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第十夜 対極の愛情(中)

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心配したところで、どうしようもない。そもそも、心配する必要だってないじゃないかと、胸の中で誰かがソッとささやく。
自分は、ただのエサ。
彼らを思う資格はない。


「心配なら、自分の目で確かめてきたら?」

「……えっ?」

「すぐ前の部屋だから、別に問題ないし、行っておいで」


意外にも、晶は部屋の入り口を勧めてくれた。
恐怖よりも心配が勝っている。その事実を他人が認めてしまうくらい、顔に出ていたのだろうか。
なぜ心配なのか。理由を問われても、口にできるだけの言葉がない。そうして身構えた優羽は、晶の声を脳内に反芻させ、疑心の色を浮かべた。
戸惑うのも無理はない。今、耳を通り抜けていった言葉は嘘じゃないだろうかと、何度も心の中で繰り返していた。
いっておいで。それは、「優羽、ひとりで」という認識で間違いないだろう。


「前の、部屋に?」


遠慮がちに、優羽は晶の言葉を繰り返す。
認め始めた感情は元より、部屋から出た瞬間に殺されるんじゃないだろうかという不安感と、この部屋以外の場所へ行けるという期待感までもが、ない交(マ)ぜになっていく。
ぐるぐると、情報処理の追いつかない脳が、正常な判断を放棄してるようだった。


「そう、すぐ前の部屋だよ。別に殺したりしないから」


のってもいい誘いなのか。判断しきれない。
晶が楽しそうに笑っているあたり、身の保証はしてくれるらしい。ゴクリと喉(ノド)を鳴らした優羽は、興味に負けて、ゆっくりと立ち上がる。急に肌寒く感じる。沸き立つ好奇心が手に汗を握らせるせいで、実際は寒くはない。それよりも、心臓の方が口から飛び出していきそうだった。
恐る恐る、彼らの脇を通り過ぎてみる。が、特に何も起こらない。本当に行かせてくれるのだと、座ったままの彼らを思わず振り返った。


「……いってきます」


なんといえばいいかわからずに、優羽は一度だけそういってから部屋の入り口に足をむける。見えない境界線。空気の壁があるみたいに、部屋と廊下の境目は異質な圧力を感じる。


「………」


逃走の意思はない。張り詰めた息を含ませるのは、きっと、これが未来を決める一歩になると、単に案じているせいだろう。現実味を帯びてくる。彼らからの強制ではなく、カミのいる部屋へ、自分から足を運ぼうとしている。


「……っ……」


廊下の先、左から差し込む光の向こうは、おそらく外界へ繋がっているに違いない。その反面、右斜め前。示されなくてもわかる。涼と戒の二匹がいる部屋が、そこにある。
ぺたり。
裸足の足が境界線を越えて、廊下の床を踏んだ。
ぺたりぺたりと、小さな足音がやけに響いて、段々と入り口が近づいてくるのがわかる。


「………ふぅ」


ドキドキと、胸の鼓動がおさまらない。
秘密の部屋を初めて覗く時のような、妙な錯覚さえ感じてしまう。


「お…ッ…おじゃましま…す…」


そっと、部屋に足を踏み入れた優羽は、その瞬間に言葉を失って立ち尽くした。


「……ぅ…」


なんという気まずい雰囲気。
晶があんな顔をしていた理由が、今わかったと、優羽は険悪な空気に固唾を飲んで、足を止める。


「入るなら早く入れ」

「はっ、はいッ。すみません」


部屋の壁いっぱいまで距離をとった二匹の狼のうち、左に寝転がる涼が面倒そうに視線を向けてきた。


「こっちに来い」


のそっと、わずかに身体を起こした涼に命じられる。寝付けないのか。「早く、そばに来て俺を癒せ」と目が訴えている。
言われるがままに、足を踏みいれた優羽は、直後、その進入をはばまれた。


