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第3章 魔の300m
第7話 〜ウーツ剣を届けろ〜
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翌日、ゼンジ達はウーツ剣を輸送する荷馬車護衛の為にタジルを出発した。
荷馬車はタジルからもう十キロも無い所まで来ているらしいが、その間にある湿地帯を安全に通る為に手前の村で待っているらしい。
ウーツ剣はアンスラ討伐の最後の希望だ。何としてでもタジルまで持ち帰らないといけない。
「ところでフェルムさん達まで着いて来なくても良かったんじゃないですか?」
護衛メンバーの中にはタジルの住人達の姿があった。
彼等は予備の荷馬数頭を連れ、それに木の板を十数枚を括り付けている。
「昨日も言っただろ。街が救われるなら俺達は協力を惜しまない。それに荷馬車にはタジルへの生活物資も積んであるんだ。だから俺達も手伝わせてもらう」
リーダー格であるフェルムが答える。
「とか言ってフェルムの奴、クーデリカちゃんが心配なだけだぜ」
「ああ、あと冒険者の兄ちゃんがクーデリカちゃんに相応しい男か見定める気だ」
後ろでフェルムの仲間達がこそこそと話す。
昨日ゼンジがつい口を滑らせてしまったが為に、フェルムは完全に彼を警戒する様になった。
今もうちの娘に何かしないかジッとゼンジを監視している。
(何だか背中がゾワゾワする……。風邪かな?)
いや治癒強化のスキルがある彼が病気になった事なんてこの世界では一度も無いのだが、ゼンジは得も言われぬ謎の感覚に襲われていた。
輸送護衛に参加したのは鉱夫達ばかりではない。中にはゼンジ達の活躍を見たいと言って着いてきた変わり者も居る。
「これから先はヌマリザドが棲息する湿地帯です。出てきますかねぇ? 出て来てくれたなら嬉しいですが」
そう言って何やら楽しそうに話し掛けて来るのはタジルに住むコルホという男だ。
何でも有名な画家兼小説家らしく街を救いに来たゼンジ達を観察して次の作品のネタにしたいのだとか。だからこんな面倒事が起こって欲しそうな事を言っているのだが、他の人達からすれば勘弁して欲しい話だ。
「ヌマリザドは泥濘みで動けんくなったもんを襲うモンスターや。動きはトロいし出くわしても走ったら十分逃げ切れるで」
「んん~、それは残念」
せっかく二人の戦闘が見たかったのにとコルホは肩を落とす。
こちらとしては無駄な戦闘なんてやってられない。彼には無駄足を踏んでもらおう。
ルイの言葉通り一行は何の問題も無く湿地帯を抜け荷馬車が居る村に到着した。
荷馬車を運搬しているのはタジル伯爵の兵士達だ。彼等は護衛が来るまでこの村で待機せよと命じられていたのだが、まさかこんな大勢で来るとは思っていなかったらしく一行を見ると大変驚いた様子だった。
「ウーツ剣はちゃんとありまっか?」
早速ルイが剣の確認をする。
兵士が長細い木箱を荷馬車から下ろし蓋を開けると、中には革鞘に納められたショートソードが入っていた。
ルイは早速箱から取り出すと剣を抜き放ちその剣身を皆に見せる。
「おお~!」
その剣を見た一同はその美しさに感嘆の声を上げた。
その刀身は曇り無く、鋼とは思えない銀色をしており、木目の様な神秘的な波紋が皆の目を奪った。
「これが錆びない鋼、ウーツ鋼。なんて綺麗なんでしょう……。」
「こいつであのモンスターが倒せるんだな!」
「よし、帰るぞ! 何としてでもこの剣をタジルに持って帰るんだ!」
フェルムの号令で鉱夫達は出発の準備をする。長旅で疲れた馬と連れて来た馬を交代させ荷馬車を取り囲む様に陣形を作る。
何だか「絶対この荷馬車は守ってやる」という男達の決意の様な物が見て取れた。
「これ俺達いるかな?」
「ウチ等はモンスターと出くわしたら働けばええねん。正直あの湿地帯を荷馬車で移動すんのは骨が折れそうやからな。おっちゃん等が居ってくれて良かったわ」
「あー確かに。あのベチャベチャした道どうやって行くんだろ?」
街道は湿地帯の沼を避ける様に通ってはいるものの、所々に泥濘みや凸凹があり、こんな悪路を帰りは荷馬車を連れて通らなければならないのかと思った。「行きは良い良い。帰りは怖い」と言うが今回は正にそれだ。
だが心配しても仕方が無い。一行はタジルに向けて出発した。
街道は整地されているとは言え、小石程度は普通に転がっているし小さな凸凹もある。だがさすがの鉱山の男達はそんな物に車輪が引っ掛かっても車を押して簡単に脱出していた。
やがて一行が最大の難関である湿地帯に差し掛かった時、フェルムが仲間達に向かって叫んだ
「よーし! 野郎共道を作れ!」
