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第陸章:カワイソウナヒト
03:血に混じる
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身体がだるくて重い。近年まれに感じる身体の不調に気持ちまで沈んでくる。
天気も悪く、雨が降りそうな曇天だからかもしれない。低気圧の影響か。頭痛までしそうだと、胡涅は朱禅の運転する車のなかで項垂れていた。
「雨、やだな」
窓をうち始めた雨粒に滅入った声を吐き出す。
「ねぇ、行かなきゃだめ?」
「胡涅、運転中だ。じっとしていろ」
「してるもん。朱禅のばーか」
今どき、子どもでももっとましな返しをする。わかっていても、頭の回らない天気なのだから仕方ない。
月に一度の定期検診。
朱禅や炉伯は行くなと言ってたくせに、最近では「行って早々に終わらせよう」と、なぜか検診に同意しているのだからやるせない。
「検診、いかなきゃダメ?」
運転する朱禅には無理なので、隣を陣取る炉伯に尋ねてみる。
一応、最大限に可愛く見える角度と仕草で迫ってみた。炉伯は少し身体を引いて距離を取り「くそ」と舌打ちしてくる。
「……ごめん、なさい」
正直、ここ二週間ほど、二人の態度が冷たくて、心が折れかけている。あのあと、傷がなおるまでの期間、それほど怒らせるようなことだったのだと胡涅は深く反省した。
なるべく、口数を減らして大人しくもしてみた。それでも、朱禅と炉伯の態度はひどくなるばかりで本当につらい。かと思えば過保護や過干渉が加速して、とても口うるさい小姑みたいなときもある。
「謝るな、胡涅。抑えていただけだ」
「なにを?」
「自制心」
「………自制心?」
「我慢に自信がある俺でも、限界はあるって話だ」
それはいったいどんな話だろう。
炉伯に自制心や我慢があっただろうかと胡涅は首をかしげる。けれど、その仕草がよくなかったらしい。
「ん、ひゃ!?」
肩を引き寄せた勢いにまかせて、頭に口付けられた。
「胡涅」
名前を呼ばれて抱き締められる。
それだけで肩の力が抜けて、体と心のつらさが緩和される気がした。
頬を撫でられ、首や鎖骨に大きな手が触れてくると、自然と身体がすり寄って、炉伯の匂いに埋もれたくなる。
「炉伯」
名前を呼んで見上げてみる。
それを力ずくで胸元に押さえつけてくる炉伯に、顔をあげられない。
ドキドキと同じ鼓動を刻む音が心地いい。
「……ちゅーしたい」
「ちゅーはしない」
「キスしたい」
「キスもしない」
「口吸いは?」
「一番ダメだな」
「意味わかんない」
ふんっと鼻をならして抱きつく。
どれも同じ意味のはずなのに、何がそんなに違うのか。
「全然キスしてない」
「普通はしないんだろ?」
護衛と主人は。そう続けられると「そうだけど」以外の言葉がない。
「つがいって言ったくせに」
恋人や嫁と同等の意味ではなかったのか。
憤慨する唇を炉伯はむにむにと揉んでくるが、そんなことをされても気分は収まらないと胡涅は頬を膨らませた。
「胡涅、これを身に付けておけ」
「なに、これ?」
「俺たちがお前を見つける印みたいなもんだ」
手首に通された赤と青の数珠。
キレイなものだが、朱禅と炉伯の瞳の色を連想してしまうあたり、これはそういうものだろう。
「独占欲強すぎない?」
嬉しさから笑って告げてみれば、予想以上に真面目な顔をした炉伯が見えて、胡涅はぐっと息を飲む。
「身体に花を刻めるようになれば、独占などと生ぬるい証で済むと思うな」
それは脅しだろうか。
甘い声で囁くセリフにしては随分と物騒だと、胡涅は首をたてに動かした。
「じゃあ、いってきます」
八束市の中心地から少し外れた広い敷地に悠然と構える「棋綱製薬」の看板を通り、敷地内に設けられた所定の駐車場にたどりついたところで、胡涅はようやく炉伯の腕のなかから解放される。
「胡涅、我らの名を呼べ」
車から降りたところで朱禅が抱きついてくる。人目もはばからずぎゅうぎゅうと抱き締められると、ちょっとだけ恥ずかしい。
「朱禅、今生の別れじゃないんだから」
