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Story-01:裏切りの初夜

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ところどころに綿菓子のような白い雲が青空の中に浮かんでいる。
風は穏やかで、時折鼻腔をくすぐる甘い花の香りにオルギス王国は包まれていた。


「きゃーーー。リゲイド様ぁぁぁああ」


前言撤回。甘い花の香りだけではなく、どうやら甘く黄色い声援もこの気怠さを助長させているらしい。


「リゲイド様ぁあ、こっち向いてぇぇぇ」


街の広場に設けられた特設会場に向かうまでの道すがら、その亜麻色の髪をなびかせ、海のように深い紺碧の瞳にその町娘たちをうつしながら、リゲイド・ギルフレアは笑顔で手を振っていた。対して、ラゼットはその彼の横に腰かけながら、青ざめた死人のような顔で馬車に揺られて座っていた。しかしリゲイドに負けず劣らず、ラゼットに向けられた民の声は熱い。


「ラゼット様ぁ、おめどうございます!!」

「おめでとうございます、ラゼット姫ぇぇ」


リゲイドに向けられた声が若い女性で大半を占めるのであれば、ラゼットに向けられる声は中高年のおじさん、おばさん、子供たちと若い男性で大半が占められていた。
もちろん無視することも出来ずに、その群衆に向かってラゼットは力なく手を振りながらニコリと笑う。


「きゃぁあああラゼット姫ぇ!」


この国の女性は元気だと思わなくもない。明日には今、身に着けているラゼットの衣装が流行となっていることだろう。


「はぁ」


顔に笑顔を張り付けたまま、ラゼットは重苦しい息を吐き出した。
国をあげての吉報を全身で喜びたいところだが、残念なことに、当事者であるラゼットは極度の緊張と昨夜の祈りの影響で息をするのもやっとだった。


「ラゼット様、大丈夫ですか?」

「フラン、アキーム。心配ないわ」


特設会場についた馬車から降りる手前で、ラゼットはフランにそっと手を差し伸べられる。近衛兵として傍にたっていたアキームも心配そうに表情をしかめていた。
心配性の二人にこれ以上迷惑はかけたくない。
そうは思ってみても、情けないことにその手は震えていた。それでもラゼットは、気合をいれるようにフランとアキームに笑顔を作って見せた。


「キャッ!?」

「さっさとしろ」


キャーキャーと黄色い声援に包まれた男が、小声でラゼットの背中をおす。


「きさまッ!?」


アキームが眉間にしわを寄せたが、ラゼットは片手で制してその行動に歯止めをきかせた。


「大丈夫よ、アキーム。騒がないで」


ラゼットは婚儀の儀式に集まった民衆に疑問を抱かれないように、小声で現場をなだめる。フランもアキームも人目につかないように握りしめた剣から手を離し、リゲイドをにらみつけることでラゼットの申し出を受け入れる姿勢を見せた。
ここは、リゲイドとラゼットが結婚式を執り行う神聖な場所。
いくら相手が横暴な男であろうと、ラゼットの婚約者である以上、これから先は忠誠を誓うべく主になる存在。


「ふん」


リゲイドは、そんな二人の視線をあざ笑うかのように、ラゼットの腰を強引に引き寄せる。その様子にまた、キャーっと甲高い声援が広間にこだました。


「そんな奴らにかまってないで、さっさと行くぞ」

「え、あ、あの」

「こんな面倒な儀式、とっとと済ませて休もうぜ」


ラゼットはリゲイドに連行されるように深紅の道を進んでいく。雪のように頭上から降ってくる色とりどりの花弁は目を見張るほど美しかったが、腰をつかまれたままのラゼットにそれを楽しんでいる余裕はなかった。
バクバクと心臓が口から出そうなほど緊張していて、手足の感覚がほとんどない。
そんなリゲイドと対面したのは、つい三十分ほど前のこと。


「はっはは初めまして。ラゼット・オルギスと申します」


結婚式のためにあつらえた紳士の衣に、亜麻色の髪と紺碧の瞳がよく映える。
一目見て、女中たちがザワザワと落ち着かない理由はこれかと、ラゼットは納得せざるを得なかった。


「リゲイド・ギルフレア。まあ、今日からはリゲイド・オルギスになるな」


ちょうど心地よく響く声がラゼットの体を硬直させる。
この人が今日から自分の夫となるのかと思うと、用意していた言葉も仕草も全部吹き飛んでしまったのが記憶に新しい。そこから始終、どこかしら不機嫌なリゲイドの逆鱗に触れないように、乗せられた馬車の上でラゼットは大人しくしていた。


