13 / 43
第9話 無駄に広い我が家(前編)
しおりを挟む
ゴーっという聞きなれない音に気づいて、優羽は目をさました。
「あれ。あぁ、そっか。」
どうしてパジャマでなく、服を着たまま寝ているのだろうとベッドの上で今朝の出来事を思い出した優羽は、ひとりゴロンと寝がえりをうつ。
「ッ!?」
すっかり忘れていた。
目の前の卑猥な物体を目にしたせいで、寝ぼけていた頭が覚醒すると、優羽は慌てて跳ね起きた。時計を見ると、もう夕方の四時をまわっている。
みんなは何をしているのだろうと思いを巡らしたところで、戒に押しつけられた仕事を思い出した。
「ど…っどど、どうしようこれ。」
あまりの恥ずかしさに触ることはおろか、目をむけることすら出来ずに優羽は"それ"と対面しながらベッドの上に座りなおす。
「せめて何かに入れないと。」
このままではどうにもならない代物を封じるためのものを探して部屋を見渡すと、ちょうどいい具合に布の袋が見つかった。
「これだったら中身も見えないし、直接触らなくてもいいから大丈夫かも。」
うんっと、ひとり納得した優羽は、次の瞬間にがっくりと肩をおとす。
よく見なくてもグロテスクなそれは、出来ることならこのままゴミ箱へ直行させたい。
「はぁ。よし、やるぞ!」
極力見たくないし、触りたくない。
横目にそれをとらえながら無駄に精神が消耗されていく。
「優羽、そろそろ起きろよ。」
「キャアアァッァッァァ!!」
「───ッなんだよ、起きてんじゃねぇか。」
心臓が飛び出すくらいビックリした優羽の悲鳴に、輝は高鳴りのする耳を押さえながら顔をしかめる。
「何してんだ?」
「なッなななな何もっ!別に何もない!」
突然顔をのぞかせてきた輝に、あわてふためく優羽の声が裏返る。
間一髪で卑猥な物体に覆い被さることに成功したが、あきらかに変な態度なのは一目瞭然。ベッドの上でおかしな体制をとっている優羽を不審な目で見つめた輝が何を思ったのかは知らないが、乙女の部屋へ無断で侵入するなり、彼はぐるりと部屋を見渡して、いつもの調子で手招きをした。
「どーでもいいけど、起きたら手伝え。」
「てっ手伝うって、何を!?」
かつて輝にさせられた"お手伝い"はろくなものじゃなかったと、優羽の顔がひきつる。
加えて、輝に"感想つき"で返却しなくてはならない物体を身体の下で感じている優羽は、ドキドキと早鐘をうつ心臓の音を聴きながら輝の答えを待った。
「大掃除に決まってんだろーが。」
「は? えっ? 掃除?」
予想だにしていなかった返答に、優羽は理解が追いつかない。けれど、すぐに先ほどから響いていた音の正体が掃除機だったことに気づいて「なるほど」とうなずいた。
「それで大きな音がしてるのか。」
「あ、もしかして起こしたか?」
だったら悪かったなと、輝は悪びれもせず謝った。
掃除機云々よりも、どちらかと言えば輝の創作物に目は覚めたと言いたいところだが、ここはあえて黙秘しておくことに越したことはない。
ふるふるとおかしな体制のまま、首を振ることだけで優羽は輝に大丈夫だという意思を伝えた。
「空気の入れ換えしてるから、着替えたら窓あけろ。」
防音効果も底抜けに響くほどの正体は、どうやら家中の扉や窓を開け放っているせいらしい。
そのせいで優羽の部屋にも、じっとりとした熱気は流れ込んでくる。
「小さいやつじゃ追いつかねぇからな。うるさいけど、我慢しろ。」
変な体制でまばたきする優羽に苦笑しながら輝は廊下を指差した。
あけられた部屋のドアの向こうで、輝の後ろを巨大な掃除機が音を荒げながら通り過ぎていくのが見える。
「………。」
見間違いではないらしい。
あれを掃除機と呼んでいいのかどうかはわからないが、まるで小さな車のような大きさを誇る機械に優羽は言葉を失った。
「こいつだけでも丸一日がつぶれるってのに、全員出はらってるから手が足りねぇんだよ。」
「え?」
輝以外に誰も家にいないのかと、優羽は首をかしげる。
「晶と戒は買いだし。まぁ陸は、お勉強中だけどな。」
「正確には、"だった"だけど。」
「「陸っ!?」」
いつの間にそこにいたのだろうと、輝と優羽は同時に笑顔を見せる陸に顔をむけた。
「もういいのか?」
「よくいうよ、わざとあんなもの引っ張って来て邪魔したくせに。」