「目障りです。出ていってもらえませんか?」

「…ッ…か…ぃ」

「あなたに名前を呼ばれる覚えはありません」


きっぱりと言い切った戒の圧力におされて、優羽は踏み入れた足を引っ込め、身体を後退させる。入り口付近の壁に身体を密着させ、隠れることもできない状態で、戒の顔を盗み見た。
怒っているというよりかは、イラついているといった様子の戒と目があう。案の定、無言で睨んでくる瞳が「まだ、いるんですか?」と、言っているようで、優羽は困ったように視線を泳がせた。


「……っ……ごめんなさい」


どうすればいいか、わからなくて言葉につまる。
もじもじと指先を絡めて悩む優羽の姿に、二匹の狼はそれぞれ違う反応を向けてくる。


「謝らなくていい」

「え、ふわぁ……ッ……りょ、涼?」


突然、横から腰を引き寄せ、首筋に顔をこすりつけながら抱き締めてきた人物の名を呼ぶしかない。どう移動してきたのか。いつ変身したのか。ほんの一瞬、裸足のつま先に視線を落とした隙に、涼は優羽を無理矢理、部屋へ招き入れようとしている。それも自分の陣地へと、問答無用で引っ張っていく
人間の姿の涼に連れられて、狼の姿の戒を横切る。


「なんの真似ですか?」

「キャッ!?」


涼に誘導され、通り抜けたところで、すばやく人間の姿になった戒に優羽の腕は捕まる。もちろん、体勢を崩した優羽の悲鳴に、涼は吠えた。


「勝手にさわるな」

「誰も部屋に入れていいとは、言っていません」

「俺が許す」

「わからない方ですね。両方の部屋であるうちは、両方の意見が尊重されるべきでしょうが」


バチバチと見えない火花を散らせながら、お互いをにらみあう涼と戒の間で、優羽はおろおろと両者を行ったり来たりしていた。口を開くたびに引き寄せられるので、ふらふらと流れるように左右に身体が揺れている。仮にも全裸のまま、同じく全裸の彼らに引っ張られる事態に肩を落とすしかない。


「……あ、の」

「優羽が自らの意志できた以上、俺はもう手放さない」

「ッ…りょ……ぅ」


密着する肌の面積が多すぎる。
紛れもなく涼の匂いがして、きつく抱きしめてくる腕に、心がなぜか高鳴りを告げてくる。


「ケガで頭の神経回路までやられたんじゃないですか。寝言ならまだしも、真面目に言う台詞とは思えませんね」

「きゃ、ちょ……か、い」


今度は、戒の肌まで密着してきた。前方に涼、後方に戒。
全裸の二人に密着されて、さらに二人の匂いが一段と濃く感じられる。


「……っ」


心臓は、たぶん暴れ狂っているだろう。二人の行動に翻弄されて、身体は馬鹿のひとつ覚えみたいに身をゆだねているが、二人は気にせず頭上で言い争っている。
今の二人に、何を言っても無駄に違いない。そうでなくても、変な汗が流れそうで、じっとしていることしか出来ない。


「ま、そ……ちょ、そこ、ぁ……ヒッ」


さらに密着されたせいで、オスの象徴が下半身の肌を撫でる。
涼と戒が吠え合う現状からすれば、二人にそんなつもりはさらさらないことは明白で、むしろ、気付いていない可能性もあり得る。
ほんの少しでも心配したのがバカみたいだったと、その余りの元気ぶりに、優羽は自己嫌悪におちいりそうだった。しかも間違いなく、今の今までこの二人に恐怖を持っていた。いや、それは今も変わらないが、身を引く暇もないほど、こうも引きずり込まれては、立つ瀬がない。


「戒、優羽に近付くな。優羽の手を放せ」

「イヤです。涼こそ、離れたらいいじゃないですか」

「俺が優羽を手放すとでも?」

「ふゃッ!?」


どうしようと悩むことも許されないらしい。お互いの顔を寄せあう涼と戒の間で、優羽はつぶれかけた。


「ぁ……ぅ……うぅ」


二人の匂いに包まれた状態で、耳元に響く声を聞いていると、違う問題が浮上してる。
擦れる肌の温度に、意識が勝手に変な方向にむいてしまう。とにかく、二人が互いをどう思おうとかまわないが、せめて解放してほしい。
密着する二人の男にはさまれた優羽は、肌に触れるモノを考えないようにすることに必死だった。解放できないのであれば、狼の姿でいがみあってほしいと、場違いなほどに自分の身体が熱くなっていくのを感じる。


