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《第4章》デビュタント

第1話:婚約者の特権

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《第4章》デビュタント
第1話:婚約者の特権

イヤでも視界に映る牙の痕はルオラがつけた。
イヤでも痛みに疼く肌の跡はシシオラがつけた。
相手を見つめるリズの髪型や化粧はゼオラの気配が染みついて離れない。イヤでもそれらはすべて、姿なき場所でも存在をちらつかせる。
それぞれの方法で刻んだ所有欲や独占欲の印を振りまきながら、リズはリヒドの腕の中で享楽に果てていた。


「ッ、ぁ・・・アッ、も・・ぁ」

「この程度で限界とは言わないだろう?」

「でも・・ぁ・・~ッく、ぁ」


抱きしめた腕を緩めることが出来ないまま、昇り詰めていく不思議な感覚に犯される。足の間にリヒドを埋め込み、その腰に揺られるまま快楽を受け入れて数時間。絶頂に震えた声を休めた記憶はない。


「イクッぁ、また・・ヤッ・ぁ」


組み敷かれるまま愛撫に溺れ、与えられるままの律動にゆだねていた身体が引き起こされ、ベッドに背を預ける形で反転したリヒドの顔が下に見える。対面にまたがる形で落ち着いたリズの内部は、固く蠢くモノを堪能するように何度も伸縮を繰り返していた。それが真正面から暴かれるのは耐えられない。
まだ太陽が沈む前の寝室。随分と室内に影は広がったが、明かりを灯さなくてもお互いの表情は容易に読み取れる。


「キモチイイね」


枕に背をあずけて腰をつかむ声に花は開かれる。
動くことをやめて休憩に入ったらしいリヒドの顔は、相変わらずどんな状態でも美しい。鍛えられた身体と、きめ細かな肌。獣亜人と違い、鋭利な爪も牙も耳も尻尾もない。人間の体温は混ざりあうと触れ合う肌の質感さえ心地よく溶かすようで、リズは掴まれる腰を自ら動かしながらうなずいていた。


「それにしてもこんな場所にまで痕を刻むのを許して、イケない子だ」

「・・・ッぅ、アッ」

「せっかくのドレスを新調したのに、また着せられない」

「ヒッぁ・・あっ、アッ」


動き出した下からの律動に、体勢を崩したリズの手がリヒドの肩を掴む。


「リズ、感じてばかりいないで。腰の動かし方は教えただろう?」

「ぅ・・ぁ・・は、ぃ」


宣言通りリヒドの瞳の中に始終映りこむリズの顔は、閉じることを忘れた唇から絶えず吐息が零れ落ちていた。いつになったら終わりが来るのか。確認するように前後に腰を動かし始めたリズの腰を掴んだままのリヒドには、その答えをもらえそうにない。


「ヤッ、にゃっ・・ふ・・ぁ・・ッ」

「逃げない」

「りひ・・っ・・アッ」


腰を引き寄せて体勢を起こしたリヒドの腕が腰からお尻に降りて、自身を差し込むのとは違う穴へ指を差し込んでいる。上半身が密着したせいで乳首が肌の表面に擦れ、限界を迎えた膣内は、リヒドの指を受け入れてもなお、その快楽を貪ろうと本能の警告を無視して動いている。
いや、この場合はより深い快楽を得ようとする方が本能に従順だといえるのかもしれない。


「ンッ、ぁ指・・ぃ・・・キモチぃ」

「じゃあ、ここにも入れてもらおうか」

「んっぁ・・ァ・・ぅ、んっ」


いつからそこにいたのか。ベッドの周囲には燕尾服を着た執事たち。リヒドの上で淫らに腰をふりながら抱き着いて胸をこすりつけ、とまらない喘ぎ声を吐き続ける姿を一番見られたくない相手。


