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第2章:巡る記憶の回想
第5話:キスに隠した本性
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カチャカチャと食器のぶつかり合う音が聞こえる。
その合間にゴリゴリと何かをすりつぶす音、シュッシュッと液体が湯気をたてる音が混ざり、ふわりと立ち込めた甘い香りに乃亜のまぶたが稼働し始める。
「っ…みぉ…りッ?」
最後の記憶は三織に牙を突き立てられた痛み。まだ少し痺れが残っている気がしないこともない。それでも、今度は脳の指令通りに指先は動き、三織の牙の痕をなぞるように鎖骨に手をあてていた。
「はぁ」
生きている実感。安堵の息が人知れず零れ落ちる。
薄く開けた目に映るのは飾り気のない天井と、わずかな明かり。まったくひどい目にあったと体を起こしかけたところで、乃亜は顔をのぞかせた三織と目が合った。
「あ、やっと起きた?」
屈託のない愛想のいい笑顔。
「痕は、うん。ちゃんと残ってるね」
「私…っ…いったい」
「あれ、覚えてない?」
記憶障害かなと、とぼけているようでとぼけていない三織が近付くなり瞳をじっと覗き込んでくる。赤い瞳に映る乃亜の顔は、お世辞にも元気そうだとは思えなかった。
ただ、それでも記憶障害ではないと断言できる。
「覚えてます」
むしろ忘れるわけがない。憤慨を息で吐き出すように唇を尖らせた乃亜に、三織は「そっか」とどことなく影のある笑顔を見せて、乃亜が横たわるベッドの淵に腰かけた。
ギシっと加わった分だけの重力が軋みを上げる。
「もう体は動かせそう?」
その質問には声ではなく頷くことで「イエス」を伝える。
「そっか、よかった。乃亜ちゃんは寝顔も可愛いよね。無理矢理たたき起こしたくなる感じ」
「え?」
どう反応すればいいのだろう。世間一般的に言われる「可愛い」と三織の口にした「可愛い」の基準がずれているような気がするだけに、ありがとうも言えない。
「あんな事されたのに、そんな目でまだオレのこと見つめてくれるんだ」
額に落とされた唇は、先ほどの可愛いの意味を考えれば深い意味はないのかもしれない。
一体どこで三織の溺愛スイッチが入ったのかはわからないが、そんなに顔中にキスを落とされるとさすがに反応に困ってくる。
「ねぇ。乃亜ちゃんのこと、モルモットって呼んでもいい?」
「は、え、もっもるも」
「それとも番号とかで呼ばれる方が好き?」
どちらも素直にうなずけない。
口角がひくつくのを感じながら、耳元で問われた二つの質問の意図を考える。
先ほどから三織は何を言っているのだろう。考えれば考えるほど真実から遠のいていくような気がして、また混乱が脳内を荒らしてくる。
「ああ、早く教えてあげたい」
「ちょっ…みお…り?」
きっと動物か何かと勘違いされているに違いない。頭をわさわさと撫でながら頬ずりしてくる三織の行動に、何か意味があるとは到底思えなかった。
「乃亜ちゃんはどこまでの快楽を知ってる?」
「快楽?」
「オレたちが初めての男ってわけじゃないんでしょ?」
純粋さを発揮する場所も、三織はズレているということがよくわかった。顔を掴んでじっと覗き込んでくる瞳は少年のようにあどけなく、裏も表もない好奇心で満ち溢れている。
それを聞いてどうするのか。
返答を回避したくても敵わない力加減に、乃亜は「まあそれなりに」と小さく濁した声で三織の期待に答えてみせた。
「ふぅん」
その顔を見るに、どうやら不服だったらしい。
「それなり、ねえ」
どうでもいいから至近距離で見つめるのをやめてほしい。萌樹と系統は違っても、三織も美形であることに変わりはない。じっと見つめられていると顔に熱がこもりそうだと、乃亜はようやく自由になった手で三織の肩を押した。
