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第八夜 揺れ動く気持ち(中)

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「……あ、あれ?」


まるで別人のように身体が軽い。不思議そうに目をまたたかせた優羽は、その直後にふたつの大きな衝撃音をきく。


「涼ッ、戒!?」


目の前で気を失い、突然倒れ込んだ涼に手を伸ばそうとした優羽は、背後で気を失った戒に振り返った。


「優羽、だめっ」


混乱する優羽を抱きしめる陸の腕が、ギュッと強くしまる。なにかの感情を押さえるように、間近に見える陸の顔が切なく首筋に顔を埋めてくる。
わけがわからない。
何がどうなって、こういう状況になっているのか。まったく意識が正常に機能していなかった優羽にとっては、不可解な連続でしかない。


「……えっ…と?」


どうしたらいいのかと、優羽は陸の腕の中で首をかしげる。何も答えてくれない陸の肩越しに、輝が涼を抱えあげるのが見えた。


「優羽、なんか食べるか?」

「えっ、…あ…いいえ」


戸惑いながら竜の質問に答えていると、今度は背後で晶が戒を抱えあげる。そのままヒョイッと無言で優羽と陸の上を飛び越した晶は、涼を抱えていった輝のあとを追って部屋を出ていった。


「陸、しばらく離れんで?」

「……うん」


確認するような竜の言葉に、陸は顔もあげずに小さくうなずく。


「優羽、なんかあったら陸に言いな」

「えっ、…あ…はい。わかりました」


ぎこちなくうなずいた優羽の頭を軽く叩いてから、竜も部屋を出ていってしまった。
あとに残されたのは気まずい空気。
彼らに説明を求めたところで、満足のいく結果になった試しがない。
変な学習能力を発揮して、大人しく陸が離れるのを待っていた優羽は、ほどなくして、陸が深く息を吐き出す音を肩に感じた。


「り……くっ!?」


竜たちの背中を見送った状態で固まっていた優羽の唇は、眼前の陸に流れた途端に奪われる。


「ンむ…ぅ、ん…ッ…」


今度はなにが始まるのか。いい加減、繋がりのない一連の事態に戸惑いを隠せない。
なぜ、今、陸の舌が口内に侵入してくるのか。
なぜ、こんなときなのに、ぞわぞわとした快感を得て、陸の舌に甘える息を吐いてしまうのか。
次々と起こる出来事をなにひとつ処理できずに、優羽はギュッと目をつぶった。


「悔しいよ……」

「…ん…っ…はぁ……陸?」


絡み合う舌の合間に、陸がつぶやいた言葉の意味をたずねようと優羽は吐息をこぼす。
陸に、その呼びかけは聞こえなかったのだろう。抱きしめてくる陸の顔は、優羽の肩のむこう、何もない空間を睨んで、それからまた優羽に唇を重ねてくる。


「僕は…っ…何も出来なかった」


陸に深く舌をからめとられながら、優羽は胸のわだかまりを大きくしていった。疑問は、徐々にふくらんでいく。
陸の言葉が何一つ理解できない。
同じ言語として認識できるのに、意味が通じない。悔しそうに唇を噛んで、赤く充血した銀色の瞳は潤んで、心なしか耳と尻尾が垂れてみえる。
人間の姿でなければ、もっと顕著にわかっただろう。陸の感情は、本来なら手にとるようにわかりやすい。


「陸?」


またしばらく、窒息するほど唇を求められる行為に大人しく身を投じていたが、ふいに止まった口づけに、優羽はソッと目を開けた。
そして後悔する。


「り…ッ!?」


銀色の瞳から視線をそらせないまま、優羽は背中を打ち付けた。
犯人は陸しかいない。
両手首をそれぞれ掴みながら、勢いよく押し倒してきた陸の顔が、真上で悲しそうにゆがんでいる。


「戒が優羽を殺そうとしたのを見つけたのは、僕だったんだ。でも、止めたのは僕じゃなくて、涼だった」


突然の告白に、優羽は疑いの視線をむけた。
ゆらゆらと不安定に揺れる陸の瞳が、記憶を落とすように降り注いでくる。


「殺そうとした……え、誰が、…誰を?」

「戒がお気に入りの場所に、優羽を連れいったのがわかって、だって、今まで誰も連れて行ったことないんだよ。じゃなくて、温泉に連れていかれたでしょ。戒に。そこで戒が、優羽を殺そうとしたの。背中、戒の爪で引き裂かれたの、覚えてない?」

「…………ぁ」


さっき起きた時に感じたわずかな痛みが、背中から来るものだったことを思い出した。
月が見下ろす幻想の泉で、突き立てられたのは猛獣の爪。やわらかな果肉を引き裂いて、サッと赤が舞い散った。
景色がかすみ、大きな月だけが煌めく夜は、夢じゃなかった。


「晶たちも同時に駆けつけてきたんだけど、優羽と戒を引き剥がした涼が、戒をどこかに連れてっちゃって……輝と竜は急いでそのあとを追ったんだけど、僕はどうしたらいいのかわからなくて……そしたら、晶が優羽を抱き上げて、ここに運んだんだ」

「そう、………なんだ」

「それからずっと優羽は眠ってたんだよ。僕は、優羽を助けることも出来ずに、ただ見ていることしか出来なかった」


ゴメンねと謝る姿に面食らう。寂しそうに声を落とす真上の陸に、なんて言ったらいいのかわからなかった。
助けてくれたと陸は語るが、そんなことが、あるのだろうか。仮にもエサとして無関心、無感情に扱われている存在を助けるなど、いったいどんな慈悲だと思えばいいのか。
疑心にあふれた気持ちは、そのまま表情に浮かんでいたに違いない。陸が少し目を見開いてから、優しく微笑んでくれた。


「優羽はすごいね」

「え?」


今度は優しい唇が降り注いでくる。
まぶた、こめかみ、頬、首筋。すり寄る陸の髪が、ほんの少しくすぐったい。


「優羽、身体はもう大丈夫?」

「うん…っ…平気…ぁ」

「悪いけど、少し調整させてもらうね」


それが何か聞く前に、優羽の両手は左右に大きく固定される。まるで、床に貼り付けられた十字架。手を横に広げたまま寝転ぶ優羽は、身体ごと潜り込んで、足を開脚させてくる陸を慌てて止めようとした。


「ま…ッ!?」


どういうわけか、陸には簡単に動かされる自分の身体が、自分の意思ではまったく動いてくれない。


「は、ぇ…やっ…えっ…ちょっ…ん……なん、でッ?」


思いきり力を加えてみても、持ち上がることはおろか、指一本動かせなかった。
金縛りにも似た現象に、落ち着きかけていた思考が、再び混乱の渦に巻き込まれていく。


「ひァッ!?」


いつの間にか、陸の両手が太ももの裏側に触れている。曲げて大きく開かれた足の間に、陸の顔が埋まっていく。
今さらながら、裸体だったことを気にしても、もう遅い。当然のように舐めあげられた秘部に、飛び抜けるような快感が走った。


「アッ…~っ…ふぁッ…アッ…」


真上しか見ることを許されない身体が、天井しか眺めることを許されない視界が、下半身に起こっている出来事を想像させる。
姿の見えない陸の両手で無理やり花弁は押し広げられ、そこにあらわれた敏感な突起を舌で往復されたかと思えば、突然、キツく吸い上げられた。
もちろん、指先ひとつ動かせない。
陸の舌が割れ目にそって上下になぞり、蜜をしたたらせはじめた箇所にねじ込まれていく。
表面は動かせないのに、内臓は活動するのか。卑猥な蜜の音が溢れだして、陸の舌に膣が収縮するのが伝わってくる。
奇妙な感覚だった。
かき出しては、吸い上げ、音をたてては、ついばんでいく陸の舌に、優羽は確かな快楽を得ながら、身体を震わせることも許されなかった。


「やッ…陸…ヤメッ…ア、変、なん、そんな…アッ」

「慣らさなきゃダメなんだから、我慢してよね」

「なっ…ッ…イッ~~~ぅ、そこヤッ、イッちゃ…アッ……ダメぇぇェエぇッ」


神経だけが硬直する。
子宮が驚いて暴れているのに、蜜が少し溢れるだけで、優羽は両手を広げたまま天井を眺め続けることしかできない。
中がうごめくように収縮しているのがわかるのに、それでも指先ひとつ動かせない。
逃げることも叶わない。与えられる快楽が、吐息とともに真上にしか抜けていかない。


「アッ…はぁ…ぅ…アッ…」


チュパチュパと軽い音を立てながら、陸は敏感に勃起した蕾をいじめ続けていた。まるで、そこが重要だとでも言うように花弁を大きく広げながら、陸は指の腹で優羽の肉芽を押し出している。
熟した木苺のように、ぷっくりとヌメリをおびてテカる優羽の陰核は、三角に尖って充血していた。


「かわいい。見せてあげられないのが残念だけど、勃起して大きく膨らんでる」

「~~~~~っ、ぅ……ァ」

「指で擦るだけでイッちゃうの。いいよ。どこまで大きくなるか試してあげる」


とめどなく流れる愛蜜を指ですくい、迷うことなく塗りつけてくる。おかげで、優羽の淫角は乾くことなく膨らみ続け、剥き出しの神経のせいで、常時泣き続けなければならなくなった。


「………っ、ヤッ…ぁ……あ」


濁音に近い絶頂の声をこれ以上、無様にさらけ出したくない。
そう思って声を我慢してみても、陸の口付けでこじ開けられれば、そうもいかない。


「気持ちいい?」

「ギモヂ…イっ…ぁ……ヤッい、ぐ……ッぅ、陸、り………ヤァぁ」

「戒の好きそうな泣き顔。ま、僕も好きなんだけど」

「り、陸ぁ……りぐ…ッ…ひっ」

「あ、みんな好きか。どろどろに柔らかいのって最高だもんね」


楽しそうというより、どことなく嬉しそうな陸を否定できない。相変わらず指だけを器用に動かして、時折、好きな場所に唇を落として、反応が鈍くなれば、爪や歯で肌を削る。
それを続けられるだけの無限の愛撫。
涙を流して絶頂を繰り返す優羽とは逆に、陸は平然と息ひとつ乱さず、そこにいる。


「涼が優羽と力の入れ替えをしたんだけどさ」

「ヒッ…ヤッだ…っ…また…アァッ」

「あの人、手加減ってものを知らないから、なにかとヤりすぎちゃうんだよね」


陸は再び股の間に顔を埋めながら、困ったように首を横にふる。
突起を唇で挟んで、舌を使って首を左右にふる陸のせいで、赤く腫れた優羽の神経は、遠く甘い声でのけぞった。


「も、変な…ッ…な、…ヒァッ…くっ…ぅ…やだ」

「さっきまで感じていた優羽の苦しみは、今、涼が変わりに背負ってるんだ。まあ、自業自得だけどさ。今頃、血でも吐いてるんじゃない?」

「えっ…な…ッ…アァァァアッ───…やメッ…っ~…ん…」


腫れた秘芽の下から、とめどなく、愛蜜が送り出されてくる。言葉を吐きながらも、やまない陸の愛撫に、優羽はメスの機能を酷使させていた。


「優羽は、涼だけじゃなくて、僕にも感謝してよね。僕のおかげで、押さえられないほどの性欲が落ち着くんだからさっ」


当然のように言われても、それが何を意味しているのか、いまだに理解できない。
ふてくされて聞こえる陸の顔は、相変わらず優羽には見えなかった。が、たとえ見える位置にいたとしても、走る快感に目を閉じてしまったためにわからなかっただろう。


「ヤメッ…あっ…イヤッァァァ」


甘い絶頂の連続は、戻ったばかりの意識にとっては、苦痛以外のなにものでもない。
身体を暴れさせたい。
もっと感じている気持ちを発散させたい。
それなのに、何度絶頂が弾けても、悲鳴のような狂声しか吐き出せなかった。


「いくら優羽と苦痛を入れ替えたって言ってもさぁ」

「アッ…~っ…イクッぁぁぁぁ」

「僕たちと人間じゃ、もとが全然違うのに、涼ったら、優羽を壊したかったのかな。つらいでしょ。ほんと、壊れちゃわないでね」

「……やらぁ…り、ぐ……ぅ、もヤッ」

「わめかない、わめかない。うん、そうだよね。迷惑な話だよね。だから、あふれでちゃうのを僕が吸いとらなきゃいけなくなるんだよ」

「なニ、ャッ…ぅ、はぁ…ッ…アッ…ヒィアッ」

「優羽ってば、聞いてないでしょ。さっきから、イってばっかだけど、ちゃんと僕の話しも聞いてよね」


ふいに覗き込んできた陸の顔に、優羽の全身は赤く染まる。濡れた目をそらすことも隠すこともできないまま、陸に唇を舐められる。
可愛いカミ様。
自分よりも年下にみえて、随分年上の白銀のカミ様。
そんな陸を眺めながら、優羽は襲いくる快楽から逃れるため、なんとか現状を理解しようとしていた。


「なぁに。僕以外のこと考えてる?」


素直というより、愛嬌だけで生きてきた野生動物は、特にひどく恐ろしい。


「安心して。涼はあの程度じゃ簡単には死なないよ。知らないけど。っていうか、自業自得ってやつ。自分で自分の胸を刺したって、馬鹿みたいだよね」


アハハと、可愛らしくほほ笑む顔から笑みが抜け落ちていく。顔は笑っているのに、まとう空気が入れ替わっていく。


「戒も戒だよ。僕に内緒で、勝手に優羽を殺そうとしちゃうなんてさ。まだ過去を引きずってるんだよ」

「…ッ…過去?」

「優羽には関係ないから気にしないで。それより、すっごく大変そうなこの身体をどうするべきか考えようよ」


交わった瞳には、鋭利な光が増している。
床に貼り付けられたままの身体で逃げ出すことなどできないのに、優羽の本能は陸の存在を回避できる未来を模索している。
それを、鼻先が触れる距離にいる人外のイキモノに伝わらないはずもない。


「さすがに気づいてるでしょ。ほら、こんなに感じちゃってるし。だから、こうして動かないようにしてあげてるんだよ?」


褒められるのを期待しているのか、陸の目がキラキラとかがやいていた。


「ここ、カッチカチだよね。中もグッチャグチャだし。美味しそうに溶けてる」

「──…~ふ…ァァアァア」

「イイ音」


陸の指が、秘部に容赦なく突き立てられた。
鼻唄まで奏でそうな満面笑顔の陸の奇行に、下肢が愛液をほとばしらせていく。


「ほら、聞こえるでしょ?」

「アぁッ…ん…ヤメッ…アッ…」

「何言ってるの。優羽はわかってないね。やめちゃダメなんだよ?」


優羽はバカだねと笑う陸の姿が、また消えた。


「アッ!?」


今度は指で激しくかき混ぜながら、舌で吸いあげてくる。恥ずかしさで消えたくなるほどの淫湿な音が、部屋中に響いていた。
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