「やだぁ・・ぁ・イクッぁ止まらな・・ヤッだめ」

「ほら、リズ。誰にいれてもらおうか」

「ァ・・待っ、イクッぁ、今やっ・・・ぁぁあっぁ」


器用にリズを抱き留めながら抜き差ししていたリヒドの指の代わりに、息が止まるほど大きなものが差し込まれてくる。


「・・ァ・・ぁ・・ゼオ、ラ」


前にリヒドを埋め込んだままの体は、昇り詰めた快楽を押し込まれるように背後から潰される。
閉じようともがく足はゼオラの腕に開かれ、逃げようと暴れる腰はリヒドによって固定されたまま動けない。絶頂にのけぞる身体を強制的に封じられたリズは、声にならない狂喜と共にその余韻を噛み締めていた。


「ぅあ・・ッぁ・・はぁ・・はぁ」


薄い肉壁に隔たれた内部で、リヒドのものとゼオラのものが擦れ合っている。動かないでほしいのに、その言葉さえ紡ぐのが難しい。ろれつがうまく回らない。リヒドに求められるキスに応えているうちに、ゼオラに背後から激しく突かれて身悶える。
それを見つめる残りの視線が、痛いほど欲情を煽っていた。


「リズ様の音、可愛いくらい僕らに染まっちゃってる」

「ッふぁ・・ら」

「んー、名前もわかんなくなっちゃった?」


リヒドと交わしていたはずの口付けが、いつの間にかルオラに代わっている。それは唇から胸の先端に吸い付く先を変えたリヒドのせいでもあるが、全身を快楽に染めたリズにはその変化がわからない。


「お三方ばかりズルいですよ。リズ様、愛は平等にくださらないと」

「ッんっ。ししぉ、りゃ・・ぁ~~ッ」

「ふふ、イッているときのリズ様の舌は相変わらず美味しいですね」

「ふ・・ぁ・・ぁー・・~ぁ」


どこから声を出しているのかもわからない。触れられていない場所がないのに、このままでは命の危険だと悟った体が隙を見て逃げようと奮闘していく。
そのたびに快楽の渦に引き戻され、より最悪の結果になるというのに、溶けた脳は学習能力をすべて捨て去ってしまったに違いない。


「リズ、俺以外に感じてんなよ」

「ゼォ・・りゃ・ッヤッ・・ぁ」

「リズ、わたしの方が好きだと言ってごらん?」

「りヒッ・・ぁ・アァぁッ」


痺れるほどの電流が全身に走って脳天を突き抜ける。四肢の先まで震わせた神経の波に犯されて、リズは四人の中心で息も絶え絶えに悶えていた。
全身の呼吸がままならない。酸素不足に喘ぐ脳が理解を求めて肺を酷使している。それでも状況を受け入れるなら、これはまだ序章なのだろう。


「ぐちゃぐちゃになってるリズ様、可愛い」


引き抜かれたばかりの穴から、白濁の液体が泡を吹いて肌を伝う。それを眺める男たちの目から欲の色が消えない限り、広がり続ける穴に注がれる液体は変わらない。


「次はわたしたちの相手をお願いします」

「ぁ・・・ンッ」


残念なことに時間ばかりが無限にある。使用人のいない片田舎の豪邸で叫んだところで誰も助けには来てくれない。


「ん・・ぁ・・ぁあぁ・・ッぃ・・アッ」


窓から見える空から太陽が沈み、月が昇る時刻になってもまだ、リズは解放されない愛の海に溺れていた。

* * * * * *

燭台に灯された光の輪が室内を照らし、ついで暖炉にくべられた薪が温かな色を届けている。すっかり月が浮かんだ夜、屋敷の裏手にあるフォンフェンの森が黒い影たちと遊んでいるが、それは何も森に限ったことではない。
清掃が行き届いた丁寧な調度品が橙色を反射させ、本来黄金色を持つ男たちの瞳をどこか怪しげに映していた。


「また国内で人間か、獣亜人か、わからない不審死が発見された。サドア国の要請を断ったアルヴィド国は、わが国の要請も聞き入れるつもりはないだろう。情勢がまた大きく動くよ」

