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第参章:八束市の支配者

05:欲しがりな体

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気持ちよくなりたい。
ここでいう気持ちいいは、世間一般のいう健全な快感ではない。無防備を強制される世界への連行。突き抜けるほどの白い感覚は、神経を伸ばして、胡涅に至高を与えてくる。


「…ぁ…ッぁ…ん…はぁ…」


もう、舐められなかった場所も触られなかった場所もないといいたい。
肝心な刺激だけ与えられないまま、気付けば一人全裸に剥かれ、胡涅の体温だけが上昇していた。


「ゃ、だ……も、ぃきた……ンッ」


普段、ワガママで振り回されている仕返しなのか。絶頂だけを知らない身体をくねらせて、胡涅は二人の中央で泣き言を吐き出していた。
浮かんだ涙で視界がにじんでも、まだ落ちそうにない。泣いて求める可愛さも知らない。知っているのは、二人が気持ちよくしてくれる術を知っているということ。そして、その二人に気持ちよくしてもらえないということ。
正確には、死ぬほど気持ちいい。
ただ、望む刺激と違うだけ。
もっと気持ちよくなりたい。
もっと沢山してほしい。
それを懇願するほどの勇気はまだない。
すでに処女を捧げていれば、もっと単純にことを終えたのだろうか。未経験では何もわからない。百戦錬磨の男たちの心情も、これから先に訪れる未来も、世間知らずには想像もつかない。


「もうやめるか?」

「…………っ、ふぇ?」


すでにふやけて溶けた身体は、火照って先を求めているのに、いっきに現実に引き戻される。それも今しがた真上を陣取っていた炉伯に告げられるのだから意味がわからない。


「炉伯…ぅ…」


いつの間に背後から抱き締める椅子の役割を放棄して、股に埋もれる綿になったのだろう。そこには朱禅がいたはずなのに。そう思えば、今は朱禅が椅子の代わりだったことに気付く。


「……ひっ、にゃ……ぁ」


変な声が出た。
炉伯が膣の周囲を描くように舌で舐めたせいだが、同時に朱禅も乳首を摘まんだせいともいえる。
痛いほど腫れた先端は朱禅の指のなかで、ぐりぐりと形を変えられて、反抗心を尖らせているのに、溶けた身体は与えられる全ての刺激を快楽に変えてしまうらしい。


「………ぅ…くっ」


ついに泣き出した胡涅の涙を朱禅が後ろから抱え込むように舐めとっていく。


「どうして意地悪するの?」


そのような言葉を紡いだと思ったのに、彼らは普段の地獄耳を封印して、知らないふりを続けている。


「ぁ……ッ…ふっ…ぁ…ャッ」


結局焦らされるだけ焦らされる。
限界はとっくにすぎて、胡涅はされるままに悶えるだけ。振り切れてくれない理性のせいで、イヤでも二人の存在を感じてしまう。
欲しくなる。知らないままではいられない。


「…………欲しい」


心に強く浮かべただけのつもりが、声に出ていたらしい。
なぜ、その単語を浮かべたのか。説明のしようもない。
口から勝手に出ていた言葉を薄れた理性で説明するのは難しい。


「…ぅ…っ……ふ……ァッ」


先ほどまでの勢いはどうしたのか、ピタリと止まった二人は、満足そうに微笑んで顔を見合わせている。
熱がゆっくり離れていく。半分しか開かない目でその原因を探ってみれば、胡涅の身体はわかりやすく天井を向いて、長椅子の上で仰向けに転がっていた。


「やはり欲されるのは良い」

「ねだれば得られることを教えてやる」


キスをしながら器用に服を脱げるのは、経験値の差なのかもしれない。
ネクタイを緩めて、ボタンを外して、ベルトに触れていた指先ごと脱いだそこに、驚異的な剛直が姿を表す。
一緒にお風呂に入った時に何度も見た。初めて見るわけじゃないのに、普段とは違う気がする。朱禅も炉伯も均整のとれた体躯が美しく、キレイな顔に不釣り合いな獣を飼っている。自分の体に興奮してくれているという事実が、女としての尊厳を満たすものが、すぐそこにある。
思わずゴクリと喉を鳴らしたのは条件反射。恐る恐る手を伸ばしてみれば、朱禅も炉伯も快く触らせてくれた。


「……おっきい」


触ってみて、改めてポツリと感想がこぼれ落ちる。
親指と中指で作った一番大きな輪でも足りない。手首よりも太く、固くて長いそれらは、脈を浮かせて、傘を広げて、彼らのへそを超えるほどそそりたっている。


「舐めて……いい?」


仰向けから上半身を起こして、長椅子に座った状態で舌を出す。


「胡涅のもんだ、好きにしろ」


炉伯に頭を撫でられて、おずおずと舐めてみた。
びくりと跳ねて、驚いた胡涅の肩も跳ねる。くすくすと頭上から笑い合う声が聞こえてくるが、それはあえて聞こえないふりをする。
正直、ぺろりと舐めただけで口に入れるのはためらわれる。
大きく開けても入る気がしない。アイスを舐めるみたいに少しずつ炉伯を舐める範囲を広げていく。だけど、これが正解かどうかは疑わしい。どうすればいいか、疑問符を浮かべながら炉伯を見上げたところで「胡涅、我も」と朱禅の声が聞こえてきた。


