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序章:製薬会社の孫娘
03:再発した持病
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ラップ音に似た眩しい光が眼前で弾けたと思った。突然、前振りなく、保倉将充の名を持つ人物の瞳に映る自分を認識した瞬間、まるでパズルのピースがはまったような錯覚が襲ってくる。
「……ッ……」
頭痛に殴られて吐き気が襲ってくる。
自分のなかで深く眠っている何かが、激しく揺さぶられた気がする。
「胡涅ちゃん。どうし…っ…胡涅ちゃん!?」
胸を押さえ、荒く変わる呼吸に嫌な予感がしてくる。ここ数年、特に手術を受け、物騒な二人と一緒に過ごすようになってから感じなかった発作が襲ってくる。
息が苦しい。身体が熱い。はっはっと浅くて荒い呼吸に「朱禅」「炉伯」の名前をもつ二人の顔が浮かぶ。
助けを求めたくなる。
だけど、ここにその二人はいない。朱禅と炉伯を身辺警護に置いたのは祖父のくせに、祖父は二人を嫌って、定期検診に同行することを許可しない。
監視カメラは誰が見ているのか。そう言えば、新しい担当者がいるから彼に任せるつもりなのかもしれないと、漠然と悟る。
「せ…っ…せんせ」
胸を押さえて、一番近くにいる男に助けを求める。潤んだ瞳、上気した頬、わずかに開いた唇から漏れる吐息。
「っ、胡涅ちゃん」
新参者がメガネを持ち上げ、ゴクリと喉をならすのは、オスとしての性だろう。
そうでなければ困る。今は、とりあえず無性に人肌が恋しい。保倉研究員が慌てて点滴を抜いているが、そのついでに発情して、襲ってくれたらいいのにという邪推まで浮かぶほど、頭がくらくらしてくる。
「と、とりあえず、今日の検査は終わりにしよう。いや、あの、血だけ少しとらせてもらうから、もう少しだけ頑張って」
「………っ、は、ぃ」
腕に刺さる注射針が疎ましい。浅い呼吸を整えるため、目を閉じ、胸を押さえてやり過ごすのに、いやでも近くにいるその存在を深く感じたくなってくる。
ほんの数分、呼吸を整えるだけに意識を集中させれば、なんとかなる。なんとかなると思わなければ、理性が飛ぶ。
「終わったよ。迎えを呼ぶから、そのまま安静に、って、何してるの?」
「………何って、帰るのよ」
「そんな状態で歩けないでしょ。迎えが来るまで」
「触らないでッ」
説教みたいな小言に従うつもりは毛頭ない。今すぐ外の空気を吸って、こんな場所から離れてしまいたい。
「すみません……大丈夫です。昔はずっとこんなだったから、自分の体の扱いくらいわかります。それに彼らはここに入れないから」
言いながら、苛立ちが募る。
治ったと信じていたのに、再発したなんて絶望以外の何でもない。苦しい、悲しい、悔しい。泣いてしまっていいなら、今すぐ泣いて叫びたい。
「胡涅!?」
必死に廊下を歩いて、出入り口となる自動ドアが開いて、前のめりに飛び出した身体をなんなく受け止めてくれたのは、朱禅か、炉伯か。
青い瞳が揺らめいているから、たぶん炉伯。
「おい、胡涅に何をした!?」
「やめて…ッ…先生は何もしてない」
胡涅は慌てて、出口まで付き添ってくれた新しい研究員は何も悪くないと炉伯に告げる。可哀想に。ただでさえ臆病で、弱々しい「保倉先生」は、人間離れした美形の怒声に呆気にとられ、腰を抜かしてしまったらしい。
「てめぇ、将門(まさかど)の……」
抱き止めてくれた炉伯が驚いた顔をしている。
「ろは、く……舌打ちも、だ、め」
眼光だけで殺す勢いの炉伯の舌打ちが耳をかすめて、咄嗟に止める。これ以上、研究員を怯えさせたくはない。そんな態度をするから、お祖父様に出禁にされるのだと、胡涅は炉伯にしがみつきながら、その行為をやめさせた。
「胡涅、帰るぞ」
「……うん」
お姫様抱っこなんて、恥ずかしいからイヤだとは言えない。今は触れたい、触れてほしい。炉伯の首に腕を回して、瞬間、その美しい肌に無性に噛みつきたい衝動にかられた。
「胡涅、そこまでだ」
「……朱禅」
「そんな顔を我ら以外に晒すな」
口に手を添えられて行動を塞がれる。そんな顔とは、いったいどんな顔なのか。鏡がないのでわからない。恨みがましく睨んでみても、効果がないことはわかっている。
赤色の瞳に見下ろされるほうがずっと怖い。
この世で一番怖い男。それが、朱禅。
「朱禅、私、ほしいの」
「ああ、知っている」
「………キスして?」
炉伯の腕の中で朱禅にねだる。
はしたないと怒られても、普段はしない言動を口走る恥ずかしさも、今は本当にどうでもいい。
「ほしいの」
たまらなく、彼らがほしい。
赤と青に暴かれて、どこまでも淫らに狂える世界が欲しい。欲しくて、恋しい。そんな関係ではないのに、知った風に求めてしまう。
くれるのは、キスだけ。
だけど、今はそれでいい。
吸い込まれるように車の後部座席に乗せられ、炉伯の運転で、朱禅とキスを交わしながら帰る場所。
