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第3章:本当に欲しいもの
第1話:二人きりの密室
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水の底から浮上したような苦しさと脱力感に全身が浸っている。
あれから結局、三織にもてあそばれた体は一度も勝てることなく、敗北のまま絶頂を噛み締めていた。
「三織…っ…三織」
「んー、なに?」
「もう、自分で歩ける、から」
一階の最北端の部屋から三階にある部屋まで。
あろうことか、片手で抱き上げ続けるその腕力に驚くしかない。
どこか満足そうな三織の顔が「そろそろ帰してあげる」と解放を宣言してからずっと、余韻の残る乃亜の身体はこうして運ばれている。それでもさすがに恥ずかしい。本当に解放する気があるのか、乃亜は伺うように屋敷内の廊下を歩く三織に声を投げかけていた。使用人はもとより、あの執事がいつどこで声をかけてくるかわからない。女としての魅力を発揮できなかったばかりか、技量に打ちのめされた挙句、腰が抜けて歩けないなど事情を話すことだけはしたくなかった。
「大丈夫、大丈夫。オレ、意外と力持ちだから」
「そういうわけではなくて」
「乃亜ちゃんはいずれ人をやめるんだから、今のうちに慣れているほうがいいって」
これを真顔で言われては尚更気が抜けない。
慣れたくもない問題に顔を青ざめさせた乃亜は、暴れるという強行突破で三織に降ろしてもらうことを納得させた。
「さっきまですごく可愛かったのに、やっぱあの程度じゃダメだなぁ」
「三織さんの可愛いって少しズレ過ぎです」
「ほら、もう三織さんに戻ってるし」
はぁっと、わかりやすいくらい盛大な溜息を吐き出す変人をこれ以上相手にしていられない。
「私はもう大丈夫ですから、研究に戻った方がいいんじゃないですか?」
「そうなんだよね。あと、もうちょっと何かを足せば完成かなって思うんだけど」
「じゃあ、それを探してくればいいと思います」
「そんなに早く人を辞めたいんだ」
「違います」
「ふぅん、まあいいや。乃亜ちゃんも立場をよくわかった方がいいと思うし、今はここで離してあげる。部屋にはちゃんと帰るよ」
どこをどう聞けば、そういう解釈になるのか。
萌樹を相手にしてもそうだが、この二人はまともそうに見えて中身が普通じゃない。正常と異常の二種類しかないのであれば、あきらかに異常で、普通という概念をことごとく無視した危険人物であることはよく理解できた。
たった二日。
二日目の夜を迎える時刻になってこれでは、これから先がどうなるのかなど考えたくもない。せめて最後の一人はまともであればいいのにと、乃亜は泣きたくなる気持ちを抑えて三織と離別を遂げた。
「やっと解放されたぁ」
廊下を歩く声が疲弊を口にする。
無駄に疲れたと言えなくもない。相変わらず一寸先は闇の暗い廊下も、変人たちを相手にした後では落ち着く気配すら感じられる。明るくても暗くても、気の抜けない相手といるよりかは、一人で安全だと思える場所にいたほうがいい。
「でももう、さすがにお腹すきすぎて限界」
空腹を脅迫の材料としてつるし上げられている身としては、これ以上の日数は死活問題のように思えた。
わがままが許されるなら、じっと待ったり、探したりするよりか、このまま調理室に直行して何かを喰い漁りたい衝動にすら駆られる。
「もう、やだ」
どうして私がこんな目に。何度、頭をよぎったかわからない言葉が目の前を優雅に泳いでいく。
「斎磨ぁ」
残すところあと一人。萌樹と三織が「部屋には帰る」と告げた言葉は信じてもいいだろう。たとえ彼らの性癖に不安があっても、食糧事情は全員が同じ危機感を持っていると信じたい。
「でも、もう探すところないし、これ以上歩きたくない」
気を取り直して屋敷内を探索しようにも、重力という現実問題が負担の大きい体にのしかかってくる。ここ二日、口にしたものと言えば三織の自称研究室で与えられた意味のわからない毒薬だけ。即効性の麻痺体験は出来ることならもう二度とごめんだが、三織の態度ではまた近々、自分の身に不幸が訪れそうな気がしないでもない。
警戒心だけでも怠らないようにしようと、心に誓った乃亜の拳は誰もいない廊下で気合を入れ、同時に疲弊を訴えた体は壁にもたれかかる。
「せめて部屋まで運んでもらえばよかったかなぁ」
一度疲れを実感してしまうと本格的に歩きたくなくなってくる。
三織に廊下のど真ん中で解放してもらうんじゃなかったと後悔してももう遅い。乃亜は右も左も暗闇に包まれた廊下で、しゃがみこむように壁にもたれて膝を抱えていた。
「お前はこんな場所で何をしている?」
「斎磨っ!?」
偶然通りがかったにしては目当て過ぎる人物に喜びは隠せない。
「迷子か?」
「斎磨さんを探しに行きたいと思っていたところでした」
「俺を、なぜ?」
「あの…っ…食事は全員がそろわないとだめなんです」
「そう言えば、萌樹がそんなことを言いに来たな」
「それで、斎磨さんにも部屋に戻ってほしくて」
「断る」
「え?」
「聞こえなかったか。断ると言った」
聞きたかった言葉と聞いた言葉が違う場合、人は理解を拒絶してわからないふりをするらしい。斎磨の返事の意味がわかっているはずなのに、断られた事実が受け入れられない。
乃亜は、すれ違っていく斎磨の服の裾を掴むことで「いやだ」という感情を訴えた。
あれから結局、三織にもてあそばれた体は一度も勝てることなく、敗北のまま絶頂を噛み締めていた。
「三織…っ…三織」
「んー、なに?」
「もう、自分で歩ける、から」
一階の最北端の部屋から三階にある部屋まで。
あろうことか、片手で抱き上げ続けるその腕力に驚くしかない。
どこか満足そうな三織の顔が「そろそろ帰してあげる」と解放を宣言してからずっと、余韻の残る乃亜の身体はこうして運ばれている。それでもさすがに恥ずかしい。本当に解放する気があるのか、乃亜は伺うように屋敷内の廊下を歩く三織に声を投げかけていた。使用人はもとより、あの執事がいつどこで声をかけてくるかわからない。女としての魅力を発揮できなかったばかりか、技量に打ちのめされた挙句、腰が抜けて歩けないなど事情を話すことだけはしたくなかった。
「大丈夫、大丈夫。オレ、意外と力持ちだから」
「そういうわけではなくて」
「乃亜ちゃんはいずれ人をやめるんだから、今のうちに慣れているほうがいいって」
これを真顔で言われては尚更気が抜けない。
慣れたくもない問題に顔を青ざめさせた乃亜は、暴れるという強行突破で三織に降ろしてもらうことを納得させた。
「さっきまですごく可愛かったのに、やっぱあの程度じゃダメだなぁ」
「三織さんの可愛いって少しズレ過ぎです」
「ほら、もう三織さんに戻ってるし」
はぁっと、わかりやすいくらい盛大な溜息を吐き出す変人をこれ以上相手にしていられない。
「私はもう大丈夫ですから、研究に戻った方がいいんじゃないですか?」
「そうなんだよね。あと、もうちょっと何かを足せば完成かなって思うんだけど」
「じゃあ、それを探してくればいいと思います」
「そんなに早く人を辞めたいんだ」
「違います」
「ふぅん、まあいいや。乃亜ちゃんも立場をよくわかった方がいいと思うし、今はここで離してあげる。部屋にはちゃんと帰るよ」
どこをどう聞けば、そういう解釈になるのか。
萌樹を相手にしてもそうだが、この二人はまともそうに見えて中身が普通じゃない。正常と異常の二種類しかないのであれば、あきらかに異常で、普通という概念をことごとく無視した危険人物であることはよく理解できた。
たった二日。
二日目の夜を迎える時刻になってこれでは、これから先がどうなるのかなど考えたくもない。せめて最後の一人はまともであればいいのにと、乃亜は泣きたくなる気持ちを抑えて三織と離別を遂げた。
「やっと解放されたぁ」
廊下を歩く声が疲弊を口にする。
無駄に疲れたと言えなくもない。相変わらず一寸先は闇の暗い廊下も、変人たちを相手にした後では落ち着く気配すら感じられる。明るくても暗くても、気の抜けない相手といるよりかは、一人で安全だと思える場所にいたほうがいい。
「でももう、さすがにお腹すきすぎて限界」
空腹を脅迫の材料としてつるし上げられている身としては、これ以上の日数は死活問題のように思えた。
わがままが許されるなら、じっと待ったり、探したりするよりか、このまま調理室に直行して何かを喰い漁りたい衝動にすら駆られる。
「もう、やだ」
どうして私がこんな目に。何度、頭をよぎったかわからない言葉が目の前を優雅に泳いでいく。
「斎磨ぁ」
残すところあと一人。萌樹と三織が「部屋には帰る」と告げた言葉は信じてもいいだろう。たとえ彼らの性癖に不安があっても、食糧事情は全員が同じ危機感を持っていると信じたい。
「でも、もう探すところないし、これ以上歩きたくない」
気を取り直して屋敷内を探索しようにも、重力という現実問題が負担の大きい体にのしかかってくる。ここ二日、口にしたものと言えば三織の自称研究室で与えられた意味のわからない毒薬だけ。即効性の麻痺体験は出来ることならもう二度とごめんだが、三織の態度ではまた近々、自分の身に不幸が訪れそうな気がしないでもない。
警戒心だけでも怠らないようにしようと、心に誓った乃亜の拳は誰もいない廊下で気合を入れ、同時に疲弊を訴えた体は壁にもたれかかる。
「せめて部屋まで運んでもらえばよかったかなぁ」
一度疲れを実感してしまうと本格的に歩きたくなくなってくる。
三織に廊下のど真ん中で解放してもらうんじゃなかったと後悔してももう遅い。乃亜は右も左も暗闇に包まれた廊下で、しゃがみこむように壁にもたれて膝を抱えていた。
「お前はこんな場所で何をしている?」
「斎磨っ!?」
偶然通りがかったにしては目当て過ぎる人物に喜びは隠せない。
「迷子か?」
「斎磨さんを探しに行きたいと思っていたところでした」
「俺を、なぜ?」
「あの…っ…食事は全員がそろわないとだめなんです」
「そう言えば、萌樹がそんなことを言いに来たな」
「それで、斎磨さんにも部屋に戻ってほしくて」
「断る」
「え?」
「聞こえなかったか。断ると言った」
聞きたかった言葉と聞いた言葉が違う場合、人は理解を拒絶してわからないふりをするらしい。斎磨の返事の意味がわかっているはずなのに、断られた事実が受け入れられない。
乃亜は、すれ違っていく斎磨の服の裾を掴むことで「いやだ」という感情を訴えた。
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