20 / 31
《第4章》デビュタント
第4話:深夜の舞踏会
しおりを挟む
第4話:深夜の舞踏会
音楽はない。
時計も絵画もない。
あるのは靴底の鳴る音と絹の擦れあう音。ひるがえしたドレス。頭上のシャンデリア。そして一人の婚約者と三匹の執事たち。
見つめられる中でリヒドと踊る。
シェインバルの会場でファーストダンスを踊る相手はリヒドがよかった。それを口にしたところで叶わないことはわかっている。社交界はすでに済んだ。そこに参加できなかった目の前の婚約者。眼帯を外したリヒドの瞳は、もう人間とは言えない。
「ん?」
至近距離で微笑むリヒドに何も言えない。それなのに、なぜか音が聞こえる気がした。
心臓が不規則な鼓動を刻んで、靴で鳴らす床が歌う。抱かれる腰は体重を預けて、重ねた手の大きさに感情をゆだねる。見上げて、見つめた黄金色の瞳は感嘆するほど美しく、いつまでも飽きない輝きを放っている。思わずこぼれた熱の息。
「・・・え?」
何が起こったのか。理解するまでに時間がかかるのも無理はない。
混ざりあった吐息ごとリヒドの腕に引き寄せられて、リズは触れる唇の感覚にまばたきだけを繰り返していた。
「ッ、り・・ンッ」
一度息継ぎに離れた顔が再び近付いてくる。今度は未来を予知して引いたリズの身体は、意図的に抱き締められてその熱に侵されていた。
「・・っ・・んっ・・~~ぁ」
音が聞こえる。自分の身体の深い場所から求める音が溢れてくる。
「リヒ・・ど・・さ、まっ」
息が出来ない苦しみを知らないと言うには愚かな人生。いつ殴られるかわからないあの時の方が今よりも怖くなかったといえば、口付けをもたらすリヒドは怒るだろうか。
「リヒド様・・っ、リヒド様は私を」
抱きしめてくれる腕の力がゆるむ前にリズは告げる。
声は確実に震えていた。キスの意味がわからないほど子どもでもなければ、その先を促すほど大人でもない。ただ。行為の理由を確認してしまうほど怯えた心情だけは、いつまでも成長できそうになかった。
「愛しているよ」
優しく包むように囁かれた言葉は、ダンスの終わりを意味していた。
思えば、婚約者と位置づけられた存在でありながらリヒドと「それらしい」ことをしたことはない。「愛している」の言葉は浴びるほどもらってきたとしても、体同士はせいぜい手を繋ぎ、キスを交わす程度で、それ以上でも以下でもなかった。
どうして今夜。
その疑問は背後の気配にもいえる。
「シシオラ?」
右手の薬指に当たる手袋を歯で噛み千切ったシシオラがそこにいる。ルオラは右手の中指、ゼオラは左手の中指。それぞれ黒い皮手袋の破れた場所から、黒光りするほど深い藍色をした鋭利な爪をむき出しにしている。
「なにを・・し、てッ!?」
牙で尖った獣の爪を折る三人の姿に驚くしかない。
自分で自分の爪を折る。見事に指先から折れた藍色の爪は、もう片方の手のひらで受け止められて歪に光っている。
「リズ様、あなたの中に触れる権利がほしい」
ひざまずき、頭をさげて、折ったばかりの爪を差し出してくる三人の姿に変な鼓動の音が聞こえる。これはいったいどういうことか。助けを求めるようにリヒドに視線を送って、リズはその答えを知った。
「群青兎の儀式だよ。彼らは番うとき、爪を贈る。婚姻の証ということだ」