「重い」

「えっ!?」


ドキドキと押し寄せてくる緊張と戦い続けていたラゼットは、突然立ち止まったリゲイドの声に現実に引き戻される。
目の前には神父。
馬車を降りてからずっと腰を支えられていたことを今、思い出した。思い出すと恥ずかしい体制のまま、神に誓う祭壇前にたどり着いたことを知ったラゼットは、真っ赤な顔を隠すようにリゲイドからそっと離れた。


「ごっごめんなさい」


支えられていた腰の部分がじんわりと熱い。
この日のために特注に作られた薄紫のドレスと白いヴェール。顔を隠してくれるものがあってよかったとラゼットはその深紫の瞳を閉じて、そっと小さく息を吐いた。
コホン、司祭がラゼットの意識を引き寄せる。


「世界は祈りで支えられている」


司祭による婚礼の宣誓文が始まると、それまで騒がしかった人々の雑音がぴたりとやんだ。静寂に包まれる広間。誰もが城と街の間に設けられた特設広間に集まり、目を向け、耳を傾け、司祭と向かい合わせになるように背を向けた二人の人物に目を奪われていた。


「大地の裂け目が誕生する前より。幻獣魔族と我々人間は幾度となく争ってきた。数千年にも及ぶ悲願を成すため、ここに最強の矛と盾の婚儀を行うものとする」


宣誓の始まりにワーッとあがった歓声を司祭が片手で制していく。
「どうかドキドキと高鳴る心臓の音が隣の男に聞こえませんように」と祈っていたラゼットは、ギュッと目を閉じてその時間を過ごしていた。そのとき「はぁ」とどこか呆れたように、リゲイドのため息がラゼットの耳に流れ込んでくる。


「だるい」


聞き間違いじゃないかと耳を疑ったのも無理はない。ラゼットは、驚いたような顔でリゲイドを盗み見た。
気のせいじゃなければ、確かに「だるい」と、そう聞こえてきたような気がした。


「ッ!?」


ちらっと横目で見ただけなのに、目が合ったことに驚いてラゼットは慌てて視線を司祭へ戻す。
背後の民衆は、誰もが口を閉ざして司祭の次の言葉を待っていた。
コホン、司祭がまたラゼットの意識を引き寄せる。


「人々が平和で過ごせるように、愛する者たちが笑顔で明日を過ごせるように、祈り続けることが世界を守り、願うことが絶望から救い、未来へ希望を届けていく」


穏やかな司祭の表情に、ラゼットはホッと少しだけ息を吐くことができた。
今のはそう。気のせいだったと思うことにしよう。


「ギルフレア帝国より最強の矛、リゲイド」


少なくとも今、真横で誓いの儀式を滞りなく行う男の仕草に疑問に感じる部分はない。


「オルギス王国より最強の盾、ラゼット」

「あっ、は、はい」


相変わらず、油断すると吐き気がこみあげてきそうになるが、ラゼットは乾いていく口の中を潤すようにつばを飲み込んで必死に意識を司祭へ向ける。


「ここに最強の矛と盾が出会うとき、ギルフレア帝国とオルギス王国の友情は復活し、我々の心に永遠なる安寧と平穏を与えるだろう」


ワーッと今度こそ背後の民衆たちの大声援が聞こえてきた。
リゲイドとラゼットはお互いに向かい合うように体を動かす。そして、少し頭を下げたラゼットのヴェールをリゲイドの手が優しく折りたたみ、民衆の眼前で見つめ合った二人は、そのまま神に誓いあうようにそっと唇を重ね合わせた。


「~~~~~~っ」


初めて触れるその感触に、緊張が伝線して唇がカタカタと震えていく。
時間にしてほんの数秒間の重なりだったかもしれないが、ラゼットにとっては何時間も続いていたと感じるほど、その口づけは長いものだった。


「っ…ん…はぁ」


強く目を閉じていたせいで、リゲイドがその時どんな顔をしていたのかはわからない。というよりも、ラゼットはそのあとの記憶が定かではない。
意識がクラクラとして、地面が割れんばかりの歓声で目の前が朦朧と歪んでいく。
覚えているのは、また城へ戻るために馬車に乗ったところまで。
次に目が覚めたその時には、見慣れない天井をしたベッドの上だった。


