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第19話 戸惑いの刻(後編)

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それはあまりにも綺麗で、思わずのみ込んだ声の先に優羽は助けを求めるように腕を伸ばす。
助けてくれるのは戒しかいない。
わかっているのに、その先を与えてくれるのも戒しかいない。
ヤメテ
ヤメナイデ
心の中で繰り返される葛藤に、頭がおかしくなりそうだった。


「イヤァっ戒ッあぁッ戒っかぃ」


同じ名前を繰り返し叫び続ける声とは裏腹に、その視界の先ではしっかりと出たり入ったりを繰り返す淫行の様子がうつっている。
グロテスクに光りながら現れては、根本まで深く突き刺さる男根を美味しそうに味わっている秘部が女としての悦びを感じているかのようにヨダレを垂らしていた。


「気持ちいいですか?」


クスクスと優羽の後頭部を器用に支えながら腰を打ち付けてくる戒の声がすぐ耳元から聞こえてくる。
うんうんと、素直に快楽への感想を述べてみれば、また戒は嬉しそうにクスクスと笑った。


「美味しいですよ、優羽。」

「ッア?!」


何かが引きずり出されていく感覚に、ゾクゾクと悪寒が駆け抜ける。
今まで感じていた快楽とは違う。体の芯から犯されるような吐き気がしそうなほどの恐悦。


「このままでは、風邪引きますね。」


そう言って自身を挿入したまま上半身だけ起き上がり、戒は濡れた服を脱いでいく。
ヒクヒクと内部で痙攣をおこしながら、優羽はただ成り行きを見守っていた。


「ここ、好きですよね?」


全裸になった戒の手が全身を愛撫するかのように優羽の肌をすべる。
ビクッと反射的に萎縮した体が、なぜか次の瞬間、全身を解放するように開いていた。


「ヒっ…ヤめッアッ…なんっでッ動かさ…なッイヤあぁっぁイヤァァッ」

「まだまだ鳴けるはずでしょう?
ほら、ここも。ああ、こちらもですね。」


戒の手のひらが滑る度に絶頂に似た快感が全身を駆け巡る。
なぜかはわからない。
わかっているのは、泣いて抵抗しているはずなのに、蜜を溢れさせて喜んでいる自分がいることだけ。


「ヤッぅアァァッァ!?」

「逃がしません。」


もう触らないでほしい。
おかしくなる。


「いいですね、この感じ。長い間、ずっとずっと忘れていましたよ。」


楽しそうに笑う戒の瞳が光を反射して白銀に揺れていた。
わずかに差し込む天窓の外はまだ嵐が続いているのだろうか。


「もっとください。」

「ッ?!」


自分の奇声と雷が落ちる音が重なる。
前後に視界が揺れる中、優羽はしがみつくように戒の首に腕をまわした。


「アっァイクッぁイ…ィまたイッ───」


ギュッと震えるように抱きついてくる優羽に戒が止まることはない。
そのまま導くように優羽の唇に噛みついた。


「───アッ、戒ァァアッあぁアぁ」


盛大に暴れる腰を戒は逃がしてくれない。大きく引き付けを起こした身体はおさまりもしないで、戒の動きに合わせて揺れ続けている。


「ヤダっもっイヤァァア」


一度溢れだした蜜は、止まることを知らないように卑猥な音を奏でていた。


「ダメですよ。さっき、始まったばかりじゃないですか。」


断続的に声をもらす優羽をあざわらうかのように、戒は優羽の唇をペロリと舐める。
イヤだイヤだと駄々をこねる子供のように首を横に振る優羽のアゴを固定し、覗きこむようにまた笑った。


「締め付けるのはいいですけど、今からそんなのではもちませんよ?」


いつまで続くのか。突き抜ける感触がおさまらないのに、どうやって自分をおさえればいいのかわからない。
毎日のように日替わりでさまざまな快楽を植えつけられてきた身体は、彼らの行為を受け入れこそはすれ、拒否するすべを知らなかった。