静かに心臓に着地した真実は、リズの顔を赤く染める。「番」という言葉を意識したことがないわけではない。知らなかったわけでもない。出会ったときから今まで。彼らは常に、リズを番だと言い続けてきた。
それが視覚的に形になるだけ。
他人にとってはそれだけのことでも、リズにとってはまるで違う。獣亜人と人間の価値観の違いを考えれば、爪を折って捧げることの重大さに胸が震える。自分のために折られた爪。生涯離れないという確かな約束。それを受け取った瞬間、確実に人生が変わる気がした。
「・・・っ」
彼らの手の中にあれば小さく見える藍色の爪も、リズの手に移った途端に大きくなったような錯覚を与えてくる。想像よりも重たく、少し弓なりに曲がった爪は、リズの手のひら全体に馴染んで光っている。
それを三本。両手で受け止めなければ落としてしまいそうなほど。高鳴る心臓の音は先ほどから暴れるばかりで、やんではくれない。リズは緊張した面持ちのまま、それらをすべて受け取っていた。
「ああ、これでようやく、リズ様と正式な番になれたんだね」
「ル・・オ・・ラ」
「ええ、感慨深いものです。人間は厄介な生物ですが、花の生きる世界を戦士が壊すわけにもいきませんから」
「・・・シシオ、ラ」
「もう、遠慮も配慮もいらないってことでいいんだよな?」
「ゼオ・・っ・・ラ」
「リズ、おめでとう。だけど、わたしを忘れているよ」
「リヒド・・さ・・・ま」
次々に交わすキスは、入れ替わり立ち代わり深さを変えて侵入してくる。歯列をなぞり、舌を絡ませ、口内を撫でまわすざらついた感触は何度繰り返されても慣れない。
「肌を傷つけると危ないから、それはこの箱にしまってような」
酸素不足も合わせてふらついたリズの手から、ゼオラは渡したばかりの爪を奪う。どこにやるのかと視線で追った場所には宝箱を模した箱があった。爪三本分の大きさ。特注品だろう。けれど今は、些細なこと。
「正式に妻とするにはまだ問題は多いが、先に印をつけるくらい許されるだろう」
首筋がくすぐったい。
背後から耳の付け根を通り過ぎ、首筋にキスを落とすリヒドの唇に神経が波打つ。
「・・ッ・・んっ」
もう目が回っていた。四人の輪の中で意識を保ち、誰が何をしているのか把握するには与えられる刺激が大きすぎる。
「この日をずっと待ってたんだ」
熱を帯びたルオラの声が、真白に長い毛並みごと足先から這い上がってくる。尻尾が絡みついているのか、豪奢なドレスを着ていたはずの姿はいつのまにか崩れて解かれ始めている。
「ぁ・・待っンッ」
「リズ様が大人だと認められる日まで待っていたんですよ」
これ以上は待てないとばかりにシシオラの大きな手がドレスの紐をほどく。露出した肩は先ほどからリヒドとゼオラが唇を押し付けるせいで赤い印が目立ち始めているというのに、そのうえドレスを剥ぎ取られてしまえば、身を守る衣服の頼りなさは明らかでしかない。
「・・・やっ・・ぁ」
紺色のドレスの下に身に着けた純白の肌着がさらされていく。
「ドレスを脱がせるなど、毎日していることでしょう?」
「そっ、それは・・・そうだけ、ど」
「いつからリズ様の世話をしていると思っているのですか」
「でも・・・ぁ・・・ンッ」
「心配なさらずとも、リズ様が本気で嫌がることはいたしません」
