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《第4章》デビュタント

第4話:深夜の舞踏会

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第4話:深夜の舞踏会

音楽はない。
時計も絵画もない。
あるのは靴底の鳴る音と絹の擦れあう音。ひるがえしたドレス。頭上のシャンデリア。そして一人の婚約者と三匹の執事たち。
見つめられる中でリヒドと踊る。
シェインバルの会場でファーストダンスを踊る相手はリヒドがよかった。それを口にしたところで叶わないことはわかっている。社交界はすでに済んだ。そこに参加できなかった目の前の婚約者。眼帯を外したリヒドの瞳は、もう人間とは言えない。


「ん?」


至近距離で微笑むリヒドに何も言えない。それなのに、なぜか音が聞こえる気がした。
心臓が不規則な鼓動を刻んで、靴で鳴らす床が歌う。抱かれる腰は体重を預けて、重ねた手の大きさに感情をゆだねる。見上げて、見つめた黄金色の瞳は感嘆するほど美しく、いつまでも飽きない輝きを放っている。思わずこぼれた熱の息。


「・・・え?」


何が起こったのか。理解するまでに時間がかかるのも無理はない。
混ざりあった吐息ごとリヒドの腕に引き寄せられて、リズは触れる唇の感覚にまばたきだけを繰り返していた。


「ッ、り・・ンッ」


一度息継ぎに離れた顔が再び近付いてくる。今度は未来を予知して引いたリズの身体は、意図的に抱き締められてその熱に侵されていた。


「・・っ・・んっ・・~~ぁ」


音が聞こえる。自分の身体の深い場所から求める音が溢れてくる。


「リヒ・・ど・・さ、まっ」


息が出来ない苦しみを知らないと言うには愚かな人生。いつ殴られるかわからないあの時の方が今よりも怖くなかったといえば、口付けをもたらすリヒドは怒るだろうか。


「リヒド様・・っ、リヒド様は私を」


抱きしめてくれる腕の力がゆるむ前にリズは告げる。
声は確実に震えていた。キスの意味がわからないほど子どもでもなければ、その先を促すほど大人でもない。ただ。行為の理由を確認してしまうほど怯えた心情だけは、いつまでも成長できそうになかった。


「愛しているよ」


優しく包むように囁かれた言葉は、ダンスの終わりを意味していた。
思えば、婚約者と位置づけられた存在でありながらリヒドと「それらしい」ことをしたことはない。「愛している」の言葉は浴びるほどもらってきたとしても、体同士はせいぜい手を繋ぎ、キスを交わす程度で、それ以上でも以下でもなかった。
どうして今夜。
その疑問は背後の気配にもいえる。


「シシオラ?」


右手の薬指に当たる手袋を歯で噛み千切ったシシオラがそこにいる。ルオラは右手の中指、ゼオラは左手の中指。それぞれ黒い皮手袋の破れた場所から、黒光りするほど深い藍色をした鋭利な爪をむき出しにしている。


「なにを・・し、てッ!?」


牙で尖った獣の爪を折る三人の姿に驚くしかない。
自分で自分の爪を折る。見事に指先から折れた藍色の爪は、もう片方の手のひらで受け止められて歪に光っている。


「リズ様、あなたの中に触れる権利がほしい」


ひざまずき、頭をさげて、折ったばかりの爪を差し出してくる三人の姿に変な鼓動の音が聞こえる。これはいったいどういうことか。助けを求めるようにリヒドに視線を送って、リズはその答えを知った。


「群青兎の儀式だよ。彼らは番うとき、爪を贈る。婚姻の証ということだ」


静かに心臓に着地した真実は、リズの顔を赤く染める。「番」という言葉を意識したことがないわけではない。知らなかったわけでもない。出会ったときから今まで。彼らは常に、リズを番だと言い続けてきた。
それが視覚的に形になるだけ。
他人にとってはそれだけのことでも、リズにとってはまるで違う。獣亜人と人間の価値観の違いを考えれば、爪を折って捧げることの重大さに胸が震える。自分のために折られた爪。生涯離れないという確かな約束。それを受け取った瞬間、確実に人生が変わる気がした。


「・・・っ」


彼らの手の中にあれば小さく見える藍色の爪も、リズの手に移った途端に大きくなったような錯覚を与えてくる。想像よりも重たく、少し弓なりに曲がった爪は、リズの手のひら全体に馴染んで光っている。
それを三本。両手で受け止めなければ落としてしまいそうなほど。高鳴る心臓の音は先ほどから暴れるばかりで、やんではくれない。リズは緊張した面持ちのまま、それらをすべて受け取っていた。


