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第十一夜 監視と管理(下)

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愛撫の海に包む竜の告白が止まらない。好きを始めに続くのは「傍にいてほしい」「守りたい」と、およそ信じられない言葉ばかり。
優羽は、身を固く縮こまらせ、信じないと自分自身に言い聞かせていたが、嘘か本当かわからない竜の声が甘過ぎて、段々と溶けてきているのがわかる。
これが夢でないのなら、竜の声は優羽の心に届けられている。気がする。自信はない。


「……っ……あの……」


仮に、聞き間違いでも、冗談でもなかったとする。でもまさかそれが、本気だとは思えなかった。
相手は、人間ではない。
身をわきまえていると言ったところが正しいが、また期待してしまって落ち込むのだけは、もういやだ。


「優羽、俺をみて」

「………ヤッ…ぅ」

「怖ないで、大丈夫やから、な?」


頭からすっぽりと包む竜の腕のなかで、優羽は竜の言葉に従う。
銀色の瞳。熱を帯びて、ほんの少し照れた色が、なぜか可愛いと感じてしまう。


「好きやで、優羽」

「ほ……本気ですか?」

「うん。嘘はつかへんよ」


頭に渦巻く疑心は、震える声となって竜に向けられる。
緊張に壊れそうな心臓を誤魔化すように、優羽は竜の瞳をジッと見つめていた。


「優羽に呼んでもらいたい。俺の名前。さん、やのおて、ちゃん、とかええな。好きなやつに、さんづけで呼ばれたくないんやわ。まあ、そんな感覚も優羽で初めて知ったんやけどな」

「ッ!?」


不意打ちにもほどがある。
カミ様も耳まで赤くなるのだとか、恥ずかしさに声を震わせるのだとか、怖そうに見える人ほど、照れた顔が可愛いとか。そういうものを知りたくなかった。
目は口ほどにものを言う。
竜の瞳に映る優羽は、ピシリと音をたてて固まっていた。


「それに、なんか距離感じるやん。あと、敬語もなしな。別にイヤとちゃうんやけど……って、どないしたん?」


この流れで、優羽の左足を持ち上げ、今から自身を挿入しようとしていた竜は、口を開けたまま固まっている優羽に気づいて首をかしげる。
その顔があまりにも自然すぎて、さっきの言葉が全然受け入れられなかった。


「す、すすす好きってなんですか!?」

「え、今そこなん、遅ない?」


竜の口にした「すき」は、自分が知っている「すき」と同義語なのだろうか。イヌガミ特有の、違う意味をもった言葉だったらどうしよう。
どうか、願いが裏切られませんようにとガバッと起き上がった優羽は、ガシッと竜の肩をつかみ、受け止めきれなかった感情を素直に竜にぶつけた。


「私のことが、好きなんですか!?」

「せやで、さっきから、そーいうてるやん」


なにが起こったのかわからない。
一体なぜ。混乱した優羽を落ち着かせるように、竜は、笑いながら優羽の頭をヨシヨシと撫でる。


「エサ言うたかて、別に好きになったアカンことないやん」

「……は?」

「俺が優羽のこと気に入ったんは事実やし。回りくどいことするんは好きちゃうし……好きなやつには、好きって言うべきやろ?」


バカなのか、純粋なのか、よくわからない竜の言葉に、優羽は放心したように竜を見上げていた。


「す…き?」

「俺が守ったる言うたやん。好きなやつを守るんは当たり前や」


ますます信じられないと、優羽は竜から視線をさげる。
好きは、同じ意味をもつ好きらしい。それも戯れや気まぐれではなく、心からの好意だと告げられている。
そうなる要因はわからない。単純にエサとして、合格点をもらえたのだろうか。それにしては、熱のこもった告白だと思わないこともない。
考えすぎて、そわそわと落ち着きをなくしはじめた優羽は、直後、竜に抱き上げられる。


「さっきは、晶にヤキモチやいて、意地悪してごめんなぁ。ほら、ちから抜いて」

「へっ……ぅ、~~~ッ、ぁ」


現状と気持ちが適合しない事態に、何度遭遇すればいいのだろう。


「ヤッ、ぁ、待っ……ヒッ」

「あー。優羽が可愛いから、ついついなぁ」


言いながら、へらりと笑う男の行為を理解できない。
人形でも抱きしめるつもりだろう。あぐらをかいた竜は、自分を突き刺したことで放心した優羽に、ほほをこすりつける。
うって変わった態度に、優羽は困惑したまま息をのんだ。


「好きて言うべきか迷っててんけど、やっぱ我慢はよくないよなぁ」

「ちょ…ッ…ひゃぁっ!?」


視界が揺れる。それも上下に。
逃げ腰になるのを引き戻され、暗い部屋のなかで、竜だけを映した世界が揺れている。


「陸が羨ましいくらい優羽に引っ付いてたし、涼にケンカうってみたのに気づいてもらわれへんし」

「な、に…ぁ…ッぅ…ひ」

「ええから、ええから。俺にちょっと食われて」

「……ぁ……ちょっ」

「嫉妬で殺されたないやろ?」


悪寒とは、正確に駆け抜けるものらしい。
一層深く、密着した竜に逆らえず、優羽はその意向を受け入れた。
ちょっと、などという可愛いものではなく、それは嫉妬で殺そうとしてくる獣そのもの。
疑心暗鬼や混乱に戸惑っている暇はない。イヌガミ特有の愛撫が、冷めかけていた欲情を煽り、自分ではどうしようもない快感を内側からこじ開けてくる。


