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第16話 新たなる刺客(前編)

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長袖がすっかり定着した秋も深まる頃。浮気騒動も落ち着き、豪邸の中ではすっかり日常生活に馴染んだ優羽がいた。

あれからすっかり過激になった愛情表現は健在で、数日間は筋肉痛に悩まされたが人間とは不思議なもの。
もう身体は柔軟に対応できる能力を会得したらしい。おかげで変な体力の自信がついてしまった。


「~~~~っ」 


愛しているということをわかってもらわなければ困ると言わんばかりに、お嬢様を通り越してお姫様扱いに変わった日常生活。
そんなことをされなくても、彼らを手放すことなんて出来ないのに、いつまでもドキドキと平常心を失って、日毎にハマっていく感覚がすでに麻痺している。

それなのに今日、彼らは不在。

そのため、甘い痺れと所有欲の証をその体に刻んだ優羽は、久しぶりに暖かなブランケットを膝にかけ、柔らかなソファーに身体を沈めて、巨大なスクリーンで映画を見ていた。


「ぅ…ぐすっ…ッ…~」


これは泣けると有名になっていた映画は、先日発売されたばかり。
幸彦と晶と輝は仕事、戒も陸も学校で、ひとりで家にいる優羽のためにと幸彦が買っていてくれたDVD。最初はひとりで映画なんて見てもつまらないと思っていたのだが、今ではこのシアタールームを充分満喫している。


「…っ…んー」


エンディングを迎える頃には映画の世界にひたれるほど、この巨大スクリーンと天井に備え付けられたスピーカーの威力はすごい。
グスグスとひとり鼻をすすりながら映画部屋を後にする頃には、窓から黄金色の陽光が差し込んでいた。


「映画って時間たつの早いなぁ。」


朝に家の仕事を簡単にすませ、映画を観始めたのは昼過ぎだったはず。
夕暮れが早くなった秋の暗さに、知らずと時計の針に目がいった。


「あ、もうすぐ戒と陸が帰ってくるかも。」


リビングで時間を確認した優羽は、今日の夕食は何を作るのかと台所に足を運んでいく。


「う~ん」


冷蔵庫をあけて、思わずうなり声をあげた。


「空っぽ。」


別に何も入っていないわけではない。
夕食に使える食材が何もなかったのを今になって思い出した。


「こっちに何かあるかな?」


買い物に行きたくても輝に車を出してもらわなければ町まで遠いし、第一お金をもっていない。
以前、幸彦にもらったカードと現金は、その翌日にちゃんと返却した。
持っていなさいと言われたが、使い道はないので必要な時に声をかけるからと説得したことが悔やまれる。
戒に電話してみようかと思ったが、その前にキッチン奥の食物庫を覗いてみようと優羽はその扉をあけた。


「えッ?!」


スローモーションでゆっくりと大きな段ボールが降ってくるのが見える。
外へとつながる扉が何故か開いていて、沈み行く金色の太陽のせいでその顔はわからないが、確かにそこに誰かいる。


「キャァァアっ?!」


なだれ込んでくる荷物の津波に、優羽は両手で顔をかばうように身体をひねった。


「……あれ?」


痛くない。
確かに段ボールが真横で散乱し、大量の野菜や食材が飛び出している床に倒れ込んだはずだった。


「ぅ…痛た…なんやもぉ。今日はふんだりけったりや?!」


どうやら咄嗟に庇ってくれたのだろう。誰かは知らないが、頭を押さえながら身体を起こすその顔を優羽は不思議そうな顔で見つめていた。
そんな優羽の姿に、相手も固まったらしい。


「スマン!どっかぶつけたか?」


体の下にかばった優羽から慌てたように上半身を離し、彼は心配そうに尋ねてくる。
誰だろう。記憶にその顔の人物は存在しない。優羽は逆光に目をしかめながら、その人物の正体を確かめしようとしていた。


