23 / 45
Date:7月18日(1)
しおりを挟む
紗綾が学校で過ごす場所は大体の確率で保健室が多い。それは事件以降「人間」という集団の中にいることが耐えられず、当時は顔色を真っ青にしながら授業を飛び出していた彼女への配慮に他ならない。元は実家から通っていた紗綾。事件が起こったにも関わらず、引っ越したのは紗綾の家ではなく被害にあった堀田家であるのは、紗綾が引っ越すことを強く拒んだせいでもある。事件を早く忘れさせたい両親は普段なら聞き分けのいいはずの娘が、今回ばかりは断固として譲らなかったことに困惑したのだろう。紗綾の意思と現状を天秤にかけて、家を残したまま、紗綾を別の場所へ避難させるということで終止符は打たれた。
それが、寮。
二人部屋を一人で謳歌していた篠田洋子にとっては青天の霹靂ともいえる大惨事なのだろうが、紗綾は気にしていなかった。篠田洋子は紗綾に干渉しない。もちろん紗綾も最初は寮に入るのは絶対イヤだと思っていた。しかし篠田洋子の瞳が紗綾に対して嫌悪感を全力で表しているのをみたその日、紗綾はその寮生活をすんなりと受け入れていた。
「キミ、今日もここで一日過ごすつもり?」
ゴロゴロと白いカーテンで区切られた奥の一角で、紗綾は美形の声を聴いていた。
すっかり人間らしい服装に落ち着いているが、彼の参考にした人間の衣装は芸能人かモデルか、とにかく一般人ではない雰囲気を隠せてはいない。
「死神には関係ないでしょ」
つい先日、どこからか戻ってきた顔に紗綾は口をとがらせてごろりと寝返りをうった。
「キミ、ボクの前で警戒心がなさすぎるよ」
制服のスカートがわずかに乱れて、紗綾の白い足はダリルの前に投げ出されている。私立箔銘女学院の制服は女の子であれば誰でも一度は着たいと思わせる可愛いものだが、男でも一度はお付き合いしたいと思わせる可愛いものでもある事実を紗綾は知らない。透けそうで透けない白いワンピースに赤を基調とした模様。洗練された潔白の乙女を印象付けていながら、成長した身体から放たれる色気がゴクリと周囲を誘惑する。
「だって、暑いんだもん」
長い黒髪を白の中に散らせながら、紗綾は理性と戦う死神を軽くにらみつけた。
季節は七月も半ばに差し掛かり、じめじめとした空気が熱帯気圧を連れてくる頃。世間は夏休みの予定を嬉々として口にし、熱に歪んだアスファルトが都会に蜃気楼をみせようと準備を始めている。
「キミ、女子高生をもっと謳歌しなよ」
「たとえば?」
「そりゃ、デートとかじゃない?」
「誰とするのよ」
「そりゃ、十和くんとか、瀧世くんとか、ボクとか?」
「却下」
ごろりとうつぶせになった紗綾の上に、ギシリと影が覆いかぶさる。
「ダリル、暑いからどいて」
首を上げ、振り向いて見上げた先で青紫の瞳がじっと紗綾を見つめている。そう簡単に記憶は覗かせないと、紗綾は視線を流すように体をひねりながらベッドに座った。
「ダリル?」
袖から覗いた腕を紗綾の両脇に突き刺したままダリルはびくりとも動かない。死神は意外と爽やかな匂いがするのかと、紗綾は至近距離で見つめてくるダリルに対してぼんやりとそんなことを考えていた。
「ねぇ、紗綾」
「なっなに?」
またギシッとベッドが重力の移動を知らせてくる。気のせいでなければ、その端整な顔が徐々に近づいてきている気がしないでもない。唇が迫って、青紫に飲み込まれそうになる錯覚に紗綾が思わずギュッと目をつぶったところで、携帯が着信の合図を告げた。
「とっ十和、なに、どうしたの?」
「どうした?」
「え、なっなにが?」
「声、上ずってんぞ」
「やだな、暑いからだよ、何もないってば」
あはははと乾いた笑いで誤魔化されるほど相手は優しい存在ではない。ギシリと紗綾はベッドから何事もなかったように腰をあげたダリルの行動に、安堵の息を呑みこみながら、その背中を視線で追う。何をしようとしたのか、わからないほど子どもではないが、どうしてしようと思ったのか、その答えはみつかりそうにない。
「紗綾、聞いてんのか?」
「え、あ、うん」
はぁっと電話越しの溜息が想像できる気がした。
「放課後、迎えに行く」
「え?」
「飯、食うぞ」
要件だけ口にした十和の電話は夏の風鈴のように通話音だけを残して切れた。
「青春だね」
「は?」
「幼馴染とデート」
茶化したダリルの言葉に、紗綾は首をひねる。どうして十和の誘いがデートになるのか、そこはいまいちよくわからない。
「何言ってんの、ダリルも一緒でしょ」
