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壱書:黄宝館の金鶏

04:炎帝の朱雀王

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数日の記憶がない。
七日間をヒスイと過ごしたはずなのに、アザミは半日にも満たない三日ほどしか記憶がないと窓辺に設けられた椅子の上でうなだれていた。
間もなく夜が始まる。このままではいけないと思いながら、体に力が入らないのだから仕方がない。


「あねさん、具合が悪い?」

「ニガナ、大丈夫よ。水を持って来ておくんなんし」

「はい、どうぞ」


随分と準備のいいニガナがお盆に乗せて運んできた器を差し出してくる。水の入った器と、紙に包まれた粉末。それが意味するものにげっそりと肩を落として、アザミは素直にそれらを口に含んで、飲み込んだ。


「ゴマ婆が絶対飲ませるように言いんした」

「そう、でしょうね」

「特にコウラ様とヒスイ様がお帰りになったあとは絶対だと」

「そう……でしょうね」

「ねぇ、あねさん。なぜ、コウラ様とヒスイ様のときだけ薬が必要で?」


返事に困る問いかけをされた。
十一歳のニガナにどうこたえるべきか。二人とも夜がしつこく、濃厚な精液を何度も中に出すからというのが本当の理由だが、はたしてそれを正直に告げていいものかどうか。
自分が禿のときは周囲が勝手に教えてきたので、自然とそういう話に耐性がついていた。だから余計にニガナに伝える範囲がわからない。


「やはり最初に子を孕むのは統王様でないと駄目なのですか?」

「ゴホッゴホッ……っ、ごほ」


盛大にむせるアザミの背中をニガナは小さな手でよしよしと撫でる。
ここ数日、ジン、コウラ、ヒスイと夜を重ねた事後処理はもちろん、アザミの肌に刻まれた情事の痕を幾度となく見せてしまう醜態を自覚していたが、まさかニガナの口から「子を孕む」という言葉が出てくるとは思わなかったアザミは、咳きこむついでに頭を抱えていた。


「ニガナ、意味がわかって言っておりんすか?」


体力消耗が激しく、ぐったりとうなだれるアザミを見つめるニガナの目が、キラキラと宝物でも見るかのように輝いている。純粋な瞳。自分も昔はこんな目をしていたのだろうかと、アザミが肩の力を抜いた時、やや興奮気味でニガナが口を開いた。


「ニガナは、あねさんにジン陛下や四獣様のお渡りがあるのが嬉しいのです。誰が一番に子を孕ませるのかと黄宝館ではもっぱらの噂で、姐さん方は耳を澄ませて花魁の反応を」

「わーーーー、待って、待って」


アザミは慌てて両手でニガナの口をふさぐ。
なんだかいけないものを聞いてしまった気がして仕方がない。たしかに古くからいる黄宝館の面々にジンや四獣の交わりがないことを心配されていたが、ここまで期待されると逆に恥ずかしい。


「わっちは、誰の子も孕まぬよう薬を飲むのよ」


アザミはニガナにわかる言葉で説明をする。


「花魁の役目は子をなすことではなく、統王様と四獣様を癒すこと。次代の統王様が現れるまで、わっちはその役目を全うする必要がありんす」

「けど、コウラ様とヒスイ様は、孕んだら教えろと駄賃をくれんした」

「……は?」

「あ、でも。薬を飲ませるなとも言われ、どうしましょう、あねさん。ゴマ婆からきつくいわれてすっかり、コウラ様とヒスイ様のお言葉を忘れてました。駄賃は返した方が?」


こてんと愛らしく首をかしげる純粋なニガナに、今度こそがっくりとアザミの肩は落ちる。あの男どもは何をしているのかと、苛立ちさえ込み上げてきそうだった。
そんな中、一際大きな足音と明るい声が近づいて、無遠慮に部屋の中に入ってくる。その髪と瞳の色に、それが誰かは一目瞭然だった。


「もらっとけ、もらっとけ。あいつらはちょっと頭がまともじゃないんだ」

「アベニ様」

「今日もアザミの世話をして偉いなニガナ。どうだ、ちょっとは慣れたか?」


ひとつ結びにした朱色の長髪と燃えるように輝く朱色の瞳が鮮やかに踊って、アベニは当然のようにアザミの対面に腰かける。そのついでにニガナの頭を撫でて、お盆を奪っていたが、ニガナの手にはしっかりと駄賃を握らせているあたり動きに無駄はない。


