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壱書:黄宝館の金鶏

(Side:アベニ)積年の思い

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~Side:アベニ~


守ってやりたい。
アザミは、初めてそう思った「女の子」だった。
自分が生まれ育った貧民街は、いつも華やかな都市の片隅で暗い夜を過ごしていた。帝都の中心、麒麟の南方に位置する朱雀領は漁業と果樹園が盛んで、他国からの貿易で栄えている反面、華族がほとんどを支配して、民衆は貧しい暮らしを余儀なくされていた。


「兄ちゃんに任せておけ」


それが口癖になったのは、酒と暴力に浸った親父が邪獣に殺され、母親が病気にふせったときから。六人兄弟の長男で、弟や妹の面倒を見ていたというのもある。幼い弟や妹を守るのは自分の役目だと、幼少期から意識があったせいか、今でも自分より弱いものをみると放っておけない。
夜になると明るさを増す遊郭街とは異なり、暗い貧民街はいつも陰禍が渦巻いて、邪獣がよく出現していた。四獣になる前から邪獣狩りで稼ぎ始めたのも自然な流れだった。
邪獣は四獣にしか倒せない。
正確には、跡形もなく消失させるために四獣の力が必要なだけで、一般人でも無害化できる。邪獣狩りには危険が伴うが、強靭な爪や牙、硬い皮膚は富裕層に人気がある。邪獣退治の需要はいつもそこにあり、命をかけるだけの報酬が期待できた。


「お兄ちゃん、邪獣狩りなんかやめてよ。危ないよ」

「大丈夫だって、兄ちゃんに任せておけ」

「漁に出て魚を捕るとか、果物を育てるのじゃダメなの?」

「それだと、色々と困るだろ。まあ、母さんの容態が安定したら、また考えるさ」


男は漁業か農業、女は遊郭。選択肢はそれ以外になく、男がまともに稼げる仕事なんてほとんどなかったのだから仕方がない。
親父の借金、母親の治療費、薬代。弟や妹の食べ物だってタダじゃない。男に生まれた以上、できることなんて限られている。
国のほとんどは遊郭街で形成されている。
必然的に女は重宝され、貧民街に暮らす者にとって、遊郭はたったひとつの成りあがる道でもあった。だから、女の幸せが遊郭にあることを当然のように思っていた。
朱雀領にある高級遊郭の朱珠館で働くことが貧民街に暮らす女たちの夢であり、最高妓女である香妃(カヒ)に憧れる者は多かった。妹が「香妃になる」と目を輝かせていうのを「お前ならなれるさ」と頭を撫でて笑ったものだった。
あの日。
初めてアザミと対面するときも軽い気持ちでいた。
世界でたった一人の「花魁」は、天女を封じる器として崇拝と信仰の対象であり、唯一無二の存在であることは周知の事実。
統王の寵姫。女として最高位の身分。世界一幸福な女の顔を拝んでやろう。そのくらいの気持ちで参加した。


「朱雀王、炎帝のアベニだ。よろしくな」

「はい。アベニ様、末永くよろしくお願いいたします」


鈴の音のような声が愛らしく、指をそろえて頭を下げた顔が大人びていたのを覚えている。
四歳年下の花魁。妹と同じ年頃にも関わらず、目を見張るほど美人で、精神的に落ち着いた姿は、さすが黄宝館だと舌を巻くほどの出来栄えだった。


「アザミはすごいな。妹たちが遊郭で働いても、こうはならんぞ」

「字を書いたくらいで大袈裟な。四つの頃から仕込まれても、舞や歌は散々でありんす。人には向き不向きがありんしょう」

「お前な。十五、六の娘が返す反応じゃないぞ。もっと喜べ」


月に一度。七日間、ともに過ごす夜。
アザミは覚えた舞や歌を含め、色々な芸事を披露して楽しませようと工夫をこらしてくれていた。何を見ても「さすがだ」と思うのだから、素直に褒めているのに、アザミの態度はいつも淡々としている。


「コウラ様もヒスイ様も褒めてくれます。ですが、本当に上手か下手かは自分が一番よくわかっておりんす」


ふんっと鼻をならして、悔しそうな顔をするのもよくあった。
負けず嫌いで、努力家なのだろう。黄宝館は才女しか務まらない妓楼だといわれているのだから、それも当然なのかもしれない。