「く…ッ…ぃ…イクぅ…~~っ」

「どこ行くん。優羽はここやろ」

「だ、メ……そ、ぁ……あぁ…あ゛」

「せやで、ちゃんと座らな。手はこっち、足もこうして、ほら、ええ子やから」


良い子とは、絶頂に悶え喘ぐ娘のことをいうのだろうか。男にまたがり、首に腕を回して、腰を揺らし、貪りあう口づけを交わすエサのことをいうのだろうか。


「ア゛ァ…んっ…ク…ァァアぁ、ん」


およそ、自分の口から出ているとは思えない、淫乱な女の声が聞こえてくる。


「ぎ、もちィ…ッ…い…ィッくぁ、止まらな」

「せやで。止まるなんかあり得んよ。ようやくありつけたご馳走や」

「…………ッん」

「ほら、もっと食ったろ、な。優羽。可愛いで」


下にいる竜に主導権を握られて、それでも自在に得られる快楽に終わりはない。
頭を撫でられ、背中を撫でられ、腰を撫でられ、果てる女を竜はその銀色の瞳で眺め続ける。
恋慕を宿した色を添えて、優羽が絶頂に鳴くのをじっと見上げていた。


「…………ぅ、ぁ」


息も絶え絶えとは、こういうときに使うのかもしれない。どくどくと脈打つ竜の嫉妬が体内に放たれ、まだそこに埋まっている。
優羽は、うなだれた形で竜の肩に額を置いて、収まらない熱の疼きをなだめていた。


「もう、ほんま、ギリギリやってんなぁ。あー癒される」


グリグリと首筋に向かって頬擦りしてくる竜に、計算や妥協は見当たらない。
これは本当に好かれているのかと、満足そうな竜の腕の中で、優羽は顔をひきつらせた。


「………ぅ、あ」


脇に手を添えて、引き上げてくれた竜との間に、半透明の液が垂れていく。粘着質なそれは、名残惜しむように、優羽の太ももを伝って、竜の雄へと繋がっている。


「あーあ。こんなに汚して」

「………」


むっとしてしまったのは仕方がない。
誰のせいだと糾弾できる余裕があるなら、文句のひとつでも吐いただろう。


「キャッ!?」


クルリと反転した身体が、あぐらをかく竜の間に落ち着く。今度は、背を竜に預ける形で、簡素な敷物の上に落ち着いた優羽は、足を割るように腕を差し込んできた竜の行動に、驚いた声をあげた。


「何するの!?」

「何て、キレイにせなアカンやん」

「まっ…ヤッ…やぁッ!?」


竜は鼻唄を歌いながら優羽の秘部に指を侵入させる。耳元をかすめる竜の息と、無遠慮に突っ込まれた複数の指に、優羽の身体は思いっきり硬直した。
あげくに、抱え込む腕に胸まで優しく揉まれ、勝手に内壁が竜の指を締め付ける。


「汚れたら、こうしてキレイにするんやろ?」

「ちが…ッ…アッ…やぁッ!?」

「ええてええて。晶とちごて俺は優しいから、イキまくったかて怒らへんよ?」

「アッあぁ…やめッ…な、なん、で……イクッいっちャッ」


絶妙なツボを刺激してくる竜の愛撫に、優羽の液体がそこらじゅうに飛び散っていく。
透明な液体が扇状に広がって、イヤでも見える足の間から、卑猥な音をたてて竜の指が動いていた。


「ヤダ…っ、出る……でちゃ…ぅ」

「出してるんやから、そら出るやろ」

「へ、ん…ッぁ、こんな、の…へ、んンッ……ヤッぁ、そこヤダぁ」

「んー、ここ?」


白々しい声が後方から抱え込むようにして襲ってくる。立てた膝の間から竜の腕に連動して、前方に飛び散っていくのは、見るに耐えない。
一度、竜の手の平に溜まってから、暴れ出ていくそれらは、優羽の意思に反して、彼らの欲を満たしていく。
怖い、恥ずかしい。点滅する両方の感情が、どんどん加速して、優羽は半分暴れながら爪先までピンと伸ばして絶頂するという器用な技を繰り広げていた。


「く、…ぃく、ぃくイクッアァァァ」

「竜、おなかすいたぁ」

「ヤダっ、ぃヤァッイヤァァッ」


絶頂の中であらわれた狼に、優羽は全身で拒絶を叫ぶ。座る竜を椅子にして、股の間に埋め込んだ指に喜んで喘いでいるところなど、例えカミ様でも見られたくない。
それでも止まらない。
興奮と悲鳴と拒絶と絶頂。決まらない優先順位に泣くことしか出来ない優羽を知ってか、知らずか、飛沫する愛液にすりよるように、陸がそこに飛び込んできた。