「たとえ一時でも目に触れなければ死んだも同じ。あまり時間をかけるな。我の気が狂う」
断言されるとなにも言えない。
時間をかけるなと言われても、おそらくいつもと同じ時間はかかるだろう。五時間程度か。その程度で狂われては困ると、胡涅は顔をひきつらせながら朱禅の気が済むまで抱き締められていた。
「ん、じゃあ、今度こそいってきます」
手を振って二人に背をむける。
朱禅と炉伯は、この先へは入れない。
立ち入りを許可されていないというが、律儀に守るタイプではなさそうなのに、変に真面目なところが二人らしい。
胡涅専用ともいえる自動ドアが開いて、馴染みの廊下を歩く頃には、気分も検診へと向き、長く染み付いた習慣はどんなときでも適応するのだと胡涅はひとり納得する。
「あ、胡涅ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは、保倉先生」
部屋に入るなり目についた姿にお辞儀をする。そして同時に「先月はすみません」と謝っていた。
「え、どうして保倉先生が謝るんですか?」
炉伯が吠えたせいで尻餅をつかせてしまったのにと、言葉にしない暗黙で胡涅は首をかしげる。
「ボクは胡涅ちゃんが急変したのに、何もできなくて」
「そんなことないですよ。出口まで一緒に付いてきてくれました」
苦しいとき、傍にいてくれる人は少ない。
目の前の保倉先生には言えないが、もうひとりの保倉先生なら、そうもいかない。
朱禅と炉伯に無事に会わせてくれただけ助かったと、胡涅はお礼の笑みを浮かべていた。
「そっ、そ、そうだ。きょ、今日の薬を」
「先生、落ち着いて。それに薬の前に採血でしょ?」
「う、うん」
腕を差し出して流れを口にする。
あの日、朱禅と炉伯が全身に付けた噛みあとやキスマークはすでに消えている。手首についた麻縄の傷の方が早く治ったのは驚いたが、人前に出しても問題のない肌になったのは正直助かった。
「それじゃあ、いつも通りに」
簡素な部屋の中央に設けられた豪奢なベッドへと寝そべり、腕を差し出して血管に針を突き刺す。
特別なことはなにもない。
ただそれだけの行為。それなのに、将充は仰向けになった胡涅の顔を見つめたまま何もしてこない。不思議に思った胡涅が将充の顔をじっと眺め返すと、それに気づいた将充が慌てて「ごめん」と顔を赤く染めた。
「胡涅ちゃん、顔色悪いね。貧血かな」
「え、あ、はい。実は朝から気分が悪くて、頭痛が少ししてます」
「父さん呼ぼうか?」
「ううん、そこまで重症な感じじゃないからだいじょうぶです」
「ボクてきには胡涅ちゃんに無理をさせたくないんだけど……勝手に判断したら怒られそうだなぁ……あ、そうだ。胡涅ちゃん、手術を受ける前によく吸ってた薬草で、新しく調合してみた薬があるんだけど、それで様子みてもいいかな?」
言いながらワクワクした顔をされると断りづらい。どうせこれから長く付き合っていくのだ。煎じてくれた薬のひとつやふたつくらい、先月のお詫びもかねて受けてもいいだろうと、胡涅は「うん」とうなずいた。
「うわー、懐かしい」
いつも携帯するように言われていた吸引器に、少しばかりテンションもあがる。
「これ、手術前はよく使ってたんです」
「じゃあ説明は不要だね。はい」
「ありがとうございます」
受け取って、口に運び、吸い口に唇をつけて、勢いよく吸い込む。
その瞬間の違和感を何と表現すればいいだろう。
もうひとりの自分が叩き起こされる。
そんな感覚が胡涅を襲う。
「……ッ」
大きく目を見開き、胸を鷲掴みにして全身を硬直させる。
見るからに異変を告げる胡涅の態度に、一番驚いたのは不運な提供者以外にいない。
「胡涅ちゃん!?」
慌てて近寄り、手の中から転がり落ちた吸引器を無視して胡涅の口元に耳を寄せる。
呼吸が止まって見えた。
だから一番最初に呼吸を確認した。
「………っふふ」
悪戯が見つかった少女のような笑い声をこぼした胡涅に驚いて顔を放す。けれど、胡涅の動きの方が早く、将充は首に手を回されてベッドへと引きずり込まれていた。