「止めてあげられませんけど、逃がしもしませんから覚悟しておいて下さいね。」


真上から向けられる笑顔はあまりにも綺麗で、赤くなった顔のままうなずくこともできずに優羽は戒の情欲に答えていく。


「もぅヤダッへん…な…変になッ?!」

「変になっていいんですよ?」

「ヤッァアぁ戒ッかいっ───」


さらに動きをました戒の律動に、優羽の中がきつく締まってそれに答える。生き物のようにうごめく体内で、膨張したそれに優羽の奇声が重なった。


「───ッアァァッァァァ」


白濁とした液体が最奥の部屋に注がれていく。生温かい戒の精液が優羽の内部に染みわたっていく。


「戒…か…いっ~…ッく~」


泣きながら荒く呼吸を吐き出す優羽は、あれだけ動いても息ひとつ乱さない戒を不思議そうに見上げていた。
その視線に気づいた戒は、優羽の額にキスを落としながら嬉しそうに笑う。


「身体に力、入りませんか?」


優羽は素直に顔を赤くして、戒から視線をそらすことで肯定の意味を伝えた。


「優羽は可愛いですね。」


一向に収まる気配のない戒のモノに、優羽は赤い顔のまま反応する。
ジッと見つめられると、変な緊張感が込み上げてきて、どんどん恥ずかしくなる気持ちが止まらない。ドキドキと心臓が太鼓を叩くように激しくなってくる。
まだ終わらない。
行為の貪欲さに残念がるどころか、期待していることを繋がったままの戒には手に取るようにバレているに違いない。


「ッあっ…あっ…ッン」


注いだ液体をかき混ぜるように、ゆっくりと動き始めた戒の下で、優羽は快楽を味わうように目を閉じる。


「気持ちいいですね。」

「ンッぁ…う…ンッ…うん」


髪をすいてくる戒の手つきが妙に優しかった。
首も胸も足も腰も全てに触れる手が心地よく緊張を溶かしていく。


「それにしても遅いですね。」

「ンッあ…っな…なに?」


吐息をこぼして感じ始めていた優羽は、閉じていた目を開けて戒を見つめた。
"また"戒の瞳が銀色に見える。


「か…ッ…い?」


見間違いじゃないかと伸ばした腕が、戒に捕らえられて頭の上で結ばれる。
抵抗なんて今さらしないのに、両手をそろえるように頭上で押さえつけてきた戒に、優羽の心がドクンっと鳴いた。

