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第4話 水音の奏(カナデ)

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最近、戒(カイ)が家にいることが多い。
世間では、穏やかな初夏の始まりに長袖から半袖へと衣替えを始める頃だが、戒は大学へも図書館へも行かず、ここのところ毎日家にいた。
今日もよく晴れた金曜日だというのに、朝から戒はリビングで読書をたしなんでいる。


「戒は、勉強しなくていいの?」


ひょこっと、ソファーの背もたれから優羽は戒を覗き込む。
さらさらと音をたてそうなほど、艶やかな戒の髪がゆれ、読書の邪魔をした優羽をゆっくりと見上げた。


「優羽は、意外に失礼ですね。」


率直な優羽の質問に、戒は苦笑の声で答える。
今日も優羽は幸彦から贈られてきたらしいワンピースを着ているが、少し伸びた髪と焼けてない素肌が、ここに来たばかりの頃より、少しあか抜けて見えた。


「優羽こそ、暇そうですね。」

「え?」

「ここ数日観察していましたが、毎日ダラダラ過ごしていたようなので。」


うっ。と、言葉につまるのも無理はない。
パタンとわざとらしく読んでいた本を両手で閉じた戒をソファー越しに見下ろしながら、優羽は一歩後ずさる。


「少しは慣れましたか?」

「えっ?」

「緊張感が消えたみたいですから。」

「ッ!?」


ソファーに腰かけたまま、振り返った戒の視線にやられる。
黒というよりは濃紺にも見える戒の瞳の中に、赤く潤みを帯びた自分がうつってみえた。
キレイ
絵になるその斜めからくる視線に、優羽は射止められたように動けない。


「二人きりで見つめあって、何をしているのかな?」

「あっ、晶。おかえりなさい。」


優羽の金縛りを解いたのは、手を伸ばそうと少し体をひねった戒ではなく、ただいまと笑う晶だった。ふんっと、どこか冷めたように鼻をならして、戒は本の背表紙をなでる。
ピリッと、ほんの一瞬殺気が交差した気がしないでもないが、優羽は気づかない振りをしてソファーの背もたれに体重を預けた。


「戒がね、最近家にいるから少し心配してたの。」

「戒が心配?」

「うん。だって、大学の単位とるからって毎日のようにいなかったのに、ここ最近家にいるようになったから、なんでかなって。」


晶の疑問に優羽は、素直に首をたてにふる。
そもそも戒に声をかけたのは、何か言えない悩みをかかえているんじゃないかと、少し気になったからだった。


「戒。優羽が心配してくれているよ?」

「心配されるようなことは何もありません。」


ふんっと顔を背けた戒に、優羽は少し悲しそうに口を結ぶ。
ここ二ヶ月あまりで、大分くだけた関係を家族と築けるようになってきたのに、やっぱりまだ上手くまわらないところがある。
特に、普通の兄弟以上でも以下でもない戒と陸は、どこか空気がぎこちない。


「戒。優羽に当たるのはよくないよ。」

「晶のせいですよ。」

「はいはい。講義の調整を頑張った戒の邪魔をして悪かったよ。」


クスクスと笑う晶とどこかふてくされた戒。年の離れた美形兄弟のやりとりは、見ていて飽きない。
少しうらやましいと思う気持ちもあるが、どちらかといえば自分も早くその輪の中に溶け込みたかった。


「晶も戒もすごいね。」

「ん?」

「そんなにカッコよくて、頭もいいならモテるでしょ。」


くったくのない優羽の笑顔に、どこか白けた視線がふたつ向けられる。
たしかに浮き世離れした容姿と雰囲気のせいで言い寄ってくる女は後をたたないが、世間知らずとは実に怖いものだと、晶も戒もそろって息を吐き出した。


「優羽が思うほどモテませんよ。最初は物珍しくても、それが当たり前になれば次第に注目もされなくなります。」

「え。どうして?」


きょとんとして見つめてくる優羽に、晶と戒は顔を見合わせて何と答えればいいものかとお互いに困ったように笑う。
けれど、そのやりとりを見ていた優羽は、たまらなくなって抗議していた。


「だって私は、毎日みんなと一緒に暮らしてるけど、いつもカッコいいなって思うし、ドキドキしっぱなしだよ?」


世の女性たちもきっとそうだと、照れもせずに優羽は晶と戒の間に立つ。
何をどうしてそんなに悔しがるのかわからないが、すねたように口をとがらせて、モテることを認めさせようとする優羽に晶も戒と同時にクスッと笑い声をあげた。


