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Date:6月12日(2)
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夕暮れに輝く黄金色の都会は、紗綾の足を軽やかに前に動かしていた。
いつぶりかはわからない。誰かと待ち合わせてお茶をするなんて、それも十和やダリルではなく同性の女性となんて、紗綾の浮かれた感情は如実に顔に出ていたに違いない。
「紗綾ちゃん、こっちこっちー」
両手で手を振る美人を通り過ぎる人が全員振り返っていくが、逆光にその正体はわからない。それでも声と仕草に確信をもってるのか、紗綾は黄金色を反射してスタイルのいいシルエットを醸し出すテラス席へとわき目もふらずに駆寄っていった。
「芙美香さん、お待たせしました」
そして固まる。
「あーーー」
電話で呼び寄せられるままに寮を飛び出してきた紗綾は、芙美香のカバンが置かれたテーブルに座る人物を認識して大きく目を見開いた。
「あら、紗綾ちゃん。瀧世(たきせ)くんとお知り合い?」
頬に手を添えて首をかしげる姿も可愛らしいが、紗綾は眉間にしわを寄せる男の顔をじっと見つめたままでいた。灰色のスーツに黒いシャツ、高級な時計に先のとがった革靴。
「あれ、お嬢ちゃんあんときの」
笑うときはどこか人懐っこい顔をする、あの公園で助けてくれた青年がそこにいた。
「はっはい、桐谷紗綾です。あのときは、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げた紗綾と、瀧世という名前をもつ青年を見比べるように芙美香は顔を動かしていたが、ポンっとわかりやすく両手をたたいて「お茶にしましょ」と笑顔で紗綾を席に座らせた。
「飲み物買ってくるわね」
「え、そんな私が」
「いいのいいの、誘ったのは私なんだし、積もる話がありそうだから」
耳元で囁く芙美香の仕草に心臓がドキリと音をたてる。イイ匂いがする美人に至近距離で囁かれると確かに恋が芽生えそうだと、紗綾はふわりと残り香を置いていった芙美香の背中から一緒に置き去りにされた男へと顔を戻した。
「先日、姉貴を助けてくれたんだってな」
「え、お姉さんなんですか?」
「いや、親父の女」
「親父のって、え?」
「親父は翼心会の会長天広五里、俺はその嫡男の天広瀧世(あまひろたきせ)」
「天広瀧世、さん」
「瀧世でいいって」
肩を浮かせて笑う姿がどことなく「ゴリちゃん」に似ている。言われてみれば親子かもしれないと、紗綾は笑うとあどけなさが滲む瀧世の顔をじっと見つめていた。世の中、意外と狭いのかもしれない。同じ町に住みながら、今まで全然関わりのなかった人物と、何かをきっかけに接点を持った瞬間、それは芋づる式に浮上してくる。
「たき、せ」
「なに、紗綾」
ボンと、顔から音が出たんじゃないかと思った。
最初に彼のことをホストだと勝手に決めつけていたが、本職はやはりそっちなのではないかと疑えてならない。人間には他人を受け入れる許容範囲というものが存在するといわれているが、簡単にそれを踏み越えて他人と距離を詰めることが出来るのはきっと瀧世の才能なのだろう。
「あれから男に泣かされてないか?」
冷やかしのように聞こえる台詞も、なぜか瀧世が使うと本当に心配しているように聞こえてくるから不思議だった。
「あ、はい」
ドキドキと変に早鐘を打ち始めた心臓に戸惑いながら、紗綾はぎこちない返事で首をたてにふった。あの日以来、男に泣かされるも何も異性との接点と問われて思い浮かぶのは、十和とダリルしかいない。ここ数日で目まぐるしく会話する相手が増えたが、それでも片手で事足りるほどの人物しか紗綾には接点がなかった。
「だったら安心だな」
にこりと笑うのはやめてほしい。紗綾は変な動悸が早く収まるようにと、ドリンクを買いに席をたった芙美香の姿を探すことにした。幸いにもタイミングよく芙美香の姿が、紗綾たちの元へと近づいてくる。
「お待たせ。紗綾ちゃん、瀧世くんに口説かれなかった?」
「んなことしてねぇよ」
「またまたあ。こんな可愛い子を目の前にして、放っておくなんて男じゃないぞ」
「うっせぇ」
人数分、それぞれの好みに合わせた飲み物がテーブルの上に並べられる。一番意外だったのは、瀧世の前に置かれた飲みものが生クリームたっぷりのいかにも女子が好みそうな飲み物だったことだ。
「瀧世くん、外見に似合わず甘党なのよ」
「好きな食い物に外見は関係ねぇだろ」
そう言って、躊躇なく生クリームを口に含む姿が可愛らしい。二か月ほど前に紗綾が吐き出したあの巨大パフェも、瀧世を連れて行けば喜ぶかもしれない。紗綾は、その生クリームを嬉しそうに口にする瀧世の姿に佳良を見つけたような気がした。
「紗綾ちゃんも遠慮なく飲んでね、瀧世くんのおごりだから」
「え?」
「気にすんな」
「そうそう、いただきます」
「え?」
関わる人間が違えば常識なんて簡単に変わる。当たり前のように芙美香が鞄から取り出し、飲み物を買いに持っていった財布が瀧世のものだったという真実を出来れば知りたくはなかった。
でも、二人の関係がそれで許し合っている以上それでいいのだろう。
「い、いただきます」
生クリームの入った飲みものに突き刺さったストローを加えながら、紗綾が飲み物を口にするのをじっと見つめる瀧世の視線に耐えかねて、紗綾は芙美香が選んでくれた飲み物を口に含んだ。甘すぎなくてちょうどいい。単純においしかった。
「おいしい、です」
「よかった」
明るい芙美香の声と瀧世の優しい眼差しが紗綾の顔面で交差する。ゆっくりと溶けて消えていく太陽の黄金色が、まるで温かな幻想を見せてくれているかのように穏やかな世界だった。
「瀧世と芙美香さんはどこかへ出かけていたんですか?」
仲良く飲み物を口にしたところで、紗綾は疑問を口にする。それには芙美香が「んんん」と首を横に振りながら軽い口調で否定した。
「私はこれから出勤なんだけど、ほら、この間の件があってからゴリちゃんがね、心配だからって」
そう言いながら芙美香は瀧世に目配せをする。その視線に気づいた瀧世もその言葉を肯定するようにストローから口を離した。
「本当はもっとガッツリ囲む予定だったんだよ」
「それは冗談じゃないって私が言ったの。黒服に囲まれるなんて想像するだけでもイヤ。だから、瀧世くん一人だけに護衛についてもらっているの」
「ま、店ん中までは入れねぇけどな」
「彼、強いのよ。喧嘩っ早いのがちょっと難点だけど、この町で彼に挑むバカもいないし、ちょうどいいボディガードってわけ」
「一言余計だっつの」
「あらなによ。紗綾ちゃんの前だからって格好つけようとしても無駄よ」
「ちげぇし」
ポンポンと弾む会話に紗綾の目は忙しく二人の間を往復する。昔から馴染みがあるような親しい雰囲気が、自然と心地よく感じるから不思議だった。
「二人とも、仲いいんですね」
正直な感想を口にした紗綾に、二人の視線はまた重なってふっと曖昧な笑みを浮かべた。
「まあ、この町で暮らしていると顔馴染みも増えるわな」
「瀧世くんのことは、このくらいのときから知っているわよ」
「それはさすがに言いすぎだろ」
「紗綾ちゃん。瀧世は見た目も悪くないし、ちょっとバカだけど悪い奴じゃないからよかったら仲良くしてあげてね」
そう言ってまた笑う芙美香の顔に、紗綾はどこか懐かしさを感じる。
「紗綾、お兄ちゃんのことよろしくね」
あの夏の終わり、秋の始まり。夏服の胸元を盛大に揺らした幼馴染の声が、聞こえたようだった。
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