───クル

本能が反応した瞬間、それはしなるように体が感じていた。


「あっ…あっ…アアァッァ」


キモチイイ
待っていたのだと思えるほど、再び容赦なく足の付け根を叩いてきた戒自身に優羽の声が鳴く。


「あっ…ヒゥあッ…んッかイッ」


揺れる視界にたまらなく芯がうずいていた。
溢れ出てくる快楽をむさぼり尽くそうとしているのか、淫湿な匂いが充満して、脳の奥までドロドロと侵食してくる。


「ッアッ?!」


グイッとお尻から持ち上げるように腰を高く突いてきた戒に優羽の顔が苦しそうに歪んだ。


「いいですよね?」


顔をゆがめた優羽を見下ろす戒が、腰を深く落ち着けながら宣告する。
停止しているはずなのに、内部を蠢(ウゴメ)くソレはビクビクと動いていた。


「優羽は誰にも渡しません。」

「ッ…ん…~っ…はぁっンッ」

「今は、わたしだけのものです。」


口内を凌辱してくる舌に、息苦しさと欲情があおられる。


「そんな顔したってダメですよ。」


意地悪く笑う戒に捕まれた乳房が、心臓を鷲掴まれたかと錯覚をおこしたみたいだった。
戒につかまれた胸の下にある自分の鼓動が、ドキドキとうるさく脈打っている。


「今、自分がどんな顔をしているか知っていますか?」


知らない。
知りたくもない。
どうせヒドイ顔をしていると思う。


「教えてあげましょうか?」


わざとらしく律動を止めたまま、胸の突起を口に含むように囁いてくる戒に全身が熱く反応していた。
クスリと戒が吐息をこぼす。


「ッ?!」

「瞳を潤わせて、ほほを赤く染め、半開きの口で吐息をこぼし、甘い香りで男を誘う────」


呪文のように唱える戒の愛撫に、腰が自然と輪を描くように動いていた。それなのに、胸の先端上にある戒の視線がそらせない。


「────淫乱なメスイヌみたいですよ。」

「やッアァアぁッアあっ」


敏感な突起に噛みついてきた戒の舌先に優羽の狂声が暴れる。


「いやぁアッ…っ~~…あっ」


吸って、転がし、引きずりだされて、擂(ス)り潰される。グルグルと描く輪にあわせて揺れる腰に、優羽は震えながら戒の背中に爪を立てた。


「ッあぁ…気持ちイッ…ぁ…戒」


何度も、気持ちいいと優羽は戒を強く抱き締める。
逆に戒が息が出来ないんじゃないかと思えるほど、ぎゅうぎゅうと抱き締める力が強くなっていた。


「ッ!?」


数回強く腰を打ちつけられれば、突き抜ける快感が優羽を襲う。
耳鳴りがしそうなほどの振動。
迎え入れるように大きく開いた足と、濡れてこぼれる愛の証が混ざり合う。


「戒ッ~…ん…っアァあ」


全ての動きが戒に合わせて揺れていた。


「優羽、美味しいですよ。」

「ッ…アァァアアッァ」


戒を抱きしめる腕を弱めることが出来ない。
快感の頂上に到達しようと込み上げてくるものを押さえられない。


「いくっ戒ッあぁイクイクッ…ヤッ───」


身体中が悲鳴を上げて震えていた。
淫湿な空気も、卑猥な水音も、快楽をあおるただの道具でしかない。
自分の押し殺すような喘ぎ声でさえ、無駄に情欲をかきたてていた。


「───ヤァアッあぁっああ」


グイッと下肢を引き寄せた戒に、唇がおおわれる。
戒が止まってくれない。
重なったまま絡めとられる舌をうまく動かすことも出来ずに、優羽は次の快楽の扉を叩こうとしてくる戒に否定の言葉もつむげなかった。


「も…っイヤ…ッ…いきたくッ」


一度強くつかまれてしまった腰が離れることはなく、こすれ合う愛蜜の音がイヤでも耳に届いてくる。


「ッいやぁ~っクッ…ぁ…あっ」


突然引き起こされた身体が戒の上にまたがり、ピンと伸びた背中に合わせて乳首が上をむいて震えている。


「随分と敏感になりましたね。」


ズンッと、身体全体にかかった重力が戒のものを更に深く押し込んで優羽の深層にめり込んでいた。「ああ、ほら見てください。」

「ッヒァ?!」


一瞬何が起こったのかわからなかった。
戒に促されるようにして視線を下げてみれば、電気のように走る痺れ。
至近距離で微笑む戒の眼差しの先に、隠された乙女の蕾が悲鳴をあげて形を変えている。


「赤く膨らんでイヤらしいですね。」


合わさった腰の隙間に芽吹く小さな蕾を何の躊躇もなく戒が爪先で引っかいてくるせいで、優羽の身体が高く跳ねあがる。そのうえ弓なりになった身体が戒の前に胸を差し出したおかげで、容赦なく乳首を噛みつかれ、赤く主張した突起物達は可哀想なほど潰された。
痛みにも似た、甘い快感。
しびれる身体が暴れ、生理的な涙がほほを伝っていく。


「もっと泣いてください。」


見上げてくる戒の視線がジッとのぞきこんでくる。すべてを見られているのが、怖くて気持ちいい。
何度、弓なりに高い奇声を上げ続けても、突き上げる衝動が止まらないばかりか、戒の笑みは深くなるばかりだった。


「イヤァ壊れッ~無理ッあぁ」

「どこがですか?」

「し…ンッ…死ん~っ…じゃ…ぅ」


いつの間にかつかんでいた戒の肩は、いつつけたのか自分でも記憶がないのに、たくさんの爪痕がついていた。
ダメだとわかっていても、受け止めきれない快楽に力がこもる身体は、戒の皮膚を傷つける。


「ヒィッ…イクッ無理ッ…やめてッ…ぁ…ヤメテェェェッェェ?!」

「ここも、ここもこんなに硬くして、甘い声で鳴いて、締めつけてくるのに無理なことはないでしょう?」

「ムリッ…~っあぁア…はなしてッ…か…い…かィ…ヤだァァアッアッ」


グリグリと摘み取られるのではないかと恐怖が押し寄せるほど、器用に指先に力を込める戒に優羽は涙で許しを求めていた。
もう無理。
死んでしまう。
突き刺されたまま弄ばれる性感体に、奇声染みた哀願が室内をこだまする。


「優羽の涙は本当に美味しいですね。」


戒の言葉は、自分のかすれた声のせいでよく聞こえなかった。
それでもなんとかこの恥辱にまみれた行為を止めて欲しいと伝えるために、優羽は必死で首を横に振る。


「無駄ですよ?」


グイッとひきよせられた戒の瞳に、快楽に悶える雌の顔がうつっていた。


「今は押さえられませんから。」

「ッ!?」

「死ぬほど泣いてください。」


なんでこんなに気持ちいいのかわからない。
誰か理由を教えてほしかった。
眉をしかめることが精いっぱいで、呼吸の仕方さえ忘れてしまったかのように快感が脳を刺激する。
吐息と一緒にこぼれ落ちた涙を戒の舌に優しくすくいとられながら、優羽は鳴き叫ぶ先の世界を見た。

────────────
──────────
────────

臨時で気象情報を伝えるテレビ画面の先では、季節外れの嵐に困惑する声が叫ばれている。
鳴り響く雷、吹きつける突風、打ち抜かんばかりの雨粒までもが異様な気配を見せているせいか、各地で被害状況が報告されているらしい。


「お前のせいで迷惑がかかっているよ?」


テレビの電源を切って、深いため息が室内へと振り返る。外の嵐と打って変わって、静かな声が部屋に響いた。


「なん…の…ことでしょうか?」


窓を壊そうとするほどの天候が、床にうずくまる男の顔を照らしだす。
メガネをどこへやったのか。美麗な顔立ちをしたその男は、銀色の目を隠すかのように近づいてくる男を見上げていた。


「ッ幸彦さま」


ドンっと大きな落雷の音が地面を震わせる。
まぶしいばかりの光の中にあらわれた幸彦もまた、彼と同じ銀色の瞳を持っていた。


「まだ"あの時"のことを気にしているのかい?」


苦笑した幸彦が首をかしげる。


「なにをおっしゃって…ぃ…ッ!?」


ドクンと大きく視界が揺れるのを感じて、床にうずくまっていた男は地面に両手をつく。
尋常じゃない汗がホホをつたい、地面に水滴を落としていた。
苦しい。
ここ何日も続いていた頭痛と吐き気の集大成のようだった。


「誰もお前を責めてはいない。"あの時"のことをお前一人が背負わなくていいのだよ。わたしたちも同罪なのだから。」


近くに落ちる雷豪が明滅して幸彦の顔を照らすせいで、その表情がうまく読み取れない。


「それとも優羽を自分だけのものにできないことが、そんなに悔しいかい?」


その瞬間。床の男は立ち上がり、幸彦の胸ぐらにつかみかかる。暴風雨に囁かれた窓がガタガタと音をたてた。


「涼。何度繰り返したところで、その宿命だけは変えられない。」

「ふざけルナ」

「これは太古の昔に決めたことだ。」

「オレ…わたし…認めなイ」


眉ひとつ変えなかった瞳に見下ろされた涼は、形ひとつ崩さない幸彦のスーツを握りしめたままズルズルと地面にひざまずく。
それを冷酷に見下ろしながら、幸彦は最後の宣告とばかりに声を落とした。


「"認めない"などということは、このわたしが認めない。」


ゴロゴロとうなるように鳴く空が、黒く地表に闇を落としていた。
電気が止まったらしい真っ暗な部屋の中で、ふたつの瞳は異様な光を放ちながら見つめあう。暗闇の中で光る陰惨な瞳。
バラバラに散らかった部屋の中央で見下ろす男と見上げる男の視線が交差して、何とも言えない感情を吐き出している。


「涼、帰ってきなさい。」


ふいに幸彦が優しい色を醸し出した。
手こそ差しのべられないが、幾分か柔らかくなった声色に、少しの希望が見え隠れする。


「優羽が死ぬよ?」


笑いながら脅迫してきた幸彦を、涼は畏怖の念をこめて見上げた。
優羽が死ぬ。
静かに宣告されたその言葉が冗談でないことは、告げられた本人が一番よくわかっている。
いや、正確には"わからされた"。
本能がそうだと知ってしまった以上、嘘みたいな現実が訪れることは避けなければならない。


