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壱書:黄宝館の金鶏

02:氷帝の玄武王

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街は夜の準備を始め、遊郭も徐々に目覚め始める。そんな時刻に客は来ないはずなのに、アザミの部屋には一人の男が押し入っていた。
黒水晶の瞳は見る角度によって緑の色が差し、夕暮れ前の明るい時刻は特にその色を拝むことができる。けれど、その瞳をまじまじと眺めるわけにはいかない。
相手は、氷帝の玄武王。
艶やかな長髪を後頭部の下のほうで結び、長い前髪を時折かきあげる仕草は色気に満ちているのに、何も寄せ付けないような冷たい雰囲気が四獣である威厳を保っている。
ただの正座。それでも姿勢の良い背筋は、相手にも相応の礼儀を無言で求めるような冷たい距離を感じてしまう。


「あの……っ……コウラ様?」


アザミは支度もそこそこにコウラと対面するように床に座り、いったい何用かと心配した顔で声をかけた。


「何か火急のことでもありんすか?」


四獣は花魁が黄宝館から逃げ出さないよう監視する役目がある。
窓の外に指先ひとつ出せない花魁を監視するのは矛盾しているが、天女の加護を授かる四獣に選ばれたものは、天女を地上に封じる役目を担う花魁を見守ることが義務とされているのだから仕方がない。
アザミが黄宝館に監禁されて二十年。
四獣は週替わりでやってきて、アザミの隣にある部屋で寝食している。
本来であれば十五で統王のお手付きとなり、四獣である彼らとも交わりを持つはずだったが、統王であるジンがアザミの元を訪れることがなかったため、アザミは四獣と交わることなく処女のまま夜を一人で過ごしてきた。
別室を設けてから、こうしてアザミの部屋に四獣が直接訪れることは珍しい。
だからこそ、アザミは、何か急ぎの事案でも発生したのではないかと危惧したのだが、コウラの反応を見る限り、そういうことでもなさそうだった。


「今週の監視役はイルハ様では?」

「わたくしの番を伸ばしていただきました」

「……え?」


昨日で週が終わったのだから、今日から担当が変わるはずだとアザミは困惑しながら息を吐く。コウラが監視期間を延ばすのは、一体何事か。そんな話は聞いていないと言いたいところだが、無言で見つめてこられるばかりでは、会話を続けようがない。


「アザミ」

「っ、は……はい」

「先日は申し訳なかった」


それは見事な平伏に、アザミの顔が誤魔化しきれないほど狼狽える。
普段は「アザミ様」と呼ぶくせに、あえて「アザミ」と呼び捨てられたことにも気づかないほど、アザミはぽかんと意表をつかれていた。そのため、黒の髪が床になだれ込み、深く頭を下げるコウラの行動にアザミは慌てて近くまで駆け寄っていた。


「コウラ様、顔をあげてくんなんし。陛下もご無事とのこと、あの夜のことは過ぎたことにございます」


アザミが肩に手を添えて、そう告げても、コウラは顔をあげようとしない。
アザミは再度「顔をあげて」と願うように囁き、コウラの顔を覗き込むようにして、その手に自分の手を重ね置く。


「麒麟に出没した邪獣を退治したのはコウラ様だと聞きんした。陛下があれほどの傷を負った邪獣相手、コウラ様に怪我がなくてなによりでありんす」

「……怪我をした方がよかったのかもしれんがな」


自虐気味に息をこぼして、顔をあげたコウラの動きを見つめながらアザミは首をかしげる。
なぜ、怪我をした方がよかったのか。口にしなくてもコウラはアザミの疑問を理解していたに違いない。


「そうすれば、アザミに癒してもらえただろう?」


不敵に笑う姿に反応が遅れてしまう。
ジンほどではないが、天女は美しいものを好むというだけあって、四獣である面々も容姿に優れたものが多い。コウラはその黒水晶のような双眸と規律を重んじる態度に冷たく見られがちだが、低いのに甘い声で微笑んでくる威力はジンよりも大きい。


「コウラ様はずるいお人ね」

「ずるい?」

「わっちの心情を惑わせて、怒りなど沸かさせないのはさすがでありんす」


昔から二人きりになると口調が変わるコウラの態度に、アザミも気を許して肩の力を抜く。改まった態度で来訪した時は何事かと思ったが、真面目なコウラはずっと気にかけて、心配してくれていたのだろう。
幼少期から変わらない。
アザミが、ジンを運んできたコウラになぜか怒りが持続しないのは、自分を頼ってきてくれて嬉しいと思わせる、これまで構築してきた関係の成果でもある。


「アザミ、こちらへ」


とんとんと、隣を叩いてくるコウラの仕草に、アザミは素直に従う。
昔から世話を焼いてくれていた顔なじみということもあって、アザミはコウラの隣に言われるがまま移動していた。