「痛いんか?」

「えっ、あっ、大丈夫です。」


柔らかいのに低い声、均整のとれた体と射すような細い瞳に心当たりはない。ないはずなのに、全身がざわざわと胸騒ぎを起こしている。


「ホンマに?泣いてんのとちゃうの?」


さっきまで映画をみながら泣いていた優羽の目が、赤く潤んでいたのを自分のせいだと勘違いしたのだろう。本当にすまなさそうにホホを撫でてくる彼を優羽は驚いたまま見上げていた。

その腕を知ってる。

いや、初めて会うはずなのに、筋のとった男らしい腕の持ち主の行為をどうして知っていると思ったのか。
自分でも不思議だったが、何故か彼の腕を拒む感情が沸いてこない。


「だ…っ…れ?」


太陽の光に慣れてきた目が、目の前の彼の姿を徐々にとらえ始めていた。
一言で表現するなら"イカツイ"風貌の関西人は、優羽の上にまたがったまま心配そうな瞳を向けている。


「優羽?」


名前を呼ばれてハッと現状に気づいた優羽は、慌てて身体を離そうとした。


「だっ大丈夫です。」

「せやかて、どっか痛いんちゃうの?」

「これは、さっき観てた映画のって、え?」


ホホをなぞる見知らぬ男の手を払い除ける勢いで目を擦った優羽は、ある違和感に気づいて目の前の男に顔をむけた。聞き間違いなんかじゃない。
名乗った覚えはないはずなのに、彼は確かにはっきりと口にした。


「どうして私の名前、知ってるんですか?」


警戒心がバクバクと心臓を暴れさせる。


「どうやって、ここに入ったんですか?」


緊張感に声が震えるが、いかつい方言男は困ったように肩をすかせると、赤から群青色に変わりつつある空を写す勝手口をバタンと閉めた。

背後は台所。
逃げようと思えば、この男を食物庫に押し込んで逃げることも出来るだろう。


「優羽、そんな怖がらんとって。」


腰が抜けてしまって立てない優羽に彼は目線を合わすようにしゃがみこむ。
キョロキョロと定まらない視線を泳がせていた優羽は、その深い眼差しに思わず喉をならした。


「覚えてへんの?」


やっぱりどこかで会ったことがあっただろうかと、優羽は首をかしげる。
だが、いっこうに相手の名前を思い出せなかった。


「どこかで会いましたか?」


素直に聞いてみた。
相手は一瞬、驚いた顔をしたもののすぐに身体を離して柔らかな笑顔をむけてくる。


「俺は竜(リュウ)、この家の専属料理人や。ちょっと留守にしとったんやけどな、妹が出来た言うから、慌てて帰ってきたんや。」

「は…ぁ…?」


よくみると彼の後ろには、大きな旅行鞄が転がっている。
事情がよくわからない上に疑問にも答えてもらえない優羽は、ますます困惑の表情を浮かべた。


「輝に頼まれて食材も買ってきたんやけど、散らかってしもたな。」

「えっ?輝?」


よく知った人の名前が耳を通り抜けた優羽は、昼食時に何も告げられていないはずだと口ごもった。
それを気にもかけずに、引き起こして丁寧に服を整えてくれる後頭部を優羽は見下ろす。


「あ…ありがとうございます」


おずおずとお礼をのべた優羽に、見上げた竜の唇が軽く重なった。


「お礼やったら、このほうがええ。」


思わず顔が赤くなったのは夕日のせいじゃない。
せっせと玉ねぎやジャガイモを拾い上げては段ボールに戻していく、正体不明のイカツイ男のせい。


「あ…えっと───」

「ええて、ええて。優羽は休んどき。」

「───そうじゃなくて…その」


問題は不覚にも唇を奪われたこと。
立ち尽くしたままどうするべきか戸惑う優羽の前で、竜は鼻唄混じりに食材をかき集めていく。
すると、何やら騒がしい声が飛び込んできた。