「みぉ…りっ…ンッ」
びくともしない体に唇を奪われる。
予測できるようで出来ない行動に、乃亜はのしかかる三織のキスを受け入れていく。歯列をなぞり、舌を吸われ、呼吸ごと奪われるような荒々しさに抵抗の言葉も紡げない。
「っちょ…とっぁ…ンッぅ」
角度を変えて強弱をつけて、酸素不足に陥った体が抵抗の二文字を放り出そうと甘い痺れを持ってくる。他でもない。解毒薬を直接血管に注入してきた危険人物だということを忘れていないはずなのに、乃亜の体は三織の支配を喜ぶように感じている。
このまま三織にすべてをゆだねてしまいたい。
重なる唇の力もうまく入らなくなるまで責められてようやく、乃亜は三織のキスから解放された。
「まだまだ全然じゃん。これじゃ赤ちゃんと同じ」
べっと舌を出してにこやかに笑う顔に、言い様のない苛立ちを覚えるのは何故なのか。
「今の乃亜ちゃんのキスじゃ、勃つものも勃たないよ」
脱力させるだけさせておいて、言い放たれる台詞にしてはあまりにも横暴すぎる。
「あれ、怒っちゃった?」
ムッと表情だけで三織の言動を非難した乃亜は、仰向けのおまま睨み続ける。
一体、三織が自分の何を知っているのか。少なくとも、今までの相手とはそれなりに上手くやってきた。キスが少し下手なくらいで、なぜそこまで言われなくてはならないのか。
女としての魅力を伝える方法があるのなら、三織に試すことが出来るのに、今ここで全裸になったところで彼の触手は反応すら見せないだろう。
単純に悔しい。その思いが伝わったのかもしれない。
「じゃあ、本当にオレのを勃たせられるキスが出来るのか、オレの上で証明してみせて」
「えっ!?」
「ほら。ここなら勃ったときに、ちゃんとわかるでしょ?」
三織をまたぐ形で落ち着いた体勢に息をのむ。
ベッドに腰かけた三織の上に対面で座ると、少し見下ろす位置にあるその唇が視界に入って、急に緊張感が増してくる。
その合間にゴリゴリと何かをすりつぶす音、シュッシュッと液体が湯気をたてる音が混ざり、ふわりと立ち込めた甘い香りに乃亜のまぶたが稼働し始める。
「っ…みぉ…りッ?」
最後の記憶は三織に牙を突き立てられた痛み。まだ少し痺れが残っている気がしないこともない。それでも、今度は脳の指令通りに指先は動き、三織の牙の痕をなぞるように鎖骨に手をあてていた。
「はぁ」
生きている実感。安堵の息が人知れず零れ落ちる。
薄く開けた目に映るのは飾り気のない天井と、わずかな明かり。まったくひどい目にあったと体を起こしかけたところで、乃亜は顔をのぞかせた三織と目が合った。
「あ、やっと起きた?」
屈託のない愛想のいい笑顔。
「痕は、うん。ちゃんと残ってるね」
「私…っ…いったい」
「あれ、覚えてない?」
記憶障害かなと、とぼけているようでとぼけていない三織が近付くなり瞳をじっと覗き込んでくる。赤い瞳に映る乃亜の顔は、お世辞にも元気そうだとは思えなかった。
ただ、それでも記憶障害ではないと断言できる。
「覚えてます」
むしろ忘れるわけがない。憤慨を息で吐き出すように唇を尖らせた乃亜に、三織は「そっか」とどことなく影のある笑顔を見せて、乃亜が横たわるベッドの淵に腰かけた。
ギシっと加わった分だけの重力が軋みを上げる。
「もう体は動かせそう?」
その質問には声ではなく頷くことで「イエス」を伝える。
「そっか、よかった。乃亜ちゃんは寝顔も可愛いよね。無理矢理たたき起こしたくなる感じ」
「え?」
どう反応すればいいのだろう。世間一般的に言われる「可愛い」と三織の口にした「可愛い」の基準がずれているような気がするだけに、ありがとうも言えない。
「あんな事されたのに、そんな目でまだオレのこと見つめてくれるんだ」