「腰が抜けて立てなくなったと聞いたが、その後調子はどうだ?」

「……え……あ……」


歯にものを着せぬ言い方で問いかけてきたコウラに、アザミの顔が真っ赤に変わる。
腰が抜けて立てなくなった。
その意味はひとつしかなく、昨晩招集された四獣に共有された内容を思えば羞恥が募る。


「へ……平気で、す」

「そうか。なら、いい。ジンもすぐに戻ったようだし、アベニがいうことはいつも大げさだからな」


コウラが口にする言葉に、アザミは何も言えないまま小さく縮こまる。
一緒にいた時間に過ぎた行為も、記録に残らないはずのやり取りも、共有されていた事実が恥ずかしくて、穴があったら入りたいと思えるほどだった。


「ただ、ジンは女に疎いとわかっていたが、あそこまで愚かだとは思わなかった。故意にアザミの元へ送ったが、アザミを傷つけるつもりはなかった」

「…………え?」


赤くなった顔を伏せたアザミの顔は、すぐにまじまじとコウラの顔を見つめる。
聞き間違いでなければ、「故意に送った」とコウラは言った。それは、あの夜、怪我をしたジンをわざとアザミのもとへ運んできたということだろう。
ジンはこの国を統治する帝王。
ひん死の状態を知る人物は最低限が望ましく、アザミが適任だったとコウラは咄嗟に判断したのだろうと思っていた。だけど同時に、あれほどの深手を追った人物を医者ではなく花魁のもとへ運んだ疑問も残る。
仮にジンが死んでいたらどうするつもりだったのか。
もしかして、コウラには別の思惑があったのかもしれない。


「な、ぜ?」


アザミは、咄嗟に口から出た疑問符に両手をあててすぐに視線を下げる。
詮索をするつもりがない態度の表明だったが、コウラにそれは必要なかったらしい。


「なぜだと思う?」


先ほどまで平伏していた男とは思えない。ひざに肘をついた腕に重心を寄せて顔をのせ、もう片方の手がアザミの頬をゆるりと撫でる。


「……コウラ、さ、ま?」


至近距離の瞳に射貫かれたと思えるほど、身体が固まって動けない。
芸事を披露した時に、頭を撫でたりしてくれたことはあるが、熱い視線を向けられて意地悪に問われたことは今までにない。
頬を撫でていた指先が首筋をおりて、鎖骨から胸元に滑り落ちてくる。


「お前が愛しすぎて狂える男の成れの果てだ」

「……っ、ぅ」


胸を押されて体勢を崩したアザミは、コウラを真上に望む形で言葉を失う。
仰向けに倒れた体に覆いかぶさってくる影は、ひとつしかない。


「二十年、待ち続けた。火ぶたを切ったことを後悔はしていない」

「ん……っ……ぅ」

「ジンが死んでも、生きても、どちらでもよかった。俺はずっとこうして、お前に触れたかった」


戸惑いがないといえば嘘になる。それでも、四獣との行為が始まるのだろうということは覚悟していた。覚悟していたから唇が重なった時も取り乱さずに済んだ。


「……コウラさ、ま」


落ちてくる口づけは、とても静かに重なって、夕暮れから夜に変わっていく間中ずっと重なっていたように思う。
その証拠に、窓の外に提灯が連なり始め、階下の方から人を呼び込む声が響き始める。
夜が始まる。妓楼が客を取る夜がやってくる。


「アザミ。今夜、俺はお前を抱く」


そう宣言してくる腕に抱え上げられ、寝具の上に運ばれるのをどう受け止めればいいのだろう。アザミが肌を許したのは、あの夜、怪我をしたジンに施した一度きり。
治療でも、状況に流されるわけでもなく、抱くと宣言されて服に手をかけられるのは、想像以上に恥ずかしい。


「コウラ様、あ…の……っ、ンぅ」

「ひどいことはしない。大人しく愛されろ」

「……ぁ……ッ」


耳をかじられ、首筋を舐められる。
コウラは腕が何本もあるに違いない。アザミが弱々しく抵抗する合間にかんざしを抜き取り、服をはぎ取り、あっという間に生まれたままの姿で転がっていた。
お互いに全裸で向き合う。


「キレイだ、アザミ」


熱を込めて見下ろしてくる顔に、心拍があがって、心臓が高鳴っていく。
遊郭で育った以上、知識はある。先輩たちに手練手管を教わり、絵や本で学んできた。それでも想像と現実は全く違う。コウラの一言で、アザミは花魁という立場からたったひとりの初心な女になり下がっていた。


「ァッ……コウラ様、そ、こ」


何度か口づけをして、肌の表面を撫でられた流れで、コウラが足の間に顔を埋めてくる。驚いて逃げようとしたが、アザミは足首を持ち上げられて両足を開かれ、問答無用でコウラの頭を受け入れていた。