「こ、こは?」


ドレスではない薄い寝巻に身を包み、シーツがかけられた姿に覚えがない。


「よぉ」

「ッ!?」


また気絶しそうになったのは言うまでもない。


「なっ、ななな」


言葉にできないほど混乱したラゼットの声が、ベッドで横たわるもう一人の人物に向かって発せられていた。


「いい加減にしろよな、お前」

「え?」


結婚式のときに民衆に向かって見せていた笑顔とは違うリゲイドの表情に、ラゼットの顔がピクリと引きつる。
吸い込まれそうなほど深い紺碧の瞳。
熱の通わないその冷たさに、ぞくりと悪寒がラゼットの体を駆け抜けた。


「ったく、婿にきた俺が倒れるならまだしも、自国の王位継承者が緊張でぶっ倒れるとかってありえねぇだろ」


亜麻色の柔らかな髪をかき上げながら、どこか気怠(ケダル)そうな仕草でリゲイドはラゼットをにらむ。


「あ」


そこでようやく思い出したと言わんばかりに、ラゼットは息をのんで固まった。


「ごっごめんなさい」


慌ててぺこりと頭を下げて見るが、式が終わった途端に気絶した身としてはその先に続ける言葉が見つからない。


「ま、いいけどよ」

「え?」

「おかげで、面倒な式は早く済んだからな」


ズキリと心が痛んだ気がする。どうして痛むような感情が心にとげを刺したのかはわからないが、ラゼットはだるそうに寝返りをうったリゲイドの背中に手を伸ばそうとしてやめた。


「てかさ───」


振り返ったと同時に、中途半端な姿勢で固まったラゼットに気づいたリゲイドの口角がニヤリとあがる。


「キャッッ!?」


ラゼットは上から覆いかぶさるように重なってきたリゲイドに小さな悲鳴を上げた。


「───へぇ。箱入り娘だと思っていたのに、なんか意外だな」


覗き込まれる顔が近い。息を止めていないと意識が保てないほど、その端正な顔が近すぎて気を失いそうになる。城のみならず、街の娘たちがキャーキャー騒いでいたのも納得できると、ラゼットは一人でごくりとのどを鳴らした。


「んっ…っ」


冷たい瞳が近づいてきたと思った瞬間、ラゼットの唇はリゲイドに襲われる。


「ちょ…っ…ヤッ…なんっ」


抵抗しようにも、胸から下はシーツに邪魔されて動けず、頬をつかむリゲイドの両手はラゼットが全力を出してもピクリとも動かない。酸素を奪い尽くそうと、角度を変え、深さを変え、侵入してくるリゲイドの舌にラゼットは体を硬直させていくことしか出来なかった。


「はぁ…ぁ…ッ~~~んっ」


意識が朦朧として、うまく力が入らない。


「ひっ!?」


バサッとどけられたシーツに、ラゼットの悲鳴がリゲイドと重なる唇の隙間からわずかに聞こえてくる。


「あ…ちょッ~~んっ、リゲイドさ…まッぁ」


抵抗したくてもうまく力の入らない体が恨めしい。
首、鎖骨と徐々に下がっていくリゲイドの息がくすぐったい。


「ヤッ…待っ…てッそこ…ァッ」


するすると慣れた手つきで足から腰に向かって這い上がってくるリゲイドの手に、ラゼット体がピクリと跳ねた。


「お前、随分感じやすいんだな」

「え。なに言っ…ぁ…キャッ」


薄い布で作られた上質な寝具がはぎとられる。急に全身が外気にさらされた寒気と、突然の出来事に驚愕したラゼットの顔が石膏で固められたように固まっていく。
大きく見開かれた紫色の瞳が、はだけた体の上にまたがるように陣取る真上の王へ恐怖を伝えていた。


「なぁ?」

「ッ!?」


咄嗟に露出した胸を隠したラゼットに、冷めた紺碧の眼差しが降り注ぐ。
両手で包むように隠したはずの胸は、リゲイドの視線に見透かされるようにドキドキと激しく脈打っている。


「表の二人とはどういう関係なわけ?」

「え?」


上半身をはだけさせるリゲイドの仕草を見ることができずに視線をそらせたラゼットは、その言葉の意味を数秒考えてから、すぐに答えにたどり着いた。
表の二人。そこにいるのは彼らしかいない。
いつも傍にいて守ってくれている信頼の従者たち。