「誰と比べているのかは知らないが、いいと思ったものをいいと褒めているだけだ」

「でも、姐さん方はもっと上手で、わっちはどれも勝ったことがありんせん」


書いた字を恨めしそうに眺める顔が可愛いと思った。
四歳で黄宝館に入ることが義務付けられ、相応の教育を叩き込まれる環境で、健気に生きる姿が美しいと思った。


「アザミの字、好きだぜ。一生懸命書いたことが伝わってくる」

「それは……陛下にも見せるなどとおっしゃるから」

「込められた思いがわからないほど野暮じゃねぇし、そういうのに勝ち負けはいらない。アザミ、これはお前の努力と心が詰まっている。すごく好きだ」


そういって笑いかければ、アザミは真っ赤な顔になって「ありがとうございます」とうつむいた。その顔は、大人びて見えた花魁の顔ではなく、年頃の少女そのもので、年下の女の子なのだと再認識させられた。


「アベニ様には、妹がいらっしゃるのですね」

「ああ、六人兄弟だからな。貧民街では珍しい話じゃないが、アザミには兄弟がいなかったか?」


アザミの愛らしい一面に気をよくして、明るい話題を振ったつもりだったのに、寂しそうに陰った顔が「わかりんせん」と小さく呟く。


「わかりんせん。コウラ様と同郷ですが、物心つく頃には黄宝館にいて」

「そうか。じゃあ、今日からこのアベニ様がアザミの兄になってやろう」


陰っていたアザミの顔が驚いたように跳ね上がって、丸い目でじっと見つめてくる。
それから数秒して、ぷっと吹き出すと「アベニ様が兄であれば心強い」と笑い出した。


「不安な夜や寂しい日のお守りとして心にとめておきます」

「ああ。兄ちゃんに任せておけ」


そういって胸を張る姿を見て、アザミはまた声をあげて笑った。
それをみて、「なんだ、普通の女の子と変わらないじゃないか」と思った。
必死に花魁であろうとしているだけで、仮面を崩せば、これほど表情豊かなのかと感動すら覚えた。アザミの笑ってる顔が好きだ。ずっと笑っていてほしいと思う。アザミが笑える日が続くように、守ってやりたいと心から思った。


「アザミはジンの寵姫だ。四獣は王が許せば交わりを持つが、自分はアザミを妹のように思っている」


アザミの書をジンに届けた際、一線を越えるつもりはないが、兄のような思いで接するつもりであることを告げた。
自分の仕える王が、冷遇している女。
四獣として正しい姿は王に習うことだろう。でも、自分はアザミに冷たくできないとジンに予め伝えておくべきだと思ったから、そうした。


「抱きたければ好きにしろ。わたしは四獣と花魁の関係については黙認する。先帝と同じ道は歩まない。わたしは花魁の元へ通うつもりは毛頭ない」


ジンの態度は変わらず、即位して二十年。
それは守られ続けた。


「衣食住に困らない籠の鳥でいるか、困っても自由を望むか。で、ありんすか?」


考えたこともなかったと、十年ほど前のアザミは純真無垢に首をかしげていた。


「わっちは、統王様のお渡りを待っておりんす。陛下に会える日を望むことは、わっちの役目でありんすから。自由とは、恐れ多いことでございます」


会ったこともない男を待ち続ける孤独な女。夢見心地に窓の外を眺める横顔を何度眺めたことだろう。コウラやヒスイが四獣としての一線を越える感情をたぎらせていることは知っていた。
自分はそこまでではない。
守ってやらなければと庇護欲をそそられる存在ではあるが、アザミは妹のようで、それ以上でも以下でもない。だから、肌を見たところで、触れたところで、どうとでもないと思っていた。


「ッ、ぁ……ヤだァッ……アベニ様ぁ、ァッ」


体内に練りこんだ方が薬効が早く浸透すると、善意でしかなかった行為。
それに下心が芽生えたのは、アザミが消え入るような声をあげて必死で腕を掴んできたせいだろう。いや、下心がなかったとは言えない気がする。
本当は、ずっとこうしたかったのではないか。
アザミをずっと一人の女として見ていたのではないか。


「抜いて…っ、も……もう、抜いてくださ…ぃ」


弱々しく、涙声で抵抗する非力さに顔を向けてみれば、崩れた髪と膨らんだ胸の先端が視界に映る。羞恥に歪んだ顔、艶やかな唇、必死に抗う細い指先。ジンも、コウラも、ヒスイも。好き勝手にアザミを抱いたのだという事実がふいに浮かんで、頭が殴られたように痛みだす。
肌に咲く、他の男との痕跡に苛立ちを覚える。


「そこ……やだぁ、ぅ……っ、アベニさ、まぁ」


守るべき年下の少女。ずっとそう思っていたのに、今は他の男に抱かれた、ただの女にみえる。自分ではなく、他の男に抱かれた。穢れを知らない乙女だったくせに、自分ではない誰かに快楽を教え込まれて得ただろう声が、「アベニ様」と何度も名前を呼んでくる。