「ああ、これでようやく、リズ様と正式な番になれたんだね」

「ル・・オ・・ラ」

「ええ、感慨深いものです。人間は厄介な生物ですが、花の生きる世界を戦士が壊すわけにもいきませんから」

「・・・シシオ、ラ」

「もう、遠慮も配慮もいらないってことでいいんだよな?」

「ゼオ・・っ・・ラ」

「リズ、おめでとう。だけど、わたしを忘れているよ」

「リヒド・・さ・・・ま」


次々に交わすキスは、入れ替わり立ち代わり深さを変えて侵入してくる。歯列をなぞり、舌を絡ませ、口内を撫でまわすざらついた感触は何度繰り返されても慣れない。


「肌を傷つけると危ないから、それはこの箱にしまってような」


酸素不足も合わせてふらついたリズの手から、ゼオラは渡したばかりの爪を奪う。どこにやるのかと視線で追った場所には宝箱を模した箱があった。爪三本分の大きさ。特注品だろう。けれど今は、些細なこと。


「正式に妻とするにはまだ問題は多いが、先に印をつけるくらい許されるだろう」


首筋がくすぐったい。
背後から耳の付け根を通り過ぎ、首筋にキスを落とすリヒドの唇に神経が波打つ。


「・・ッ・・んっ」


もう目が回っていた。四人の輪の中で意識を保ち、誰が何をしているのか把握するには与えられる刺激が大きすぎる。


「この日をずっと待ってたんだ」


熱を帯びたルオラの声が、真白に長い毛並みごと足先から這い上がってくる。尻尾が絡みついているのか、豪奢なドレスを着ていたはずの姿はいつのまにか崩れて解かれ始めている。


「ぁ・・待っンッ」

「リズ様が大人だと認められる日まで待っていたんですよ」


これ以上は待てないとばかりにシシオラの大きな手がドレスの紐をほどく。露出した肩は先ほどからリヒドとゼオラが唇を押し付けるせいで赤い印が目立ち始めているというのに、そのうえドレスを剥ぎ取られてしまえば、身を守る衣服の頼りなさは明らかでしかない。


「・・・やっ・・ぁ」


紺色のドレスの下に身に着けた純白の肌着がさらされていく。


「ドレスを脱がせるなど、毎日していることでしょう?」

「そっ、それは・・・そうだけ、ど」

「いつからリズ様の世話をしていると思っているのですか」

「でも・・・ぁ・・・ンッ」

「心配なさらずとも、リズ様が本気で嫌がることはいたしません」


言い切られて抵抗が無駄に終わる。ドレスの下に身に着けているものはそう多くない。スカートを膨らませるためのパニエと、腰を細く見せるためのコルセット。そしてガーターだけ。本来ならワンピース型の薄手の白い肌着は、肩を出し、胸を強調するために、今日は下半身しか覆っていない。


「っ・・ふ、ぁ・・ンッ」


どうしてこんなにも恥ずかしいのかがわからない。シシオラの言うように、ドレスを脱がされるのはいつものこと。着替えはあの日からずっと、彼らの役目であり、それが彼らの喜びだと教えられてきた。
それなのに、どうして。
今は口から心臓が飛び出してしまいそうなほど、恥ずかしくてたまらない。
現実に理解が追い付かない。


「・・・ァッ」


ついにレースの手袋と太ももまでの絹の靴下だけが、リズに身に付けられた衣服のすべてになってしまった。無意識に体が小さくなろうと丸くなる。もう目を開けてることも出来ずに、リズは震える息を殺すように立ち震えていた。


「ヒッ」


背後から持ち上げられた胸の感触に体が跳ねる。右をリヒド、左をゼオラの手が触れているが、揉みあげられたそれぞれの尖端は空を向いて主張している。


「ヤッ・・ぁ・・なに、アッ」


その先端を指で軽く摘ままれて刺激が走る。左右違う強さの刺激は断続的でありながら継続的。くすぐったくて、少しおかしい。


「やだっ・・そ・・れ・・ンっ」


いやいやと首を横に振っても、そのまま顔を固定されてキスで言葉を奪われる。そのすきに靴も靴下も手袋も剥ぎ取られたリズは、息も絶え絶えに黄金色の瞳たちを見上げる。


「待っ・・ヤッぁ・・ひぅッ」


前方で見上げていたシシオラとルオラの顔がなぜか足元に見える。長い耳は左にシシオラ、右にルオラの色をちらつかせているが、素肌になった足を舐めながら這い上がってくる羞恥には耐えられそうにない。


「ンッぁ・・ァッ」


先にたどり着いたのはシシオラだった。


「ヤダッそこ・・ぁ・・きたな・・ッぃ」


爪を折ったばかりの指でひと撫でされた割れ目に、シシオラの顔が埋まっていく。ざらついた舌が蜜をすくうように触れて、リズはついに自分でも聞いたことのない声を聴いた。
きっとそれを待っていたに違いない。
無言で唇の端をあげた彼らの興奮が伝わってくる。体を四分割に愛でられる感覚は、羞恥を通り越して恐怖でしかなかった。