「ひっ、ぁ……ァ、や……恥ずかし、ぃ」


割れ目を舌でこじあけられ、ざらついた舌で舐められる。
遊郭に住むものとして話は聞いていたが、実際に体験するのは想像以上に刺激的で、とてもじゃないけど冷静でいられない。ぴちゃぴちゃと、愛らしい水の音とじゅるっとした卑猥な音が混ざり合って、何度もやめてほしいと口にしてしまう。


「ァあっ、コウラ様、指……っ、いやぁ」

「慣らしておかないと、つらいのはアザミだからな」

「でも、そ……ぁ……ヒッ、ぃ」


舌で舐められているのに、指が膣に侵入してくる。一本ずつねじ込まれてくるが、太くて長い指を二本入れられただけで、アザミは腰を浮かせて逃げようとしていた。


「アザミ、逃げるな」


腰を抱えてくるコウラの愛撫に、アザミは必死で耐える。
いつになったら終わるのか。段階を学びはしても、実際の時間まではわからない。
初めてのことは想像がつかない。
ジンは怪我人で、こういう段階を踏む以前の行為だった。たたせて、いれる。それでおしまいの話ではなかったか。こんなことなら、もっと真剣に学んでおけばよかったと、アザミは短く変わっていく呼吸の合間に涙を浮かべる。


「ぁ、く……ゃ、ぁ……コウラ様、だ、め」


何か変なものが込み上げてくる。
それは一昨日の夜と同じ、声が勝手に裏返って、全身が硬直するような痺れがくる前兆。息が荒くなって、体の芯が熱く沸き立ち、強い刺激に襲われる感覚。


「怖い……っ…コウラさ、ま……や、ぁ」


いやいやと首を振って抵抗をみせるアザミをコウラは無視し続ける。
腰を抱え、顔を埋め、指を動かし、卑猥な音が匂いを連れて部屋を満たしていく。


「コウラ、さ、ま……く、ぅ……ンッ」


変な声が出ないように、両手で必死に声を抑える。
それでも鼻から抜ける甘い声は隠しようもない。


「ァッ……ぁ……コウラ様…っ……やぁ、ァァァッ」


膣に埋まるコウラの指を強く締め付けている。
腰を高く上げて、深く沈めているのに、コウラの顔は吸い付いて離れようとしない。


「……はぁ……はぁ……くっ、ぅ……」


やがて弛緩して脱力するまで、コウラの頭はアザミの下半身を陣取ったままでいた。けれど息を整える間もなく、コウラはアザミの膣から指を抜いて、今度は膝裏を押し付けるように両手をそこに添えてくる。


「待っ……ぁ……ぅ……アぁ゛ッ」


折り込まれる形で挿入される圧力に、指など比ではない圧迫感が押し寄せてくる。
処女は喪失したと思っていたのに、あまりの苦しさに自分はまだ乙女なのではないかと錯覚するほど、太く、硬く、長いものが内臓を押し上げてくる。


「ぁ……ンッ、ぅ……コウラ、さまぁ」


苦しい。息の仕方がわからない。
助けを求めるようにコウラの腕にしがみつく以外にできることが何もない。


「コウラ様……っ……コウラさ、ま、ぁアァぁ」


ぐちゃりと何かがつぶれる音がして、頭が殴られたみたいに揺れている。目の前がチカチカして、コウラとの距離がやけに近い。


「わかるか、アザミ」

「っ……ぁ……コウラさ、ま……ァ」

「ああ、全部入った。溶けそうなほど熱く、至福の極みだ」


気付かないうちに汗をかいていたらしい。顔に張り付いた髪をはがし、何度も口づけをくれるコウラにアザミは羞恥と恐怖を示すように身体を震わせる。
重なる唇も、舌でなぞられる歯列も、内部を埋め尽くす熱さに比べれば随分と優しい。


「アザミ、腕をこちらに」


コウラは、自分の首にアザミの手を誘導する。それが何を意味するのか、深く考えずに従ったアザミは、次の瞬間、突き上げられた衝撃に慌ててコウラにしがみついた。


「ァッ、ぁ……ゃ、だ……ァっ、ぁ」


腰を掴まれ、引き抜かれて、また差し込まれる。言葉はない。あるのは連続した行為と一定速度で刻まれる律動だけ。
何かを打ち付ける音は、肌がぶつかり合う音だろう。
人間同士ぶつかれば、こんな卑猥な音がするのかと、耳を疑うほどに激しく揺れている。


「コウラ様……っ……コウラさまぁ」


アザミにはコウラを呼ぶ以外、どうしようもなかった。
振り落とされないようにしがみつき、与えられる刺激に耐えて、耐えて、耐えきれず、逃げようと奮闘した身体を押さえつけられて、何度も高い声で叫び続ける。
自分の身体から、こんなに裏返った声が出るのかと、甘えて、媚びた声が出るのかと、思わず泣いてしまうくらいには、コウラに全てを奪われていた。
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