言い切られて抵抗が無駄に終わる。ドレスの下に身に着けているものはそう多くない。スカートを膨らませるためのパニエと、腰を細く見せるためのコルセット。そしてガーターだけ。本来ならワンピース型の薄手の白い肌着は、肩を出し、胸を強調するために、今日は下半身しか覆っていない。
「っ・・ふ、ぁ・・ンッ」
どうしてこんなにも恥ずかしいのかがわからない。シシオラの言うように、ドレスを脱がされるのはいつものこと。着替えはあの日からずっと、彼らの役目であり、それが彼らの喜びだと教えられてきた。
それなのに、どうして。
今は口から心臓が飛び出してしまいそうなほど、恥ずかしくてたまらない。
現実に理解が追い付かない。
「・・・ァッ」
ついにレースの手袋と太ももまでの絹の靴下だけが、リズに身に付けられた衣服のすべてになってしまった。無意識に体が小さくなろうと丸くなる。もう目を開けてることも出来ずに、リズは震える息を殺すように立ち震えていた。
「ヒッ」
背後から持ち上げられた胸の感触に体が跳ねる。右をリヒド、左をゼオラの手が触れているが、揉みあげられたそれぞれの尖端は空を向いて主張している。
「ヤッ・・ぁ・・なに、アッ」
その先端を指で軽く摘ままれて刺激が走る。左右違う強さの刺激は断続的でありながら継続的。くすぐったくて、少しおかしい。
「やだっ・・そ・・れ・・ンっ」
いやいやと首を横に振っても、そのまま顔を固定されてキスで言葉を奪われる。そのすきに靴も靴下も手袋も剥ぎ取られたリズは、息も絶え絶えに黄金色の瞳たちを見上げる。
「待っ・・ヤッぁ・・ひぅッ」
前方で見上げていたシシオラとルオラの顔がなぜか足元に見える。長い耳は左にシシオラ、右にルオラの色をちらつかせているが、素肌になった足を舐めながら這い上がってくる羞恥には耐えられそうにない。
「ンッぁ・・ァッ」
先にたどり着いたのはシシオラだった。
「ヤダッそこ・・ぁ・・きたな・・ッぃ」
爪を折ったばかりの指でひと撫でされた割れ目に、シシオラの顔が埋まっていく。ざらついた舌が蜜をすくうように触れて、リズはついに自分でも聞いたことのない声を聴いた。
きっとそれを待っていたに違いない。
無言で唇の端をあげた彼らの興奮が伝わってくる。体を四分割に愛でられる感覚は、羞恥を通り越して恐怖でしかなかった。
「な・・ンッぁ・・・ヤッやだ・・ァッ・・んっ」
自分じゃない声が勝手に口を借りて体の外に放出される。なんとか押しとどめたくて自分で口を押えてみても、その指の隙間から吐息に混ざってこぼれ落ちていく。
怖いという感情が彼らに伝わっていないはずはない。
リズ本人が気付かない些細な変化に気付く彼らが、今のリズが感じている思いに気付かないはずはない。
「はぁ・・ァ・・っ・・はぁ・・ンッ」
必死で耐えるしかできなかった。何が起こっているのか理解できる思考回路は残っていない。ふらつく体で暴れても、相手は四人。蝶が蜘蛛の巣から抜け出すよりも難しい。
「シシオラばっかりズルい、僕も舐める」
「ヒッぁ、っ~~ンッ」
足を高く持ち上げられて、右足がルオラの肩に乗る。大きくバランスを失った体は、背後のリヒドとゼオラに支えられていなければ、確実に倒れていただろう。
「リズ」
「ふぁ・・ァ・・んっ」
すり寄ってきたゼオラの声にキスで答える。溶けるような液体の音が脳を支配する頃になって、ゼオラはリズの首筋にその顔を埋めた。