当然のように一緒だと思っていたがダリルは行かないのだろうか。午後の予定も決まったことだしと、紗綾は再びベッドに寝転がって白い枕を抱き寄せる。ダリルはたぶん一緒についてくるだろう。十和もそれをわかって誘っている。いつからこの関係性が当然になったのかは面白い偶然の重なりでしかないが、紗綾はうとうとと微睡ながら「時間になったらおこして」とその瞳を静かに閉じた。
「キミって性格悪いって言われない?」
「言われる」
くすくすと笑いながら紗綾は答える。閉じた瞳の向こうにいたダリルの顔はわからなかった。
それが、寮。
二人部屋を一人で謳歌していた篠田洋子にとっては青天の霹靂ともいえる大惨事なのだろうが、紗綾は気にしていなかった。篠田洋子は紗綾に干渉しない。もちろん紗綾も最初は寮に入るのは絶対イヤだと思っていた。しかし篠田洋子の瞳が紗綾に対して嫌悪感を全力で表しているのをみたその日、紗綾はその寮生活をすんなりと受け入れていた。
「キミ、今日もここで一日過ごすつもり?」
ゴロゴロと白いカーテンで区切られた奥の一角で、紗綾は美形の声を聴いていた。
すっかり人間らしい服装に落ち着いているが、彼の参考にした人間の衣装は芸能人かモデルか、とにかく一般人ではない雰囲気を隠せてはいない。
「死神には関係ないでしょ」
つい先日、どこからか戻ってきた顔に紗綾は口をとがらせてごろりと寝返りをうった。
「キミ、ボクの前で警戒心がなさすぎるよ」
制服のスカートがわずかに乱れて、紗綾の白い足はダリルの前に投げ出されている。私立箔銘女学院の制服は女の子であれば誰でも一度は着たいと思わせる可愛いものだが、男でも一度はお付き合いしたいと思わせる可愛いものでもある事実を紗綾は知らない。透けそうで透けない白いワンピースに赤を基調とした模様。洗練された潔白の乙女を印象付けていながら、成長した身体から放たれる色気がゴクリと周囲を誘惑する。
「だって、暑いんだもん」
長い黒髪を白の中に散らせながら、紗綾は理性と戦う死神を軽くにらみつけた。
季節は七月も半ばに差し掛かり、じめじめとした空気が熱帯気圧を連れてくる頃。世間は夏休みの予定を嬉々として口にし、熱に歪んだアスファルトが都会に蜃気楼をみせようと準備を始めている。
「キミ、女子高生をもっと謳歌しなよ」
「たとえば?」
「そりゃ、デートとかじゃない?」
「誰とするのよ」
「そりゃ、十和くんとか、瀧世くんとか、ボクとか?」
「却下」
ごろりとうつぶせになった紗綾の上に、ギシリと影が覆いかぶさる。
「ダリル、暑いからどいて」
首を上げ、振り向いて見上げた先で青紫の瞳がじっと紗綾を見つめている。そう簡単に記憶は覗かせないと、紗綾は視線を流すように体をひねりながらベッドに座った。
「ダリル?」
袖から覗いた腕を紗綾の両脇に突き刺したままダリルはびくりとも動かない。死神は意外と爽やかな匂いがするのかと、紗綾は至近距離で見つめてくるダリルに対してぼんやりとそんなことを考えていた。
「ねぇ、紗綾」
「なっなに?」
またギシッとベッドが重力の移動を知らせてくる。気のせいでなければ、その端整な顔が徐々に近づいてきている気がしないでもない。唇が迫って、青紫に飲み込まれそうになる錯覚に紗綾が思わずギュッと目をつぶったところで、携帯が着信の合図を告げた。
「とっ十和、なに、どうしたの?」
「どうした?」
「え、なっなにが?」
「声、上ずってんぞ」
「やだな、暑いからだよ、何もないってば」
あはははと乾いた笑いで誤魔化されるほど相手は優しい存在ではない。ギシリと紗綾はベッドから何事もなかったように腰をあげたダリルの行動に、安堵の息を呑みこみながら、その背中を視線で追う。何をしようとしたのか、わからないほど子どもではないが、どうしてしようと思ったのか、その答えはみつかりそうにない。
「紗綾、聞いてんのか?」
「え、あ、うん」
はぁっと電話越しの溜息が想像できる気がした。
「放課後、迎えに行く」
「え?」
「飯、食うぞ」
要件だけ口にした十和の電話は夏の風鈴のように通話音だけを残して切れた。
「青春だね」
「は?」
「幼馴染とデート」
茶化したダリルの言葉に、紗綾は首をひねる。どうして十和の誘いがデートになるのか、そこはいまいちよくわからない。
「何言ってんの、ダリルも一緒でしょ」