「フランとアキームのことですか?」


ラゼットはリゲイドの方を見ないように気を付けながら、真っ白なシーツを視界に入れて小さく尋ねる。
ギシッと体の上でリゲイドが髪をかき上げるのが分かった。


「フランは、私の執事であり教師です。幼いころより私の傍に仕えてくれています」


ラゼットはこれ以上意識が持っていかれないように、シーツを凝視したまま早口でリゲイドの質問に答えることにした。


「アキームは身辺警護をッ!?」


グイっと向けさせられた首が痛い。それと同時に、その甘いマスクの下に隠されていた均整の取れた肉体にラゼットは見惚れていた。


「結婚初夜まで見張りとは、随分惚れ込まれているんだな」

「え?」


告げられた言葉の意味が分からない。
見張り?
惚れ込まれている?
ラゼットは不可解な表情をにじませたまま、パチパチと数回まばたきをする。


「ちっ」


舌打ちをしたリゲイドが、不機嫌に顔をしかめて近づいてきた。


「やっ、リゲイドさ、まッんン!?」


はねのけようとしても、びくともしない。布越しのキスとは違う、肌の温かみが重なり合うキスは、初めての感覚をラゼットに与えようとしていた。ひとつに溶けあうかのように、お互いの体温が混ざり合っていくような感覚。
別の肌を重ね合わせるのに、どこか落ち着くような懐かしい匂いがした。


「はぁ…っ…はぁ…~~~ンッ」


密度を深めるように吐息が混ざり合って消えていく。


「リッ…ぁ…っん…はぁ…ッ」


次第に抵抗の意思をなくし、されるがままに答えていたラゼットはそのうち、リゲイドの手が全身を愛撫していることに気づいて、体を硬直させる。左手は顔から滑り落ちるように首、肩、そして柔らかな胸。右手は足から這い上がるように太ももを開き、まだ誰も触れたことのないラゼットの花園へと近づいていく。


「ヤッ…っ…ぁあ…ァアッ」


顔を真っ赤にさせたラゼットは、これ以上は恥ずかしくてたまらないとリゲイドの強行に待ったをかけた。けれど、唇をキスでふさがれ、真上に重なるように体を寄せるリゲイドを押しのけるほどの力が出ない。
男と女は生まれながらに差が出る生き物。まして、ギルフレア帝国より友好の証として送られてきた目の前の婿は、史上最強の矛と名高い、ギルフレア帝国最強の戦士。
祈ることのみを義務付けられて生きてきたラゼットとは体格が違いすぎる。


「っ?」


ふいに止んだキスの嵐に、ラゼットの荒い息遣いがリゲイドを見上げる。


「いいのか?」


息一つ乱さない美麗な婿は、意味ありげにチラっと扉の方へと視線を流した。


「あいつらに、この状況を見られてもいいのか?」

「ッ!?」


まさに絶句。ラゼットは恥辱と恐怖をうつした瞳に涙を浮かべながら、小さくアッと息をのんだ。


「アッ…ぃ…ヤァぁ…ぁ…ッ」


火照った体が一瞬にして青ざめるほど、現実を意識したラゼットに顔を埋めたリゲイドの愛撫は止まらない。
押し殺した声。
涙をためた瞳。
弱々しく抵抗するからだ。
それなのに時折、鼻から抜けるような甘い鳴き声を吐き出す魅力にたきつけられるように、リゲイドはラゼットの体を侵略していく。


「んっ…やっ…ぁア…ッ」


もうやめてほしい。
脳みそが溶けてしまいそうなほど、全身が熱くて熱くてたまらない。
こんなに恥ずかしいのに、悲鳴をあげて助けを呼びたいのに、誰にも見られたくない。知られたくもない。リゲイドに触れられるたびに体が跳ねるラゼットの思考回路は、先ほどから同じ言葉に繰り返し支配されていく。


「気持ちいいって顔してるぜ」

「ァッ…リゲイドさまぁ…ッん…ぁ」


どうしてこんなに溶けてしまいそうなほど、気持ちいいのかわからない。誰にも見せたことのない大事な部分でしゃべる男の顔を殴りたいのに、その舌に舐められるたびにゾクゾクとした背徳感がこみあげてきて意識が飛びそうになる。