「リズ、怖くないから力抜いて」
言葉の意味を理解するよりも早く、リズはゼオラの指がシシオラとルオラが舐める場所に入っていくことを悟る。
「ゼオ・・ぁ・・ッア・・イっ」
「慣らさないと入らないから、ゆっくり時間かけていこうな」
「ヤッだ・・抜いッぁ・・ンッん」
反射的に開けた視界に、その光景はあまりにも鮮鋭だった。婚約者に背後から揉みしだかれる胸、二匹の群青兎の顔を股の間に埋めて浮いた腰、側面から回りこんだゼオラの手がそこに消えている。見えなくてもどこに埋まっているかはすぐにわかった。
「ンッぁ、ヤッ・・・アァッ」
シシオラとルオラの指も侵入してくる。
「わかっていても妬けるな」
「リヒ・・ッど、ァ・・」
「リズ。ちゃんと見ないといけない」
「ヒッぁ・・ヤッ・・やだ」
「彼らの指が深く入る今夜が、リズが大人になった証明になるのだから」
「~~~~ッぁ、ァアアァ」
一本でもきつい獣亜人の指が、三本同時に根元まで侵入してくる。ゆっくり内臓を押し上げてくる感覚から逃げた腰がリヒドに押し戻されて、三匹の兎の奇行を許している。
「痛っ・・ぁ・・ヤダァぁ抜い・・おねがイッぁ」
空間が止まっているような気がする。
飛び出しそうなほど暴れる心臓の音だけが響いて、呼吸すら止めた無音の世界で痛みだけが込み上げてくる。それでも、どこか甘い。恐怖だけではない微睡みの向こう、張り詰めた緊張を三匹の指が同時に突き破った瞬間、リズの世界は鮮やかな異世界に生まれ変わっていた。
「アァあァあぅ・・・はぁ・・痛ぁッ・・んっ刺さっ・・ぁ」
「痛いね、リズ。だけど全部入ったよ、よく頑張った」
「ぁ・・ァ・・はぁ・・はぁ・・」
呼吸が苦しい。体が中心から裂けたような痛みが這い上がってくる。薄れゆく意識に残るのは黄金色に揺らめく瞳。次にベッドの上で目覚めてからリエント領にある田舎の城に帰るまでの一週間、リズはその指と舌に快楽を叩きこまれる羽目になった。
それは、そこから四年たった今も同じ。
二十二歳になり、少しは慣れたと思った行為も先を生きる番たちが相手ではたかが知れている。
「ほんと可愛いな、リズは。ここでこうやってリズの声を聴いてると、シェインバルの夜を思い出す。もうあれから四年もたってんのか」
「ゥ・・いくっ・・ぁ・・・ぜぉヤッぁ」
「リズは、ちっとも成長しないね」
「リヒッ・・それイヤァぁ・・もっ・・触らなッ・・ァアァ」
「ですが、この花の芽は最初に摘んだ時よりも大きくなったのでは?」
「イクッ・・イッてる、シシオラやめっ、ァッ・・ぁ、ぅ~~~~ッ」
「リズ様は甘えん坊だから仕方ないよ。こうやってヨシヨシされるの大好きだし」
「ぁ・・・るぉゥッぁ・・ァア・・っ」
ベッドのうえで四人から与えられるのは愛撫だけ。絶頂に暴れる体をなだめられ、なぐさめられ、叫びに近い懇願を慈愛の眼差しで受け流される。
「・・・ッ・・・ぁ・・おがじぐな・・・る・・ぅ」
首都シェインに到着してから何時間がたっただろう。まだ初日の夜だというのに、こんな調子では廃人になる日も近いかもしれない。
愛されているのか、壊されているのか。そのどちらともいえる暴力に近い快楽はリズを彼ら色に染めていく。見えるのは闇に浮かぶ黄金色の瞳だけ。体も心もすべて捧げて、リズはその愛に浸っていた。
・・・・《第4章》デビュタント Fin.