「……~っ……」


頭上で言い争っている二人の声なんて、もう耳に入ってこなかった。ドキドキと心拍は落ち着きをなくしていくし、妙に力が抜けていく彼らの匂いに、脳がふらふらする。


「ッ!?」


急に、後ろから手を引っ張る戒が力を強めてきたせいで、優羽の身体がのけぞり、胸を涼に強く押し付けるはめになってしまった。かろうじて顔を横に向けられたものの、前後に感じる涼と戒の体温に、息の仕方がわからなくなる。


「涼、自分が何を言ってるかわかっているんですか?」

「お前は、いつまでも引きずりすぎだ」

「違いますよ。前回の過(アヤマ)ちを教訓に、より慎重になっただけです」

「慎重に?」


それは聞き捨てならないと、涼が優羽の顔をつかんだ。


「キャッ!?」


今度は反転して、戒を正面からとらえてしまう。こういうとき、全裸なのは、本当に勘弁してほしい。肌がぶつかり、こすれあっていたせいで、薄く色づき、期待した乳首が盛り上がっているのを誤魔化せない。


「んっ、く……ぅ」


恥ずかしさに身をよじると、なぜか後方から涼の足が股の間から侵入してきて、その場に縫いとどめられる。
お願いだからそれ以上、足を開かせないでほしい。純粋な心配が、濡れた秘密を悟られては、嘘になってしまう。そう慌て始めた優羽を二人は見向きもしない。
それどころか、存在を無視して密着する空間は、密度が増すばかりで、どうしようもない。


「………ぁ」


ふいに、グッと顔を正面に持ち上げられて、優羽はたじろぐ。
胸を押し付けているのは不可抗力だと弁明したくても、冷めた瞳で見下ろす戒以前に、涼につかまれたアゴが開閉を許さない。何の言葉も吐き出せず、喉だけ鳴らした優羽は、その瞬間、戒の視線とぶつかるのを知った。


「慎重になったわりには、一日ともたずに優羽に手を出しただろ?」


涼の不敵な物言いに、戒は何も言わない。涼に顔を持ち上げられているせいで、視線もそらせないまま優羽は黙りこくった戒を見つめていた。


「食事をいつとろうと、わたしの勝手でしょう?」

「なら、俺がいつ食事をとろうと戒に文句を言われる筋合いはない」

「~っ……んッ!?」


首が折れたと錯覚するほどに、真上から涼の顔がふってくる。
逆さまに映る銀色の瞳が、一気に近付いてきて、抵抗する間もなく涼の唇が深く重なった。


「…ふ…ぅ…あっ……」


二人の男にはさまれたまま、優羽は涼に舌を吸い上げられ、口内を犯されていく。
抵抗しようにも、顔はしっかりと固定され、足も踏ん張りがきかない。崩れそうになった身体を守るためとはいえ、無意識に戒の肩を掴んでいたのは申し訳ない。


「やめてください」


不快感を顔に浮かべた戒が、ふっと身体を遠ざける。連動した優羽は、戒を追いかけて、その肩に爪をたてた。


「放してください」


汚らわしいとでもいう風に、戒に手を払いのけられる。


「あっ…ぅ……んん」


戒のおかげで支えることの出来ていた身体が、前方に倒れ始めた。口内を堪能することにご執心な涼は、優羽が腰を抜かすこともお構いなしに押し倒してくる。


「…ッ…」


顔を真上にむけながら、腰を抜かし、膝をつき、最終的に、優羽は四つん這いに安定した。両手で床を持ち上げながら、胸を垂らし、唇だけがいまだに、後方から覆いかぶさってきた涼に吸い続けられている。
無防備なのどは、大きな涼の手で、上を向くよう固定されている。
ずっとそうされているせいで、首がつりそうになる。
いい加減にしてほしかった。
恐怖が薄らいでゆく。欲に溺れそうになる。
薄くなった酸素に意識が崩れかけた時、涼の顔が少し離れた。顔をつかむ手を放してもらえないせいで、はなれていく涼の唇が間近に見える。


「ちょうど腹が減ってたところだ」

「ッ!?」


唾液でつながり合いながら、満足そうにほほ笑む涼は、かっこよかった。悔しいが、どんな表情でも絵になると、逆さまの涼に心臓が先に壊れそうになる。


「…アッ…」


左手で優羽の首を真上に固定したまま、涼は優羽のお尻を撫で始めた。強く目を閉じてしまったために、涼がどんな顔をしているのかはわからない。が、直後にあてがわれたモノに、優羽のノドがゴクリと期待を飲み込んだ。


「食事なら、ひとりで取ってください」

「ヒャァッ!?」


戒がいたことを一瞬でも忘れていた優羽は、パチッと目をあけると同時に、深く涼のモノが突き刺さったことを知る。
思わず見開いてしまった目の先で、心底不機嫌そうな戒の冷たい瞳を見つけてしまった。


「よく締まるな」

「やッぁ、涼!?」


ここぞとばかりに、両手でグッと腰を引き寄せてきた涼に、優羽の顔は羞恥に染まる。
四つん這いで涼のモノを突き刺された優羽は、背中に近寄ってくる涼の胸板を感じながら顔を下にむけた。
顔があげられない。今、目の前に戒がいる。
戒が見ているのに、涼に感じたくなかった。欲情に悦(ヨロコ)ぶ姿は絶対に見せたくないと、小さく首を振って、そこから先の行為を拒否した優羽の姿に、楽しげな声を潜ませた涼が、うなじに唇を寄せてくる。


「戒は、気持ちよかったか?」

「……ッ…~っ」


優羽は、うつむいたままグッと唇を噛んだ。
背徳感がこみ上げてくる。
無理矢理抱いてきたのは、彼らの方なのに、まるで自分の方が悪いことをしているような、変な感情に支配されていく。


「俺以外に、好き勝手にさせたらダメだろ?」

「…アッ…っ…ヤッ」

「どこ触られた?」


言ってみろと、普段聞いたことのないような優しい声が脳に響いた。全身に鳥肌がたちそうなほど、甘い吐息を吹きかけながら、垂れ下った胸を器用に撫でまわされる。


「優羽、言え」

「はぁ…ッ…やぁ……」


うつむいているせいで、四つん這いになっている自分の身体がよく見えた。
感じて震える両腕の間からは、涼の指の間で固くなった乳首と、柔らかく形を変える胸の弾力。息を止めて快楽を受け流そうとするたびに、涼の太くて硬いものが埋め込まれて、つながっている下肢が大きくひくつく。


「戒に食われたところ、全部俺が食い直してやる」

「ヒァッ…ッ…アァッァッ…」


ポンっと前に弾き飛ばされそうになった身体は、反射的に踏ん張った優羽の両手と、強く引き寄せた涼の腰に吸い寄せられた。


「アァッ…待…ッて…ぁ」


支えきれないほどの重力が優羽を揺らす。
前後に快楽を打ち込んでいくように、涼の食事が始まった。一度始まってしまえば、止める方法などないことはわかっている。自分の身体が、感じるようになってしまった以上、拒む意志も湧いてきそうになかった。戒の瞳を見てしまうまでは。


「あっ…ヤァァッ…やぁ、やだ、ぁ」


ほとほとあきれたように、何色も宿さないさげずんだ瞳で、戒は見下ろしてくる。ジッと、少し離れた場所で立ち尽くしたまま、汚いものでも見るかのような嫌悪を顔中に浮かべ、表情を歪ませていた。


「戒…ッ…アァッ見な…ッ…でぇ…やだぁァッ……」


首を振って顔をそらそうとする優羽の顔は、突きあげてくる涼によって固定される。
羞恥と、罪悪感と、背徳感。涼のものにも、戒のものにもなったつもりはないのに、まるで両方に裏切り者扱いされているみたいで、ひどく心が揺れ動いた。
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