「……ンッ」


珍しい朱禅のおねだりに気分を上げて、炉伯のものから舌をスライドさせる際に意識を散らせたのが悪かったのだろう。


「ンむぅッ!?」


中途半端に開いた口の中に、朱禅のものが勢いよく飛び込んできた。


「小さな口には入りきらぬか」


後頭部を大きな手で包むように掴んで、のどまで一気に突かれたことを思えば、釈然としない朱禅の顔には、むせる胡涅の顔が見えていないに違いない。


「ん゛ぅ……ッ…ン゛んッ」


胡涅は太ももを叩いて抵抗する。強く目を閉じ、のどをしめて、声にならない声で叫ぶ。
それの何が面白いのか。「つたない」と一言呟いて、笑って朱禅は腰を引いた。


「………ッゴホ、ごほ……ぅー」


ひどい目にあった。まったく、ひどい目にあった。
咳き込む身体をなだめるために喉を押さえて、長椅子でうずくまる胡涅の身体を今度は炉伯が開いていく。


「あーあー、勿体ねぇ」


浮かべた涙と垂れたよだれを舐めとられて、再び寝かされる。抵抗できるだけの力はない。酸素を得る方が大切で、呼吸を整える方が先決だと、胡涅は炉伯にされるがまま長椅子の上に仰向けに転がっていく。


「胡涅、力抜いてろよ」


言いながら炉伯が足首を持って開いた先。問答無用で滑り込んだ理由を知って、胡涅は息をのんだ。


「………待って!」


機敏に、両手を突き出して炉伯の行動に停止を告げる。ドンッと股の間から下腹部に乗せられた重量が不満そうな顔をしているが、それを気にしている場合ではない。
思ったよりも重たい。そんな感想がよぎったとしても今は先に言うべきことがある。


「え、なに、これ……どういうこと?」


咳きこんだおかげで、理性が戻ってきた。あれほど二人から与えられる刺激以外考えられなかった脳が、大量の酸素を摂取して現実と向き合うことを思い出したらしい。


「待って……え……どういうこと?」


声は馬鹿みたいに同じ言葉しか繰り返さない。語彙力とは、本を読んで育ったからといって、必ずしも的確に使えるわけではないのだろう。
どういうことかは、頭で理解している。
炉伯は処女を奪おうとしていて、胡涅は奪われようとしている。そう理解しているのに、口から出た言葉は違う。


「炉伯……じ、冗談だよね?」


突き出して距離を保っているはずの腕が「は?」と疑問符を浮かべた炉伯の胸板に触れる。胸板に触れたのは、もちろん、炉伯が顔を寄せるように上半身を近付けてきたせい。


「ここまできて冗談だと思うか?」

「ッ、だ、だって……っだめ、だめだよ」


二人と「そういう関係」になりたいと思ったことは否定しないが、それが「今」かと聞かれると正直よくわからない。流れに身を任せてしていいことと、ダメなことがあるとすれば、これはダメな部類に入ると、胡涅は焦燥にかられていた。


「欲しいってねだったのは胡涅だぜ?」


言質をとったイケメンは強い。
逃げ腰になるのを見越して腰に手を差し込まれ、逃げ道を塞がれる。顔や耳、首への愛撫のようなキスと大きな手のひらで撫でられると「だめだ」と思う気持ちが緩んでいく。


「胡涅」

「ンッ…ぅ…ダメ…だ…め」

「朱禅のは咥えて、俺のは咥えてくんねぇの?」


「くわえる」の意味が違うと、重なる唇の中で抵抗が霧散していく。お腹の上に乗ったままの炉伯の重量は固くて太い。しかも長くて熱い。
あれが入るとは到底思えなくて、時間の経過が怖さまで連れてくる。


「……ャ、ぁ……怖い……」

「胡涅、案ずるな」

「しゅぜ………ンッ」


炉伯の腕の中で渋る胡涅の頭側に朱禅の気配が回り込む。


「拒めば無理矢理奪うことになる」

「……ぇ……なに、ぃ…ンッ」

「ほら、先ほど口に入れたものだ。恐れることはない」


朱禅の言葉が微塵も理解できない。それは止まないキスのせいか、言葉のせいかはわからない。
誘導された左手の指先が朱禅のものに触れる。
お腹に乗る炉伯と同じ。大きくて、別の生き物みたいに脈打って、熱を持って胡涅にすり寄り甘えてくる。触れた指先から手のひらに飛び込んで、握られたいと切望してくる。


「胡涅はすべてが小さいな」


手の大きさを言っているのだろう。
重なる朱禅の手が、自身に触れる胡涅の手の上から包むように握りしめている。


「恐れるな。すぐによくなる」


恐れなくて済むならそれに越したことはないが、それ以前の心の準備はどうしたらいいのだろう。


「………ッぁ」


炉伯が膝頭を掴んで足を折り曲げ、広げてくる。自然と目がそこにいって、胡涅は朱禅のモノを握る左手に力を込め、震える唇で右手の指を噛んだ。


「………炉伯」


ぬるぬると割れ目を往復して、こんな風に中で動くぞと安易に示してくる炉伯の行為に緊張が走る。


「朱禅……ッ」


どうしよう。このまま先に進んでしまっていいのだろうか。赤と青の視線が上から降り注いでくるなかで、たぶんもう逃げられないことを悟っている。
怖い。それなのに濡れている。
その先を期待して、好奇心と興奮が募っていくのが止められない。
どうなってしまうのだろう。二人とも黙ってないで何か言ってほしい。
ヘソの上を簡単に通りすぎる物騒な炉伯の性器が自分のなかに入るとは、やはり無理があるんじゃないだろうか。
やめたほうがいいのかもしれない。
今ならまだ戻れる。まだ、何もなかったふりができる。炉伯が腰を引いた今のうちに「やめよう」と告げてしまえばいい。


「胡涅」


空気がふっと笑った気がした。
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