あんなものとは、たぶんさっき通って行った掃除機のことだろう。
ことわりもなく部屋に入ってくるのはどうかと思うが、あきらめたように肩を落とす陸が相手では何も言えない。
たしかにこの騒音と暑さに支配された家の中は、勉強できる環境とは思えなかった。
勉強の邪魔をしてしまって大丈夫なのだろうかと、優羽が不安そうな顔をしたのは一瞬だけ。
「あっ、これでしょ。輝が戒に渡した試作品って。」
必死に隠していたものを近寄ってきた陸に取り上げられて凍りつく。
どうして隠しているのがわかったのか、無遠慮にシーツと優羽の体の間に腕を突っ込んだ陸は、誰の断りもなしにそれを高々に引っ張りあげたのだからたまったものじゃない。
「っ?!」
一瞬思考が止まったが優羽はすぐに顔を赤くして、笑顔で玩具と優羽を見比べる陸に手を伸ばした。
「ヤッ?!ダメッ!」
「おい、こら。」
奪い返そうと急いで伸ばした優羽の腕は、寸でで輝に取り押さえられる。
同時に一歩下がった陸の動きも重なって、中途半端に腰を浮かせたまま優羽はベッドの上で膝をついた。
「貴重な試作品を壊しちまったら意味ねぇだろ。」
悲しいかな男の力に抵抗むなしくねじ伏せられた優羽の瞳は、にじりあげた先で二人の男が楽しそうに光る顔をうつす。
ただからかっているだけにも見えるが、この二人のことだ。
いつ、本気になるかわからない。
「かっかえしてッ───」
真っ赤な顔のまま返却を求めた優羽に、輝と陸は顔を見合わせて口角をあげた。
「これ俺のだから。」
「───ッ?!」
言われてハッと気づいたが、時すでに遅し。
滑降の揚げ足を自分でとってしまった以上、逃げ場はどこにもない。
「これがそんなに気に入ったか?」
「───ちっちがうッ!!」
「それじゃぁ、今すぐはめてあげるよ。」
「ッ!!?」
輝と陸を交互に見ていた優羽の視線が、最後に陸の手に掲げられているものをとらえて大きくそれる。
冗談だと思いたいが、冗談じゃなさそうな雰囲気に知らずに身体が震えた。
「~~っ、くしゅん。」
「「………。」」
輝に腕を抑えつけられた状態でくしゃみをした優羽に二人のあきれた息がかかる。
これからと言うときに、空気が読めないやつ。なのか、そんな格好で寝てるからだろなのかはわからないが、はぁとわざとらしく吐かれたタメ息に胸が痛い。
「とりあえず、先に掃除を終わらせるか。」
「そうだね。優羽に風邪引かせるわけにはいかないしね。」
一時休戦とばかりに本来の役目を思い出した輝と陸に解放された優羽は、その安堵からか再びくしゃみに襲われる。
「まさか、もう風邪ひいちゃった?」
「ッ!?」
ん~と、おでこを合わせてくる陸の顔が近すぎて、優羽は更に顔が赤くなるのを感じた。
熱はないはずなのに、全身が変に熱い。
「あっれぇ~やっぱ熱あるんじゃないの?」
いたずらに笑う陸に、優羽は首を横に振って答える。
これ以上ない接近が無駄に鼓動を早くさせていた。
「熱がでたら、いつでももらってやるから心配すんな。」
「ッ?!」
それはもっと熱が出そうな気がする。
夏風邪はこじらせると後が大変だと聞いたことはあるが、別の意味で大変になりそうだと、優羽は片手でわざとらしく顔をあおぐ。それをどこか楽しそうに横目で見た輝は、腰に手を当てて掃除の割り振りを唱え始めた。
「優羽は窓と廊下と玄関の掃除、陸は庭──」
「まだ暑いよ!?」
「──で、俺は水周り含めてその他全部ってとこだな。」
熱中症になったらどうするのかと抗議する陸を無視して役割分担を終えた輝に、ベッドから降りた優羽は手渡された雑巾を受けとる。
何はともあれ、一難さりそうなことに人知れず優羽はホッと胸を撫で下ろした。
「あ。輝、窓の上のほう届かないかも。」
気を取り直して掃除する意欲をみせた優羽は、バカでかい窓を見上げながら首をかしげる。
届かないどころか、こんなものを一枚、一枚手でふいていたら何年かかっても終わりそうにない。
「そんなあなたにこれ一台、窓拭きロボット、ピカリン。」
ドーンと突然何の前降りもなくCMじみた歌を奏でる輝に、優羽の無言の態度は何を訴えるのか。
「輝のネーミングセンスって、前から思ってたけどひどすぎない?」
「そうか?」
「そうだよ。ね、優羽。」
「えっ?!」
そこで振られても困る!!