「な・・ンッぁ・・・ヤッやだ・・ァッ・・んっ」


自分じゃない声が勝手に口を借りて体の外に放出される。なんとか押しとどめたくて自分で口を押えてみても、その指の隙間から吐息に混ざってこぼれ落ちていく。
怖いという感情が彼らに伝わっていないはずはない。
リズ本人が気付かない些細な変化に気付く彼らが、今のリズが感じている思いに気付かないはずはない。


「はぁ・・ァ・・っ・・はぁ・・ンッ」


必死で耐えるしかできなかった。何が起こっているのか理解できる思考回路は残っていない。ふらつく体で暴れても、相手は四人。蝶が蜘蛛の巣から抜け出すよりも難しい。


「シシオラばっかりズルい、僕も舐める」

「ヒッぁ、っ~~ンッ」


足を高く持ち上げられて、右足がルオラの肩に乗る。大きくバランスを失った体は、背後のリヒドとゼオラに支えられていなければ、確実に倒れていただろう。


「リズ」

「ふぁ・・ァ・・んっ」


すり寄ってきたゼオラの声にキスで答える。溶けるような液体の音が脳を支配する頃になって、ゼオラはリズの首筋にその顔を埋めた。


「リズ、怖くないから力抜いて」


言葉の意味を理解するよりも早く、リズはゼオラの指がシシオラとルオラが舐める場所に入っていくことを悟る。


「ゼオ・・ぁ・・ッア・・イっ」

「慣らさないと入らないから、ゆっくり時間かけていこうな」

「ヤッだ・・抜いッぁ・・ンッん」


反射的に開けた視界に、その光景はあまりにも鮮鋭だった。婚約者に背後から揉みしだかれる胸、二匹の群青兎の顔を股の間に埋めて浮いた腰、側面から回りこんだゼオラの手がそこに消えている。見えなくてもどこに埋まっているかはすぐにわかった。


「ンッぁ、ヤッ・・・アァッ」


シシオラとルオラの指も侵入してくる。


「わかっていても妬けるな」

「リヒ・・ッど、ァ・・」

「リズ。ちゃんと見ないといけない」

「ヒッぁ・・ヤッ・・やだ」

「彼らの指が深く入る今夜が、リズが大人になった証明になるのだから」

「~~~~ッぁ、ァアアァ」


一本でもきつい獣亜人の指が、三本同時に根元まで侵入してくる。ゆっくり内臓を押し上げてくる感覚から逃げた腰がリヒドに押し戻されて、三匹の兎の奇行を許している。


「痛っ・・ぁ・・ヤダァぁ抜い・・おねがイッぁ」


空間が止まっているような気がする。
飛び出しそうなほど暴れる心臓の音だけが響いて、呼吸すら止めた無音の世界で痛みだけが込み上げてくる。それでも、どこか甘い。恐怖だけではない微睡みの向こう、張り詰めた緊張を三匹の指が同時に突き破った瞬間、リズの世界は鮮やかな異世界に生まれ変わっていた。


「アァあァあぅ・・・はぁ・・痛ぁッ・・んっ刺さっ・・ぁ」

「痛いね、リズ。だけど全部入ったよ、よく頑張った」

「ぁ・・ァ・・はぁ・・はぁ・・」


呼吸が苦しい。体が中心から裂けたような痛みが這い上がってくる。薄れゆく意識に残るのは黄金色に揺らめく瞳。次にベッドの上で目覚めてからリエント領にある田舎の城に帰るまでの一週間、リズはその指と舌に快楽を叩きこまれる羽目になった。
それは、そこから四年たった今も同じ。
二十二歳になり、少しは慣れたと思った行為も先を生きる番たちが相手ではたかが知れている。


「ほんと可愛いな、リズは。ここでこうやってリズの声を聴いてると、シェインバルの夜を思い出す。もうあれから四年もたってんのか」

「ゥ・・いくっ・・ぁ・・・ぜぉヤッぁ」

「リズは、ちっとも成長しないね」

「リヒッ・・それイヤァぁ・・もっ・・触らなッ・・ァアァ」

「ですが、この花の芽は最初に摘んだ時よりも大きくなったのでは?」

「イクッ・・イッてる、シシオラやめっ、ァッ・・ぁ、ぅ~~~~ッ」

「リズ様は甘えん坊だから仕方ないよ。こうやってヨシヨシされるの大好きだし」

「ぁ・・・るぉゥッぁ・・ァア・・っ」


ベッドのうえで四人から与えられるのは愛撫だけ。絶頂に暴れる体をなだめられ、なぐさめられ、叫びに近い懇願を慈愛の眼差しで受け流される。


「・・・ッ・・・ぁ・・おがじぐな・・・る・・ぅ」


首都シェインに到着してから何時間がたっただろう。まだ初日の夜だというのに、こんな調子では廃人になる日も近いかもしれない。
愛されているのか、壊されているのか。そのどちらともいえる暴力に近い快楽はリズを彼ら色に染めていく。見えるのは闇に浮かぶ黄金色の瞳だけ。体も心もすべて捧げて、リズはその愛に浸っていた。

・・・・《第4章》デビュタント Fin.
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