誰もいない広い屋敷。近所の人は豪邸といい、監視カメラと厳重なセキュリティで守られた異様な建物を遠巻きに眺める。
そんな家に三人で暮らしている。
「……ッ……」
頭痛に殴られて吐き気が襲ってくる。
自分のなかで深く眠っている何かが、激しく揺さぶられた気がする。
「胡涅ちゃん。どうし…っ…胡涅ちゃん!?」
胸を押さえ、荒く変わる呼吸に嫌な予感がしてくる。ここ数年、特に手術を受け、物騒な二人と一緒に過ごすようになってから感じなかった発作が襲ってくる。
息が苦しい。身体が熱い。はっはっと浅くて荒い呼吸に「朱禅」「炉伯」の名前をもつ二人の顔が浮かぶ。
助けを求めたくなる。
だけど、ここにその二人はいない。朱禅と炉伯を身辺警護に置いたのは祖父のくせに、祖父は二人を嫌って、定期検診に同行することを許可しない。
監視カメラは誰が見ているのか。そう言えば、新しい担当者がいるから彼に任せるつもりなのかもしれないと、漠然と悟る。
「せ…っ…せんせ」
胸を押さえて、一番近くにいる男に助けを求める。潤んだ瞳、上気した頬、わずかに開いた唇から漏れる吐息。
「っ、胡涅ちゃん」
新参者がメガネを持ち上げ、ゴクリと喉をならすのは、オスとしての性だろう。
そうでなければ困る。今は、とりあえず無性に人肌が恋しい。保倉研究員が慌てて点滴を抜いているが、そのついでに発情して、襲ってくれたらいいのにという邪推まで浮かぶほど、頭がくらくらしてくる。
「と、とりあえず、今日の検査は終わりにしよう。いや、あの、血だけ少しとらせてもらうから、もう少しだけ頑張って」
「………っ、は、ぃ」
腕に刺さる注射針が疎ましい。浅い呼吸を整えるため、目を閉じ、胸を押さえてやり過ごすのに、いやでも近くにいるその存在を深く感じたくなってくる。
ほんの数分、呼吸を整えるだけに意識を集中させれば、なんとかなる。なんとかなると思わなければ、理性が飛ぶ。
「終わったよ。迎えを呼ぶから、そのまま安静に、って、何してるの?」
「………何って、帰るのよ」
「そんな状態で歩けないでしょ。迎えが来るまで」
「触らないでッ」
説教みたいな小言に従うつもりは毛頭ない。今すぐ外の空気を吸って、こんな場所から離れてしまいたい。
「すみません……大丈夫です。昔はずっとこんなだったから、自分の体の扱いくらいわかります。それに彼らはここに入れないから」
言いながら、苛立ちが募る。
治ったと信じていたのに、再発したなんて絶望以外の何でもない。苦しい、悲しい、悔しい。泣いてしまっていいなら、今すぐ泣いて叫びたい。
「胡涅!?」
必死に廊下を歩いて、出入り口となる自動ドアが開いて、前のめりに飛び出した身体をなんなく受け止めてくれたのは、朱禅か、炉伯か。
青い瞳が揺らめいているから、たぶん炉伯。
「おい、胡涅に何をした!?」
「やめて…ッ…先生は何もしてない」
胡涅は慌てて、出口まで付き添ってくれた新しい研究員は何も悪くないと炉伯に告げる。可哀想に。ただでさえ臆病で、弱々しい「保倉先生」は、人間離れした美形の怒声に呆気にとられ、腰を抜かしてしまったらしい。
「てめぇ、将門(まさかど)の……」
抱き止めてくれた炉伯が驚いた顔をしている。
「ろは、く……舌打ちも、だ、め」
眼光だけで殺す勢いの炉伯の舌打ちが耳をかすめて、咄嗟に止める。これ以上、研究員を怯えさせたくはない。そんな態度をするから、お祖父様に出禁にされるのだと、胡涅は炉伯にしがみつきながら、その行為をやめさせた。
「胡涅、帰るぞ」
「……うん」
お姫様抱っこなんて、恥ずかしいからイヤだとは言えない。今は触れたい、触れてほしい。炉伯の首に腕を回して、瞬間、その美しい肌に無性に噛みつきたい衝動にかられた。
「胡涅、そこまでだ」
「……朱禅」
「そんな顔を我ら以外に晒すな」
口に手を添えられて行動を塞がれる。そんな顔とは、いったいどんな顔なのか。鏡がないのでわからない。恨みがましく睨んでみても、効果がないことはわかっている。
赤色の瞳に見下ろされるほうがずっと怖い。
この世で一番怖い男。それが、朱禅。
「朱禅、私、ほしいの」
「ああ、知っている」
「………キスして?」
炉伯の腕の中で朱禅にねだる。
はしたないと怒られても、普段はしない言動を口走る恥ずかしさも、今は本当にどうでもいい。
「ほしいの」
たまらなく、彼らがほしい。
赤と青に暴かれて、どこまでも淫らに狂える世界が欲しい。欲しくて、恋しい。そんな関係ではないのに、知った風に求めてしまう。
くれるのは、キスだけ。
だけど、今はそれでいい。
吸い込まれるように車の後部座席に乗せられ、炉伯の運転で、朱禅とキスを交わしながら帰る場所。
誰もいない広い屋敷。近所の人は豪邸といい、監視カメラと厳重なセキュリティで守られた異様な建物を遠巻きに眺める。
そんな家に三人で暮らしている。
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