「ヒッ…ぁ…ッ!?」


蜜をすすり上げるように音を立てるリゲイドの唇の隙間から、角ばった指が内部に侵入してきた。また体の奥からジンとした熱い感情があふれ出してくる。


「ぁ…イヤッ…それな~~~ンッ…ぁ」


舐められているだけとはまた違う。体の中から何かを探り当てられるような不思議な感覚に眩暈がしそうになる。


「ァッッ!?」


ビクリと大きくひきつけを起こしたラゼットの反応に、下部に顔をうずめるリゲイドの口角がクスリとあがった。


「ヤッ…リゲイド様っヤメッぁ~~ぁ」


もう、声を抑えるとか押さえないを考えている余裕はどこにもなかった。
あるのは、感じたことのない強烈な感覚と、こみ上げてくるモノの恐怖だけ。その正体が何か。誰も教えてくれなかった甘美な痛烈が、内部から弾けるように伝線してくる。


「怖ぃ…ッぁ…やっ…いゃ」


イヤだと言っているのに、リゲイドがやめる気配はどこにもない。逃げようとした腰は秘部に突き刺さる手とは逆の腕につかまり、リゲイドに食べられていくようにその果実はぐちゃぐちゃと柔らかく音をたてて散っていく。


「アッ…ぁなにッぃヤッ…ぁあヒッ」


ふっと、リゲイドが笑みをこぼした気がした。


「アァッ…ァ…アアアァァァァァッア」


のけぞるように甲高い悲鳴をあげたラゼットの体は、しなやかにくねりながらリゲイドにその果実を提供していく。そうしてビクビクと小刻みに複数痙攣したラゼットは、感じたことのない快楽の絶頂に耐え切れず、そのままぐったりと意識を閉ざしていった。


「って、まじかよ」


意識を失ったラゼットの秘部から顔を上げたリゲイドの顔がひきつる。


「ったく、これからってときにそりゃねぇぜ」


はぁと、哀愁を漂わせた深い息がリゲイドの口からこぼれ落ちた。
結婚初夜。本番はこれからだというときに、出鼻をくじかれた身としてはいささか受け入れがたい現実が目の前に広がってる。


「かといって、気絶した女をヤる趣味は俺にはねぇ」


どうしたものかと、リゲイドは前髪をガシガシとかいていたが、ついには盛大なため息を吐いて敗北を了承した。


「まじでやってらんねぇぜ」


今日は本当に踏んだり蹴ったりな一日だと思う。
気を失ったラゼットの体にシーツをかけてやりながら、リゲイドはそっとベッドから降りて窓の方へと近づいていった。


「あれが、本来の祈りの塔か」


窓の向こうにかすかに映る星のように小さな明かりを見つけて、リゲイドは窓の淵に腰かける。
今は夜。まだ月が顔を見せないのか、深淵の闇のようにオルギス王国の夜は暗い。そのとき、ふいに空がぐにゃりと歪んだ。


「ま、初夜は狙い目だと思うわな」


どこかあざ笑うかのように、リゲイドはその場所を見つめて笑みをこぼす。
おそらく、それはテゲルホルム連邦の方角から発射されたに違いない。グニャリと歪んだ空間は、淡い紫の光を放ちながら何十発と飛んできた砲弾を跳ね返したあと、何事もなかったかのように静寂な夜を保っている。


「最強の盾、ね」


リゲイドは静かな寝息をたてるラゼットの方に視線を向けながら、冷たい瞳でその言葉を吐き捨てた。ついで、ポケットの中から取り出した小さな石に目を向けたリゲイドの瞳は、先ほどとは打って変わって熱を帯びた色を見せはじめる。


「やっとここまで来たんだ」


急に真面目に変わった声色にドキリと空気が音を立てて震えた。
気づけば、先ほどの爆撃を皮切りに、テゲルホルム上空から激しく砲弾が降り注いでいる。けれど、そのすべては淡い紫の光に跳ね返されて何事もないのか、街には火の粉すら降り注いでいなかった。そんな明滅した光の饗宴を聞きながら、リゲイドはその手のひらの中で転がる小さな石を指で愛しそうになぞる。


「ぜってぇ、見つけ出してやる」


石に唇を寄せてまぶたを閉じるリゲイドの声は、寝静まった室内では誰の耳にも届かない。白く滑らかな石だけが、そのどこか悲しく、切ない声に支配されたリゲイドの真剣なまなざしを受け止めていた。
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