音楽はない。
時計も絵画もない。
あるのは靴底の鳴る音と絹の擦れあう音。ひるがえしたドレス。頭上のシャンデリア。そして一人の婚約者と三匹の執事たち。
見つめられる中でリヒドと踊る。
シェインバルの会場でファーストダンスを踊る相手はリヒドがよかった。それを口にしたところで叶わないことはわかっている。社交界はすでに済んだ。そこに参加できなかった目の前の婚約者。眼帯を外したリヒドの瞳は、もう人間とは言えない。
「ん?」
至近距離で微笑むリヒドに何も言えない。それなのに、なぜか音が聞こえる気がした。
心臓が不規則な鼓動を刻んで、靴で鳴らす床が歌う。抱かれる腰は体重を預けて、重ねた手の大きさに感情をゆだねる。見上げて、見つめた黄金色の瞳は感嘆するほど美しく、いつまでも飽きない輝きを放っている。思わずこぼれた熱の息。
「・・・え?」
何が起こったのか。理解するまでに時間がかかるのも無理はない。
混ざりあった吐息ごとリヒドの腕に引き寄せられて、リズは触れる唇の感覚にまばたきだけを繰り返していた。
「ッ、り・・ンッ」
一度息継ぎに離れた顔が再び近付いてくる。今度は未来を予知して引いたリズの身体は、意図的に抱き締められてその熱に侵されていた。
「・・っ・・んっ・・~~ぁ」
音が聞こえる。自分の身体の深い場所から求める音が溢れてくる。
「リヒ・・ど・・さ、まっ」
息が出来ない苦しみを知らないと言うには愚かな人生。いつ殴られるかわからないあの時の方が今よりも怖くなかったといえば、口付けをもたらすリヒドは怒るだろうか。
「リヒド様・・っ、リヒド様は私を」
抱きしめてくれる腕の力がゆるむ前にリズは告げる。
声は確実に震えていた。キスの意味がわからないほど子どもでもなければ、その先を促すほど大人でもない。ただ。行為の理由を確認してしまうほど怯えた心情だけは、いつまでも成長できそうになかった。
「愛しているよ」
優しく包むように囁かれた言葉は、ダンスの終わりを意味していた。
思えば、婚約者と位置づけられた存在でありながらリヒドと「それらしい」ことをしたことはない。「愛している」の言葉は浴びるほどもらってきたとしても、体同士はせいぜい手を繋ぎ、キスを交わす程度で、それ以上でも以下でもなかった。
どうして今夜。
その疑問は背後の気配にもいえる。
「シシオラ?」
右手の薬指に当たる手袋を歯で噛み千切ったシシオラがそこにいる。ルオラは右手の中指、ゼオラは左手の中指。それぞれ黒い皮手袋の破れた場所から、黒光りするほど深い藍色をした鋭利な爪をむき出しにしている。
「なにを・・し、てッ!?」
牙で尖った獣の爪を折る三人の姿に驚くしかない。
自分で自分の爪を折る。見事に指先から折れた藍色の爪は、もう片方の手のひらで受け止められて歪に光っている。
「リズ様、あなたの中に触れる権利がほしい」
ひざまずき、頭をさげて、折ったばかりの爪を差し出してくる三人の姿に変な鼓動の音が聞こえる。これはいったいどういうことか。助けを求めるようにリヒドに視線を送って、リズはその答えを知った。
「群青兎の儀式だよ。彼らは番うとき、爪を贈る。婚姻の証ということだ」
静かに心臓に着地した真実は、リズの顔を赤く染める。「番」という言葉を意識したことがないわけではない。知らなかったわけでもない。出会ったときから今まで。彼らは常に、リズを番だと言い続けてきた。
それが視覚的に形になるだけ。
他人にとってはそれだけのことでも、リズにとってはまるで違う。獣亜人と人間の価値観の違いを考えれば、爪を折って捧げることの重大さに胸が震える。自分のために折られた爪。生涯離れないという確かな約束。それを受け取った瞬間、確実に人生が変わる気がした。
「・・・っ」
彼らの手の中にあれば小さく見える藍色の爪も、リズの手に移った途端に大きくなったような錯覚を与えてくる。想像よりも重たく、少し弓なりに曲がった爪は、リズの手のひら全体に馴染んで光っている。
それを三本。両手で受け止めなければ落としてしまいそうなほど。高鳴る心臓の音は先ほどから暴れるばかりで、やんではくれない。リズは緊張した面持ちのまま、それらをすべて受け取っていた。
「ああ、これでようやく、リズ様と正式な番になれたんだね」
「ル・・オ・・ラ」
「ええ、感慨深いものです。人間は厄介な生物ですが、花の生きる世界を戦士が壊すわけにもいきませんから」
「・・・シシオ、ラ」
「もう、遠慮も配慮もいらないってことでいいんだよな?」
「ゼオ・・っ・・ラ」