仲良く並んでベッドに横たわっている現状に状況を読み込めない将充は固まっている。その間に、ふわりと香る藤の気配に、瞬きも忘れて眺められていた。
「久しいの、将門。何年、いや何百……何千……まあいい。数えるのも面倒だ」
「……ッ、はぇ!?」
ちゅっと愛らしいリップ音と共に触れる柔らかな感触。
「ち、ちちちょっ、胡涅ちゃん!?」
ばっと勢い良く肩をつかんで、胡涅をベッドに押さえつけながら顔を赤くした将充の様子に、胡涅の身体を乗っ取るなにかは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「うぬはいつの世も損な役目よの」
くすくすと笑う声も、顔も、胡涅のままなのに、開いた目は美しい黄金色に変わっている。
「この調合は、これまでとは違うようだが、ふむ。うぬが仙蒜(せんひる)を煎じたか。なかなか、どうして。その才能は厄介ゆえに、わらわは面白くて愛おしい」
ベッドに転がった吸引器を言っているのだろう。黄金色に魅せられて、目をそらせないが、将充はこの現状がまだ理解できていない。
「胡涅……ちゃん?」
「わらわは胡涅ではない。藤蜜じゃ」
むっと眉間にシワを寄せた顔が、ぐっと将充を引き寄せて、上下が簡単に入れ替わる。
将充の腰にまたいだ胡涅が、妖艶に腰をくねらせるせいで、勝手に反応した股間が痛いが、これは不可抗力だと叫びたい。
「胡涅が発情するとあの鬼畜どもが厄介でな。わらわも愛するうぬを抱けるならばと乗っ取った」
「いや、あの、えっ」
「強制的に発情させて、うぬも隅に置けぬやつだ……なるほど。うぬは反応が素直で話が早い」
「……待っ、ちょ、なに!?」
「服など面倒な。脱げ、将門」
「むっ、ムリムリムリ。何を言ってるの、胡涅ちゃん、だっ、だめだよ」
「何が駄目なのだ。わらわが求めておる。立派に勃起させたここを見せよ」
「ギャァァァァ」
身ぐるみをはごうと強行突破に転じた藤蜜の動きはともかく、見た目は完全に胡涅なのだから混乱は止まらない。
男の股間に顔を寄せて、勢いよく服を脱がそうとする力はどこにあるのか。
理性をフル動員させる将充との攻防戦はイヤでも続き、ベッドから脱出しようと息切れを起こす男の様子に、いよいよ藤蜜がぶちギレた。
天気も悪く、雨が降りそうな曇天だからかもしれない。低気圧の影響か。頭痛までしそうだと、胡涅は朱禅の運転する車のなかで項垂れていた。
「雨、やだな」
窓をうち始めた雨粒に滅入った声を吐き出す。
「ねぇ、行かなきゃだめ?」
「胡涅、運転中だ。じっとしていろ」
「してるもん。朱禅のばーか」
今どき、子どもでももっとましな返しをする。わかっていても、頭の回らない天気なのだから仕方ない。
月に一度の定期検診。
朱禅や炉伯は行くなと言ってたくせに、最近では「行って早々に終わらせよう」と、なぜか検診に同意しているのだからやるせない。
「検診、いかなきゃダメ?」
運転する朱禅には無理なので、隣を陣取る炉伯に尋ねてみる。
一応、最大限に可愛く見える角度と仕草で迫ってみた。炉伯は少し身体を引いて距離を取り「くそ」と舌打ちしてくる。
「……ごめん、なさい」
正直、ここ二週間ほど、二人の態度が冷たくて、心が折れかけている。あのあと、傷がなおるまでの期間、それほど怒らせるようなことだったのだと胡涅は深く反省した。
なるべく、口数を減らして大人しくもしてみた。それでも、朱禅と炉伯の態度はひどくなるばかりで本当につらい。かと思えば過保護や過干渉が加速して、とても口うるさい小姑みたいなときもある。
「謝るな、胡涅。抑えていただけだ」
「なにを?」
「自制心」
「………自制心?」
「我慢に自信がある俺でも、限界はあるって話だ」
それはいったいどんな話だろう。
炉伯に自制心や我慢があっただろうかと胡涅は首をかしげる。けれど、その仕草がよくなかったらしい。
「ん、ひゃ!?」
肩を引き寄せた勢いにまかせて、頭に口付けられた。
「胡涅」
名前を呼ばれて抱き締められる。
それだけで肩の力が抜けて、体と心のつらさが緩和される気がした。
頬を撫でられ、首や鎖骨に大きな手が触れてくると、自然と身体がすり寄って、炉伯の匂いに埋もれたくなる。