「優羽は、本当に可愛いね。」

「相変わらずバカですよ。」

「え!?」


どうしていきなり自分の話題になるのかわからない。
晶と戒が二人がかりで頭を撫でてくるが、どうしてそういう扱いを受けているのか理解できない。


「もっもぉ、私じゃなくて!とにかく、私は魅壷家にこれて幸せだし、みんなのこと大好きだから!」


まるで捨て台詞のように、優羽は赤い顔のまま走り去った。
そうして収まらない動悸を感じながら、優羽は駆け込んだ自室でズルズルと壁にもたれてしゃがみこむ。


「い…言っちゃった。」


そのとき、ふと視線に飛び込んできたベッドに幸彦との情事を思い出して、また違う動機が心臓を動かし始めた。


「もぉ、やだぁ。」


忘れたくても、脳に焼き付いて忘れられない。
嫌だと涙を流しながら抵抗していた自分が過去のものになってしまったかのように、体が熱くなってくる。

記憶以上に、身体が鮮明に男を記憶していた。

囁かれた吐息も交わされた口づけも、強引に突き抜ける快楽でさえ、本人無き今も優羽を犯していく。
一体自分の体はどうしてしまったのだろう。
あれだけ怖かったのに、もう絶対イヤなのに、幸彦の声、晶の温もり、輝の視線を感じる度に、心臓ではない女の欲情が刺激される。忘れたくても忘れられない、快楽と匂いが疼く体に甘い吐息を走らせる。

──足りない──


「これじゃ本当の変態だよぉ。」


ひとり自室の扉の内側で三角座りをしながらブツブツ赤面する優羽を誰も知らない。

無駄のない身体。
きめ細かな肌と近くで見ても非の打ち所のない顔。
耳に低く残る声。
片手で簡単に自由を奪う力強さと、意識をとばすほどの快感。

戒に暇を指摘された優羽は、暇な一日の大半を勝手な妄想を追い払うことについやしていた。


「もぉ、ヤダ。」


恥ずかしくて、どうにかなりそうだ。
幸彦も晶も輝も気絶するほど抱いたくせに、あれ以来一度も抱こうとはしない。
こんなに火照る身体にしたくせに、無責任なのではないかと、半ば苛立ちさえ込み上げてくる。


「……っ……はぁ。」


手が自然に体を求める。
ダメだとわかっていても、一度沸いてしまった欲情を止められそうにない。


「……アッ……やっぱりダメっ!! 気分転換にシャワーでも浴びよう。」


伸ばしかけた手を強く握りしめながら引っ込めると、優羽はスッと立ちあがって自室を出た。
一度覚えてしまうと抜けられないことは、わかっている。
快楽とは、そういうものだ。

──優羽は、変態だな──


「──ッ!!? 輝のバカ!!」


その言葉が頭に響いて、優羽は赤面しながら用意したタオルをボンッと脱衣所に投げた。


「………鍵よしっ。」


やってきたのは、一階の大浴場。
自分の部屋にもユニットバスが備え付けられているし、各階にもシャワールームは存在するが、ここが一番気持ちを整理するにはふさわしい。
銭湯ばりの広さを誇る造りに、つくづく一般人の感覚を見失いそうになるがそれはそれ。
とにかく今は、体を落ち着かせたくてシャワーを浴びるのに、火照りの原因になる彼らに来てもらっては意味がなくなる。


「そうそう、仮にも家族なんだし。」


すでに関係を持ってしまった上の三人はともかく、下のふたりに至っては、"まだ"普通の家族だ。
変に悟られるわけにはいかない。


「うん、そうだよね。」


洗面台にある大きな鏡にうつる自分に言い聞かせるように大きくうなずくと、優羽はひとり服を脱いだ。
鏡にうつる体から、あの赤い印たちはもうすっかり姿を消している。


「よかった。跡のこらなくて。」


最初は、永遠に消えないんじゃないかと不安で仕方なかったが、時間がたつと消えるものだと知って、ひそかに安心したのを覚えている。
体の自由を奪った男たちの所有欲の証。


「体に残る感触も消えてくれたら苦労しないですむのになぁ。」


そうすれば、こんな真昼間からシャワーを浴びなくてすむのにと、優羽は盛大な息を吐きながら浴室のドアをくぐった。


「ッ!!?」


驚いたなんてものじゃない。
浴槽のドアを閉め、かかり湯でもしようと浴室に近寄ってかがんだ場所で目があった人物に、優羽の息は止まる。


「かっ……かかかか…戒ッ!!?」


浴槽につかりながら視線を向けてくる人物に、優羽は声にならない叫び声をあげた。


「ご…ごごごごめんなさいっ。」

「何がです?」

「は…入ってるなんて…しっ知らなかったんですぅ。」


すでにのぼせてしまいそうだった。

落ち着けないのに、落ち着いた戒の声に答えてしまうために、その場にしゃがみこんだまま動けない。そんな優羽の心境を知ってか知らずか、戒はクスクスと笑いながら浴槽のお湯をたたいた。