曖昧な表情で優羽は空笑いのまま、輝からピカリンをもらい受けた。
名前はともあれ、内側と外側から窓を挟むように引っ付けてスイッチを押すだけという、なんとも便利な機械がこの世にはあるらしい。感心しながらその機械を見つめていた優羽は、今の会話の中に聞き逃せない部分を見つけて顔をあげる。
「もしかして、これ輝が作ったの!?」
「おう。さっきのゴーゴー君2号も俺が作った。」
「ほんとに!?」
スゴいと純粋に目を輝かせる優羽に、輝はまんざらでもないのか嬉しそうな笑顔をみせた。
「天才発明家の俺に作れねぇもんはねぇ!」
「自称じゃん。」
キラキラとした瞳を向ける優羽と鼻高々に笑う輝の間に、体を滑り込ませながらムスッとどこかいじけた顔の陸が割り込んでくる。
「優羽、あまり輝をのせないほうがいいよ。」
「えっ?」
「話しだけで日がくれちゃうから。」
そう言った陸は持ったままだった卑猥な玩具を輝の手に押し付けると、優羽に軽いキスをして部屋を出ていった。
パチパチと目を瞬かせてその姿を見送った優羽は、ハッと再び手を止めいたことに気づいて体を動かしはじめる。
ピカリンを設置すると独特な機械の音がして、汚れた窓をキレイにしていってくれた。
───────────
─────────
──────
「これで最後──だっ。」
ピッと軽い電子音をたててから、ピカリンが最後の窓の掃除を終えた。
廊下はゴーゴー君2号も先ほど役目を終えたのか静かになったし、広い玄関も納得がいく仕上がりになったはずだ。
誰が見てもピカピカだと言ってくれるだろう。
「もう七時半だけど陸、大丈夫かな?」
日が長くなった夏の空も、さすがに暗く熱が冷め始める。
汗ばむ肌にじっとりとした熱気は相変わらずだが、この屋敷内以上に暑いだろう庭で作業している姿を想像すると不安になった。
「輝も大丈夫かな?」
結局、家の中のほとんどを担ってくれた輝も心配だった。
半端じゃない数の部屋をひとりで掃除していることを思うと、断られたとはいえ手伝った方がよかったように思う。
「あっつーーーい!」
「あっ、陸。お疲れさま。」
「あれ、優羽。まだ終わってなかったの?」
「ううん。ちょうど終わったとこ。」
シャツの端で汗をぬぐいながら玄関を入ってきた陸に、優羽は笑顔を向ける。
けれど、めくりあげられた服の隙間から見えた陸の均整の取れた筋肉質な肌に、思わず優羽の視線が脇へとそれる。
「優羽もお疲れさま。」
のぞきこむように笑顔を向けてくる陸に、優羽は少し赤くなった顔を縦にふった。
「おっお疲れ様…です。」
「ノド乾いたぁ。輝はまだやってんのかな?」
「さぁ、たぶんもう終わってると思うんだけど。」
「今日の晩ごはん何かなぁ?」
「何にしよっか?」
綺麗になった廊下を陸と並んで歩きながら、優羽は輝を探す。
まだクーラーが効いていないのか、少し動くだけで伝う汗に思わずふらついた。
「何か冷たいのがいいね。」
ふらついた身体を咄嗟に支えてくれた陸にお礼を言いながら、優羽は夕食の提案をする。
「ッ?!」
支えてくれたいた陸がグイッと手を引いたせいで、優羽はぐらっとバランスを崩して壁に背中を打ち付けた。
どうしてこうなっているのかわからない。
「熱、あるんじゃない?」
「えっ───ッンッ?!」
情熱に揺らめく瞳に見つめられながら、陸の甘い口づけが降ってくる。
熱を測るのであれば、おでこを重ね合わせるだけでいいはずなのに、絡まる舌に別の熱が混み上がる。
逃げ場のない背後の壁に縫い付けられるように、優羽の身体は陸に押さえつけられて食べられていた。
「ッあ……~っり…くッ」
クチュクチュと脳に響く生暖かい舌の音が妙に背筋を泡立たせる。
わずかにもれる吐息が、二人の欲情の高さを物語っていた。
「ダメッ…あッ…~…りクッ!」
「あっつー。これ絶対熱あるよね?」
廊下でこれ以上の進行は認めないと、抵抗を見せた甲斐はむなしく、優羽は壁に押さえつけられたまま陸の指に検温される。
グチッと指の根本までゆっくり差し込んでくる陸に思わず優羽の腰は浮くが、立ったままではつま先立ちが限界。
「アッ…ひっあ…~っメッ」
小刻みに震えながら受け入れていく優羽の唇に触れるか触れないかの距離で陸が微笑んでいるのがわかる。
その熱に支配された瞳に覗きこまれると抗えなくなる。
受け入れてしまう。
「あッ…り……陸ッ……」
「優羽、ほら力抜いて。」
「ンッ…あッ!?」
陸の服をつかむ手に力がこもっていく。
重なり合う唇からもれる声も、不規則に動きはじめた陸の指も、徐々に卑猥な音を響かせ始めていく。
「ねぇ。優羽の熱、僕に全部ちょーだい?」
