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第伍章:眠り姫の目覚め

04:嫉妬の代償

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秋の夜は長い。
月も深まれば、冷えてくる室内も濃密な二酸化炭素と体温のせいで汗ばむほどに熱く、苦しいものがある。


「…っ…しゅ、ぜ……ろ…ぁく」


どろどろに溶かされた神経が、口を閉じる指令を忘れているのか、先ほどから舌を出して虚ろに喘ぐ胡涅の声が断続的に聞こえている。
朱禅、炉伯。その名前だけを繰り返す主人に護衛はどう応えるのか。


「胡涅、舌寄越せ」

「……ぅ…にゅ…ッ…ぐ」


体勢が変わることはない。
麻縄に縛られた両手首に感覚はなく、曲げられた足の間に神経が集中して、痙攣を起こすだけ。


「ァ゛…ぁー……ふ、ぅッ」


はふはふと、声にならない息と母音を繰り返し、今は、密着する炉伯の熱を受け入れている。
もう数えるのもバカらしい。記憶を刻む脳は役割を放棄して、ただ与えられるままの快楽を得ることだけに専念しているのだから無理もない。


「ぃッ…ぐ、ぅ……炉伯、ろ…は、くっ」


抱き締めることもできない。
それなのに腰を持って奥まで突き上げてくる動きが終わってくれなくて、もう何度叫んだかもわからない。


「ャァ゛…やだぁ…ァッ、く、も、いきたくな…ン゛んっ」


痛快な絶頂に殴られて、胡涅の意識がはじけ飛ぶ。同時に溢れた蜜が炉伯の足を濡らして、密着する恥骨から垂れていく。浮いた腰を支えるように、下半身をつま先で支えているが、炉伯の突き上げにも支えられる膣の内部は子宮までも痙攣して震えている。


「ぁぁあぁ……やぁ……やだぁぁ」


一瞬、気絶したことにも気付かない胡涅は、思い出したように声をあげたが、それは単純に愛らしくてたまらないだけだと炉伯の声がくすくすと笑っている。


「んー、なんだ。胡涅、もう満足か?」

「我はまだ満ちてない」

「俺も」


泣けば泣くほどよしよしとあやされて、甘い声に変わっていく男たちは異常だと思う。熱のこもった瞳に興奮は元より、喜びを宿し、ぐずぐずと溶けていく女の様子を心底嬉しそうに眺める姿は、造形美も合わさって酷く恐ろしく感じる。


「こわ…ぃッ…も、やだぁァ゛…ぬ、て…抜い、てぇぇっ」


炉伯の突き上げに弓なりにしなる身体が、天井に向かって腕を伸ばし、頭を起点に腰を浮かせ、上へ上へと逃げようと奮闘する。膣の伸縮が炉伯の形を覚えるように痙攣して、放出するはずのない水量が、ぼたぼたと足の間を濡らし続けていた。


「噴くなら教えろというのがまだ、身につかんか」


なぜか朱禅が困ったふうに息を吐いて、炉伯との結合部分に顔を寄せてくる。


「朱禅…そ、れ…やぁ……そりぇ、イッぐぅ…ぎもちい、ぃからァア」

「ならば問題はない」


吸い付きやすいように炉伯が腰を掴んだまま上半身を起こしたせいで、高く浮いたそこに朱禅の顔は簡単に埋まった。
足の閉じかたを忘れた身体は簡単に受け入れる。それが悔しくて、情けなくて、胡涅はまたぐずぐずと泣いた。


「ああ、うまい」


心の底からそう思っているような声が、朱禅の顔を埋めた場所から聞こえてくる。
炉伯を埋めながら、膨れたクリトリスを舌でなぶられる時間が、異様なほど長いと感じてしまうのは、感覚さえもマヒして時間だけが無情に流れていくせいだろう。


