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肆書:邪獣襲来

01:甘味なる唇印

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十日間続く花魁道中が終わったというのに、アザミの知っている日常は戻りそうにない。人々が五十年ぶりとなる催事の余韻に浸る一方で、人口増加による陰禍の穢れが濃くなったらしく、アザミの部屋にはジンが何かと理由をつけて顔をのぞかせていた。
それも頻繁に。節度も節操もないのだから、これまでの日常は保てない。
そのせいで、コウラ、イルハ、ヒスイ、アベニが七日間の監視役を務めることはなく、「交代」という制度はもはや意味をなさない。ただ、遠慮や配慮は存在するようで、彼らなりの順番は内々にあるようだった。


「そなたが好きそうだと思ってな」


訪れるなりジンが嬉しそうに持ってきたのは、甘いタレのかかった串団子。
以前、ニガナが菊の菓子を買ってきてくれたのだと話した内容をいつまでも覚えていて、甘味を買ってくるようになった。いや、アザミがそうさせたと言っても過言ではない。
金細工の帯留め以来、高価な貢物を贈ろうとするジンを止めるため、仕方なく「食べるものなら受け取りんしょう」と誤魔化したのが悪い。
そうでなければ、コウラやヒスイを筆頭に、豪華絢爛な贈り物合戦になってしまう。
イルハの実家からも衣装が大量に送られてきている。アベニは玩具職人を抱え込んだらしく、嬉々として「開発中の玩具」の仕様について語ってくれた。
それだけは、完成しても受け取らなくていい口実を作っておきたい。
花魁の威厳や尊厳を失わないためにも、絶対に受け取らなくていい状況にしておきたい。
そんなわけで、贈り物の流れを「食べ物」に落ち着かせただけのこと。


「これは、このまま食べるのですか?」


箱から持ち上げるとタレがこぼれて、手や服をこぼしてしまいそうだと、アザミは団子の串をじっと見つめる。


「ああ、こうして串を指でつまんで、持ち上げて、口に運ぶ」


隣に腰かけて、手本を見せるジンに習って、アザミも串を掴んで、一口食べた。タレをこぼさないコツは水平に保ったまま、大きな口で一気にほうばるのだと、ジンに実践されれば真似ないわけにもいかない。


「っ、ん」


甘くて、おいしい。
それを伝えようとジンの方を見て、アザミはその豪快な食べっぷりに目を丸くして固まった。


「ん?」

「いっ、いえ、ジンさまが想像よりも、その、豪快に食べるもので」


失礼にならないよう言葉を選びたくても、選べる言葉はあまりにも少ない。
王族は、もっと王族らしく礼儀や作法を重んじると思っていただけに、衝撃が隠せない。


「わたしは陰禍を払いに様々な土地へ出向くからな。野営や野宿も多く、ときには素性を隠して村人に紛れることもある。そうした素行の影響だろう」

「野営や、野宿……ジンさまが?」

「不思議なことでもあるまい。王だからと、机の上でわかることには限りがある」


口から串を引き抜いて、団子を咀嚼して飲み込んだジンが笑いかけてくる。
最初こそ最悪な印象でしかなかったが、関われば関わるほど、色んな側面が見えて面白い。端正な顔立ちにふさわしい金色の長髪と瞳だけを見ていれば、血なまぐさい戦場や、泥臭い貧困街は似合わないのに、ジンはそういうところへも足を運んでいると当然のように語っている。


「そなたは、こういう話が好きなのだな」

「……え?」

「垂れているぞ」


優しく目を細められて、団子を持つ手を掴まれたと思った瞬間。
べろりとジンが手首を舐めて、アザミの顔が真っ赤に染まる。


「ほら、食べろ」

「……んっ……ぅ」

「うまいか?」


自分の手で持った自分の団子のはずなのに、ジンに食べさせられている気がするのは、至近距離にある顔と掴まれた手のぬくもりのせい。
もぐもぐと必死に口を動かしても味がしない。頑張って飲み込んでみれば、変なものでも食べたみたいに心臓がどきどきと早くなる。
それなのに、とても甘くて、美味しい気がした。


「んっ……ぅ、むっ……ぅ」


串だけになった棒を奪われて、甘さの残る唇が自然と重なり合う。
あごを持ち上げられる形で口づけをされると、団子の甘さが加速して、ジンに食べられていくみたいで緊張してくる。


「そなたは甘いな」

「甘味のせいで…っ…ありんす」

「そうか。ならば、わたしの与えた甘味で、どこまで甘くなるのか確かめてもいいか?」


ついばむ隙間から、嬉しそうに笑うジンが腕を回して抱きしめてくる。
断る理由はどこにもない。
「確かめてください」と口にする代わりに、帯が緩み、襟の合わせ目から手のひらが滑り込んでくるのを目を閉じて受け入れるだけ。