クスクスと笑う陸の瞳が近すぎて、知らずに顔が熱を増す。
その瞬間に激しさを増した指の動きに、優羽は完全に身体を陸にゆだねた。
「やァっ…り…くッぅ…アァッァァ──」
「いいからイキなよ。汚したって僕が代わりに怒られてあげるから。」
「───ッ?!」
どうしてそんなに気持ちよくなるツボを知っているのか、押さえつけられた陸の指に優羽の体はビクンッと大きく弾む。
「ヤッ?!」
目を開いて大きく顔を歪ませた優羽の反応に、陸は肩に食い込んでいく女の爪痕を堪能する。
深く差し込んだ指の抜き差しだけで絶頂を迎えた優羽の声が、広い廊下を走り抜けていった。
陸のせいでキレイになったばかりの床に体液が飛沫して後を残していく。
汗と誤魔化せなくはないが、明らかに欲にまみれた匂いがそれを否定している。
「早速、汚してんじゃねぇよ。」
「ふぁッ!?」
顔をむけた先にたたずむ姿に驚いた優羽の下肢が、陰湿な音をたてて陸の指を産んだ。
廊下の中央に立っていた輝があきれ顔のまま近寄ってくると、陸は腕の中から優羽を解放する。
「優羽に熱があるのか測ってただけだもん。」
「だもんじゃねぇよ。今冷房入れたから、じきに涼しくなんだろ。」
ふらついた優羽を支えながら口をとがらせた陸に、輝はますます呆れた顔を見せる。
宣言通り怒られ役を勝手出てくれたのかどうかは判断つきにくいが、そもそも優羽が彼らに怒られた記憶はない。
しかし、まともに顔をあげられない優羽は火照った顔のまま下をむいていた。
「優羽も我慢しろ。」
ポンっと頭に乗せられた輝の手に、優羽の肩がびくりとはねる。
本当に顔を上げられないほど恥ずかしい。
無抵抗なまま誰が通るかわからない廊下ではしたない声をあげるなど、ここに来る前までは考えることすらなかった現実に時々目眩がしそうになる。
「僕、無理ぃ。我慢できない。」
「お前なぁ……おっ、そういやさっきイイもん発見したぜ。」
「えっ、なになに~?」
ブルッと快楽を内に秘めた優羽は、輝の言うイイものと、陸の楽しそうに弾む声に顔をあげる。
「開かずの間。」
それはどうやらここには無いらしく、ドキドキと胸を膨らませながら、優羽は陸と一緒に輝の後を追った。
「見ろ、すげぇだろ。」
どうだと言わんばかりに案内された部屋には、端から端まで服の山だった。それも何故かここの住民に必要のないものばかりがそろっている。
「カギ閉め忘れたんだろうな。」
いたずらに笑っている輝につられて、陸も優羽もぞろぞろとその開け放たれた室内に侵入する。
「これって、晶の変態コレクションじゃん。」
「えっ? 変態?」
「うん。あの人、意外に変態だから。」
笑顔で兄を変態呼ばわりした陸も人のことは言えないだろうと思いながらも、この部屋を見てしまったからには素直にうなずくほかない。
有名どころの学校の制服はもちろんのこと、メイドや看護師、はたまた宇宙服など、いったいどうやって手に入れたのかわからない制服まであった。
「コスプ……レ?」
何畳あるかはわからないが、窓のない部屋は特別なウォークインクローゼットと言っても過言ではない。
晶の性格なのかキチンと整理整頓はされているが、その数は隙間がないほど埋まっている。
「優羽のこと、着せ替え人形と間違えてるんじゃない?」
「あながち否定できねぇな。」
苦笑し合う兄弟に、驚いた優羽の顔がむく。
「えっ!? 私?」
「他に誰が着るんだよ。」
「………。」
「あっ、ねぇねぇ。優羽、これ着てみてよ。」
輝の言葉に顔をひきつらせていた優羽のもとに、陸が一着の制服を持って駆けつけてくる。
数百種類におよぶ服の中で、一番まともに見える服を選んだ陸を優羽は不思議そうに見つめた。
「これ?」
「うん。僕が通う高校の制服。」
「ま、俺らは全員通ってたんだけどな。」
どおりでどこかで見たことのある気がしたと思ったはずだ。
紺のブレザーにチェックのスカートは、陸が学校に着ていく制服と作りが似ている。
これなら別に着るくらい訳はない。
「いいよ。着てあげる。」
笑顔で陸の手から制服を受け取った優羽は、楽しみにしてると部屋を出ていく二人を見送った。
パタンと閉じられた室内を見渡して、本当に陸が選んだものがこれでよかったと思う。
極力視界にいれないようにしているものの、奥の方に見える布が少ない紐のようなものを持ってこられたらたまったもんじゃなかった。
「でも実は、ひそかに憧れてたりして。」
もちろん紐にではなく試着中の制服。
高校はあきらめたが、制服は一度くらい着てみたいと思っていた。
「ん~、こんな感じかな?」
サイズがピッタリだったことはあえて何も考えないでおこうと思ったのは、最初に服を脱ぐ段階の話。