「優羽、たっだいまぁ~。」

「優羽、そんなところで何してるんですか?」

「ッ?!」


そろって帰宅してきた陸と戒は、なぜか台所で心臓が止まったように蒼白な顔で振り向く優羽を見つけて首をかしげる。


「あっあのっ陸、戒。おっおかえ───」

「ただいま。何かありましたか?」

「心配するじゃん。いっつもちゃんと玄関まで迎えに来てくれるのにさぁ。」

「───なっいっンッ…~っあ」


見事に優羽しか目に入っていない彼らは、近づいてくるなり挨拶のキスを求めて、優羽の腕を引っ張った。
その弾みでよろけた優羽の唇を交互に奪ったあとで、彼らは床に這いつくばって動く生物にようやく気づいたらしい。


「相変わらずやな。」


しばらくの沈黙があったのは、言うまでもない。
しゃがみこんで、ガンを飛ばすように見上げてくる視線が怖い。


「竜じゃないですか。そんなに怖い顔で見上げるから、優羽が怖がってますよ。」

「えっ?!」


濡れ衣だ。
腰に腕を回してくる隣の戒に抗議したくても、否定できないところがあるだけに難しい。


「そうそう、ってか。そんなところで竜は何してるのさ?」


優羽の後ろからおぶさるように抱きつきながら、陸が竜に質問した。
答える意思があるのか、竜はチラッと優羽を見たあとでフーッと長い息を吐いた。


「ちょっと食材ぶちまけてもぉてな。」


パンパンと、手をはたきながら竜が起き上がる。
立ち上がると背が高く、優羽はその圧力を見上げて息をのんだ。


「優羽。」

「「竜っ!?」」


声をそろえて叫んだ戒と陸以上に、優羽は驚く。
グイッと竜に腕をひかれて、優羽の体は戒と陸から竜の腕の中へと移動していた。


「ちょっと!僕の優羽をとらないでよ!」

「なに言うてんねん。お子さまは、ひっこんどれ。」


いがみ合う二人の真ん中で、優羽はハラハラと落ち着きをなくしていく。
両手を左右から引っ張られるせいで、視界が大きく揺れていた。


「いい加減にしてもらいましょうか?」


ニッコリと戒の冷笑な声のおかげで、ピタリと止まった二人から優羽は解放される。


「ともかく、竜と陸は夕食をお願いします。」

「なんで俺が命令されなアカンねん。」

「僕が手伝う必要なくない?!」


なぁ、ねぇっと顔を見合わせて戒に抗議する陸と竜の姿は、さっきまで喧嘩していた二人とは思えないほどに息がぴったりだった。慣れたような対応に、ますます混乱する。
目の前で陸と一緒に戒に対して文句を言える人物がいる話なんて聞いたことがない。
面識がない優羽は、竜と陸の腕の中から戒へと移ったその身体に少しだけ緊張感を走らせたままでいた。


「優羽、大丈夫ですよ。」


無意識につかんでいた戒の服にシワが寄っている。
それを知ってか知らずか、戒は優しく微笑んでくれた。


「竜が怖いのは顔だけですから。」

「はぁ?!」


大きな声にビクッと優羽の肩は震える。


「ほらー。そういう大声も慣れるまで封印してよね。鼓膜やぶれちゃうじゃん。」


こういう時、陸の怖いもの知らずがうらやましい。
普段穏やかな人種に囲まれているせいか、怒られているように聞こえる竜の存在が少しだけ怖かった。


「優羽を怖がらせたら許さないからね。」

「陸に言われたないわ!」


交互に繰り返される会話のキャッチボールに、その内容を理解しようにも、まだ竜を認識していない脳がフル回転していた。
彼は一体何者なのか。
先ほど自己紹介はされたものの、すぐに打ち解けられるほど安全な人物にも見えない。


「かっ戒、あの───」


その時不意に、優羽のお腹が食欲を訴えた。
静まり返った台所に真っ赤な優羽の狼狽えた声だけが響いている。


「──ちっ違うの!これは、その。」


楽しそうに見えなくもない男たちの顔を順番に見ていた優羽のお腹は空気を読めないらしい。
再度、盛大に空腹を訴えた胃袋に優羽は穴があったら入りたいと戒を隠れ蓑(ミノ)にして咳払いをした。


「ごめんなさい。」


小さく身を隠した優羽の姿に状況が変わる。


「よっしゃ、んなら俺がメチャメチャうまいもん食わしたるわ!優羽の好みは誰よりも知ってるで。」

「はぁ?!僕の方が竜よりも知ってるし!」

「百年早いわ!陸に作れるもんなんか、あらへん。俺にまかしとき。」


ドンッと胸を張った竜のせいで、ブチッと何かが切れる音がした。


「じゃあ、どっちが優羽の好みを知ってるか勝負しようよ。」


陸の方があきらかに勝機のある勝負にも関わらず、なぜか竜は自信満々に受けてたったのだから驚く。
台所でせっせと作業にとりかかり始めた二人の背に、優羽は心配そうな息を吐いた。


「大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。竜の腕は確かですから。ところで、優羽?」

「なっなにっ!?」


グイッと包み込むように顔を固定された優羽の目に、戒の瞳が写りこむ。

思わずみとれてしまったのは内緒の話。
小さく喉をならした優羽に戒は薄く笑ったが、すぐにその瞳を心配そうに細めて真面目な声で尋ねてきた。


「目が赤いですけど、竜に何かされましたか?」


一瞬ドキッとしたが、優羽は慌てて首を横にふる。
唇を奪われたが、先日の件もあるからこそ、それだけは露呈させるわけにはいかない。


「邪魔になるので向こうへいきましょうか。」


ダンダン、バンバンと気迫の感じる料理人たちを横目に、腕を引く戒について優羽は台所をあとにすることにした。
大人しく黙ってついてきてみたが、戒が優羽の嘘を見抜けないわけがない。


「優羽。」

「ッ?!」


リビングのソファーに雪崩れ込む体に響くその声は、妙に背筋をゾクゾクさせる。


「出来た時間は、有効に使わなくてはなりませんから。」


耳元をなぞるように囁いた戒の誘いに、優羽は甘い吐息でうなずいた。

───────────
─────────
───────

「すっごく美味しい!」


ダイニングテーブルに並べられた料理を口に含んだ優羽は、目をかがやかせて感想を口にする。
その素直な歓声は、竜を有頂天にさせ、陸を撃沈させた。


「だから大丈夫だといったでしょう。優羽、よかったですね。」


頭を撫でながら耳打ちしてきた戒の言葉に、優羽は小さく笑う。
はたからみれば、内緒話をする恋人のように甘い雰囲気を漂わせているだけに、陸の機嫌は最悪に悪くなっていった。


「優羽、僕のもちゃんと食べてくれるよね?」


すねたように目を潤ませながら見上げてくる陸に、優羽は声をつまらせる。
普段から食べなれている家族の手料理に文句をつけたくはないが、見た目も味も圧倒的な差が出れば話は別だ。
竜は的確に優羽の好みを作り上げていた。


「陸。竜に調教された優羽の胃袋に勝利をつかもうなんて無謀な挑戦でしたね。」


可哀想な目で陸を慰める戒の言葉は、美味しそうに口を動かす優羽には聞こえない。
調教された胃袋。
けれど、優羽が竜の手料理を食べるのは生まれて初めてだった。あり得ない歴史の発言に気がつかないまま、優羽が竜の料理を食べていると、珍しく幸彦と晶がそろって帰宅してきた。


「おや、先に食事をしている可愛い娘は誰かな?」

「あっ、おかえ───」

「竜、早かったね。」

「───んんんッ?!」


料理ではなく優羽を味わい尽くそうと伸びてきた魔王の手に唇が奪われる。それを冷たい目で眺めたあとで、晶がにこりと来客者に笑いかけた。が、それを押し退けるように不機嫌な陸の声が響き渡る。


「ちょっとズルいよ!頑張った僕にこそ、優羽からご褒美があるべきだと思うんだけど。」

「ッ?!」


この家はどうなっているのだろうか。
仮にも初対面に近い人物がいる部屋で次から次へと交わされる濃厚な行為に、ついていけない。恥ずかしさと気まずさで顔もまともにあげられなかった。