額に落とされた唇は、先ほどの可愛いの意味を考えれば深い意味はないのかもしれない。
一体どこで三織の溺愛スイッチが入ったのかはわからないが、そんなに顔中にキスを落とされるとさすがに反応に困ってくる。
「ねぇ。乃亜ちゃんのこと、モルモットって呼んでもいい?」
「は、え、もっもるも」
「それとも番号とかで呼ばれる方が好き?」
どちらも素直にうなずけない。
口角がひくつくのを感じながら、耳元で問われた二つの質問の意図を考える。
先ほどから三織は何を言っているのだろう。考えれば考えるほど真実から遠のいていくような気がして、また混乱が脳内を荒らしてくる。
「ああ、早く教えてあげたい」
「ちょっ…みお…り?」
きっと動物か何かと勘違いされているに違いない。頭をわさわさと撫でながら頬ずりしてくる三織の行動に、何か意味があるとは到底思えなかった。
「乃亜ちゃんはどこまでの快楽を知ってる?」
「快楽?」
「オレたちが初めての男ってわけじゃないんでしょ?」
純粋さを発揮する場所も、三織はズレているということがよくわかった。顔を掴んでじっと覗き込んでくる瞳は少年のようにあどけなく、裏も表もない好奇心で満ち溢れている。
それを聞いてどうするのか。
返答を回避したくても敵わない力加減に、乃亜は「まあそれなりに」と小さく濁した声で三織の期待に答えてみせた。
「ふぅん」
その顔を見るに、どうやら不服だったらしい。
「それなり、ねえ」
どうでもいいから至近距離で見つめるのをやめてほしい。萌樹と系統は違っても、三織も美形であることに変わりはない。じっと見つめられていると顔に熱がこもりそうだと、乃亜はようやく自由になった手で三織の肩を押した。
「みぉ…りっ…ンッ」
びくともしない体に唇を奪われる。
予測できるようで出来ない行動に、乃亜はのしかかる三織のキスを受け入れていく。歯列をなぞり、舌を吸われ、呼吸ごと奪われるような荒々しさに抵抗の言葉も紡げない。
「っちょ…とっぁ…ンッぅ」
角度を変えて強弱をつけて、酸素不足に陥った体が抵抗の二文字を放り出そうと甘い痺れを持ってくる。他でもない。解毒薬を直接血管に注入してきた危険人物だということを忘れていないはずなのに、乃亜の体は三織の支配を喜ぶように感じている。
このまま三織にすべてをゆだねてしまいたい。
重なる唇の力もうまく入らなくなるまで責められてようやく、乃亜は三織のキスから解放された。
「まだまだ全然じゃん。これじゃ赤ちゃんと同じ」
べっと舌を出してにこやかに笑う顔に、言い様のない苛立ちを覚えるのは何故なのか。
「今の乃亜ちゃんのキスじゃ、勃つものも勃たないよ」
脱力させるだけさせておいて、言い放たれる台詞にしてはあまりにも横暴すぎる。
「あれ、怒っちゃった?」
ムッと表情だけで三織の言動を非難した乃亜は、仰向けのおまま睨み続ける。
一体、三織が自分の何を知っているのか。少なくとも、今までの相手とはそれなりに上手くやってきた。キスが少し下手なくらいで、なぜそこまで言われなくてはならないのか。
女としての魅力を伝える方法があるのなら、三織に試すことが出来るのに、今ここで全裸になったところで彼の触手は反応すら見せないだろう。
単純に悔しい。その思いが伝わったのかもしれない。
「じゃあ、本当にオレのを勃たせられるキスが出来るのか、オレの上で証明してみせて」
「えっ!?」
「ほら。ここなら勃ったときに、ちゃんとわかるでしょ?」
三織をまたぐ形で落ち着いた体勢に息をのむ。
ベッドに腰かけた三織の上に対面で座ると、少し見下ろす位置にあるその唇が視界に入って、急に緊張感が増してくる。
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