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第3章:本当に欲しいもの

第3話:見知らぬ罪人(2)

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「現状整理したいんだけど、誰かこの状況説明できる人いる?」


口を塞ぐ男の意見はもっともで、乃亜は黙って彼らの話が終わるのを待つことにした。


「いえ、ボクは火炙りの刑の最中で燃える炎の中にいたはずです」

「オレも電気椅子に座って死んだはずなんだよね。そっちは?」

「俺は背後から刺されて死の淵を彷徨っていた」

「うわぁ、刺されたの。痛そう」


どうにも感想が間違っているとしか思えない。皆、口々に状況報告しているが、なぜ誰もそれに対して疑問に思わないのか。乃亜だけが不思議な顔で、引きつった表情を浮かべている。
逆に彼らは乃亜の反応はどうでもいいのかもしれない。
互いに顔を見合わせるように体勢を整えて、大人しく捕まったままの乃亜を視界に入れないようにしていた。


「そろって死に目にあった男がこうして三人、同じ時刻に同じ場所で集まるとは、不思議なこともあるものです」

「地獄か?」

「言えてる。そうかもしれないね、まっ、この子に出会えただけでオレは最高の気分だけど」

「楽天的ですね。ここが死後の世界かどうかもわからないのに」

「だってどっちでもよくない?」


口を塞いだ乃亜の体を解放する気がないのか、男は拍子抜けするほど明るい声を出している。落ち込んだり、悩んだりするといった様子は垣間見えず、突然訪れた未知な事態を楽しんでいる雰囲気さえあった。


「死んだ事実をオレは受け入れてる。オレの場合、未練のある人生でもなかったしね。死後の世界ってやつは知らないけど、嬉しい誤算だと思えば現状はオレにとって好都合。一度死んだにしろ、こうして自我を保ったまま存在してるんだから。そっちのが重要でしょ。ただちょっと、死ぬ前より体が変な気がするってだけ」

「奇遇ですね、ボクもです」


訂正しよう。口を塞いでくる男だけでなく、この場にいる誰もが現在の状況に落胆している様子はみられない。むしろ、今の状況に対応しようと頭を働かせていることがよくわかる。それも嬉しそうに。第二の人生を歩む権利を得たと言わんばかりの興奮さえ感じられる。
信じられない。それが乃亜の正直な感想だった。
明らかに異常。
泉の存在を知っている乃亜でさえ信じられない現実に、なぜこうも順応する能力が高いのか、常識の範疇を超えている。


「ボクは神父でした。女性の中に宿る悪魔払い専門の、ですが」

「オレは研究者。まあ、ちょっと特殊なモノの開発が主だったけど」

「俺は貴族だ。殺される前までの話だがな」

「ボクは知っていますよ。ある貴族たちが開催している随分と面白い社交界の話を」

「俺も知っていることがある。とある実験が行き過ぎて葬られた秘密機関の話だがな」

「やだなぁ。オレはただ肉体が得られる至高の喜びを追及してただけだっていうのに。まあ、神の名を語った非道な詐欺師よりましだと思うけどね」

「ひどい言われようです」


会話の内容は何一つとして理解できるものがない。
彼らはどことなくお互いの存在を認識しているようで、それが逆に不気味な気がした。そして胸に言い知れない悲しみの渦が巻く。


「んっ」


少し顔をひねって遠慮がちに声を出した乃亜に、三人はようやく思い出したように視線を向ける。
口を塞いでいた手が少し緩んで、乃亜は声を吐き出した。


「あなたたちは私の人形として、ここに来たわけではなさそうですね」

「人形?」


疑惑の目で見つめられても仕方ないと思う。泉にみっつの死体を投げ入れたのは乃亜本人で、泉から三人が浮上してきたところを見ていたのも乃亜一人だけ。それは誰も見ていない。誰かに告げてもいない。
泉が死体と死体を交換したというのなら、それは乃亜の望みをもった死体ということになる。けれど現状を把握する限り、泉が乃亜の願いを聞き届けたとは思えなかった。


「すみません、忘れてください」


そんな都合のいい話があるだろうか。大体、肝心の犠牲を何も捧げていないというのに、与えられるだけの甘美な話などどこにもない。食事と同じ。対価を払わなければ得たいものは得られない。血も、魔法も、人も、なにもかも。
ここに魔法は存在したのかもしれないが、彼らが自分の欲を叶えてくれる存在だとはにわかに信じがたい。それでもありがたいことに。今夜は、執事に小言を言われずに済むことだけは確かだろう。


「今晩は宿をご用意します。ここではなんですし、屋敷にいらしてください」
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