「晶たちも食べるやろ?」

「そうだね。輝も呼んでくるよ。」


羞恥に顔を赤く染めて小さくイスにおさまる優羽に何も思わないのか、自然すぎるほど不自然に、竜も晶も部屋を出ていく。


「優羽、食事の準備が出来るまでお父さんと遊ぼう。」

「戒はさっき優羽と遊んだんだからダメだよ。」

「では、竜を手伝ってきます。」


魔王と悪魔の生け贄に捧げられた乙女の声がリビングへと連行される。
なぜか温めなおすだけ、呼びにいくだけの彼らは、無情にも時計の針が一周するまで帰ってこなかった。

─────────…


「相変わらず竜の料理は上手いね。」


満面の笑みで誉めた幸彦に驚いて優羽は顔をむける。
今は無事に家族全員で食卓を囲んでいるが、違和感のない来客にますます疑問が頭に浮かんでいた。
誰の口からも聞いたことのない人物なはずなのに、どうして誰もが当然のように竜と親しいのかが理解できない。
それも、ずっと昔から知っているようだった。


「優羽ひとりでは何かと物騒だから、竜がいれば少しはわたしも安心できる。」

「輝がいるんちゃうの?」

「しゃあねぇだろ。淫乱な子猫のために俺は日々発明してんだ。家にいるっつっても、地下にこもりっぱなしのが多いんだよ。」


自称ながら、そのほとんどが自作品で成り立っている魅壷会社の天才発明家は、"淫乱な子猫"の部分で優羽にむけて片目を閉じてきた。
まともにそれをとらえた優羽は、顔を真っ赤にしながらゴホゴホ咳き込む。


「どないしたん、大丈夫か?」


竜に背中をさすられながら優羽は、あわてて飲み物を口に含んだ。


「だっ大丈夫れふっ!」


複雑な心境を悟られまいと、取り繕うことに失敗して言葉を噛んだ優羽に晶がクスリと笑う。


「優羽、落ち着こうか。」


泣きそうなほどに身を硬直させた優羽は、その直後にかけられた彼らの笑い声をうけて恥ずかしそうに両手で顔を隠した。


「優羽も緊張とかするんですね。」


失礼な戒の発言に反論する暇はもちろんない。
どうして誰もこのおかしな状況に何も感じないのか、自分一人だけが違う時間軸で生きていたのかと錯覚するほど違和感がぐるぐると思考をまわっている。


「みんなは昔からの知り合いなの?」


不可解な表情で顔をあげた優羽の質問に、なぜか水を打ったように静まり返る室内。
先程までの笑い声は一変して、誰もが驚いたように優羽を見つめていた。


「えっ、なっなに?!」


状況がまったく理解できない。
変な悪寒さえ走りそうな現象に、優羽は体を固くしてお箸を持つ手をギュッと握りしめる。
けれどその時、

「優羽。」

と、ふいに聞こえた幸彦の声に、優羽はゆっくりと顔を向けた。


「今夜は竜と過ごしなさい。」


一瞬、雷にうたれたかと思った。

幸彦の命令は"絶対"なだけに、拒否することはできないが、自分の耳が聞き間違えたんじゃないかと本気で思う。


「………え?」


率直な感想だった。


「今、何て言ったの?」


どうやら聞き間違いではないらしい。


「竜は家族の一員。これからここに住むのだから、優羽も早く慣れなくてはいけないよ。」


拒否を許さない幸彦の瞳に、優羽はただ黙って息をのむしか出来なかった。
家族の一員?
いつからそうなのかはわからないが、初耳の衝撃に言葉が見つからない。


「そういうわけやから。今日からよろしくな、優羽。」

「………。」


ぶんぶんと、勢いよく上下にゆれる自分の腕が他人のものみたいに感じる。


「すっかり忘れてたよね。優羽のその反応、懐かしすぎて新鮮なんだけど。」

「優羽、案ずるより産むが易しだから大丈夫だよ。」


陸と晶の言っている内容がよくわからない。
何故かこれで一件落着と言わんばかりに食事を再開させ始めた家族の様子に、優羽は不満と不安が入り交じった気持ちを飲み込んだ。
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