「今日から七日間は、このアベニ様がアザミの監視にあたる。あいつらと同じで、こっちの部屋で過ごす予定だ」

「わかりんした」


ニガナの顔が輝いている。駄賃をもらっているのもあるだろうが、アベニが一番声をかけてくれる頻度が高いというのもあるのだろう。


「アベニ様、アベニ様」

「なんだ?」

「アベニ様もアザミ花魁が孕んだらお伝えしますか?」


駄賃をもらうことの意味をはき違えたニガナの問いかけに、アベニの目が真ん丸に変わっている。自分も大差ない顔をしているだろうとアザミも口角を引きつらせていた。それでも、アベニはイヤな顔をすることも、怒ることもなく「あはは」と笑い出したのだから、見た目の派手さと違い、随分と器のでかい人なのだと思う。


「その駄賃はニガナがアザミの世話をやいてくれていることの礼だ。いつもそうして渡してきただろう?」


頭を撫でられたニガナが嬉しそうにうなずいている。
アベニは小さい子の扱いがよくわかっているのか、ニガナが一番なついているのがよくわかると、アザミもホッと肩の力を抜いた。


「ほら、その駄賃で好きな菓子でも本でも買ってこい。コウラとヒスイの後始末とくりゃ、ニガナも大変だったろう。アザミのことは心配するな、たまにはニガナもゆっくり過ごせ」


裏表のない朗らかな声に、ニガナは目を輝かせてアベニを見つめている。その目が「そうしていいのかな?」と不安そうに移動してくるので、アザミも「いってらっしゃい」と微笑んでその小さな背中を見送った。


「アベニ様、助かりんした」


ニガナが部屋を去って、少し落ち着いた空気の中でアザミはアベニにお礼を告げる。
外は煌々と夜の気配が満ちていて、部屋は薄明かりだが、窓辺に設けられた椅子ではその姿がよく見えた。机越しに対面するアベニの顔は穏やかで、ニガナの前とは違う雰囲気でそこにある。


「アザミも無理するな。その姿勢はつらいだろう、好きな姿勢でラクにしていろ」


困ったように笑う顔が、優しくて頼もしい。アベニは四獣の中でも見た目が派手で、装飾品も髪の色もひときわ目立つが、仕草や性格は見た目ほど騒がしくなく、むしろ落ち着いている。
アザミは言葉に甘えて姿勢を崩したところでアベニが怒ることはないと知っているからこそ、だらりと身体の芯をなくしたように体重を後ろに預けた。


「ったく。あいつらは加減を知らなすぎるだろ。アザミ、いいものをやるよ」

「なんです?」


机の上に乗せられたのは、片手で収まるほどの小さな丸缶。
装飾も何もない、つるりとした表面の銀製の入れ物に好奇心を刺激されて、アザミはそのふたを静かに開けた。


「この香り……クチナシの」


甘く濃厚で華やかな香りが鼻腔をくすぐって、すぐに身体用の香だと理解する。
クチナシは朱雀を示す品。早速、手に取って塗ってみると、普段とは違う心地で精神が和らぐような気がした。


「薬効を練りこんだ特殊な香だ。全身に塗れば疲労の回復も早い」


そうしていくつ積み上げるつもりなのか。ぽんぽんと十缶も取り出して積み上げていくアベニの様子に、アザミはぷっと笑みを噴き出す。


「わっちの身体は随分な巨体と思われておりんすなぁ」


くすくすと笑った顔をあげて、固まってしまったのは、アベニがとても嬉しそうに眺めていたせいだと言いたい。目が合った瞬間「ようやく笑ったな」と、子供みたいな笑顔を向けられて、心臓がドキリとなったのも気のせいだと思いたい。


「こういうのはいくつあっても困らねぇだろ。お前の細い体でも一回で一缶は使いきったほうがいい」

「背中や腰に塗るのは難しそう」

「塗ってやろうか?」


他意のない言葉だったに違いない。アベニは親切心でそう言ったのだとわかっている。
それでも、ここ数日で仕込まれた事実が、変な想像をかきたてる。自分は気付かないうちに淫乱な女になってしまったと、アザミは顔を真っ赤に染めてうつむいていた。


「塗るならここは不便だな、アザミ、どうする?」


アベニは下心のない声でそこにいる。
だからこそ、椅子から腰をあげて室内をぐるりと見渡していたようだが、アザミが真っ赤な顔でうつむいているのを見て、ようやくその言葉の意味を理解したらしい。


「あっ、いや、そういうつもりは毛頭なくてだな。ただ、自分にできることがあればと……すまなかった。アザミも見せたくない男に肌をさらす必要はない」

「……え?」


真摯に頭を下げて謝られると言葉につまる。変な想像をしたのは自分の方なのに、そこまで素直な態度を向けられると申し訳なさが胸を締め付ける。
アベニに肌をさらすのがイヤかどうか。
単に恥ずかしかっただけで、見せたくないわけではないということを伝えるにはどうすればいいのだろう。