「いっただっきまぁす」

「ッ!?」


優羽の下肢にたどり着く前に、陸が消える。もうお決まりの展開となった出来事も、果てたばかりの優羽にとってはありがたい現象だった。


「ひっどぉ、有り得ないんだけど」

「どっちがや。俺がキレイにしとんねん。陸なんかに食わせへんで」

「なにそれ、どーいう意味!?」


体勢を立て直した陸は、人間の姿になるなり、竜に突っかかるように飛び付く。その拍子に、優羽は竜と陸の間で押し潰された。いや、押し潰される前に、竜の腕に抱きしめられている。


「俺の優羽に触らんとってくれるか」


これみよがしに、竜が優羽を抱き締める腕に力をこめた。案の定、「はぁ!?」という、陸の不満が雄叫びになって室内にこだまする。


「ちょっと、勝手に僕の優羽をとらないでよ!!」


竜の腕から優羽を奪おうと、陸が優羽の腕を引っ張る。


「優羽に何すんねん」


負けじと竜も優羽の腰を引き寄せた。


「別に、陸のちゃうやんけ」

「竜のでもないじゃん。独り占めはダメなんだよ。父さんに殺されても知らないからね」

「縁起でもないこと言うなや。殺られるときは、優羽も道連れにしたるわ」


ハッと鼻で笑った竜のせいで、陸の目に涙がたまっていく。そのまま可愛い顔の大きな瞳を潤ませて、陸は優羽に抱きついた。


「優羽は僕がいいよね。僕がいいって、言ってくれるよね?」

「…ッ…や…」

「陸のアホ、優羽からどけや」


二人の男の重力に圧し殺されると、優羽は呻き声をあげる。
涼と戒の時といい、どうしてこういう環境に巻き込まれるのか。日常として認識しつつあるイヌガミの言動に、呆れにも似たため息がこぼれ落ちた。


「あ、あのッ」

「「んー、何?」」


声をかけた優羽に対して、驚くほど甘く豹変した二人は、いがみ合っていた顔を笑顔に変えて見下ろしてくる。けれど、息があったことがよほど癪(シャク)に触ったのか、竜と陸は再び顔を照らし合わせて怒声をあげた。


「真似しないでよ」

「真似したんは、陸やろ」

「優羽は僕の」

「アカン。陸なんかに渡したら、優羽が毒されてまう」

「ひっどぉぉぉい、僕のどこが優羽にとって悪影響なわけ!?」

「全部や全部」

「ぐっ、ぅ……つ、つぶれ……りゅ……ぅ…えっ?」


半分意識が遠退きかけたところで、優羽の身体はなぜかフワリと宙を舞う。
横から何かの衝撃を受け、そのまま弧を描いてたどり着いたのは、柔らかな戒の毛の中だった。


「二人ともそれくらいにしておかなければ、本当に噛み殺されますよ。父さんではなく、涼に、ですが」

「「ッ!?」」


ぼふっと埋まった優羽の代わりに、竜と陸が驚愕に押し黙る。次いで聞こえた悲鳴は、あわれな二匹の狼のものだった。


「いった…ぃ…何…が?」


ふらつく頭を押さえながら、優羽は体を起こす。かすんだ優羽の視界の先では、狼の姿で三つ巴になっている異様な光景が部屋を占領していた。


「やはり、こうなりましたか」

「……え?」


本来の姿ともいえる白銀の狼が四匹。さすがに四匹も集まれば、暗い室内も仄かな明かりが満ちて、それなりになにが起こっているのか視認できる。
涼が竜と陸を威嚇して、追いかけ回している。それだけといえば、それだけ。それでも鬼気迫る威圧感は尋常じゃない。


「あの三人に良いように扱われているからといって、立場を忘れれば痛い目にあわせますからね」


ただひとり。いや、一匹。澄ました顔の狼の毛は、穏やかにないでいる。とはいえ、冷たい戒の口調に、優羽は小さく返事をかえすことしかできなかった。


「こちらへ」


ケンカの被害が及ばない部屋の片隅を勧められ、腰を下ろしたところで、戒は優羽の隣に並び、無表情に三色団子に絡まる涼たちを眺めて、息を吐く。


「しっかり自覚していて下さい。優羽は、誰かの特別にはなれません」


つまりは、誰も拒否できないことだと、戒は静かに告げてくる。
誰のものにもなれず、叶うことはない。
等しく、エサである義務を果たすことが、何よりも大事なのだと、口にされなくてもわかる気がした。


「……はい」


竜の告白も実感が得られないまま、かすかに芽生えた切なる思いは、揺れ惑う優羽の心を暗雲に曇らせる。
手を伸ばせば届く場所にいる。美しい獣たちの光が淡くぼやけて、それでも永遠に眺めていられる妙な幸福感の正体に、得られない答えを見ている気がした。
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