「早く入らないと風邪ひきますよ?」

「でっでも!」


どうやら驚きすぎて腰が抜けたらしい。
かがんだまま、ペタんと尻餅をついた優羽を覗きこむように、戒は浴槽のヘリまで近づいてくる。


「痕、ようやく消えたみたいですね。」

「ッ!?」


こんなに綺麗な笑顔は今まで一度も見たことがない。
自宅の風呂場で遭遇するとは思ってもいなかったが、美形はどういう場面で微笑んでも様になると、優羽の混乱した頭は戒の顔をじっと見つめていた。


「優羽、風邪引きますよ?」


少し困ったように、戒は固まったまま動かない優羽を急かすすためか、もう一度ぱしゃぱしゃと湯船をたたく。
戒が叩けば水面は音をたててゆれ、笑顔で手招きしながらも水で濡れた髪をかきあげる様は、妙に色っぽいからズルい。
ポタポタとおちる雫と、湯気で少し霞(カスミ)がかった空気。
これ以上直視出来ないと、許容範囲を超えて現実に戻ってきた優羽は、慌てて戒から視線をそらした。


「だっ大丈夫!!」

「何がですか?」

「戒が、あがるまで待ってるから!!」


直視出来ずに顔をそらしたまま、優羽は戒に背を向けるように体を反転させる。入る前に気付かなかった自分が悪いとはいえ、戒が浴槽の中にいてくれて良かったと思う。
広い屋敷に見合った広い浴室。
少し距離のある浴槽から優羽は丸見えかもしれないが、優羽からは戒の上半身しか見えなかった。


「……っ。」


年が近くても、戒が男なのだということを意識するには十分な衝撃だった。
穴があったら入りたい。
今ならたぶん恥ずかしさで死ねると、優羽はギュッと目をつぶって戒の答えを待った。


「もう、あがるから大丈夫ですよ。」


思わずゴクリとのどを鳴らした優羽の目の前で、戒は立ちあがろうと浴槽のふちに手をかける。


「ぅぁぁあッ。あっ…あがっちゃダメっ!!」


水面の音に緊張の糸がはち切れたのか、優羽は両手を戒の方へとつき出した。戒があがるまで待つと言っていた口が、戒にあがるなと命令する。
言ってることが支離滅裂なことは、自分でもわかっていた。
そんなことはわかっているけど、どうしたらいいかわからない。


「……~~っくしゅんッ!!」


変な姿勢のままくしゃみをした優羽に、クスクスと戒は笑う。


「だから、いったでしょう。風邪、ひきますよ?」

「あっ!」

「優羽が入ってくださらないと、こちらがのぼせてしまうんですが。」

「きゃあっ!?」


困ったように声を落とした戒の行動に、優羽の声が浴槽を反響した。


「こほっ。」


バシャンと大きく水が舞い、頭からお湯をかぶった優羽が軽く咳き込む。
人がひとり増えたことを浴槽からあふれたお湯がしらせていた。


「いらっしゃい。」

「か…戒っ!?」


その腕を引っ張って浴槽内に引きずり込んだ戒の腕が強くからみついてくる。
湯船に浮かぶお湯に濡れた身体が、ぬるぬると全裸であることを意識させた。


「ンッ!?」


急に込み上げてきた恥ずかしさに、大人しく息を潜めた優羽は、突然一気にのぼせてしまいそうな口づけに責められた。


「かっ…ぃ…ンッ……あ」


かすかな抵抗も、揺れる水音と室内にこもる熱が頭に拒否をおこさせない。
求められるままに舌を絡め、体を冷まそうと入った浴室の中で優羽は更に体を熱くさせていく。


「っん…か……戒」

「優羽。もっとこっちにきてください。」

「───ッ!!?」


ぐいっと、腰を引き寄せた戒の笑みに優羽の目が見開かれる。
無抵抗なまでに戒の口づけに身を任せていた優羽の体は、下腹部に深々と突き刺さった数本の指の存在を否定するかのように強く締め上げていた。


「こら、いけませんよ。」

「アッ!ひっ!?」

「優羽、そんなに締めたら痛いですよ。」


腰を抱きながら、まぶたに口付けてくる戒の声が優しい。
けれど心なしか、心底楽しそうに身体を抱く腕に力がこもっているようにも感じる。

逃げられない。

水の中で抵抗むなしく、優羽は戒にその身を囚われていく。


「これは水ですか?それとも──」

「ぅあッ!?…ヤッ…ちっ…ちがッ…イヤァ」

「──そうなんですか?おかしいですね。」


バシャバシャと、優羽の悲鳴と浴槽のお湯が音をたてて抵抗している。
悦びの声をあげながら浴槽内の水面を震わせる優羽の体のせいで、戒の声はかきけされそうになっていた。


「アッ…っ…ヤッ…ぬいてぇ…ヒぁッ」

「抜きませんよ。」

「イヤァっ!?」


強く抱え込まれた腰を引くことも叶わずに、秘部深くに侵入してくるお湯と指を優羽は必要以上に締めつける。
求めていた快楽。
欲しかった刺激に、優羽は上半身で抵抗を見せながらも、下半身は素直に戒を受け入れていく。


「痕が消えるのを待っていてあげたんですよ?」

「アッ…やっ戒……か…ぃ」

「欲しかったのでしょう?」

「ッ!?」


濡れた髪を捕まれ、舌をねじ込むほど熱い口づけと激しい愛撫。
五本しかないはずの片手の指は、戒にだけ特別に何十本もあるのではないかと錯覚するほど、優羽の秘部を暴虐していた。


「アッアッ…ああっ~はッあぁッ!?」


快楽を受けきれない優羽の爪が戒の肩をつかむ。
髪をつかんで上を向けられた顔に浴槽の天井がうつる。


「逃げたら痛いことしますよ。」

「ひっ!?あっアッアァァア」

「そう、いい子ですね。」


快楽から逃げようと、腰を引いた優羽を戒は恐怖で黙らせると、涙目で訴える優羽の声に嬉しそうに微笑んだ。
そもそも戒の膝の上にまたがっているせいで逃げるどころか、足を閉じることも叶わずに、優羽は目の前でほほ笑む戒に責められる。


「こんなことされてるのに優羽はまだ、わたしたちが"ただの兄弟として好き"なんですか?」

「ふぇ?──…ッ…そこっ……イヤァッ──」


限界だと身体は素直に反応しているのに、最後の抵抗とばかりに涙をたたえながら優羽は絶頂を否定する。
どう足掻いても彼らの腕からは逃げられないのに、この状況下でもなお理性を保とうとする優羽に戒の加虐心は増していく。


「答えるまでやめませんよ。」


優羽が嫌だと爪をたてる箇所を戒の指は何度も押す。
容赦なく責められる愛撫に、優羽は唇を噛みながら小さくうつむいていた。
必死に我慢する姿が、なんとも愛おしい。
体を震わせながら快楽の声をあげているにもかかわらず、優羽はその先を否定し続ける。


「アッ…か…戒…どっして…」

「我慢すればするほど、つらくなるのは優羽ですよ?」


まぁ、その方がわたしは嬉しいですがと、戒は弓なりにしなる優羽の胸を口に含んだ。
濡れた腰を引き寄せながら、全身を指と舌で犯していく。


「どうして、会ったこともないわたしたちを好きだと言えるのですか?」

「アッ…わか…な」

「わからなくはないでしょう?」


優羽の乳首に歯を当てながら戒はその顔を見上げる。先ほどからうってかわって、静かにうごめく指先に優羽の瞳からは知らずに涙がこぼれていた。


「あぁ、可愛いですね。」

「やァッ!?」

「求められれば誰でもよかったんですか?」

「ちがッ!ヤァッ!?」


首を横にふりながら、優羽の中はそうだというように戒の指を締め付ける。
幸彦に犯され、晶に犯され、輝に犯された乙女の蕾は、固く尖って水中で花を咲かせていた。


「自分でわからないほど、鈍い体ではないでしょう?」

「メッ…そ…れっダメッ!!」

「ここですか?おかしいですね。ダメなわりに押し付けてくるのは、優羽の方ですよ?」

「ヒッ!?」


苦しそうに息を荒げながら、優羽は首を横にふる。
それ以上やられると、もう耐えきれない。
絶頂を先伸ばしにしている分、体を襲う疲労感とこもる熱気に体力が失われかけていた。


「誰でもよくなッ!?」

「本当に、いい顔しますね。」


引き抜かれた指に、優羽の顔は怯えたように戒を見つめる。
荒く上下する息とだらけきった顔、涙をためた眼差しと震える身体。


「それで?」


彼らはいつだってそうだ。
息ひとつ乱さない。
捕食者たちは、食べられる獲物側が与えられる苦痛など何一つ知らない。


「誰でもよくな……い…」

「どうして?」

「そんなのわからない!だけど、怖かったけど嫌いになんてなれないの!一緒に過ごすほど、どんどんわからなくなっていくの。こんな気持ち知らない。初めてでどうしたらいいかわからないの。もぅヤメテ、戒。このままじゃ私、おかしくな──ッ!?」


ポロポロとせきをきったかのように、溢れ出した言葉が止まらない。
半分怒ったように叫ぶ優羽の声は、ドンッと突き放す前に戒に強く抱き寄せられた。


「家族のルールを覚えてますか?」

「あッ…か…ッかぃ」


耳元でささやく戒の声にともなって、優羽のほほに一筋の涙が伝っていく。


「そうです。すべてを隠さずに、素直になること。」

「戒…ッ──」

「優羽、守れますか?」


苦しい。怖い。
どんなに否定しても際限なく彼らに溺れていきそうで先が見えない。
けれど今、どうしても欲しいものがある。
望むことが許されるのなら。


「────戒が欲しい。」


助けてくれるなら、この不安定な心の叫びを取り除いてほしかった。


「わたしもですよ。」

「え?」


朦朧とする意識の中で、どこまで声に出ていたかわからないが、にこりと承諾した戒の声が浴室に反響する。


「やっと言いましたね。」


熱気でもうろうとする頭が、戒の顔をどこか泣いているように見せていた。
そして、その戒の嬉しそうな声に、優羽は引きずり出された本心を知る。

彼らのことが好き。

どうしてだろう、とても懐かしい。


「のぼせるには早すぎですよ、優羽。」

「ッ!?──…ヤダッ!!…あが…る…~っ。」

「そうですね。あがりましょう。」


案外、アッサリと身を引いた戒を優羽は不思議そうに見つめた。
多分、戒がいなくなったら溺れてしまうだろう優羽の体は、浴槽の中に全身の力まで溶けてしまったと思えるくらいに力が入っていない。
そんな優羽の体を抱えながら、戒は湯船からあがる。
あのまま続けられたら死んでいただろうと頭のスミで考えながら、優羽はその先を与えられなかったことに落胆している自分に驚いた。


「ひゃァァッァ!!?」

「そんなに欲しかったんですか?」


湯船の中から引き上げられた優羽の体は、そのまま戒の上に乗せられる。まさかそのまま突き刺されると思っていなかった優羽は、向かいあう戒の肩を強く握った。


「はい、手を放しましょうね。」

「ッあ!?」


支えを無くして少し持ち上げられた腰のまま、優羽の体は180度回転する。


「ヒャァッ!?」

「優羽は、1回1回おおげさですよ。ほら、それとって下さい。」

「~ッ?」

「まだ意識は、残ってているはずです。体を洗わないでどうするんですか。」


いきなり最奥までついておきながら、戒はその快楽に打ち震える優羽をいましめる。仕方のない子ですねと、後ろからかかる息が優しくて、優羽の欲情は刺激された。


「しっかり洗ってくださいね。」


もどかしい腰の違和感を振り払うかのように石鹸を手にとった優羽をみて、戒は満足そうにうなずく。
それからまた優羽の腰を持ち上げて180度回転させたあと、覚え込ませるように自身を深く挿入した。
恥ずかしくて直視さえできない。
内部に深く埋め込まれたものが、もどかしくて、もっともっと欲しくなる。
こんな状態で呑気に体なんか洗っていられない。


「優羽?」


石鹸を持ったまま赤面して固まる優羽をいいことに、戒はニヤリと顔を覗き込んでくる。
そして、優羽の手のひらごと石鹸を包んだ戒の両手は、ゴシゴシとリズミカルに動いていく。


「っあ。」


つながったままだからだろうか?

指をこすり合わせるだけで、なぜだかとてもイヤらしい気持ちになってくる。


「何してるんですか?」

「ッ!?」


ボーッと、戒が立たせる泡に包まれていく両手を見つめていた優羽は、その泡が腕をすべり、胸に撫で付けられたことで我に返った。
そんな優羽の反応に、戒の手はますます優羽の体を堪能するかのように動く。
つるつると泡に滑る肌の質感を楽しみながら、戒は快楽に抵抗する優羽を見上げた。


「ほら、優羽も洗ってください。」

「あっ…ヤッでっ……きな…~…ッ!?」

「出来ないことはないでしょう?早くして下さい。」

「ひャっそこ…ま……アッ!?」


つながっている箇所の分け目を広げられて、泡に埋もれた蕾をこすりあげられる。
ぬるっとした独特の感じが、こそばくて、もどかしい。


「ヒァッ!?」


つままれるようで、滑り抜けていく感覚の往復に、たまらず優羽は戒を強く抱きしめた。
素肌を直接触れられるのとは違う。
ぬるぬると違う生き物のようにはう戒の手に、体が勝手に動いてしまう。


「そんなに自分から腰を動かして。ああ、ダメですよ、まだキレイになってじゃないですか。」

「あぁッ…ヤッ──ッ!?」


石鹸のせいで、一度ついた反動が止まらない。
腰を押さえつけられながら、何度も割られた秘芽を擦りあげられ、耐えきれない快楽から逃げようと引いた腰を引き戻される。


「そんなに我慢できませんか?」

「あッ…ちがっ!?」


ジッと意地悪く笑われて、優羽の顔は誰が見てもわかるほど真っ赤に染まった。
そう言われてしまっては、意地でも動かせない腰のかわりに、中が戒のものを求めるようにうごめく。


「綺麗にしてるだけなのに、感じてるんですか?」

「ちッ…アっ…かぃ…っ…ッアァ」

「輝も言っていましたが、本当に優羽は変態ですね。」


戒に撫でられる肌が純粋に気持ちいい。
密着しているようで泡がへだてる微妙な感触が、肌と肌をこすりあわせるほどよく滑って男を深く誘っていく。
浅く。深く。
誰に教えられた訳でもないのに、優羽の腰は自然に動いていた。


「上手ですよ。ただ───」

「ヤッあ!?」

「───こうするともっとよくなります。」


グリッと、中をえぐるように腰を押さえつけた戒の頭を優羽は無意識に抱き寄せる。
ただ、戒の言葉はもうほとんど耳には入ってこなかった。
浴室に響く自分の声
跳ねる水音
触れる感触
そのすべてが本能を刺激する。
女であることが嬉しくて、苦しい。
もう溺れていることを感じ、逃げられないことを認めるしかなかった。


「せっかく綺麗にしてあげているのに、優羽はすぐに汚してしまいますね。」


荒い息で腰を大きく揺らす優羽を見上げながら、戒は笑う。


「こんなに男を求める体に開発されてしまって。」


クスクスと笑みを浮かべながら戒は、うつろに瞳を揺らす優羽の顔を両手で自分の方に向けさせる。


「ッ!?」


ドクンッと、全身の脈が止まった気がした。
水に濡れた綺麗な顔と余裕の眼差しが熱く蝕(ムシバ)んでくる。


「優羽は、いやらしい女ですね。淫乱で浅はかで愚かで救いようのないほど手を焼かせられるのに、なぜこんなにも心奪われるのかわかりません。」

「アッ、あっ戒ッ……~っ」

「汚したついでに、中まで汚してあげましょう。」

「んッ!」


ただ重ね合わせるだけのキスをした後で、いきなり始まった律動に優羽は大きく体をのけぞらせる。
自分の体重が重力に従って深く戒を押し込むと、それをはねのけるように戒は優羽を押し上げていく。


「アァッアッ…戒…ぅ…かッ──」

「優羽、そんなに気持ちいいですか?」

「──ぃ…やッ~…アァッ」

「もっと泣いてください。優羽の涙は美味しいですから。」


優しく体中に唇を落とす戒が、ポロポロとこぼれる優羽の涙に舌をはわす。

いいのだろうか。

もう戻れない。

本能が求めるままに彼らを受け入れてしまっては、もうどこにも逃げられない。


「か…い……こわぃ…よ……」

「ずっと傍にいますよ。優羽の傍から離れることはありません。」


だから怖がらないでと、優しく抱き締める戒の腕を優羽は強く握りしめた。
なぜかはわからない。
だけど、もうずっと前から知っている気がする。
その優しい声も腕も、息すらも出来ない、苦しい行為を────


「か…ッ…いアァァァッァ……ぅ…アッ!?」


───求めてる。


「優羽、締めすぎです。」

「戒ッ…ァ…あ…戒~ッ」

「そんなに可愛い姿を見せられれば、押さえられませんよ。」


何度も名前を呼んで求めてくる優羽に答えるように、戒も優羽の名を呼びながら本能のままに求める。


「か…いッ……アァッ…っ……」

「優羽。」


もう止められなかった。
この世の快楽を貪(ムサボ)るように腰が止まらない。
甘えられる限り、許される限り、全身で戒にしがみついて離れない優羽の声が、切なく浴室に反響していた。
湯船のお湯が水にかわってもなお、浴室にこもる熱気に鏡が曇る。


「か…ィっ…また…ヤァッ…イクッ…いっ…アァァッァ」

「優羽、愛してます。」


自然に逃げる優羽の腰を強く引き寄せて、戒は優羽を奥まで汚す。
ぐったりと途切れてイク意識の中で、ポタンと蛇口から落ちる水滴の音がやけに耳に響いた。

───────────
─────────
───────

意識を手放して瞳を閉じる優羽の体を抱えながら浴室を出た戒は、大きく深呼吸をする。


「妹だなんてふざけてますよ。」

「でも妹だから、だろ?」

「一生逃がさないための口実ですね。」


歪んだ愛情だとわかっていても優羽以外は必要ないんだから仕方がない。


「で、輝。鍵は、どうしたんです?」


優羽の体を拭きながら、何故かそこにいた輝に、戒は冷ややかな目をむける。
仕事場にこもっていたはずの人間が、わざわざ脱衣所にいる理由なんてひとつしか考えられないだけに苛立ちが増す。


「優羽が鍵をかけたはずですよ?」

「ああ、壊した。」


知っていて意図的に壊したと輝は笑った。
良好な笑みにも関わらず、その目が笑ってないばかりか、いつもより声のトーンがひとつ低い。あきらかに、相当機嫌の悪いことがうかがい知れた。


「途中で参加を思いとどまってくれてよかったですよ。」


ふっと、勝ち誇ったように戒は笑う。その顔がまた苛立ちをあおったのか、輝は舌打ちをかえした。


「あの状態で、参加するわけにいかねぇだろ。」


警戒も抵抗もなく身を委(ユダ)ねられることの幸せ。
名前を呼んで、求められるままに優羽を愛し、そして汚す。
そうしたくて叶わず、それが自分で無かったがための苛立ちで壊された扉。


「陸じゃなかっただけ有りがたく思うんだな。」

「いないことを承知の上に決まってるじゃないですか。」


馬鹿にしないで下さいと、馬鹿にしたように戒は優羽をバスタオルでくるみながら輝に言葉を返した。


「まだ、壊されるわけにはいきませんから。」


困ったように優羽を見つめたまま戒がため息を吐けば、今度は逆に輝が戒をバカにしたようにフッと嘲笑の息を吐く。


「たしかに"まだ"早ぇな。」

「輝、揚げ足を取らないでください。」


ムッとした顔で、戒は優羽から輝に視線をあげた。
その顔が珍しかったのか、一瞬輝の表情が驚きを見せたが、すぐにニヤッとからかいを含んだ笑みに変わる。


「やっと本気になったのかよ。」

「それは───」


少し言葉につまった戒は、ふいっと、輝から視線をそらせた。
その視線の先は、気を失ったままバスタオルにくるまれて、脱衣徐の長椅子に寝かせられている優羽へと向かう。


「───優羽の罪です。」


どこか切ない戒の声は、どうやら輝にだけ届いたらしい。


「俺らの罰でもあるけどな。」


戒の背中越しに優羽を見つめていた輝は、気まずそうに目を細めてから、近くの壁に背中を預ける体制をとった。


「まぁ、俺から言わせりゃ、戒も最初っから優羽のこと気に入ってたんだけどな。」

「涙が美味しかっただけです。」


ふんっと、どこか憤慨したのか、ふてくされた戒の態度に輝は苦笑する。


「で、自覚した感想は?」

「最悪です。」


不機嫌そうな視線は優羽の寝顔でわずかに癒されたらしく、戒は顔の表情をやわらげた。
水滴を残さず拭き取った優羽の体は、白くあどけなさを残し、乾ききらない髪がしなやかにかかっている。
それはひどく妖艶で儚く、壊れそうなほどに男を誘う。


「てか、晶は?」

「仕事です。」

「え、そうだっけ?」

「急患からご指名が入ったそうですよ。」


苦笑する戒に合わせて、輝も苦笑する。
晶はまだ医者になりたてで実績もないのに、長年働いている常勤医師よりもみる患者が多い。


「常識のねぇ、病人が世の中には多いからな。」


その光景が目に浮かんで、輝は苦虫を噛み潰したように、眉をしかめた。
今日は非番のはずで、帰宅していたはずの晶がいなくなることは、何も珍しいことではない。むしろ、インターンが終了し、呼び出しは減ったほうだと言っても過言ではない。どこに行っても、何をしていても、こっちの都合などおかまいなしにいつもそうだと、輝は盛大に息を吐きながら、気を失うまで戒に責められた優羽の元まで歩み寄ると、そっとその髪をなでた。


「んじゃ、優羽が起きるまで晩飯でも作るか。」

「起きないかもしれませんよ。」

「戒のせいだろ。」

「輝に言われたくないです。」


事情を知るふたりは、お互い様だと顔を見合わせて毒を吐く。
輝の方が無茶をしていただの、戒の方が優羽を責めすぎていたなど、たぶん起きていれば赤面必須な内容が眠る優羽の頭上を飛び交っていた。

いつ どこで 誰が ナニを

まるで覗いていたのかと疑えるほど、お互いの行き過ぎた行為の細部まで文句を言える輝も戒も端(ハタ)から見れば普通ではない。
狂っている。
一言でそう言い切れる思想も、彼らにとっては普通のこと。


「んっ。」


ふたりそろって、小さく身動ぎだ優羽に視線を落とす。数ヵ月前は少女だった優羽は、男を知って本人も無意識のうちに色香を放ち大人の女の顔をみせている。


「夢みたいだな。」


優羽を見つめる輝のまなざしのすべてが、愛おしそうにゆらめいていた。


「なぁ、このまま喰っちまってもいい?」

「馬鹿を言わないでください。」

「冗談に決まってんだろ。」


陸じゃあるまいしと、輝は怒りをあらわにする戒の頭を軽く撫でる。
それを片手で振り払いながら、戒はドライヤーを輝に投げて寄越した。


「優羽が風邪引くといけないので、早く髪、乾かしてください。」

「はいはい。」


濡れた髪と赤く染まったほほ、時おり切なげにもれる吐息が男を誘い続ける。
髪を乾かそうとしているだけなのに、妙な緊張感が輝の理性を脇に押しやりそうになっていた。

─────…♪…♪♪♪…

その時、突然電話がなる。


「ちっ。」

「いいから早く出てください。」


優羽が起きたらどうするんですかと困ったように輝を見つめていた戒の瞳が、携帯の着信相手を確認した義兄の表情に警戒心をみせた。


「室伏だ。あとは頼む。」


無言でうなずいた戒に優羽をあずけて、輝はその場を立ち去った。

──────────
────────
──────

目が覚めた途端に優羽は、悲鳴をあげそうになって、なんとか思い止まった。
目と鼻の先どころではない。
あと数ミリ単位にまで近い場所に、戒の顔がある。


「かっ戒?」


小さく呼び掛けてみたが、戒は寝ているのか、無反応な吐息だけが返ってくる。知らずに優羽は、ホッと胸を撫で下ろした。
いったいどういう寝かたをしたらこんなに状態なるのかと、優羽は困ったように笑いながら体を動か──


「え? は…はなれない…ッ?」


───せなかった。
強く抱きしめられているのか、体が起き上がれない。
寝ているはずの戒の腕が強く腰に絡みついていた。


「アッ」


今度は違う理由で赤面した。
火照った身体を鎮めようと浴室に入ったはずなのに、いつもまにか服を着てベッドの中に居る。よく見ると、ここが自室ではないことにも気付いた。


「戒の部屋?」


わずかに戒のにおいがする。
それがますます恥ずかしさに拍車をかけた。
これだけ近くで見てもキレイだと思える戒に、恥じらいも忘れて口走ったことを思い出せば当然といえば当然で、逃げ出したいくらいに恥ずかしかった。


「戒。私、怖いの。」


スヤスヤと眠りにつく戒に向かって優羽は小さく言葉にする。面と向かって言えないけれど、心の中で感じていること。


「私たち家族なんだよね?」


たとえ血が繋がっていなくても。
家族として迎え入れてくれた場所で、優羽は処女を奪われ、次々に女の悦びを教えられ、こうして今は戒の腕の中にいる。拒んでも許されず、悶え苦しんでも止まらない情欲。


「どうしよう。」


彼らへの感情の変化が胸の中に渦巻いている。
自覚しないように、意識しないように、考えないようにしていたことが、戒に受け入れてもらえたことで、歯止めがきかなくなりそうだった。


「妹でいられる自信ないよ。」


だけど妹だから、傍にいられる。
離れることなく 永遠に
望む限り、彼らと一緒に過ごしていける。


「ねぇ、好きになってもいいの?」


だけど、誰を?
その答えはまだ出せそうにない。
日に日に自分が自分じゃなくなって行くようで恐い。
欲しいと望むままに与えられる快感を知ってしまったからには、もう戻れない。

──モドリタイ?

──モドリタクナイ?

ダッテ…コンナニ─────


「~ッ」


彼らを求めているのは自分。
きっと本当は、もうわかっていた。
止められないほどに、いつのまにか彼らにおぼれている。

この体と心が、そう訴えていた。

──────To be continue.
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