「アベニ様、顔をあげておくんなんし」

「ああ。背中や腰にはニガナにでも……って、アザミ?」


ギョッとした顔で疑問符を浮かべるアベニの様子に、アザミは本当に申し訳ないことをしたと着物の帯に手をかける。
椅子から立ち上がり、着ていた着物を脱ぎながら、寝台に向かう女をアベニはどう思っているのか。それはわからない。けれど、これは健全な行為なのだから問題はなにもないはずだと、アザミは布団の上に全裸になった身体を横たえた。


「わっちの背に塗ってくれんしょう?」

「……お前なぁ。時々見せるその度胸はなんなんだよ」


盛大な息を吐いて、アベニは渋々と近づいてくる。机の上に置き去りにしていた缶をもって、手に取る仕草に無駄はなく、文句を言いながらでも結局世話を焼いてくれるその性格に、アザミはまたくすくすと笑っていた。


「痛かったら言えよ?」

「わかりんした」


背中をすべるアベニの手は温かく、香の匂いが混ざって安らぎを連れてくる。
痛いどころか眠りに誘われてしまいそうなほど心地よく、永遠に身をゆだねていたくなるほど、その手の刺激にアザミは全身の力を抜いていく。


「腹の下に布を敷くぞ」


折りたたんだ布がうつぶせになったお腹の下に差し込まれる。背中、腰の順に滑り落ちていた手が、布が差し込まれるなり、足の下から太ももの付け根まで這い上がってきたのだからアザミの口が変な声を吐き出した。


「ふ……っ……ぁ」

「脚も随分と張ってるな。あーあー、こんな場所にどうやったらこんな痕つくんだよ。コウラ……いや、ヒスイか?」

「んっ、ぅ……ぁ、ンッ」

「孕ませる前に壊れるんじゃねのか、これ。アザミも大変だな」


言いながら、アベニはせっせと足を揉んでほぐしてくれる。本人はアザミの様態を少しでも軽くしようと尽くしてくれているのかもしれないが、他の男がつけた所有欲の証を目印にしているせいで、段々と股の間に触れる回数が多くなっていることに気づいていないのかもしれない。
本人にその気がないのに、意識している自分が情けない。
アザミは必死に敷物を掴み、声を殺して、腰が揺れてしまいそうになる感覚を忘れようとする。


「ヒッ、ぃ……アベニ、さま」

「じっとしてろ。力を抜いていれば大丈夫だ」


何が大丈夫なのか。気のせいでなければ、アベニの指が肛門に入ってきている。
ゆっくりと中指を埋めて、人差し指をねじ込んでくるその奇行に、アザミの全身が硬直したのはいうまでもない。


「この香は体内からの方が効果が強い。座薬と同じだ」

「ぁ……そ、そんな……ぃ、ぅ」


腹の下に折りたたんだ布があるせいで、前にも後ろにも逃げられない。しかも進行してくる右手とは別に左手が腰を上から押してくるせいで、いやでも下半身がそこに固定されてしまう。


「アベニ様、抜い……て……無理、もう…無理、ぃ」

「半分以上埋まっているぞ。ここまでくれば、抜くより入れたほうが早い」

「なっ、や、ァッ……や……ヤッぁァァアァッ」


イヤだと言っているのに、アベニは聞こえないふりをして結局、指を全部埋めてしまった。
何が座薬と同じだと、アザミは羞恥に震えて両手でつかんだ敷物に顔をうずめる。男の指を二本、肛門に埋め込んでいる現状に、いったいなぜ、どうしてこうなったのかの理由がわからないと内心不貞腐れていた。


「無理じゃなかっただろ?」


アベニの声が楽しそうに弾んでいるのは気のせいではないだろう。
こちらは尊厳を失ったような変な羞恥を体験しているというのに、まるで良いことをしたとでも言いたげなアベニの雰囲気に反論する気力も起こらない。大変な目に遭ったと恨めしそうに唇を噛みしめながら、アザミは肛門に埋まるアベニの指を締め付けた。


「ヒィぃィッ……ぁ……ヤだァッ」


ずるりと指が抜けていったこともそうだが、またずるりと入ってきたことに驚く。
膣を犯されるみたいに、肛門を犯される。クチナシの香が潤滑油になっているせいで、アベニは難なくそれを繰り返しているが、やられる方はたまったもんじゃないと、アザミは慌てて身体をひねってその腕をつかんだ。
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