。感情を表に出したって、罰されることはありませんわ」
「いや、お前は信用できない。口が軽そうだし、性格が悪いからな」
「あなたに言われたくありませんわ」
心配して損したと、エリーはロタリオに背を向けて扉のほうへ駆けていく。扉を叩いて「おとうさまーーーーー」と叫んでいるが、扉の向こうからの返事はなかった。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》
新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。
趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝!
……って、あれ?
楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。
想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ!
でも実はリュシアンは訳ありらしく……

やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる