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伍書:新たな神獣

01:療養と禁欲

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襲撃から約一ヶ月。
黄宝館以外で過ごす日常は新鮮に満ちていて、アザミは療養生活を問題なく送っていた。
封花殿は黄宝館のすぐ近くに建てられていたらしく、許可をもらったニガナが日用品などを送り届けてくれるので特に困ることもない。


「本当に素敵でありんすね、あねさん」

「これ、あんまり乗り出すと危ないわ」


窓から望む景色はニガナが興奮してしまうほど、確かに素敵だとアザミも思う。
天守から落ちていくときに見た景色と同じ。どこまでも広がる水の中で花が咲いて、心が落ち着く静けさに満ちている。
封花殿は大きな池の上に建てられているのだろう。
窓のすぐ下は水。昼間であれば透明度もわかるだろうが、夜の静けさの中では深さは想像もつかない。落ちてしまえば、それこそ引き上げるのに苦労するだろうと、アザミは窓から乗り出すニガナに注意していた。


「アザミ花魁、アザミ花魁。あねさんが元気になって、わっちは嬉しい」

「わっちも、ニガナが階段から落ちてケガをしたと聞いた時は心配したわ」

「あれは......いえ。あねさんに比べれば、わっちのケガなど大したことないです」


窓から体ごと向き直って力説してくれる姿が元気そうで安心する。階段から落ちた割には、骨折などもないそうで、手首を少し痛めただけだとニガナは笑った。アベニが華医を呼んでくれたらしく、軽い捻挫だと診断をもらったという。


「あまり無理はしないでね」

「はい。あねさんは、もうどこも痛くない?」

「大丈夫よ。ニガナの顔を見て、もっと元気になりんした」


アザミはよしよしとニガナの頭を撫でて、つかの間の日常を噛みしめていた。
ゴマ婆は黄宝館の立て直しのため、老体にむち打っているそうだが、ジンが資金や諸々の援助をしているので順調に再建が進んでいるとニガナは語る。


「他のあねさん方も難を逃れた部屋で客を引いておりんす。わっちらは他の妓楼で学ばせてもらったりして、稽古に励む日々です」

「そう。みんなが元気そうで何よりだわ……メイリンはどうしてる?」

「わっちとは別の場所に配されたのでわかりんせん」

「ケガはしていなかったのかしら。ジンさまたちは大丈夫の一点張りで何も教えてくれないのよ」

「無事でありんしょう。元華族の姫様ですし、アザミ花魁が心配する義理はないです。それより、アザミ花魁。笛を吹いて、わっちの稽古をつけておくんなんし」


そう言われては断れない。
確かにメイリンを心配したところで、自分がどうこうできることはない。
妓楼は無情。囚われの身である以上、忘れることも大事だと、アザミは目を閉じて息を吐く。


「そうね。わっちも質を落とさないために頑張るわ」


二枚貝を模した楽器を鳴らしながら舞うのが好きなニガナのために、アザミは笛に息を吹き込む。意外と肺活量が必要なことに気付いて、体力を回復させるのは良案かもしれないと、目の前をくるくると躍るニガナを眺めていた。


「加減ってもんがあんだろ」

「……ごめんなさい」


少しはしゃぎ過ぎたと反省するアザミの前で、イルハが笛を箱に収めている。
ニガナは喜んで帰っていったから、あの笑顔を見るためなら無理をしてよかったと思う反面、持続力を失った体はアザミを横に寝かせていた。


「病み上がりって自覚あんのか?」

「でも、ほら。もう一ヶ月たつし、大丈夫かなって」


そこでじろりとにらまれてアザミは押し黙る。
ニガナが帰った瞬間、へなへなと机に突っ伏してしまったところをイルハに見つかったのだから言い訳も立たない。寝台まで運んでくれたお礼もむなしく、アザミはイルハに叱られていた。


「てめぇもそこにいたんなら、注意しろよ」

「だって、アザミちゃん楽しそうだったから」


イルハは「そこ」というが、寝台や窓際の家具からヒスイの声がする執務場は、かろうじて言葉が聞き取れるほどの距離にある。一般の感覚で注意は不可能だと、アザミは心の中で巻き込んでしまったヒスイに謝罪をいれた。
封花殿は黄宝館の部屋に似ているが、広さも高さも倍以上ある。縦に作られる妓楼とは違い、横にも幅を取れるのが、一棟造りの贅沢かもしれない。
そのせいで余計に距離が遠く感じるのだろう。


「ボクもアザミちゃんの笛の音を聞きたかったんだ」


ヒスイの姿は見えないが、悪びれもせずに楽しそうな声を聞けて安心する。
傍でイルハが舌打ちしているのは、聞かなかったことにした。


「せっかく回復したってのに、悪化したらどうすんだよ」


寝台に腰かけてきたイルハの顔が不貞腐れている。明らかに心配だと書いてある顔に、アザミはふふっと小さな笑い声をあげていた。


「笑ってんじゃねぇ」

「そんなに弱くないから大丈夫だよ。もうどこも痛くないし」

「……本当に大丈夫なのかよ」

「確かめてみる?」


上半身をかがめて顔をのぞかせてきたイルハの首に腕を回して誘ったのは、無性にそうしたいと思った以外の理由はない。大丈夫だと告げたくて、言葉だけでは足りない気がして、重なる唇に舌をねじこんだのはアザミからだった。


「っ……はぁ……ぁ……」


覆いかぶさってきたイルハが、無事を確認するように順番に触れてくる。
髪、顔、首、肩、腕と手のひら全体が滑り降りてくるのは肌の表面だけで、強く触れてきたりはしない。それがもどかしくて、アザミは自分から腰をあげて足を開いた。


「イルハ…もっと……っ」


一瞬、戸惑ったイルハの手が止まる。
口づけと共に浅く興奮した息のまま「イルハ」と誘ってみれば、イルハはなぜか困ったように眉を寄せる。そして、ふっと口角をあげるようにして笑った。


「叩くでも、蹴るでも、噛むでもいいから無理矢理止めろつっても、アザミは聞かねぇよな」

「ぁ……っ、イルハ」

「まだ何もしてねぇのに、なんでこんなに濡れてんの?」


足の間に滑り込ませた手で触れた場所が濡れている。
耳に囁くイルハの声に教えられるまでもなくわかっていたのに、実際に指摘されると恥ずかしい。


「だって……ッ…ん」


首に巻き付くアザミの腕が強まったのをいいことに、イルハの指が割れ目をこじあける音が聞こえてくる。


「イルハ…ッ、そ…れ……キモチい、ぃ」


硬くなった陰核を指の腹で優しく撫でられるだけ。
しばらくご無沙汰だったせいで、欲求不満になっているのかもしれない。ただ撫でられるだけで簡単に達してしまいそうだと、アザミは口づけの合間に隠すようにして身体を震わせていた。


「なに、お前もういくの?」

「……ッん…ぃ……く…ィク」


ぬるぬると溢れる蜜をすくったイルハの指が陰核だけを弾いてくる。イルハのぬくもりに包まれて、密着した身体は上下に揺れるわけでも、前後に動くわけでもないのに、くちゅくちゅと卑猥な音だけを荒げていく。


「ンッ、ぅ…ぃ……ん……イりゅ…ぁ」


びくびくと勝手に快感を得てしまうのは仕方がない。声を押し殺してイルハにしがみついてしまったが、イルハは密着したままそこにいて、余韻が冷めないように額に口づけをくれている。


「オレの触って」


秘密を告げるみたいに小さな声を吹き込んできたイルハに、アザミは恐る恐る手を伸ばす。
熱くて、硬い。すでに勃起したオスはアザミの手が触れるたびに、びくりと跳ねて、傘を広げていた。
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