「………逃げんなよ」


吸い上げられて、舐められ続ける時間で立場を自覚したのか、すっかり大人しくなった胡涅とは違い、室内には卑猥な音だけが断続的に響いている。自身を深く埋めたまま胡涅の伸縮を楽しみ支えていた炉伯は、むすっとした顔で、どこか釈然としない手のまま空中で十字を刻んだ。瞬間、あれだけ強く結ばれていた麻縄がほどけて落ちる。
ずんっと腕が垂直に落ちてきて顔が潰れそうになる前に、顔を起こした朱禅と、抱き寄せてきた炉伯の動きに助かったが、胡涅は腕が解放されたことに気付きもせずに感じていた。


「きもち……ぃ……いくぅ…ぁ…ぁ」


ようやく快楽だけに浸れる状態になったというのに、空気が変わったことに敏感な反応をみせた胡涅の瞳に怯えが戻る。


「………ゃッ、ぅ」


抱きしめて、額にキスをしながら優しく背中をさすってくれる炉伯に文句を吐き出すしかない。朱禅は自分の顔についた蜜を舐めとっているが、視線が痛いほどに突き刺さってくる。
それもそのはず。
炉伯の差し込まれたものは抜けることなく、ぎゅっと温もりを与えられたのに合わせて深く馴染もうとしているのだから気が抜けない。


「胡涅、そう泣くな」

「…っく…炉伯…ぅ……ンッ」


頬を撫でられ、耳元で何かを囁かれる。


「怖くねぇよ。抱いてるのは俺だ」


呪文のような聞きなれない言葉のあとに、理解できる言葉で告げられるとそんな気がしてくる。
不思議なことに安心してくる。
炉伯だから大丈夫などと、根拠のないものが胸に巣食い始める。


「胡涅、俺たちは俺たち以外にお前を喰わせる気はない」


頭からすっぽり包んでくる炉伯の匂いに、くらくらと薄れた意識が甘えたがる。
怒っているなら鎮めなければと、なぜか心が焦り始め、嫌われたくないと必死にすり寄る。


「きらい…に、なった…の?」


だから怒っているのかと、胡涅は炉伯の肌に額をこすりつけながら問いかける。


「そう思うのか?」


頭から背中を大きな手で撫でられ、頭頂部にキスを落とされ、下から優しく突き上げているのが答えだと炉伯は困った息を吐き出した。安易に、これほど可愛がっているのにまだわからないのかと表情は物語るが、それは胡涅には見えない。


「嫉妬させた胡涅が悪い。謝るなら今のうちだ」

「……しっと?」


それは何にだろうかと、首を傾げた胡涅を青い瞳が覗き込む。


「まだ仕置きが足りねぇってなら、もう一度縛って最初からやり直してもいいぜ?」


その囁きに、本能が勝手に反応したのだから仕方がない。


「……ッめ…な、さ」

「ん?」

「ごめ…っ…なさ…ぃッ」


謝る以外に何を口にすればよかったのだろう。
それでもこれが最適解だと、雰囲気が正解を告げている。その証拠に胡涅を抱きしめる炉伯の腕が、ほんの少し強さを増した。
すり寄ったまま、涙をためた目で訴えた胡涅の無自覚の誘発も功を奏したのだろう。


「胡涅、お前は誰の女だ?」

「ァ゛…ォッ…ろ、はぐ…炉伯、ぁ…炉伯と朱禅の」

「ああ、俺たちの女だ。じゃあ、他の男にはもう指一本触らせねぇよな?」

「ごめんなしゃ…ッ…ぃ…ごめんなさい」

「いいぜ。今回は特別に許してやるよ」


嬉しそうに微笑む青い瞳の熱にやられる。
本当に許してくれたのかどうか。
何に対して謝っているのか、意味はよく理解できていない。ただ、怒りを鎮めたいために吐いた謝罪。


「これに懲りたら狭間路で他の男に触れさせるな」

「はざ……ま?」

「勝手にいなくなるな。名を呼べ。その癖をつけろ」


それは抱き締められた状態で前後に揺れる身体では判断しようがない。
振り落とされないように、反動で炉伯の背中に腕を回し、爪を立てたところで初めて、胡涅は自分の腕が解放されていることを知った。