「本来の姿に還ろうとしているのだ。当然だろう?」


困ったようには到底見えないため息に、涼はゴクリと息をのんだ。


「弟たちがみな食べつくしてしまうよ?」

「ッ?!」


鋭利に細く変わったその瞳に見下ろされた男の脳に、悲鳴をあげて助けを求める少女の姿がうつる。
怯えたように恍惚と喘ぎ、悶え、受け入れようと奮闘してはいるものの、その器は与えられる欲求に耐えられそうにない。

"助けてあげる"

温かく伸びてくる震える腕を俺はつかむことが出来たのだろうか。


「ッ?!」


また落ちた雷に、頭が割れそうに痛みはじめる。その強烈なまでの明滅に、理性と本能のはざまで死を意識した。


「わたしは優羽を愛している。」


それは静かに嵐の中に染み渡るように、頭を抱える彼の耳に響いていく。


「優羽を殺させはしない。」


それがどういう意味かわかっているだろうと、幸彦は鋭い視線で足元の男を見下ろした。
それだけで格の違いを思い知らされる。

なぜかはわからない。
だけど知っている。
その崇高なまでの存在感に、もうずっと昔から悩まされてきたこと。
そして、追憶の彼方に葬られた自分自身の深い悲しみと後悔を───


「俺は優羽を守れなかったのに」


───歯を噛みしめるように、苦しそうな声が涼の口からもれた。


「優羽をもう傷つけたくない。」

「わたしもそう思っている。」

「優羽を誰にも渡したくない。」

「それはお互い様だ。」


繰り返し吐露される心の感情に、幸彦の声だけが短的に答えていく。


「何度くりかえしたら、俺たちは優羽を手に入れられる?」

「それは───」


幸彦の声は再度とどろいた雷の音にかき消されてしまったために、涼には届かなかった。
しかし、すでに気を失っていた涼にそれを知る術はない。


「あまり長くは待てない。」


床に倒れ伏した涼を見下ろしながら、幸彦は声を落とす。


「明日までに戻らなければ、永遠の終わりをくれてやろう。」


───望みのままに。

フッと軽い息をこぼした幸彦は、涼の身体を抱え起こしてベッドまで運んでいく。


「まったく。息子といえど、世話がかかる。」


はぁっと、困ったように吐きだされる息は、いつもの穏やかな幸彦そのものだった。
黒さを取り戻した瞳に、眠る涼の顔がうつる。


「お前の人生だ。好きにしたらいい。」


どこか寂しそうな声で顔をゆがめると、幸彦は涼の身体をそっとベッドに横たえた。
苦しそうに顔をしかめる涼が、優羽の名前をこぼす。


「わたしも思うよ。」


それは、長い沈黙だった。


「誰にも優羽は渡さない。」


一瞬差し込んだ強い光は幸彦の瞳を再度銀色に輝かせたが、窓の外を打ちつける雨に流されたかのようにその光を消していく。
そのまま近くにある椅子に腰をおろすと、優雅に足をくんで窓の外へと顔を向けた。


「あの子たちは、無茶をしてないだろうか。」


想像するだけで、そわそわと落ち着きがなくなりそうになるが、これを片づけない限りはここを離れられない。


「へんなとこばかりよく似ているからね。」


はぁ~と落胆したように肩を落とした幸彦は、夜になってもなお荒れ狂う空を見上げながら胸に巣くう少女の無事を祈った。


「優羽」


うわ言のように優羽の名前をこぼす涼の寝顔に、幸彦の視線が戻る。


「どれだけ足掻いたって無駄なことだ。結局、優羽を手に入れる道を選ぶのだから。」


昔を思い出してか、幸彦は苦笑した。


「共に歩む道は平坦ではない。」


そういって、幸彦はまた顔を窓の外に戻す。


「今も昔も何も変わらない。」


外は依然として季節外れの悪天候が続いていた。
泣き叫ぶような雨天を見つめていた瞳をそっと伏せる。そうして悟るような笑みをこぼした幸彦に、答えるものは何もなかった。

──────To be continue.
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