当然のように一緒だと思っていたがダリルは行かないのだろうか。午後の予定も決まったことだしと、紗綾は再びベッドに寝転がって白い枕を抱き寄せる。ダリルはたぶん一緒についてくるだろう。十和もそれをわかって誘っている。いつからこの関係性が当然になったのかは面白い偶然の重なりでしかないが、紗綾はうとうとと微睡ながら「時間になったらおこして」とその瞳を静かに閉じた。
「キミって性格悪いって言われない?」
「言われる」
くすくすと笑いながら紗綾は答える。閉じた瞳の向こうにいたダリルの顔はわからなかった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】愛欲の施設-Love Shelter-
皐月うしこ
恋愛
(完結)世界トップの玩具メーカーを経営する魅壷家。噂の絶えない美麗な人々に隠された切ない思いと真実は、狂愛となって、ひとりの少女を包んでいく。
RoomNunmber「000」
誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。
そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて……
丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。
二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか?
※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。
※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。
【R18】八香姫は夜伽に問う
皐月うしこ
恋愛
時は、戦国。まだ暴力が世界を支配し、弱き者が虐げられる時代。
この乱世の時代において、淑化淫女(しゅくかいんにょ)を掲げ、武将や権力者との交りを生業にすることで、影の支配者と恐れられた稀有な一族が存在する。その一族の名を「八香(やか)」。代々女が君主としてつき、夜の営みを主導することで、政を操作したという。
※2018年にムーンライトノベルズで掲載した作品。連載再開を機に、こちらでも公開します。
【R18】コンバラリア(ドルチェシリーズ掲載作品)
皐月うしこ
恋愛
愛峰鈴珠、築島圭斗、間戸部利津の三人は、いつも一緒だった。二十五歳最後の五月五日。世間がゴールデンウィークだというその日、今まで、二人の間で無邪気に笑っていられた自分が憎いと思えるほど、鈴珠は緊張していた。ロウソクに火を灯すとき、一年ぶりに再会した三人の離れていた時間が動き出す。
※2022年アンソロジー「十二月恋奇譚」寄稿作品
※無防備な子ほどイトシイをコンセプトにしたドルチェシリーズにも掲載
》》https://fancyfield.net/main/dolce/
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
意識転移鏡像 ~ 歪む時間、崩壊する自我 ~
葉羽
ミステリー
「時間」を操り、人間の「意識」を弄ぶ、前代未聞の猟奇事件が発生。古びた洋館を改造した私設研究所で、昏睡状態の患者たちが次々と不審死を遂げる。死因は病死や事故死とされたが、その裏には恐るべき実験が隠されていた。被害者たちは、鏡像体と呼ばれる自身の複製へと意識を転移させられ、時間逆行による老化と若返りを繰り返していたのだ。歪む時間軸、変質する記憶、そして崩壊していく自我。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、この難解な謎に挑む。しかし、彼らの前に立ちはだかるのは、想像を絶する恐怖と真実への迷宮だった。果たして葉羽は、禁断の実験の真相を暴き、被害者たちの魂を救うことができるのか?そして、事件の背後に潜む驚愕のどんでん返しとは?究極の本格推理ミステリーが今、幕を開ける。
【R18】刻印屋 -KoKuInYa-
皐月うしこ
ファンタジー
その店は裏社会の七不思議。
お気に入りの娘が壊れる様を笑いながら楽しむという「刻印屋」へようこそ。彼ら美形兄弟が施す手術は、精神さえも染めると聞く。所有欲の証を刻むためその実を俺らに差し出せば、永遠に可愛がってもらえるだろう。死んだ方がマシだと思えるほどの快楽を与えてくれるだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる