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《第6章》狂乱の獣たち

第3話:国内奔走

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第3話:国内奔走

雨は降る。濡れた髪がすっかり乾いて、ルオラの機嫌が戻るまで付き合ったリズが、ようやく食事にありつけた頃になっても、窓の外を濡らす雨は降り続いていた。


「ルオラ、また噛んだだろ」

「リズ様が喜ぶから」

「そうしつけたのはお前だ」

「ほんとゼオラってば、見かけによらず紳士だよね」


テーブルの脇に控えたルオラの声が笑っている。リヒドはまだ眠っているようで、リズが食事を終える時刻になっても部屋に姿は見せなかった。とりあえず、眠っているのならそれでいい。問題は多いより少ないほうがなによりで、リズに他人の心配をしている余裕はない。
その理由は、シシオラが食後の一杯を注いでくれていることが物語っていた。無言で差し出してくるその液体は、寝起きからルオラに飲まされたものと同じ色をしている。
泥水の色をした薬湯。
フォンフェンの森は様々な効能のある植物の宝庫だと聞いていても、実際に煎じられたものが何の植物かはわからない。恐ろしいほど速効性のある薬ばかりシシオラは用意してくれるが、幸か不幸か、その試験体はいつもリズ本人に託されていた。


「本当に飲まなきゃ、だめ?」


一応、可愛くみえる素振りで見つめてみた。出来ることなら飲みたくない。体内の液体がすべて薬湯になってしまうと、リズの演じた無言の訴えはシシオラの笑みでかわされる。


「だめです」


笑顔がそう言っている。シシオラの笑みが深くなる前に従ったほうが傷口は浅い。十四年の付き合いだ。けれど、そうだとわかっていても苦いものは苦いし、まずいものはまずい。


「・・・・ぅ」


しかめた表情に満足してくれたのなら、それが一番。リズは口に残る不快な味の改良を求めると、飲み干したカップをテーブルの上に置いた。
まあ、相手が悪い。


「痣にならなければいいのですが」


リズの訴えを無視するシシオラの指が首筋に触れる。
爪を折った右手の薬指。ざらついた肌で撫でる優しさに身震いがした。


「えー、痕は残るほうが嬉しいでしょ?」


それは、どうだろう。嬉しいのか、嬉しくないのかと聞かれると返答に困る。痛みさえ快楽に感じさせられる高揚は、独特の雰囲気を持つ気がした。


「んなわけないだろ」


食事を終えたリズをゼオラが抱き寄せる。


「リズ。次、噛ませたら傷口に俺特製の薬を塗り込んでやる。どっちがいいかは、そのとき自分で選びな」

「・・・んっ」


ゼオラの指がルオラの痕をなぞる。そのときに選べといわれても不可抗力で進む事態を避けることは難しい。それでも丁寧に薬を塗り込まれる未来を予想して、リズはゼオラの指先を感じていた。
行為を終えても痺れが残る痛みに、優しくすりこまれる薬はきっと、普通でもそうじゃなくても我慢は出来そうにない。


「さて、リズ様。万年発情期なのは良いことですが、本日はグレイス家の令嬢としてやることがございます」

「んぬ?」

「ほら、ゼオラもルオラもここで始めない。さんざん楽しんだ後でしょう」


シシオラの声に促されて現実に戻ってきた意識がリズを二人から解放する。代わる代わる求められたキスに応じていたのだが、どうやらその先を望んでいたのはリズの方らしい。


「・・・ぁ」


万年発情期。うずいた子宮が産み出す白い蜜が、足の隙間から押し出されて薄い布にシミを作る。


「舐めとる?」

「とっ、とらない」


耳元で囁くルオラの提案に赤面したリズは、このまま流されてしまえばシシオラの逆鱗に触れると、固く足を閉ざした。


「懸命なご判断です」


最悪の事態は免れた。シシオラに手を引かれて立ち上がったリズは、ぎこちない動きであとに続く。
首都シェインにあっても雨の日の室内はほの暗い。静かで過ごしやすい空気ともいえるが、群青兎にしてみれば「都会は騒がしいですね」ということらしい。二人歩く廊下に敷き詰められた絨毯は足音を消す。リズが聞き取れる音は午後四時を告げる時計が鳴る音だけ。


「今夜の劇は午後七時からですが、夕食はいかがなさいます?」

「劇?」

「おや、リヒド様から何も聞いておりませんか?」


リズ自身にドレスをたくしあげさせ、こぼれた蜜を絹の布で拭き取ってくるシシオラの尻尾が揺れている。嬉しいのか怒っているのか、わかりにくい揺れかたにリズもじっとされるがまま立っていた。


「・・・ンッ・・」


少し怒っているのはルオラが残した情事の痕跡を見たせいかもしれない。


「~~~~っ、ぁ」


喜んでいるのは愛する番の世話を出来ることに対してだろう。群青兎は愛妻家で有名な種族と言われているだけあって、シシオラは典型的にその行為を望んでいる。過保護なまでに世話を焼かなければ、機嫌が最悪に傾くほど。


「リズ様。もう少し足を開いていただけますか?」


尊重のようで命令。
従う方が賢い選択だということも学んだ。


「・・・ンッ・・ぅ」

「汚れたドレスというわけにはいきません。どういう意味か、理解していらっしゃると思いますが」

「ぁ・・シシオラっ、も・・だいじょ・・ぶ」

「あと少し我慢ください」

「だめ・・~~っ」


ドレスを持つ両手に力がこもっていく。足を開いて立つ足が震えていく。膝をついて絹の布で優しく拭いてくるだけの夫に欲情するのは自分だけじゃないと信じたい。


「可愛い顔して、まだシシオラに拭かせてんの?」

「ッ!?」


突然背後から首筋に顔を寄せてきたゼオラの気配に神経が跳ねあがる。


「ちがっ・・~~ぅ」

「どこが?」

「これ・・ァッ・・シシオラが勝手に、ヤぁッ」

「ひどい言われようですね。リズ様が汚していらっしゃるのを文字通り尻拭いしてさしあげているというのに」

「いいな、リズ。俺にもやらせろよ」

「~~~だ、めっ・・おわ・・り、もー、おわって」


鼓動の疼きはとっくに悟られている。それでも終わらなければ、永遠に彼らの手の内で溺れる羽目になってしまう。
わかっていても、前後を包む群青の色には抗えない。眼前で揺れる長い耳を掴んで、リズは「お願い」と泣き言を漏らしていた。


「ッ、ヤッ」


息をはくように笑った気配から一転、二人の気配が獲物を捕らえる目付きに変わる。


「さて、リズ様。したくを始めましょう」


シシオラが手に持った異物。空洞の木の杭はその内部に小さな宝石を無数に詰め込み、動くたびに重たく揺れる。まさしく、リズのための特注品。


「ドレスを汚さないために、まずは栓をしておこうな」


真後ろのゼオラの声が後押しをして、リズは下半身にそれを打ち込まれる。
抵抗は無意味。


「・・ンッ・・ぁ」


飢えた獣たちに挟まれて、行き場をなくした身体は玩具をくわえながら静かに震えていた。


「落とさないよう、腰で固定しておきます」


かがんだ状態で作業を進めるシシオラの声が落ち着いた優しさに変わっていく。事実、機嫌はだいぶ良さそうにみえた。手際よく着付けてくれる下着もドレスも靴もすべて、心地いい音が聞こえる。


「ねぇ・・抜い・・て」


このままでは恥ずかしくて観劇どころではない。そう訴えた声は、二人がかりで無視される。


「大丈夫だって、人間は俺らほど耳よくねぇから」

「これでいいでしょう。リズ様、そこからここまで歩いてみてください」


そういって、少し距離をとったシシオラに両手を広げて待ち構えられる。
彼ら獣亜人にとっては「たったの一歩」でも、リズにとっては数歩の距離。それも普通なら三歩ほどかもしれないが、今は内部に卑猥なオモチャが刺さっている。


「問題ないようですね」


なんとか平然を装って五歩でたどり着いたリズを満足そうなシシオラの声が抱き締めていた。
どこが問題ないのか。
問題しかないドレスの中に、リズは無言という抵抗で包まれていた。動くたびに杭の中の石がぶつかり合って、内部から微弱な震動が伝わってくる。


「夜会、楽しんで来いよ」

「~~~っ、ぅ」

「リヒド様から離れないよう、礼儀正しく、大人しくなさってくださいね」


昼間に残されたルオラの噛み痕を隠す布面積の多さが、今は逆にありがたい。ただでさえ人目を集める自信があるのに、露出した肌では演劇観賞どころではない痴態をさらしたかもしれない。
そうしてリズがシシオラとゼオラに挟まれて身支度を整えるなか、いつの間に準備が出来たのか、リヒドが扉を叩いて姿を見せた。おそらくルオラが手伝ったのだろう。後ろから白い姿が続いている。


「リズ様の中から可愛い音してる」

「~~~~っ」


誰のせいでこうなったかわかっているの。と、問いたい。無言の睨みがルオラにきいたことはないが、心中を訴えるしかない。リズは仕上がりに満足した二匹から這い出ると、ふんっと鼻でルオラから顔を背けた。


「ふぅん」


無視をされたことが面白いらしい。


「リヒド、今夜は一人で参加しなよ」

「それは出来ない。リズ、おいで」


ぎこちない動きで歩み始めたリズに好奇な視線が集中する。妻が両者の間で玩具を埋め込んだまま歩く醜態を彼らは内心楽しんでいるに違いない。


「・・・リヒド様、どうしても行かなきゃだめ?」

「リズ様、わがまま言ったらリヒドが可哀想だよ。せっかく大人気のチケットを手に入れてくれたのに」


ルオラには言われたくない。顔をあげたリズの背後から、追い付いたシシオラの声がそれを遮断する。


「レル・ド・テイラー氏が主役だそうで、チケットを取るだけでも困難だとか。彼の歌声は女性を虜にすると言われています」

「伯爵令嬢として、貴族社会の流行にはのっておいた方がいいんじゃねぇの?」


痛いところをつかれた。
自分の置かれた身の上を思えば、最低限の付き合いや義務は生じてくる。今夜は諦めるしかないのかと、リズは降参の息を吐いた。けれど、なにも悪いばかりではない。


「レル様の噂は私も聞いたことがあるの。レル様の演じられる騎士は、まるで神話に出てくる騎士そのものだって」


貴族令嬢たちが目を輝かせて話す話題の麗人に興味がないといえば嘘になる。ならば、下半身の違和感を無視して、できる限り楽しもうと心に誓った。


「楽しんでいただくのは結構ですが、言動にはお気をつけください」

「どういう意味?」

「我々の嫉妬深さはご存知でしょう?」


質問に質問で返される。ごくりと喉をならしたリズは、たしかにその深さは底抜けだとうなずいた。
王立アートホールは首都シェイン内を分断する四本目の大通りの側面に位置し、王国一の収容人数を誇っている。流行の最先端だけが催事できるとあって、芸を得意とする人々は皆、一度はアートホールの舞台を夢見るといわれていた。


「これはこれは珍しい方がお越しで」


雨があがったとはいえ、雲の多い夜が首都シェインの上空に広がっている。欠けた月の残像がにじみ、時折射し込む光の強さだけが異様だった。
異様だと感じるのは、普段見ることのない人物たちの影のせいかもしれない。


「コカック大臣、ご無沙汰しております」

「グレイス家の子どもたちも、今夜は演劇の鑑賞で?」

「・・・ええ。話題のレル・ド・テイラー氏の公演を愛する妻に観せてあげたくて」


会場の入り口で会ったコカック・ジェイン大臣は、リヒドとリズを見つけるなり他者を押し退けて近付いてきた。


「婚約者と仲睦まじいのは何よりですな」

「正式に認めていただきたいものです」

「おや、それではまるでわたしが反対しているようではないか」

「賛同のサインが足りずに困っているところです」

「若い内は色々と遊ぶものだよ。グレイス令嬢婿候補殿」


リズはシシオラに言われた通りリヒドに密着する。離れてはいけない。助言のようで命令であり、指令。けれどリズがそれを守るまでもなく、リヒドの腕が肩を抱き、腰を引き寄せるように滑り落ちてきたのだから仕方がない。


「色々と楽しませていただいております」


爽やかな笑みを浮かべる紅色の唇。ほくろの位置が少しずれて妖艶さを伝えているが、大臣はその眼帯の下に隠された目が一切笑っていないことを知っているのだろうか。リズを抱く腕とは逆の手で持つ杖を一瞥したあとで、大臣は「盲目の領主では」と何かを続けようとした。


「リヒド様、リズ様、お越しでしたか」


「クリス王子」そう声に出したのは誰だったか。柔らかな茶色の髪と瞳をもった王子が複数の護衛をつれて現れる。


「ジェイン大臣も。珍しい組み合わせですね」

「わたしとしては、どの領主とも懇意にしているつもりですが」

「そう、信じています。ところで、ジェイン大臣。兄が先ほど到着しまして」

「ニール様が、もう!?」


その一言を残して大臣は姿を消してしまった。クリスの兄、ニール第一王子は次期国王なのだから大臣も大変なのかもしれない。
それこそ噂では、ニール王子を王にするために王妃と手を組んで、他者の失脚を企んでいると聞くほどに。自分の娘を婚約者にしようと躍起になっているのは、噂ではなく事実だが。


「リズ、わたしたちもそろそろ行こうか」

「えっ。あ、はい」


大臣の後ろ姿を追っていたリズの視線は、リヒドの声に引き戻される。美しい建物で演じられる流行の演目。胸が踊らないはずはない。それでもリズは、夫たちに埋め込まれた玩具の震動に足を止めた。


「ずっとそこで立ち止まっていては迷惑だよ。早く来なさい」


優しい声で手招いてくれるリヒドの距離が少し遠い。遅れて踏み出した足の音に合わせて、内部の石が擦れあっていた。
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