「王都獣亜交国管理省に務める、あなたが多忙になる。実に良い話ですね」

「貴様らしい意見をどうも。これはシンカ山の土蜘豚=ドグリューを含め、人間を主食とする獣亜人にも嬉しい話題だろう。戦争は彼らにとって最高の狩り場だ。サドア国の女王が獣亜人解放宣言をしてからというもの、アルヴィドとサドアの関係は悪化の一途をたどっている。アストラ大国とイザハ帝国も表向きは終戦しているとはいえ、イヤな噂は消えず、平和とは程遠い。それがシュゼンハイド内でも目立つようになってきた」

「ああ、それで最近きなくせぇ連中が屋敷周辺を嗅ぎまわってやがんのか」

「フォンフェンの森の門番はこのご時世、実に魅力的な餌だからな」


椅子に足を組んで琥珀色の液体を揺らすリヒドの話を聞いていたシシオラとゼオラの耳が動いている。おおかた、今晩の見回り当番であるルオラの動向を気にしているのだろう。
夜空の下で踊る真白の獣亜人はよく目立つ。
人間には聞こえない距離で乱闘や銃声を楽しむ笑い声でもあげていたのか、何度か独特の鳴き声で会話していた。


「アルヴィド、ラオ、キジュカの三国協定が果たされて六年。イザハ帝国とアストラ大国が停戦して五年。獣亜人との共存を望むサドア国は孤立無援の状態が続く。ところがニ、三年前から、そのサドア国で獣亜人による殺害事件が多発しはじめた。獣亜人を守ろうとした国が獣亜人に脅かされる。興味深い話しだが、所詮は他人事。けれど、自国となればそうはいかない。そこでだ。わたしはリズをしばらく首都に置こうと思う」

『は?』


これはまさにリヒドの話を受け流し、ルオラに対して群青兎語で会話をしていたシシオラの疑問符。


「話の流れがまったく見えません、お断りします」


即答で拒否を口にしたシシオラの意見に、絶句しているゼオラの首もうなずいている。細長く編んだ髪がその背中で揺れているが、暖炉の光を反射しても群青に煌めく毛並みはその心中を現わしているようだった。


「外交だけじゃなく、内情も色々複雑でね。第一王子と大臣が反獣亜人派なのは知っているだろう。王妃のベロニカ様に至っては獣亜人撲滅まで宣言している。アルヴィドとサドアが戦争になれば、条約上シュゼンハイド王国はアルヴィド側につくだろう。獣亜人への人権皆無の点で共通認識を持つトップ同士、勝っても負けても明るい未来は望めない」

「獣亜人が人間に絶滅させられるとでも?」

「いや、リズの未来だ」


その言葉にシシオラとゼオラだけでなく、姿の見えないルオラも耳を澄ませているのがよくわかる。いつからこんなに近しい存在になったのかと思わず笑えてくるが、リヒドはその笑みを琥珀色の液体に隠してひとつ口に含んだ。


「リズは貴様たちの番であり、わたしの妻だ。リズがこの世界で生きていくことを望む以上、獣亜人への印象は良いにこしたことはない」

「まだ婚約者だろ。それにリズの名前を出せば俺たちが折れると思ってないか?」

「事実だから諦めろ。いいか、シュゼンハイド王国は現在三つの派閥に分裂している。一つは第一王子ニール様を筆頭にした獣亜人反対派、二つ目は第二王子クリス様を筆頭にした獣亜人共栄派、そして三つ目が傍観を決め込んだ中立派。わたしたちは第二王子側につく」

「リズを連れていく答えになってねぇよ」


ゼオラの訴えに、リヒドは指を突き出してその答えを述べる。


「答えは最初に述べた。シシオラが言ったようにわたしは多忙になる。リズが傍にいなければ頑張れない」


音が出るほど気持ち良い笑顔で微笑んだ美麗な顔を蹴り殺したい。彼らが本当にそう願ったか定かではないが、代わりに暖炉の薪が戦いの幕開けを告げるように「ゴキン」と聞いたことのない音を立てていた。
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