「リズ、おめでとう。だけど、わたしを忘れているよ」
「リヒド・・さ・・・ま」
次々に交わすキスは、入れ替わり立ち代わり深さを変えて侵入してくる。歯列をなぞり、舌を絡ませ、口内を撫でまわすざらついた感触は何度繰り返されても慣れない。
「肌を傷つけると危ないから、それはこの箱にしまってような」
酸素不足も合わせてふらついたリズの手から、ゼオラは渡したばかりの爪を奪う。どこにやるのかと視線で追った場所には宝箱を模した箱があった。爪三本分の大きさ。特注品だろう。けれど今は、些細なこと。
「正式に妻とするにはまだ問題は多いが、先に印をつけるくらい許されるだろう」
首筋がくすぐったい。
背後から耳の付け根を通り過ぎ、首筋にキスを落とすリヒドの唇に神経が波打つ。
「・・ッ・・んっ」
もう目が回っていた。四人の輪の中で意識を保ち、誰が何をしているのか把握するには与えられる刺激が大きすぎる。
「この日をずっと待ってたんだ」
熱を帯びたルオラの声が、真白に長い毛並みごと足先から這い上がってくる。尻尾が絡みついているのか、豪奢なドレスを着ていたはずの姿はいつのまにか崩れて解かれ始めている。
「ぁ・・待っンッ」
「リズ様が大人だと認められる日まで待っていたんですよ」
これ以上は待てないとばかりにシシオラの大きな手がドレスの紐をほどく。露出した肩は先ほどからリヒドとゼオラが唇を押し付けるせいで赤い印が目立ち始めているというのに、そのうえドレスを剥ぎ取られてしまえば、身を守る衣服の頼りなさは明らかでしかない。
「・・・やっ・・ぁ」
紺色のドレスの下に身に着けた純白の肌着がさらされていく。
「ドレスを脱がせるなど、毎日していることでしょう?」
「そっ、それは・・・そうだけ、ど」
「いつからリズ様の世話をしていると思っているのですか」
「でも・・・ぁ・・・ンッ」
「心配なさらずとも、リズ様が本気で嫌がることはいたしません」
言い切られて抵抗が無駄に終わる。ドレスの下に身に着けているものはそう多くない。スカートを膨らませるためのパニエと、腰を細く見せるためのコルセット。そしてガーターだけ。本来ならワンピース型の薄手の白い肌着は、肩を出し、胸を強調するために、今日は下半身しか覆っていない。
「っ・・ふ、ぁ・・ンッ」
どうしてこんなにも恥ずかしいのかがわからない。シシオラの言うように、ドレスを脱がされるのはいつものこと。着替えはあの日からずっと、彼らの役目であり、それが彼らの喜びだと教えられてきた。
それなのに、どうして。
今は口から心臓が飛び出してしまいそうなほど、恥ずかしくてたまらない。
現実に理解が追い付かない。
「・・・ァッ」
ついにレースの手袋と太ももまでの絹の靴下だけが、リズに身に付けられた衣服のすべてになってしまった。無意識に体が小さくなろうと丸くなる。もう目を開けてることも出来ずに、リズは震える息を殺すように立ち震えていた。
「ヒッ」
背後から持ち上げられた胸の感触に体が跳ねる。右をリヒド、左をゼオラの手が触れているが、揉みあげられたそれぞれの尖端は空を向いて主張している。
「ヤッ・・ぁ・・なに、アッ」
その先端を指で軽く摘ままれて刺激が走る。左右違う強さの刺激は断続的でありながら継続的。くすぐったくて、少しおかしい。
「やだっ・・そ・・れ・・ンっ」
いやいやと首を横に振っても、そのまま顔を固定されてキスで言葉を奪われる。そのすきに靴も靴下も手袋も剥ぎ取られたリズは、息も絶え絶えに黄金色の瞳たちを見上げる。
「待っ・・ヤッぁ・・ひぅッ」
前方で見上げていたシシオラとルオラの顔がなぜか足元に見える。長い耳は左にシシオラ、右にルオラの色をちらつかせているが、素肌になった足を舐めながら這い上がってくる羞恥には耐えられそうにない。
「ンッぁ・・ァッ」
先にたどり着いたのはシシオラだった。
「ヤダッそこ・・ぁ・・きたな・・ッぃ」
爪を折ったばかりの指でひと撫でされた割れ目に、シシオラの顔が埋まっていく。ざらついた舌が蜜をすくうように触れて、リズはついに自分でも聞いたことのない声を聴いた。
きっとそれを待っていたに違いない。
無言で唇の端をあげた彼らの興奮が伝わってくる。体を四分割に愛でられる感覚は、羞恥を通り越して恐怖でしかなかった。
「な・・ンッぁ・・・ヤッやだ・・ァッ・・んっ」
自分じゃない声が勝手に口を借りて体の外に放出される。なんとか押しとどめたくて自分で口を押えてみても、その指の隙間から吐息に混ざってこぼれ落ちていく。