いざ着てしまえば、鏡にうつった自分の姿にまんざらでもないと思う。
年齢で言えば高校生ではないが、掃除のためにくくりあげていた髪をおろして整えれば、ちゃんとそれなりの女子高生に見えた。
「でも見せるってなったら、緊張する。」
別に恥ずかしい恰好をしているわけでも、させられているわけでもないのに、外で待っている二人を呼ぼうとする声が震える。
笑われたりしないだろうかと、不安そうに最終チェックをし直してから、優羽は意を決して二人を中に招き入れた。部屋に入るなり目を見開いて息を飲んだ二人に、若干不安がよぎる。
「ダメ……かな?」
やっぱり現在進行形で青春を謳歌している現役高校生を目の前にすると、たった二歳の差が大きく感じる。案外悪くないと思った出来映えも、冷静な目で見れば評価はしがたいのかもしれない。
「あれ。あぁ、そっか。」
どうしてパジャマでなく、服を着たまま寝ているのだろうとベッドの上で今朝の出来事を思い出した優羽は、ひとりゴロンと寝がえりをうつ。
「ッ!?」
すっかり忘れていた。
目の前の卑猥な物体を目にしたせいで、寝ぼけていた頭が覚醒すると、優羽は慌てて跳ね起きた。時計を見ると、もう夕方の四時をまわっている。
みんなは何をしているのだろうと思いを巡らしたところで、戒に押しつけられた仕事を思い出した。
「ど…っどど、どうしようこれ。」
あまりの恥ずかしさに触ることはおろか、目をむけることすら出来ずに優羽は"それ"と対面しながらベッドの上に座りなおす。
「せめて何かに入れないと。」
このままではどうにもならない代物を封じるためのものを探して部屋を見渡すと、ちょうどいい具合に布の袋が見つかった。
「これだったら中身も見えないし、直接触らなくてもいいから大丈夫かも。」
うんっと、ひとり納得した優羽は、次の瞬間にがっくりと肩をおとす。
よく見なくてもグロテスクなそれは、出来ることならこのままゴミ箱へ直行させたい。
「はぁ。よし、やるぞ!」
極力見たくないし、触りたくない。
横目にそれをとらえながら無駄に精神が消耗されていく。
「優羽、そろそろ起きろよ。」
「キャアアァッァッァァ!!」
「───ッなんだよ、起きてんじゃねぇか。」
心臓が飛び出すくらいビックリした優羽の悲鳴に、輝は高鳴りのする耳を押さえながら顔をしかめる。
「何してんだ?」
「なッなななな何もっ!別に何もない!」
突然顔をのぞかせてきた輝に、あわてふためく優羽の声が裏返る。
間一髪で卑猥な物体に覆い被さることに成功したが、あきらかに変な態度なのは一目瞭然。ベッドの上でおかしな体制をとっている優羽を不審な目で見つめた輝が何を思ったのかは知らないが、乙女の部屋へ無断で侵入するなり、彼はぐるりと部屋を見渡して、いつもの調子で手招きをした。
「どーでもいいけど、起きたら手伝え。」
「てっ手伝うって、何を!?」
かつて輝にさせられた"お手伝い"はろくなものじゃなかったと、優羽の顔がひきつる。
加えて、輝に"感想つき"で返却しなくてはならない物体を身体の下で感じている優羽は、ドキドキと早鐘をうつ心臓の音を聴きながら輝の答えを待った。
「大掃除に決まってんだろーが。」
「は? えっ? 掃除?」
予想だにしていなかった返答に、優羽は理解が追いつかない。けれど、すぐに先ほどから響いていた音の正体が掃除機だったことに気づいて「なるほど」とうなずいた。
「それで大きな音がしてるのか。」
「あ、もしかして起こしたか?」
だったら悪かったなと、輝は悪びれもせず謝った。
掃除機云々よりも、どちらかと言えば輝の創作物に目は覚めたと言いたいところだが、ここはあえて黙秘しておくことに越したことはない。
ふるふるとおかしな体制のまま、首を振ることだけで優羽は輝に大丈夫だという意思を伝えた。
「空気の入れ換えしてるから、着替えたら窓あけろ。」
防音効果も底抜けに響くほどの正体は、どうやら家中の扉や窓を開け放っているせいらしい。
そのせいで優羽の部屋にも、じっとりとした熱気は流れ込んでくる。
「小さいやつじゃ追いつかねぇからな。うるさいけど、我慢しろ。」
変な体制でまばたきする優羽に苦笑しながら輝は廊下を指差した。
あけられた部屋のドアの向こうで、輝の後ろを巨大な掃除機が音を荒げながら通り過ぎていくのが見える。
「………。」
見間違いではないらしい。
あれを掃除機と呼んでいいのかどうかはわからないが、まるで小さな車のような大きさを誇る機械に優羽は言葉を失った。
「こいつだけでも丸一日がつぶれるってのに、全員出はらってるから手が足りねぇんだよ。」
「え?」
輝以外に誰も家にいないのかと、優羽は首をかしげる。
「晶と戒は買いだし。まぁ陸は、お勉強中だけどな。」
「正確には、"だった"だけど。」
「「陸っ!?」」
いつの間にそこにいたのだろうと、輝と優羽は同時に笑顔を見せる陸に顔をむけた。
「もういいのか?」
「よくいうよ、わざとあんなもの引っ張って来て邪魔したくせに。」
あんなものとは、たぶんさっき通って行った掃除機のことだろう。
ことわりもなく部屋に入ってくるのはどうかと思うが、あきらめたように肩を落とす陸が相手では何も言えない。
たしかにこの騒音と暑さに支配された家の中は、勉強できる環境とは思えなかった。
勉強の邪魔をしてしまって大丈夫なのだろうかと、優羽が不安そうな顔をしたのは一瞬だけ。
「あっ、これでしょ。輝が戒に渡した試作品って。」
必死に隠していたものを近寄ってきた陸に取り上げられて凍りつく。
どうして隠しているのがわかったのか、無遠慮にシーツと優羽の体の間に腕を突っ込んだ陸は、誰の断りもなしにそれを高々に引っ張りあげたのだからたまったものじゃない。
「っ?!」
一瞬思考が止まったが優羽はすぐに顔を赤くして、笑顔で玩具と優羽を見比べる陸に手を伸ばした。
「ヤッ?!ダメッ!」
「おい、こら。」
奪い返そうと急いで伸ばした優羽の腕は、寸でで輝に取り押さえられる。
同時に一歩下がった陸の動きも重なって、中途半端に腰を浮かせたまま優羽はベッドの上で膝をついた。
「貴重な試作品を壊しちまったら意味ねぇだろ。」
悲しいかな男の力に抵抗むなしくねじ伏せられた優羽の瞳は、にじりあげた先で二人の男が楽しそうに光る顔をうつす。
ただからかっているだけにも見えるが、この二人のことだ。
いつ、本気になるかわからない。
「かっかえしてッ───」
真っ赤な顔のまま返却を求めた優羽に、輝と陸は顔を見合わせて口角をあげた。
「これ俺のだから。」
「───ッ?!」
言われてハッと気づいたが、時すでに遅し。
滑降の揚げ足を自分でとってしまった以上、逃げ場はどこにもない。
「これがそんなに気に入ったか?」
「───ちっちがうッ!!」
「それじゃぁ、今すぐはめてあげるよ。」
「ッ!!?」
輝と陸を交互に見ていた優羽の視線が、最後に陸の手に掲げられているものをとらえて大きくそれる。
冗談だと思いたいが、冗談じゃなさそうな雰囲気に知らずに身体が震えた。
「~~っ、くしゅん。」
「「………。」」
輝に腕を抑えつけられた状態でくしゃみをした優羽に二人のあきれた息がかかる。
これからと言うときに、空気が読めないやつ。なのか、そんな格好で寝てるからだろなのかはわからないが、はぁとわざとらしく吐かれたタメ息に胸が痛い。
「とりあえず、先に掃除を終わらせるか。」
「そうだね。優羽に風邪引かせるわけにはいかないしね。」
一時休戦とばかりに本来の役目を思い出した輝と陸に解放された優羽は、その安堵からか再びくしゃみに襲われる。
「まさか、もう風邪ひいちゃった?」
「ッ!?」
ん~と、おでこを合わせてくる陸の顔が近すぎて、優羽は更に顔が赤くなるのを感じた。
熱はないはずなのに、全身が変に熱い。
「あっれぇ~やっぱ熱あるんじゃないの?」
いたずらに笑う陸に、優羽は首を横に振って答える。
これ以上ない接近が無駄に鼓動を早くさせていた。
「熱がでたら、いつでももらってやるから心配すんな。」
「ッ?!」
それはもっと熱が出そうな気がする。
夏風邪はこじらせると後が大変だと聞いたことはあるが、別の意味で大変になりそうだと、優羽は片手でわざとらしく顔をあおぐ。それをどこか楽しそうに横目で見た輝は、腰に手を当てて掃除の割り振りを唱え始めた。
「優羽は窓と廊下と玄関の掃除、陸は庭──」
「まだ暑いよ!?」
「──で、俺は水周り含めてその他全部ってとこだな。」
熱中症になったらどうするのかと抗議する陸を無視して役割分担を終えた輝に、ベッドから降りた優羽は手渡された雑巾を受けとる。
何はともあれ、一難さりそうなことに人知れず優羽はホッと胸を撫で下ろした。
「あ。輝、窓の上のほう届かないかも。」
気を取り直して掃除する意欲をみせた優羽は、バカでかい窓を見上げながら首をかしげる。
届かないどころか、こんなものを一枚、一枚手でふいていたら何年かかっても終わりそうにない。
「そんなあなたにこれ一台、窓拭きロボット、ピカリン。」
ドーンと突然何の前降りもなくCMじみた歌を奏でる輝に、優羽の無言の態度は何を訴えるのか。
「輝のネーミングセンスって、前から思ってたけどひどすぎない?」
「そうか?」
「そうだよ。ね、優羽。」
「えっ?!」
そこで振られても困る!!
曖昧な表情で優羽は空笑いのまま、輝からピカリンをもらい受けた。
名前はともあれ、内側と外側から窓を挟むように引っ付けてスイッチを押すだけという、なんとも便利な機械がこの世にはあるらしい。感心しながらその機械を見つめていた優羽は、今の会話の中に聞き逃せない部分を見つけて顔をあげる。
「もしかして、これ輝が作ったの!?」
「おう。さっきのゴーゴー君2号も俺が作った。」
「ほんとに!?」
スゴいと純粋に目を輝かせる優羽に、輝はまんざらでもないのか嬉しそうな笑顔をみせた。
「天才発明家の俺に作れねぇもんはねぇ!」
「自称じゃん。」
キラキラとした瞳を向ける優羽と鼻高々に笑う輝の間に、体を滑り込ませながらムスッとどこかいじけた顔の陸が割り込んでくる。
「優羽、あまり輝をのせないほうがいいよ。」
「えっ?」
「話しだけで日がくれちゃうから。」
そう言った陸は持ったままだった卑猥な玩具を輝の手に押し付けると、優羽に軽いキスをして部屋を出ていった。
パチパチと目を瞬かせてその姿を見送った優羽は、ハッと再び手を止めいたことに気づいて体を動かしはじめる。
ピカリンを設置すると独特な機械の音がして、汚れた窓をキレイにしていってくれた。
───────────
─────────
──────
「これで最後──だっ。」
ピッと軽い電子音をたててから、ピカリンが最後の窓の掃除を終えた。
廊下はゴーゴー君2号も先ほど役目を終えたのか静かになったし、広い玄関も納得がいく仕上がりになったはずだ。
誰が見てもピカピカだと言ってくれるだろう。
「もう七時半だけど陸、大丈夫かな?」
日が長くなった夏の空も、さすがに暗く熱が冷め始める。
汗ばむ肌にじっとりとした熱気は相変わらずだが、この屋敷内以上に暑いだろう庭で作業している姿を想像すると不安になった。
「輝も大丈夫かな?」
結局、家の中のほとんどを担ってくれた輝も心配だった。
半端じゃない数の部屋をひとりで掃除していることを思うと、断られたとはいえ手伝った方がよかったように思う。
「あっつーーーい!」
「あっ、陸。お疲れさま。」
「あれ、優羽。まだ終わってなかったの?」
「ううん。ちょうど終わったとこ。」
シャツの端で汗をぬぐいながら玄関を入ってきた陸に、優羽は笑顔を向ける。
けれど、めくりあげられた服の隙間から見えた陸の均整の取れた筋肉質な肌に、思わず優羽の視線が脇へとそれる。
「優羽もお疲れさま。」
のぞきこむように笑顔を向けてくる陸に、優羽は少し赤くなった顔を縦にふった。
「おっお疲れ様…です。」
「ノド乾いたぁ。輝はまだやってんのかな?」
「さぁ、たぶんもう終わってると思うんだけど。」
「今日の晩ごはん何かなぁ?」
「何にしよっか?」
綺麗になった廊下を陸と並んで歩きながら、優羽は輝を探す。
まだクーラーが効いていないのか、少し動くだけで伝う汗に思わずふらついた。
「何か冷たいのがいいね。」
ふらついた身体を咄嗟に支えてくれた陸にお礼を言いながら、優羽は夕食の提案をする。
「ッ?!」
支えてくれたいた陸がグイッと手を引いたせいで、優羽はぐらっとバランスを崩して壁に背中を打ち付けた。
どうしてこうなっているのかわからない。
「熱、あるんじゃない?」
「えっ───ッンッ?!」
情熱に揺らめく瞳に見つめられながら、陸の甘い口づけが降ってくる。
熱を測るのであれば、おでこを重ね合わせるだけでいいはずなのに、絡まる舌に別の熱が混み上がる。
逃げ場のない背後の壁に縫い付けられるように、優羽の身体は陸に押さえつけられて食べられていた。
「ッあ……~っり…くッ」
クチュクチュと脳に響く生暖かい舌の音が妙に背筋を泡立たせる。
わずかにもれる吐息が、二人の欲情の高さを物語っていた。
「ダメッ…あッ…~…りクッ!」
「あっつー。これ絶対熱あるよね?」
廊下でこれ以上の進行は認めないと、抵抗を見せた甲斐はむなしく、優羽は壁に押さえつけられたまま陸の指に検温される。
グチッと指の根本までゆっくり差し込んでくる陸に思わず優羽の腰は浮くが、立ったままではつま先立ちが限界。
「アッ…ひっあ…~っメッ」
小刻みに震えながら受け入れていく優羽の唇に触れるか触れないかの距離で陸が微笑んでいるのがわかる。
その熱に支配された瞳に覗きこまれると抗えなくなる。
受け入れてしまう。
「あッ…り……陸ッ……」
「優羽、ほら力抜いて。」
「ンッ…あッ!?」
陸の服をつかむ手に力がこもっていく。
重なり合う唇からもれる声も、不規則に動きはじめた陸の指も、徐々に卑猥な音を響かせ始めていく。
「ねぇ。優羽の熱、僕に全部ちょーだい?」
クスクスと笑う陸の瞳が近すぎて、知らずに顔が熱を増す。
その瞬間に激しさを増した指の動きに、優羽は完全に身体を陸にゆだねた。
「やァっ…り…くッぅ…アァッァァ──」
「いいからイキなよ。汚したって僕が代わりに怒られてあげるから。」
「───ッ?!」
どうしてそんなに気持ちよくなるツボを知っているのか、押さえつけられた陸の指に優羽の体はビクンッと大きく弾む。
「ヤッ?!」
目を開いて大きく顔を歪ませた優羽の反応に、陸は肩に食い込んでいく女の爪痕を堪能する。