「ん、ンッ……ぁ……はぁ…っ…はぁ」


唇、首筋、肩とジンの頭が下がってくるのにあわせて、はだけた衣が上半身をむき出しにしてくる。アザミはジンの上にまたがって、あらわになった胸をその眼前にさらしていた。


「ァッ……ふ……ぁ」


乳首に吸い付かれて身体が疼く。吸い付かれ、舐められるのに耐えていると、指先でもいじられるようになるのだが、ジンは観察するように顔を見てくるのでたちが悪い。
羞恥が煽られる。
どうすれば反応するのか。何を喜ぶのか。
するどい眼光で、その綺麗な瞳の中に焼き付けようとでもしているみたいに、煌めく金色の双眸にじっと見つめられる。


「っく、ぅ……ぁ……ジンさ、ま」

「アザミはどこも甘いな。ところで、わたしの服は脱がしてくれないのか?」


目をそらすのは許されない。安易に理解させる声がして、ジンは乳首を噛んでくる。
アザミは震える手を伸ばして、ジンの衣に指をかけると、ひとつずつ丁寧にそれを脱がしていった。


「…………っ」


ジンは見かけによらず、鍛えられた身体をしている。
野営や野宿も嘘ではないのだろう。地方まで豪華な籠で運ばれているとばかり思っていたが、馬で駆けたり、自分の足で山を登ったりしているのかもしれない。
試しに、肌を指先でなぞってみる。
ぶるっと震えたのが面白くて、アザミはジンの鎖骨付近にちゅっと吸い付いた。


「ッ……アザミ」


ジンからしてみれば咄嗟の動きに違いないが、こぼれた吐息の焦り具合が新鮮で、アザミの好奇心は一気に刺激されていた。
乳房を包む指先に力がこもって、アザミが落ちないように腰を抱いてくる。
いつもそうされるように、唇を放すときに音が出るほど強く吸い付いてみる。
ジンがまたびくりとして、硬直していくのがわかる。


「ジンさまも甘いでありんすなぁ」


どれほど吸い付いていたかわからないが、アザミが顔をあげたときには、そこに赤い印がしっかりと残っていた。
また、指先で撫でてみる。擦っても消えない。
おそらく、数日はジンの肌に刻まれたままだろう。


「……満足したか?」


少し悔しそうで、どこか嬉しそうなジンに見つめられる。頬を赤らめ、恨めしそうな瞳で見つめられるのは心地よく、色気を含んだジンの瞳に映る顔が、恍惚に歪んでいることに気付いて、アザミはキュッと唇を結んだ。


「印など刻まなくとも、わたしはそなたのものだ」

「……ッ」


結んだばかりの唇をこじ開けられていく感覚。
優しく触れるだけの口づけではない。
お互いの息を交わしながら、乱れた服をどちらともなく脱ぎ捨て、もつれこむように寝台へとなだれこむ。


「っ、ん……ぅ……ッ」


アザミは勢いのまま、仰向けに倒れたジンの上を陣取ると、いたずらに微笑んで身体の前後を逆転させる。自分でも随分と大胆な行動に出たと思うが、理性はとっくに脇へ追いやられて、欲に溺れることしか考えていない。
仰向けになったジンの顔に腰をおろし、前かがみになって、目の前にあるモノを口に含むだけ。
ジンに対して「勝ちたい」気持ちは永遠になくならないのかもしれない。
自分の技巧で「まいった」「すまない」と言わせることに、興奮する自分がいることを認めるしかない。


「まったく…ッ…そなたは」


世界一尊い存在の顔にまたがる女はアザミくらいだと、ジンの熱のこもった苦言に気がよくなってくる。
両手で包んで、舌で舐め、口いっぱいに迎え入れても余るジンの杭が硬くそそり立っていくのが嬉しい。なりふり構わず吸い付き、しごく貪欲さと、足や臀部を撫でるジンの手つきに愛しさが混ざっていく。


「っ、ん゛」


手を回し、腰を抱え込んできたジンの唇に股間が密着する。
舌でこじ開けられた割れ目の先で、同じく硬くとがった芽を見つけないでほしいと、アザミはジンのものから口を放した。


「待って…ァ……ジンさ、ま……ンッ」

「誘うように腰を振っていたのにか?」

「振っておりんせ、ンッ……ぅ゛」


不意に施された直接的な刺激に腰が逃げたいと動く。
それなのに、ジンの手は振りほどけず、腰がますます埋まっていくばかりでどうにもならない。これでは本当に、自分から腰を振っているようだと、アザミはぴたりと止まって息をのんだ。


「あ゛ァッ……ぅ…っ」


ここぞとばかりに強く吸われると、神経がざわついて仕方がない。
駆け上ってきた快楽に犯されて、口淫を続ける意識が霧散していく。


「アザミ、こちらへ」


名前を呼ばれ、反転させた身体で誘導されたのはジンの腕の中。
今度はジンに組み敷かれる形になったが、持ち上げられた足の間に移動してくるジンの動きからアザミは逃げようとしなかった。


「……ぁ……ジンさま…っ……」


膣口をつつくジンの雄が、傘をねじこんで入り口を広げようとしてくる。そのまま一気に貫かれてしまえば、準備万端な媚肉は奥までそれをくわえてしまうに違いない。
わかっている。
大きく足を開脚し、曲げた膝の裏をジンの手が押してくる。
圧力が近づいてきて、それは静かな興奮と共にゆっくりと埋められてきた。


「ん゛……ぅ」


一気に挿入された方が快楽が駆け上ってくると思っていたのに、顔を見下ろされながら時間をかけて挿入される苦しさに顔がゆがむ。


「わたしから顔をそむけるな」


そむければ罰する。と、続けられれば、逆らうことはできない。
徐々に侵入してくる異物を感じながら息を殺して耐えるだけの時間。熱さが下腹部を中心にじわじわと広がって、誰のもので満たされていくのかを認識させられる。


「……ッく……ん゛……ン」


離れていた腰の距離が近づいてくるたびに、押し上げられる内臓の苦しさが口をついてこぼれていく。あと少し、深く密着してしまえば、ジンは埋めたことを堪能するために、じっとしてくれるはずだとアザミは黙って耐え続ける。
それなのに、突然、最後の距離を詰めるために、いっきに腰を突き上げられるのはいかがなものか。


「ゃ、あ゛ァッ……ぅ……ジンさま、ぁ」


心の準備もなくジンに押し込まれて、アザミは嬌声を発していた。


「アザミ、わたしの顔を見よ」


足から腰に移動してきたジンの腕に、全身が力強く引き込まれる。
逃げ場がないほど深く埋まった雄が、顔を歪めたアザミの意識を呼び戻そうとしている。


「ッく……ジン…さ、ま」

「やはり、見上げるより見下ろす方がわたしは好きだ」

「あッ…ン…ッ……ジンさ……ま」


アザミの視界は金一色で染まる。
ジンの髪の色も瞳の色もキラキラと輝いて、前後に動き始めていく。ジンの顔が、声が、匂いが全身を覆って、あらがいようもなく女になっていくのを痛感する。


「そなたの顔が余裕なく歪んでいくのを見るのはたまらない」

「なに言っ……ぅ……ァッ、ぁ……ひっ」

「愛しさがあふれると同時に、無性に壊したくなる衝動にかられてくる。なぜだろうな?」


問われても答えようがない。
現に、壊そうと速度を増す腰の動きについていくだけで精いっぱいで、ジンの顔をじっと見つ続けることさえ難しい。
それでも、これはそらしてはいけないものだろう。
橙色の灯りが揺らめく室内で、重なる影が大きくうごめいているが、主導権はジンが握っている。遊郭で主導権を握れるはずの花魁はどこにもいない。ただの女になり下がったアザミに、それを覆せる器量がない。


「そんな目でわたしをにらんでも無駄だ。より興奮するだけだぞ」


ふっと息を吐きながら笑われて、アザミの眉根がぎゅっと下がる。
守るより、攻め込まれるほうが分が悪い。どうにかしようと、身体を横に向けたところで、ジンの方が先に動いていた。


「ァッ、や……ぁ゛……ぅ」


下になったアザミの左足を伸ばし、ジンはその上に体重をかけてくる。
自由な右足が掴まれるだけならまだしも、ジンの肩にかかとが引っかけられ、性器がより密着していた。


「ダメ……ッ、ジンさま……ヤッぁ」

「なにがダメなのだ?」

「そ、れ……そこ……ぁ……ひっ、ぁ」


側臥位で大きく開脚した足の間をジンの腰が圧迫してくる。先ほどよりも深く入っただけでなく、角度が固定されて逃げ場がない。そのうえ、「触れやすくなった」と喜ぶジンの指が、陰核を指でしごき始めた。


「反応がよくなったようだが、ここが好きか?」

「……ッ、ぁ……あ゛ぁ」

「アザミ、わたしより先に果てるつもりではないだろうな」

「ちが……っ……ちが…にゅ、ぅ」

「ダメだと言ったり、先に気をやろうとしたり、そんなことでは花魁の名が泣くぞ。素直に好きだといった方が可愛げがある」


的確に弱いところをいじめてくるジンの下で、か弱く鳴き続けることしかできない。
片足がジンの下から抜け出せないせいで、快楽を逃がせない。
重力を味方につけたジンの右手で陰核はしごかれ、左足は持ち上げられる。


「ジンさ、まぁ……好き…ッい……気持ちい…ィ」

「……っ……アザミ」


苦し気に呼ぶ声が聞こえて、余裕のない顔で視線を交わす。その際、足の裏に口づけられて、アザミは赤面して言葉を失っていた。だからかもしれない。密着した腰の動きがより一層激しくなって、強く突き上げられて止まるまで、ジンを求め続け、ジンから与えられるすべてを受け止めていた。
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