「コウラやヒスイにも、同じ声をあげて抵抗したか?」

「な、にを……っ……いッ、ぅ」

「初めての場所を暴かれたとき、アザミはそんな声をあげて男を誘っていたんだな」

「誘ってなど……ぁ、ァッ……やっ」


善意を言い訳にして隠していた本性。それに気付いてしまえば、感情の制御はきかない。
無性に腹立たしくて、無性に愛おしい。
矛盾した感情が沸いて、炎のように熱く沸いて、アザミを虐げる指が止まらない。


「だめ……アベニさ、ま……そ、りぇ…ぃ、く」


陰核を弾かれて反応が変わったアザミに苛立ちが増す。まだ、誰も犯したことのない場所を奪いたいという気持ちが強くなっていく。


「やだぁ、何か変…ァッ……怖い……アベニさま…ァッ」


明らかに絶頂の兆しを見せたアザミの目が恨めしそうに見上げてくる。
ぞくりとした言いようのない感覚が込み上げて、たまらずアザミに口づけを落としていた。


「んッ、ぅ、く………ぁ…ァッ、アベニさ……~~~~ッ」


弱々しく抵抗していた手が爪をたてて、力いっぱい掴んでくる。陰核が硬く膨れて、肛門に埋まる指が食われるみたいに締め上げられる。打ち上げられた魚よりも激しく腰を前後させていたアザミが、重なる唇の隙間から「ひっく、ひっく」と嗚咽をこぼしているのは気のせいではないだろう。


「なに…ぃ……今の、なにぃ」

「ああ、こっちで初めて達して驚いたのか。可愛いな、アザミ」

「こんな…こんなの……しらな……知らない、ぃ」


なんだろうな。この高揚感は。小さな少女のように泣くアザミを抱きしめて、よしよしと頭を撫でて慰めることに、一種の興奮を覚えている自分がいる。
笑う顔が好きだったはずなのに、泣く顔をもっと見たいと思っている自分がいる。


「香はもう、いりんせん」

「そう言うな。まだまだ、たくさんある」


抱きしめた腕の中に顔を埋めてくるアザミが、すねた声で頬を膨らませるのが可愛くてたまらない。クチナシの匂いを全身から発しているくせに、弱々しく震える息が可愛くて仕方がない。
他の男に教えられた色香を消して、あどけなく見上げてくる目がたまらなくそそられる。


「腰の痛みはマシになったか?」

「そんなの、わかりんせん」

「腰よりも尻の穴が気になるか」

「な……なっておりんせん」


わっと、真っ赤な顔で反論してくる必死な顔が、図星だと告げてくる。涙は引いたのか、まだ潤いを残した瞳がじっとねめつけるように目を細めた。


「そんな目で見るな。遅かれ早かれ、自分以外の誰かが開拓するのであれば、さっさと奪っちまおうと思っただけだ」

「……どういう……ンッ、ぅ」


口づけでアザミの疑問を無理にふさぐ。軽く触れるものから舌を深くいれるものまで、角度を変え、深度を変えて、アザミの呼吸を奪っていく。
最初は驚き、緊張をにじませていたアザミも徐々に力を抜いて従順に応じてくる。
誰に教えられたのかは深く考えない方がいい気がして、それでも勝手に脳裏にちらつく顔に苛立ちが最沸してくる。


「ああ、くそ……人のこと言えねぇな」


自分でも気づかないうちに、アザミに惚れ込んでいた。
簡単に嫉妬してしまうほど、自分以外の誰かの気配があることが許せないほど、アザミが愛しくて仕方がないと認識する。


「アザミのことはな、ずっと妹のようだと思っていた」

「……っ、ぅ?」

「自分にとって、こんなにもかけがえのない女だったんだと、今知った」


酸素不足にうまく思考が働かないアザミが首をかしげている。
わかっているようで、わかっていないその顔に再度口づけて、ゆっくりとその体を組み敷けば、アザミはピクリと反応して、視線を泳がせる。
その顔を見て、尻穴に入れられると思っているのだろうとすぐにわかった。


「アザミはこっちの穴がいいのか?」

「……ゃ……やだ」

「覚える時は一度できちんと覚えさせた方がいいんだがな」

「ぁ……ァッ、ゃ……アベニ様、こっち……ここに、いれて」


わざと、脱いで放り出した陰茎を滑らせて膣を通過すれば、アザミは面白いほど素直に反応を返してくる。血脈を浮き上がらせ、へそに付くほど興奮している剛直をアザミの股において、その長さが届く範囲を黙視する。
それだけで鼻息が荒くなるほど硬くなった。
ぬめりを帯びた割れ目に挿入して、突き上げる場所を想像するだけで、もう後には引けない自覚と覚悟が喉をごくりと鳴らしてくる。
でも、止めることはできない。この選択が正しいことを願いながら、アザミの足を割り広げ、膣に挿入すると、腰に重心を落としていった。
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