深く差し込んだ指の抜き差しだけで絶頂を迎えた優羽の声が、広い廊下を走り抜けていった。
陸のせいでキレイになったばかりの床に体液が飛沫して後を残していく。
汗と誤魔化せなくはないが、明らかに欲にまみれた匂いがそれを否定している。
「早速、汚してんじゃねぇよ。」
「ふぁッ!?」
顔をむけた先にたたずむ姿に驚いた優羽の下肢が、陰湿な音をたてて陸の指を産んだ。
廊下の中央に立っていた輝があきれ顔のまま近寄ってくると、陸は腕の中から優羽を解放する。
「優羽に熱があるのか測ってただけだもん。」
「だもんじゃねぇよ。今冷房入れたから、じきに涼しくなんだろ。」
ふらついた優羽を支えながら口をとがらせた陸に、輝はますます呆れた顔を見せる。
宣言通り怒られ役を勝手出てくれたのかどうかは判断つきにくいが、そもそも優羽が彼らに怒られた記憶はない。
しかし、まともに顔をあげられない優羽は火照った顔のまま下をむいていた。
「優羽も我慢しろ。」
ポンっと頭に乗せられた輝の手に、優羽の肩がびくりとはねる。
本当に顔を上げられないほど恥ずかしい。
無抵抗なまま誰が通るかわからない廊下ではしたない声をあげるなど、ここに来る前までは考えることすらなかった現実に時々目眩がしそうになる。
「僕、無理ぃ。我慢できない。」
「お前なぁ……おっ、そういやさっきイイもん発見したぜ。」
「えっ、なになに~?」
ブルッと快楽を内に秘めた優羽は、輝の言うイイものと、陸の楽しそうに弾む声に顔をあげる。
「開かずの間。」
それはどうやらここには無いらしく、ドキドキと胸を膨らませながら、優羽は陸と一緒に輝の後を追った。
「見ろ、すげぇだろ。」
どうだと言わんばかりに案内された部屋には、端から端まで服の山だった。それも何故かここの住民に必要のないものばかりがそろっている。
「カギ閉め忘れたんだろうな。」
いたずらに笑っている輝につられて、陸も優羽もぞろぞろとその開け放たれた室内に侵入する。
「これって、晶の変態コレクションじゃん。」
「えっ? 変態?」
「うん。あの人、意外に変態だから。」
笑顔で兄を変態呼ばわりした陸も人のことは言えないだろうと思いながらも、この部屋を見てしまったからには素直にうなずくほかない。
有名どころの学校の制服はもちろんのこと、メイドや看護師、はたまた宇宙服など、いったいどうやって手に入れたのかわからない制服まであった。
「コスプ……レ?」
何畳あるかはわからないが、窓のない部屋は特別なウォークインクローゼットと言っても過言ではない。
晶の性格なのかキチンと整理整頓はされているが、その数は隙間がないほど埋まっている。
「優羽のこと、着せ替え人形と間違えてるんじゃない?」
「あながち否定できねぇな。」
苦笑し合う兄弟に、驚いた優羽の顔がむく。
「えっ!? 私?」
「他に誰が着るんだよ。」
「………。」
「あっ、ねぇねぇ。優羽、これ着てみてよ。」
輝の言葉に顔をひきつらせていた優羽のもとに、陸が一着の制服を持って駆けつけてくる。
数百種類におよぶ服の中で、一番まともに見える服を選んだ陸を優羽は不思議そうに見つめた。
「これ?」
「うん。僕が通う高校の制服。」
「ま、俺らは全員通ってたんだけどな。」
どおりでどこかで見たことのある気がしたと思ったはずだ。
紺のブレザーにチェックのスカートは、陸が学校に着ていく制服と作りが似ている。
これなら別に着るくらい訳はない。
「いいよ。着てあげる。」
笑顔で陸の手から制服を受け取った優羽は、楽しみにしてると部屋を出ていく二人を見送った。
パタンと閉じられた室内を見渡して、本当に陸が選んだものがこれでよかったと思う。
極力視界にいれないようにしているものの、奥の方に見える布が少ない紐のようなものを持ってこられたらたまったもんじゃなかった。
「でも実は、ひそかに憧れてたりして。」
もちろん紐にではなく試着中の制服。
高校はあきらめたが、制服は一度くらい着てみたいと思っていた。
「ん~、こんな感じかな?」
サイズがピッタリだったことはあえて何も考えないでおこうと思ったのは、最初に服を脱ぐ段階の話。
いざ着てしまえば、鏡にうつった自分の姿にまんざらでもないと思う。
年齢で言えば高校生ではないが、掃除のためにくくりあげていた髪をおろして整えれば、ちゃんとそれなりの女子高生に見えた。
「でも見せるってなったら、緊張する。」
別に恥ずかしい恰好をしているわけでも、させられているわけでもないのに、外で待っている二人を呼ぼうとする声が震える。
笑われたりしないだろうかと、不安そうに最終チェックをし直してから、優羽は意を決して二人を中に招き入れた。部屋に入るなり目を見開いて息を飲んだ二人に、若干不安がよぎる。
「ダメ……かな?」
やっぱり現在進行形で青春を謳歌している現役高校生を目の前にすると、たった二歳の差が大きく感じる。案外悪くないと思った出来映えも、冷静な目で見れば評価はしがたいのかもしれない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
572
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる