オルギスの盾と片恋の王

皐月うしこ

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Endlogue:新たなる伝説

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柔らかなシーツが肌にまとわりついてくる。
もうすぐ体中の酸素がすべて二酸化炭素に変わってしまうんじゃないかと思えるほどの濃厚な息使いに、朦朧とした頭がラゼットの意識を奪おうとしてくる。


「~~っ…ァ…やっ…リゲイドさ…ま」


恥ずかしいだとか、怖いだとか、一晩中すがりついた相手に揺らされているからか、ラゼットの声は甘い吐息となってシーツのこすれる音にかき消されていた。


「ラゼット、もっとこっちに来いよ」

「ァッあ…ッダメ…っそれ、ァア」

「ダメじゃねぇだろ。全然」

「ッ!?」


足の指先まで硬直するような快楽を突き付けられて平然と保っていられるほど、心は強くできていない。
体を密着させるように重なってきておきながら、腰ばかりを自由に動かすリゲイドの奇行に、ラゼットの体は悲鳴をあげて痙攣していた。


「はぁ…っ…はぁ…はぁ」


体中からあふれ出した愛蜜に濡れ、こすれ、淫らな音に部屋が懐柔されていく。


「り…ッ…ぁ…アアッ」


足を深く折り曲げられ、腰を深く埋め込んできたリゲイドに、ラゼットはまたのけぞるようにして体をひねった。


「やッ…ぁ…リゲイドさま…そ…ッぁあ」

「触れて欲しいっつったのはラゼットだろ?」

「違…あれは…そういう意味じゃな…ッあ」

「じゃあ、どういう意味か言ってみろよ」

「~~~ッ、ぁ…ァアッ」


いつの願いを叶えてくれようとしているのか、もう十分に応えてくれているリゲイドの質問には答えられそうにない。
ラゼットは終わらない律動の連続に身もだえながら、快楽の手ほどきを解いてくれない夫の愛に溺れていく。


「これでもう、世継ぎ問題に悩まなくてすむだろ?」

「ッ!?」


顔が赤くなったのは、人知れず悩んでいた悩みを言い当てられたからではない。
唇が触れるほどの間近な距離で、リゲイドに微笑まれたことが一番大きな要因だった。


「なっ悩んでいません」


情事からようやく解放されたラゼットは、シーツの波に埋もれる相手に背を向ける。
くすくすと含み笑いをこぼされるのは心外だが、その顔を殴ってやろうと振り向きかけたところで、コンコンと部屋をノックする音が聞こえてきた。


「え、ちょ、やっ」


ラゼットが慌てふためくのも無理はない。


「おはようございます。ラゼット様、そして、リゲイドさ・ま」


にっこりと氷点下の空気と共に部屋に顔を見せたのは片腕を負傷した従者。


「返事もしていないのに入ってくるな」


しっしっとリゲイドが焦るラゼットを抱きしめるようにして、フランを追い出そうと試みる。
リゲイドに抱きしめられたラゼットの顔はその胸板の感触にのぼせそうになっていたが、見えないところで聞こえる音の端々にフランの不機嫌さがにじみ出ていた。


「いつまでそうなさっているんですか。リゲイド様もそろそろ執務にお戻りください」

「やだね。俺はラゼットとこうしていたい」


ガシャンとカップが少々乱暴に置かれている気がするのは、決して気のせいではないだろう。


「手をかけて育ててきたんですよ。乱暴に扱うことは許しません」

「~~ん…ッ」


急に抱きしめる力が強くなったせいで、フランとリゲイドの会話が遠くなる。


「どこが乱暴なんだよ。俺ほど女を優しく扱う男はいないってのに」

「よく言いますよ。一晩中、聞かされる身にもなってもらいたいものです」

「聞かなきゃいいだけじゃねぇか、変態だなお前」

「今まで散々、ラゼット様を泣かせておいてよくそんなことが言えますね」

「鳴かせるの間違いじゃねぇのかっておい、生身の人間相手に刃物はねぇだろ!!」

「っぷはぁ…はぁ…はぁ」


死ぬかと思った。
呼吸を突然停止させられたラゼットは、なぜか両手を上げて降参しているリゲイドを見上げて首をかしげる。


「ラゼット様を泣かせたら許しませんよ」


どうやらフランの睨みに負けを認めたようだが、リゲイドはじっと自分を見つめてくるラゼットに気づいて、またよしよしとその体を抱きしめた。


「嫉妬にかられた男ってのは見苦しいぜ、フラン」


クスクスと笑うリゲイドの声がドキドキと安定した心拍音に重なるように聞こえてくる。
昨夜、一晩中この肌の感触と匂いに溺れていたのだと思うと、またラゼットの顔が赤く染まっていった。


「な、ラゼット?」

「えっ、え、ええ」


突然顔を覗き込まれるように話題を振られて、混乱したラゼットは話の脈絡もわからないままうなずく。
額にキスをおとして離れていくリゲイドの温もりに名残り惜しさを感じたが、ラゼットはその目の端にフランをとらえて気まずそうに顔をそらした。


「今日は大事な日なのですから、お二人とも。お戯れはそのくらいにして、さっさと準備をしてください」


呆れたように嘆息したフランの声が、リゲイドとラゼットの顔を見合わせる。


「「大事な日?」」


そろって首を傾げた二人に、今度こそフランの顔が無表情に凍り付いた。


「本日はリゲイド様の王位継承日です。王権移行の大事な日だと、昨夜申し上げたはずですが?」


ヒクヒクと眉をしかめるフランの伝達に、リゲイドとラゼットは「あっ」と顔を見合わせて肩をすくめる。
すっかりと忘れていた。
テゲルホルム撃退とラゼットの奪還が認められ、リゲイドをオルギスの王にと望む民の声が耳に新しい。その声に後押しされるように現国王はついにその王冠を脱ぎ捨て、退去することを決めたのだった。


「しっかりなさってください。ギルフレア帝国とオルギス王国がひとつになる大事な日なのですから」

「あと、テゲルホルムもな」

「アキームっ!?」


ラゼットは部屋の入口に見えた黒髪の青年に気づいて顔をほころばせる。
ベッドから降りたリゲイドのおかげでようやく解放されたラゼットの体は、シーツを巻き付けるようにしてアキームの元まで駆け寄っていった。


「足はもう大丈夫なの?」


一週間前。
祈りの塔で起こったテゲルホルム連邦との戦で負傷したアキームは、病棟で治療に専念していたはずだった。


「ええ、ご心配にはおよびません」


その手に持った書状にラゼットは顔をあげる。


「テゲルホルムとの友好条約をとりつけたの!?」

「祈りの塔はオルギスの領地とし、彼らとの国交を徐々に増やしていきたいとラゼット様が望まれましたので」


そう言って苦笑するアキームの行動力にラゼットの顔は驚きを隠せない。
小さなころからラゼットの願いを必ず叶えてきてくれた男だったが、まさかここまでの働きをしてくれるほどだとは思ってもみなかった。


「ありがとう」


ラゼットはその紙を受け取りながらアキームにお礼を言う。
涙が零れ落ちそうになったが、ラゼットは頑張って微笑みながらアキームを見上げてみせた。


「お礼など必要ありません」


照れたように笑うアキームの顔が赤く染まる。


「それに、うかうかと休んではいられませんので」


そういう割には、まだどこか足の痛むような顔をしているように見えないこともない。ラゼットは心配そうにアキームの顔を覗き込んだが、アキームが目のやり場に困るといった風に小さくせき込んでくれたおかげで、ハッとシーツを巻きつける手に力を込めて距離をとった。


「もっと休んでてもよかったんだぜ?」

「リゲイド様」


下半身だけ羽織を着こんだリゲイドがラゼットの肩を引き寄せる。


「オルギス国の戦士は全快じゃねぇと面白くねぇからな」

「きさまのようなやつにラゼット様は任せられん」

「またまた素直じゃねぇなぁ」


クスクスと笑うリゲイドの顔が、数か月前とは全然違って見えた。
いつの間に仲良くなったのかはわからないが、フランやアキームともそれなりに口数があるところをみると、どこか頼もしく感じてくるから不思議だった。


「ん?」


ラゼットの視線に気づいたリゲイドが笑うのをやめて首をかしげる。
亜麻色の髪に深い紺碧の瞳。
最初に見たあの日から心奪われたあの感覚は、今もラゼットの胸の中でくすぶっていた。


「ラゼット様、離縁するのであれば今のうちですよ」

「フランったら」

「ラゼット様を泣かせるようなことがあれば即刻切り捨てる」

「アキームまで、もう」


リゲイドとラゼットを囲むように、フランとアキームの声がどこか弾んで聞こえてくる。
それを頼もしく思いながら、ラゼットはふわりと三人を見つめて微笑んだ。


「私はフランもアキームも大好きよ。でも、リゲイド様。私はあなたと一緒に生きていきたい」


たとえ、最強の矛と盾の伝説がなかったとしても。
希叶石がめぐり合わせてくれた運命は、これから先も語り継がれる永遠に違いない。


「ああ。ずっと傍で俺も守ると誓おう。最強の矛ではなく、一人の男して」


世界は祈りで支えられている。
人々が平和で過ごせるように、愛する者たちが明日を笑顔で過ごせるように、祈り続けることが世界を守り、そして絶望から救い、未来へ希望を届けていく。
ここは世界の中心、オルギス王国。
最強の盾と矛が出会うとき、争いは終焉し、人々に心の安寧と救済を与えるだろう。
そこに時代を超えて愛し合う一組の男女の姿を重ねながら。

《完》
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※こちらの作品は、2017年10月24日に完結済みの作品をアルファポリスに移植したものになります。
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