怖いという感情が彼らに伝わっていないはずはない。
リズ本人が気付かない些細な変化に気付く彼らが、今のリズが感じている思いに気付かないはずはない。
「はぁ・・ァ・・っ・・はぁ・・ンッ」
必死で耐えるしかできなかった。何が起こっているのか理解できる思考回路は残っていない。ふらつく体で暴れても、相手は四人。蝶が蜘蛛の巣から抜け出すよりも難しい。
「シシオラばっかりズルい、僕も舐める」
「ヒッぁ、っ~~ンッ」
足を高く持ち上げられて、右足がルオラの肩に乗る。大きくバランスを失った体は、背後のリヒドとゼオラに支えられていなければ、確実に倒れていただろう。
「リズ」
「ふぁ・・ァ・・んっ」
すり寄ってきたゼオラの声にキスで答える。溶けるような液体の音が脳を支配する頃になって、ゼオラはリズの首筋にその顔を埋めた。
「リズ、怖くないから力抜いて」
言葉の意味を理解するよりも早く、リズはゼオラの指がシシオラとルオラが舐める場所に入っていくことを悟る。
「ゼオ・・ぁ・・ッア・・イっ」
「慣らさないと入らないから、ゆっくり時間かけていこうな」
「ヤッだ・・抜いッぁ・・ンッん」
反射的に開けた視界に、その光景はあまりにも鮮鋭だった。婚約者に背後から揉みしだかれる胸、二匹の群青兎の顔を股の間に埋めて浮いた腰、側面から回りこんだゼオラの手がそこに消えている。見えなくてもどこに埋まっているかはすぐにわかった。
「ンッぁ、ヤッ・・・アァッ」
シシオラとルオラの指も侵入してくる。
「わかっていても妬けるな」
「リヒ・・ッど、ァ・・」
「リズ。ちゃんと見ないといけない」
「ヒッぁ・・ヤッ・・やだ」
「彼らの指が深く入る今夜が、リズが大人になった証明になるのだから」
「~~~~ッぁ、ァアアァ」
一本でもきつい獣亜人の指が、三本同時に根元まで侵入してくる。ゆっくり内臓を押し上げてくる感覚から逃げた腰がリヒドに押し戻されて、三匹の兎の奇行を許している。
「痛っ・・ぁ・・ヤダァぁ抜い・・おねがイッぁ」
空間が止まっているような気がする。
飛び出しそうなほど暴れる心臓の音だけが響いて、呼吸すら止めた無音の世界で痛みだけが込み上げてくる。それでも、どこか甘い。恐怖だけではない微睡みの向こう、張り詰めた緊張を三匹の指が同時に突き破った瞬間、リズの世界は鮮やかな異世界に生まれ変わっていた。
「アァあァあぅ・・・はぁ・・痛ぁッ・・んっ刺さっ・・ぁ」
「痛いね、リズ。だけど全部入ったよ、よく頑張った」
「ぁ・・ァ・・はぁ・・はぁ・・」
呼吸が苦しい。体が中心から裂けたような痛みが這い上がってくる。薄れゆく意識に残るのは黄金色に揺らめく瞳。次にベッドの上で目覚めてからリエント領にある田舎の城に帰るまでの一週間、リズはその指と舌に快楽を叩きこまれる羽目になった。
それは、そこから四年たった今も同じ。
二十二歳になり、少しは慣れたと思った行為も先を生きる番たちが相手ではたかが知れている。
「ほんと可愛いな、リズは。ここでこうやってリズの声を聴いてると、シェインバルの夜を思い出す。もうあれから四年もたってんのか」
「ゥ・・いくっ・・ぁ・・・ぜぉヤッぁ」
「リズは、ちっとも成長しないね」
「リヒッ・・それイヤァぁ・・もっ・・触らなッ・・ァアァ」
「ですが、この花の芽は最初に摘んだ時よりも大きくなったのでは?」
「イクッ・・イッてる、シシオラやめっ、ァッ・・ぁ、ぅ~~~~ッ」
「リズ様は甘えん坊だから仕方ないよ。こうやってヨシヨシされるの大好きだし」
「ぁ・・・るぉゥッぁ・・ァア・・っ」
ベッドのうえで四人から与えられるのは愛撫だけ。絶頂に暴れる体をなだめられ、なぐさめられ、叫びに近い懇願を慈愛の眼差しで受け流される。
「・・・ッ・・・ぁ・・おがじぐな・・・る・・ぅ」
首都シェインに到着してから何時間がたっただろう。まだ初日の夜だというのに、こんな調子では廃人になる日も近いかもしれない。
愛されているのか、壊されているのか。そのどちらともいえる暴力に近い快楽はリズを彼ら色に染めていく。見えるのは闇に浮かぶ黄金色の瞳だけ。体も心もすべて捧げて、リズはその愛に浸っていた。
・・・・《第4章》デビュタント Fin.
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
【R18】愛欲の施設-Love Shelter-
皐月うしこ
恋愛
(完結)世界トップの玩具メーカーを経営する魅壷家。噂の絶えない美麗な人々に隠された切ない思いと真実は、狂愛となって、ひとりの少女を包んでいく。
【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました
indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。
逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。
一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。
しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!?
そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……?
元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に!
もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕!
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【完結】R-18乙女ゲームの主人公に転生しましたが、のし上がるつもりはありません。
柊木ほしな
恋愛
『Maid・Rise・Love』
略して『MRL』
それは、ヒロインであるメイドが自身の体を武器にのし上がっていく、サクセスストーリー……ではなく、18禁乙女ゲームである。
かつて大好きだった『MRL』の世界へ転生してしまった愛梨。
薄々勘づいていたけれど、あのゲームの展開は真っ平ごめんなんですが!
普通のメイドとして働いてきたのに、何故かゲーム通りに王子の専属メイドに抜擢される始末。
このままじゃ、ゲーム通りのみだらな生活が始まってしまう……?
この先はまさか、成り上がる未来……?
「ちょっと待って!私は成り上がるつもりないから!」
ゲーム通り、専属メイド就任早々に王子に手を出されかけたルーナ。
処女喪失の危機を救ってくれたのは、前世で一番好きだった王子の侍従長、マクシミリアンだった。
「え、何この展開。まったくゲームと違ってきているんですけど!?」
果たして愛梨……もとい今はルーナの彼女に、平凡なメイド生活は訪れるのか……。
転生メイド×真面目な侍従長のラブコメディ。
※性行為がある話にはサブタイトルに*を付けております。未遂は予告無く入ります。
※基本は純愛です。
※この作品はムーンライトノベルズ様にも掲載しております。
※以前投稿していたものに、大幅加筆修正しております。
男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました
かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。
「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね?
周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。
※この作品の人物および設定は完全フィクションです
※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。
※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。)
※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。
※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。
《短編集》美醜逆転の世界で
文月・F・アキオ
恋愛
美的感覚の異なる世界に転移 or 転生してしまったヒロイン達の物語。
①一目惚れした私と貴方……異世界転移したアラサー女子が、助けてくれた美貌の青年に一目惚れする話。
②天使のような王子様……死にかけたことで前世を思い出した令嬢が、化け物と呼ばれる王子に恋をする話。
③竜人族は一妻多夫制でした……異世界トリップした先で奴隷になってしまったヒロインと、嫁を求めて奴隷を買った冒険者グループの話。
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる