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参書:四季を冠る香妃

05:御簾に潜む情事

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笛の音色が広間の外にいても聞こえるのは、それだけ室内の雑音が消え、静寂に支配されているから。
本番三日目。
一番の目玉である花魁の特技披露の最中なのだから当然といえば当然だが、アザミは笛の音が震えないことを願って、息を送り、指を動かしていた。
本番が始まる前、笛を持ってきたイルハに不安を告げると、首をかしげられて「何言ってるんだこいつ」という意味の「は?」をもらった。


「どうしよう、イルハ。すっごく緊張する」

「いつも通りに吹きゃ、なんも問題ねぇだろ」

「いつも通り……いつもどうやって吹いてた?」

「知らねぇ……てか、別に他のやつらに聞かせなくてもいいんじゃね?」


そういうわけにはいかない。
それなのに、イルハは名案だと言わんばかりに笛を取り上げて、上機嫌で「笛の調子が悪い」と辞退の方向へもっていこうとした。


「イルハ、気持ちはわかるけどよ。アザミの立場も考えろって」

「……アベニ様」

「ほら、アザミ。失敗したら笑ってやるから、適当に吹いてこい」


なぜか、イルハをなだめる羽目になって焦っていたアザミに、アベニは笛を渡しながら背中を押してくる。不機嫌に舌打ちして腕を組むイルハの横で、朗らかに笑って手を振るアベニ。対称的な二人が今日の監視役だが、おかげで少し緊張がほぐれた。

「アザミ様だ」「アザミ様の笛が始まる」

アザミが息を整えて舞台にあがれば、雑然とした空気が消えていく。
食器の鳴る音はもちろん、談笑の息さえも止まり、集まった人々の視線が中央の舞台にくぎ付けになっていくのがわかる。
注目されるのは慣れていても、意識して耳を澄ませられると緊張するのは仕方がない。


「一番短い曲で十分だ」


昨晩、そういったジンが正面に見えた。
今日の衣装は朱色の生地に白の刺繍。青と黒の線が入った帯と菊の帯留め。頭に思い浮かべた五人の存在があるなら、どうなっても大丈夫だと思っている自分に気付いて、アザミは笛に口づけた。


「あー、緊張した」


無事に演奏が終わり、裏方に用意された控室まで戻ってきたアザミは笛をイルハに渡す。イルハはどこか不機嫌で、無言のまま笛を受け取っていたが、そういう時は大抵そっとしておいた方がいいことはわかっている。


「……ねぇ、イルハ」

「んだよ」

「笛、上手に吹けてた?」


わかっていても、イルハの服のすそを引っ張って尋ねてしまったのは、実感がないせい。
あまりに大きな舞台で披露すると、客観的にどうだったかは判断できないものらしい。アザミは、自分で演奏したものの、本当にきちんと演奏できていたのか不安だった。
演奏を終えても、喝采どころか拍手も何もなく、しんとした静寂の中を引いてきたのだから余計にそう思う。


「失敗しちゃったのかな」


一番短い曲といわれていたのに、思わず一番得意な曲を演奏してしまったのだから、それなりの時間、舞台上にいたことになるだろう。


「アザミ、お疲れさん。いい演奏だったぞ」

「あっ、アベニ様。ありがとうございんす」

「凄い騒ぎになってるから、しばらくここで休んでろ」


頭をなでられて、アザミはホッと息を吐いた。今、会場に戻れば、人が群がって大変なことになるとアベニは大げさに表現するが、休ませてくれるならありがたい。
ここ数日、大勢の好奇な目にさらされて、日常が恋しくなってきた頃だったから余計にそう思うのかもしれない。


「喉が渇いただろ。水でも飲むか?」

「……飲め」


なぜか、アベニが用意してくれた器をイルハが横からもぎ取って渡してくる。
アザミは両手で器を受け取って、口を運ぶことにしたが、また直前で今度はアベニに器を奪われた。


「アザミ」


イルハが不審そうな顔で見つめる中、アベニに呼ばれて、アザミは近づいていく。そうして、すすめられる椅子に腰かけると、当然、アベニもその横に腰かけてきて、器が自然とアザミの口へと運ばれた。


「……は?」


イルハが首をかしげるのも無理はない。病人でもないのに、アザミはアベニに水を飲ませてもらっている。


「手、怪我でもしたか?」

「……っ、うう……ん」


自分が気付かなかったのかと、イルハが両手を確認してきたせいで、アザミの口から飲み込み切れなかった水がこぼれ落ちていく。それを拭こうとアザミはイルハの包まれた両手を引き抜こうとしたが、それより早くアベニが布で拭きとってくれて事なきを得た。
それですべてを悟ったらしい。


「危ないだろ、イルハ。アザミが飲み終わるまで待てよ」

「最近、アザミが自分でできることが減っているのはてめぇのせいか」


急に不穏な気配に包まれて、アザミは狼狽えると同時に、イルハの顔が怒っていることに気付いた。しかも怒りの矛先はアベニに向けられているらしい。
先ほどの苛立ちとは違う雰囲気が、両手を包むイルハの指先から伝わってくる。


「コウラやヒスイばかりがアザミを甘やかすとでも思ってたか?」


アベニに肩を抱かれて、体勢を崩したアザミは、口を挟めばややこしくなる気がして唇を結ぶ。イルハが怒っているのに、アベニは余裕そうに笑っている。喧嘩にはならないだろう。
そう思っていたのに、アベニの手がアザミの着物の襟をぐっと引き下げて状況が一変した。


「なっ、に……してんだよ」


アザミの両乳がぽろんと目の前に露出したことに驚いたイルハが、変態からアザミを守らなければと思ったに違いない。アベニから引きはがすようにして、イルハに抱きしめられたアザミは、目をパチパチさせて現状を理解しようとしていた。


「てめぇも、悲鳴上げるなり、怒るなりしろ」

「え……ぁ、だって突然すぎて」

「ったく……んだ、これ?」


服を直そうとアザミの着物を掴んだイルハの視線が、アザミの肌に散りばめられた赤い唇の痕に気づく。


「ここまで痕がついたアザミの身体を見るのは初めてって顔だな」

「あ゛?」

「まだ可愛いもんだぜ。なあ、アザミ?」


足を組んだアベニに再度肩を引かれたアザミが、顔を真っ赤にしたのが図星を物語っている。一昨日のコウラとヒスイ、昨晩のジン。情事の激しさというより、独占欲と執着が刻まれたアザミの肌は嫉妬を煽る材料にしかならない。


「惚れた女を抱くだけで満足できるなら、見ないふりをすればいい。そうじゃねぇなら、アザミの記憶から自分が薄れない方法を考えるしかねぇだろ?」


肩を抱き寄せる腕とは逆の手で、アベニは頬を撫でてくる。
すりすりと指の腹で上下に往復されるだけの感覚が続いて、それからうなじ、鎖骨に触れられるのがわかった。


「世話をやいて、しつけて、ひとりじゃ生きていけないってくらいに甘やかし、尽くすのが好きなやつが二人もいるんだ。そいつらの上をいくか、ジンみたいに別の方法を探すか。まあ、なんだかんだいって、イルハも弟みたいに可愛がられてきたしな。けど、ま。これが現実だ」

「……ッ……アベニさ、ま?」

「どうした、アザミ。してほしいことがあったら、なんでも言えよ」


どこから発せられるかわからないほどの甘い声で、アベニが耳元で告げてくる。
自分だけに向けられる色香がいつにも増して濃いと思えるのは、すりすりと撫で落ちてきた指先が乳房の輪郭から乳輪に移動して、乳首に触れようとしているせいかもしれない。
イルハが見ているのに、アベニの指先に反応した快楽が、胸の先端をツンと盛り上げてきている。
してほしいこと。
今ここで、それを口にするのは場違いだとわかっている。


「アザミ」


それまでじっとアベニの話を聞いていたイルハが、無言で何かを考え込んだかと思うと、静かに名前を呼んでくる。乱れかけた吐息を連れて顔をあげてみれば、下からすくいあげるようにイルハの口づけがアザミの唇に重なっていた。


「ん……っ、ぅ……イル、ハ」


イルハの口づけにアベニが口角をあげたのが気配でわかる。
その証拠に、アベニの指先が無遠慮に乳首を摘まんで、ぎゅっと潰そうとしている。いや、実際にはもう潰されていた。


「アっ……ん、ぅッ……ぁ」


両手をイルハに固定されたまま口づけられた状態で、アベニに乳首をいじられる。
触れるだけの唇が徐々に潤みを増して、舌を絡ませ、息を交わしあっていく。じわじわとした欲望が掘り起こされていく。理性や思考がどこか遠くに捨て置かれて、与えられる快楽しか考えられなくなってくる。
気付けば、自然と足を開いて着物がはだけそうになっていた。


「アザミ、足、こっち」


乳首を撫でていた手を止めて、アベニが足を持ち上げてくる。
右足がアベニの足に乗せられたせいで、着物は完全にはだけて、アザミの肌は外気にさらされていた。


「わざととしか思えねぇ」


口づけを止めたイルハが視線をそこに向けて「チッ」と舌打ちした。


「宣戦布告された気分は?」

「上等」

「……っ、ぁ……イルハ、待っンッぅ」


足についた赤い点々をたどるように、イルハが唇を落としてくる。そこでようやく足を閉じようとしたのに、それはアベニが許してくれそうにない。


「アザミ、ここは部屋じゃねぇぞ。声、我慢しろ」


イルハが足の間に潜る代わりに、アベニと口づけを交わす。確かに、控室は広間に近く、多くの人が行き交う廊下がすぐそこにある。大きな声をあげれば、誰か飛んでくることは明白で、誰か飛んでくれば、この痴態を目撃されてしまう。


「ふ……ゃ……っん……ぅ」


それだけは御免だと息を殺した矢先、イルハが布をよけて割れ目を舌でこじ開けてきた。


「こっちの足もあげような」


口づけはやめないのに、アベニは背後から腕を回して左足まで持ち上げてくる。
イルハが舐めやすくなったといわんばかりに、顔を深く埋めてきて、じゅるっと卑猥な音がそこで響いた。


「イルハ、寝所に運ぶまでの前座だ」

「わかってる」


何がわかっているのか。問いかける余裕はない。
左足の膝頭を掴んでいたアベニの手が、背後から口をふさぐために移動してくる。それに合わせて取り出されたイルハの雄が、濡らされた膣口に押し当てられて、それは無理矢理挿入された。


「ッんン゛……ぅ……ぁ゛」


今、ここで悲鳴をあげていたら間違いなく周囲の人が駆けつけてきただろう。そして勘違いされたに違いない。これは、どうみても強姦だと、アザミは椅子に押し付けられる圧力を飲み込みながらイルハとアベニの服を掴む。


「きっつ」

「そりゃ、一気に奥まで突っ込まれてんだ。つらいわな」

「……っ……ふ……ぅ、ぅ゛……ンッ」

「声出すなっつったろ。可愛いアザミの声を聞くやつなんか出てみろ。その辺、血祭りになるぜ?」


元気な白虎が暴れるのを見たいかとアベニに聞かれれば、否と唱えたい。
イルハが喧嘩っ早いのも、騒々しいのが嫌いなのも知っている。だけど、許容範囲を超えるもので一気に突き上げられるのは苦しい。


「あとで、たくさん可愛がってやるから。少し付き合え」


そう言いながらアベニは口を塞いでいた手の代わりに布を?ませてくる。
そのうえで、さらに口を覆う布を巻かれ、後頭部で結び目を作られてしまえば、アザミは鼻に頼る息以外に訴えるすべはない。
いつもはもっと丁寧に扱ってくれるからこそ、何か悪いことでもしたのかと疑心暗鬼になってくる。
余裕が無くなる。


「アザミ、こんな状況で、なに感じてんだよ」

「ッ、ぅ……んぁ、ンッ」


じっと動かないでいてくれたイルハが、落ちようとしたアザミの足を支え、膝頭を持って、より深く腰を押し付けてくる。
アベニに塞がれた口では言葉も紡げない。
椅子がイルハの重みに耐えきれず、ぎしっとイヤな音を立て始めていた。


「イルハ、アザミ持ち上げられるか?」

「は、余裕」


服の重量を無視したイルハがアザミの膝裏に手を入れて、軽々と持ち上げる。
アザミは重力が腰に落ちて、ただでさえ窮屈なイルハを迎え入れる羽目になっていたのに、瞬間、アベニの指が触れた場所に気づいて身体を暴れさせていた。


「ンンッん……ふ……っ、ぅン゛ンッ」

「入んのか、それ?」


必死に抵抗をみせるアザミを無視して、イルハがアベニに問いかけたのも無理はない。


「玩具で散々慣らしてきたから、いけるだろ」

「ん゛……ぅ……っ……ん、ンッ」

「ほら、入っていくぞ、アザミ。力抜け」


無理だと言いたい。玩具よりも太くて硬いものが膣に入っているのに、玩具よりも太くて硬いものが肛門にまで入るわけがないと訴えたい。
それなのに教え込まれた身体は、精神の拒否を退けて、アベニの雄を受け入れていく。


「…………っ……く……」


逃げられる場所がどこにもない。
イルハの肩を掴んでいなければ、それこそ一気に床まで落ちてしまいそうで、必死にしがみつくことしかできない。


「ぅ……はぁ……ッきゅぅ」


望みをかけてイルハの顔を見上げたのに、なぜ嬉しそうな顔で額に唇を落としてくるのだろう。心なしか、イルハのオスがさらに膨らんだ気がした。


「くそ…ッ…かわいい」

「だろ。加虐心をそそられる顔するだろ……よし、一気にいくぜ。イルハ、しっかり支えてろよ」


背後から強い衝撃が来たと思った瞬間、パチパチと目の前に火花が散る。
星の煌めきなどではない。熱した刃で貫かれたような違和感が、のけぞる以外の姿勢は許さないと言わんばかりに密着して、イルハとアベニの肉厚に埋もれさせてくる。
そこからは、長いようで短い時間。削り取られるように過ぎていった。
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