「炉伯」
名前を呼んで見上げてみる。
それを力ずくで胸元に押さえつけてくる炉伯に、顔をあげられない。
ドキドキと同じ鼓動を刻む音が心地いい。
「……ちゅーしたい」
「ちゅーはしない」
「キスしたい」
「キスもしない」
「口吸いは?」
「一番ダメだな」
「意味わかんない」
ふんっと鼻をならして抱きつく。
どれも同じ意味のはずなのに、何がそんなに違うのか。
「全然キスしてない」
「普通はしないんだろ?」
護衛と主人は。そう続けられると「そうだけど」以外の言葉がない。
「つがいって言ったくせに」
恋人や嫁と同等の意味ではなかったのか。
憤慨する唇を炉伯はむにむにと揉んでくるが、そんなことをされても気分は収まらないと胡涅は頬を膨らませた。
「胡涅、これを身に付けておけ」
「なに、これ?」
「俺たちがお前を見つける印みたいなもんだ」
手首に通された赤と青の数珠。
キレイなものだが、朱禅と炉伯の瞳の色を連想してしまうあたり、これはそういうものだろう。
「独占欲強すぎない?」
嬉しさから笑って告げてみれば、予想以上に真面目な顔をした炉伯が見えて、胡涅はぐっと息を飲む。
「身体に花を刻めるようになれば、独占などと生ぬるい証で済むと思うな」
それは脅しだろうか。
甘い声で囁くセリフにしては随分と物騒だと、胡涅は首をたてに動かした。
「じゃあ、いってきます」
八束市の中心地から少し外れた広い敷地に悠然と構える「棋綱製薬」の看板を通り、敷地内に設けられた所定の駐車場にたどりついたところで、胡涅はようやく炉伯の腕のなかから解放される。
「胡涅、我らの名を呼べ」
車から降りたところで朱禅が抱きついてくる。人目もはばからずぎゅうぎゅうと抱き締められると、ちょっとだけ恥ずかしい。
「朱禅、今生の別れじゃないんだから」
「たとえ一時でも目に触れなければ死んだも同じ。あまり時間をかけるな。我の気が狂う」
断言されるとなにも言えない。
時間をかけるなと言われても、おそらくいつもと同じ時間はかかるだろう。五時間程度か。その程度で狂われては困ると、胡涅は顔をひきつらせながら朱禅の気が済むまで抱き締められていた。
「ん、じゃあ、今度こそいってきます」
手を振って二人に背をむける。
朱禅と炉伯は、この先へは入れない。
立ち入りを許可されていないというが、律儀に守るタイプではなさそうなのに、変に真面目なところが二人らしい。
胡涅専用ともいえる自動ドアが開いて、馴染みの廊下を歩く頃には、気分も検診へと向き、長く染み付いた習慣はどんなときでも適応するのだと胡涅はひとり納得する。
「あ、胡涅ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは、保倉先生」
部屋に入るなり目についた姿にお辞儀をする。そして同時に「先月はすみません」と謝っていた。
「え、どうして保倉先生が謝るんですか?」
炉伯が吠えたせいで尻餅をつかせてしまったのにと、言葉にしない暗黙で胡涅は首をかしげる。
「ボクは胡涅ちゃんが急変したのに、何もできなくて」
「そんなことないですよ。出口まで一緒に付いてきてくれました」
苦しいとき、傍にいてくれる人は少ない。
目の前の保倉先生には言えないが、もうひとりの保倉先生なら、そうもいかない。
朱禅と炉伯に無事に会わせてくれただけ助かったと、胡涅はお礼の笑みを浮かべていた。
「そっ、そ、そうだ。きょ、今日の薬を」
「先生、落ち着いて。それに薬の前に採血でしょ?」
「う、うん」
腕を差し出して流れを口にする。
あの日、朱禅と炉伯が全身に付けた噛みあとやキスマークはすでに消えている。手首についた麻縄の傷の方が早く治ったのは驚いたが、人前に出しても問題のない肌になったのは正直助かった。
「それじゃあ、いつも通りに」
簡素な部屋の中央に設けられた豪奢なベッドへと寝そべり、腕を差し出して血管に針を突き刺す。
特別なことはなにもない。
ただそれだけの行為。それなのに、将充は仰向けになった胡涅の顔を見つめたまま何もしてこない。不思議に思った胡涅が将充の顔をじっと眺め返すと、それに気づいた将充が慌てて「ごめん」と顔を赤く染めた。