「ひ…ぁ…ぃッく、炉伯…ァ゛…ろ」


ぎゅっと抱きついて痙攣する。
これまでと違う多幸感を得るのは、炉伯の匂いの中で抱きしめられ、白濁の液を体内に注がれるからだろう。


「……血…ッ…ゃ」


炉伯が吐き出したものを馴染ませている間、朱禅が口付けてきた手首に目を向けた胡涅の神経がびくりと強張る。
それは当然、仕方ない。
胡涅の手首には縄の痕が赤黒く取り巻き、ところどころ血が滲んでいる。どうりで感覚がないはずだと、痺れる指先が怖くなって、また胡涅の瞳はうるりと水分量を増していく。


「我らを妬かせるからだ」


あくまで自分たちは悪くないというのが、傷口にキスをする朱禅の言い分らしい。


「胡涅、無害な夜叉などいない。男も、女も、肝に銘じよ」

「ごめ…ッ…なさ…ごめなさ、ぃ」

「一人になればどうする?」

「朱禅…呼ぶ…朱禅と炉伯を…よ、ぶ」

「わかればいい」


わざと傷口に舌を差し込んだ朱禅に怯えて、胡涅は謝り、復唱する。
視界の中に彼らがいなければいけない。常に彼らの視界の中にも、自分はいなければいけない。勝手に消えてはいけない。姿が見えなくなった瞬間に、名前を叫んで、求め狂う面倒な女になれと吹き込んでくる。
そうなりたくないから、気持ちを押さえて頑張ってきたのに。
彼らなしで生きられなくなれば、困るのは自分だと、誰よりも知っているからこそ、距離を保ってきたのに。


「朱禅、ほら」


炉伯が抱きあげて引き抜いた胡涅をそのまま、朱禅に渡す。朱禅は椅子にでもなるつもりか。渡された胡涅を無遠慮に突き刺して固定すると、そのままシーツに顔を沈めるように押し倒した。


「……っぐ」


シーツに頬を押し付けた状態で、腕に力は入らない。
足は開いたまま閉じない。
受け入れることを覚えている胡涅の身体は、臀部だけを高くあげて、朱禅のいいなりに最深を許している。


「よく締まる」


獣じみた声で、ただ単純に突かれるだけの音が響く行為が始まる。
朱禅はどこか楽しそうな声で笑っている。顔は見えないが、「これだけならしても狭いからな」と隣に寝そべった炉伯が嬉しそうに口角を歪めているのと、大差ない恍惚の瞳をしているに違いない。


「…ッ…ォ…く……ぉぐ…ぅ」


朱禅に押さえつけられて悲鳴をシーツにぶつける胡涅の耳に、汗ばんだ前髪をかけてやりながら炉伯は笑う。


「奥で味わう俺たちはうまいか?」

「まずいとは言わせん」

「残さず全部喰えよ」


何を食べろというのか。
それでも、わかる。お腹が膨れ、満たされる感覚が全身を震わせてくる。


「まるで踏みつけた蛙に似た声をあげる。我らを誘う良い声だ」

「必死に暴れて、刺した蝶のようにもがく。俺たちを更に煽ってくれるな、止まらなくなる」

「ならば羽を千切り、身を食すまで」

「いずれ自分から欲しがる」

「そうなれば、さらに甘い蜜をやるぞ?」


今以上に。耳元で左右交互に告げられる声に快楽が走る。駆け抜けて、パチパチと星が舞うのを噛み締めて、受け入れて。大きな手は乱暴なのに、優しく包んで触れてくるから、甘えてしまう。
イヤだったはずなのに、イヤじゃなくなっていることを認めたくなくて抵抗する。
可愛くいたいのに、いさせてくれない。
酷い男たちだと睨めば、さらに、深い快楽に沈められるだけ。熱くほとばしる彼らの嫉妬をすべて注がれ、最後の一滴を受け止めるころには胡涅の意識は深淵の底を漂っていた。
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