「胡涅ちゃん、顔色悪いね。貧血かな」
「え、あ、はい。実は朝から気分が悪くて、頭痛が少ししてます」
「父さん呼ぼうか?」
「ううん、そこまで重症な感じじゃないからだいじょうぶです」
「ボクてきには胡涅ちゃんに無理をさせたくないんだけど……勝手に判断したら怒られそうだなぁ……あ、そうだ。胡涅ちゃん、手術を受ける前によく吸ってた薬草で、新しく調合してみた薬があるんだけど、それで様子みてもいいかな?」
言いながらワクワクした顔をされると断りづらい。どうせこれから長く付き合っていくのだ。煎じてくれた薬のひとつやふたつくらい、先月のお詫びもかねて受けてもいいだろうと、胡涅は「うん」とうなずいた。
「うわー、懐かしい」
いつも携帯するように言われていた吸引器に、少しばかりテンションもあがる。
「これ、手術前はよく使ってたんです」
「じゃあ説明は不要だね。はい」
「ありがとうございます」
受け取って、口に運び、吸い口に唇をつけて、勢いよく吸い込む。
その瞬間の違和感を何と表現すればいいだろう。
もうひとりの自分が叩き起こされる。
そんな感覚が胡涅を襲う。
「……ッ」
大きく目を見開き、胸を鷲掴みにして全身を硬直させる。
見るからに異変を告げる胡涅の態度に、一番驚いたのは不運な提供者以外にいない。
「胡涅ちゃん!?」
慌てて近寄り、手の中から転がり落ちた吸引器を無視して胡涅の口元に耳を寄せる。
呼吸が止まって見えた。
だから一番最初に呼吸を確認した。
「………っふふ」
悪戯が見つかった少女のような笑い声をこぼした胡涅に驚いて顔を放す。けれど、胡涅の動きの方が早く、将充は首に手を回されてベッドへと引きずり込まれていた。
仲良く並んでベッドに横たわっている現状に状況を読み込めない将充は固まっている。その間に、ふわりと香る藤の気配に、瞬きも忘れて眺められていた。
「久しいの、将門。何年、いや何百……何千……まあいい。数えるのも面倒だ」
「……ッ、はぇ!?」
ちゅっと愛らしいリップ音と共に触れる柔らかな感触。
「ち、ちちちょっ、胡涅ちゃん!?」
ばっと勢い良く肩をつかんで、胡涅をベッドに押さえつけながら顔を赤くした将充の様子に、胡涅の身体を乗っ取るなにかは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「うぬはいつの世も損な役目よの」
くすくすと笑う声も、顔も、胡涅のままなのに、開いた目は美しい黄金色に変わっている。
「この調合は、これまでとは違うようだが、ふむ。うぬが仙蒜(せんひる)を煎じたか。なかなか、どうして。その才能は厄介ゆえに、わらわは面白くて愛おしい」
ベッドに転がった吸引器を言っているのだろう。黄金色に魅せられて、目をそらせないが、将充はこの現状がまだ理解できていない。
「胡涅……ちゃん?」
「わらわは胡涅ではない。藤蜜じゃ」
むっと眉間にシワを寄せた顔が、ぐっと将充を引き寄せて、上下が簡単に入れ替わる。
将充の腰にまたいだ胡涅が、妖艶に腰をくねらせるせいで、勝手に反応した股間が痛いが、これは不可抗力だと叫びたい。
「胡涅が発情するとあの鬼畜どもが厄介でな。わらわも愛するうぬを抱けるならばと乗っ取った」
「いや、あの、えっ」
「強制的に発情させて、うぬも隅に置けぬやつだ……なるほど。うぬは反応が素直で話が早い」
「……待っ、ちょ、なに!?」
「服など面倒な。脱げ、将門」
「むっ、ムリムリムリ。何を言ってるの、胡涅ちゃん、だっ、だめだよ」
「何が駄目なのだ。わらわが求めておる。立派に勃起させたここを見せよ」
「ギャァァァァ」
身ぐるみをはごうと強行突破に転じた藤蜜の動きはともかく、見た目は完全に胡涅なのだから混乱は止まらない。
男の股間に顔を寄せて、勢いよく服を脱がそうとする力はどこにあるのか。
理性をフル動員させる将充との攻防戦はイヤでも続き、ベッドから脱出しようと息切れを起こす男の様子に、いよいよ藤蜜がぶちギレた。
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