男達は予備の馬から木の板を外すと、それを荷馬車の車輪の進行方向に敷き詰め始めた。
なるほど、これなら地面が泥濘んでようが凸凹してようが車輪がハマること無く進む事が出来る。
敷き詰められた木の板上を荷馬車がゆっくりと移動する。足下が安定したとは言え勢い出して板と板の間にハマったり板の道から外れでもすれば泥濘んだ地面に車輪を取られ動けなくなってしまうからだ。
だがどんなにどんなに注意したとて荷馬車を引くのは馬だ。馬は臆病な生き物であり何かのきっかけで簡単にビックリする。
沼地からニョロっと這い出て来た蛇に驚いた馬は、ほんの一瞬だが馬引きの制御を逃れて暴れ出した。
馬引きはすぐに馬を制するが、そのほんの一瞬で荷馬車は敷かれた板から脱輪し泥濘んだ道に落ちてしまった。
「くそっ! ハマっちまった! 皆押せ!」
男達が荷馬車に群がり押せや引けやと救出を試みる。しかし物資を満載した荷馬車は足場が悪い事もあって、屈強な男達でも中々脱出出来ない。
「あ~あ、やっぱりこうなるか。ルイ周辺を警戒して。この騒ぎでヌマリザドが出て来るかも」
動きが遅いから泥濘みに嵌まった動物を狙うヌマリザド。冒険者ならともかく一般人がまともに戦って勝てる相手ではない。
ウーツ剣とタジルへの物資を守る為にもゼンジとルイの役割は重要だ。
「あの私は?」
何か出来る事は無いかとクーデリカは尋ねた。
「クーデリカは俺と一緒に沼を警戒して。ヌマリザドが襲って来るならそっち方向だ」
立ち往生場所の横に広がる大きな沼。そこはモンスターが隠れるには十分な広さと水草が生茂っている。
沼から荷馬車までは二十メートル程あり、ここから襲って来る可能性が一番高い。
「んん~、何やらヌマリザドが出て来そうな予感。どうせなら大物が襲って来て欲しいですね~!」
「おっさん黙って向こうを手伝えや!」
相変わらず不謹慎な事を言うコルホにルイが怒鳴る。
ちなみにルイは好感が持てる年上男性には「おっちゃん」と呼び、快く思わない男には「おっさん」呼びをする癖がある。だからさっきから勝手な事ばかり言っているコルホはおっさん呼びだ。
ゼンジは双眼鏡を構えて沼を観察する。横ではクーデリカも目視で沼に注意を払っていた。
「お父さんから聞いたよ。オタク昔話に憧れて冒険者になったんだって?」
ゼンジは双眼鏡を覗きながらクーデリカに問い掛ける。
クーデリカは驚いた様子でゼンジの方を向くが、すぐに沼に視線をやった。
「パパから何か言われました? 冒険者を辞めるように言って欲しいとか」
「いや何も。ただクーデリカの事を心配してたよ」
「パパは心配性なんです。今日だって勝手に着いて来るし」
「でもああやって協力してくれて凄く助かったよ」
クーデリカは後ろで荷馬車を押す父に振り返る。
「ゼンジさんはどう思います? 憧れで冒険者になっちゃいけませんか?」
「まさか。俺も憧れから冒険者になった人間だからねぇ。俺はクーデリカを応援するよ」
そう言われた彼女は「ありがとうございます」と嬉しそうに顔を綻ばせた。
その時、ゼンジが沼に不自然な波を見つけた。
波はゆっくりとこちらに寄って来る。そして沼から人の二倍はあろうかという大きさのトカゲがのっそりと陸に上がって来た。
「敵襲! 敵襲!」
ヌマリザドの出現を皆に知らせる。
待ってましたといった感じで興奮しているコルホを押し退けてルイがすぐさまこちらに駆け付けてくれた。
「おう中々デカいやんけ。ほな早速ーー」
「待った。ここは俺達に任せてルイは他にヌマリザドが襲って来ないか警戒しててくれない?」
今にも飛び出そうなルイをゼンジは制する。
せっかく暴れられると思っていたルイはその制止を邪魔臭そうに睨み付けるが、横にいるクーデリカを見ると察した様に了承した。
「クーデリカ矢を射れ!」
ゼンジはすぐさまクーデリカに指示を出す。
「へ!? でも」
「良いから。お父さんに実力を見せてやれ!」
ヌマリザドの皮膚はサンショウウオの様に柔らかく、動きも遅いので弓使いには良い的になる。クーデリカには持って来いの獲物と言うわけだ。
「はい!」
ゼンジの気持ちを汲み取ったクーデリカは活躍の場を与えてくれた彼に力強い返事をする。
そして弓を構えるとのっそのっそと寄って来るヌマリザドに向けて一射を放つ。
だが放たれた矢は何とも弱々しく矢の尻から落ちた。
「……あり?」
「も、もう一度!」
気合を入れてもう一射放つがその矢もヒョロヒョロと頼りない軌道を描き地面に落ちて行く。
弓は得意じゃないとフェルムが言っていたがまさかここまでとは。敵を狙う以前に全く弓が引けていない。
「キシャアア!」
巨大なオオトカゲが牙を剥きクーデリカに突進する。動きが遅いとは言われるヌマリザドだがほんの少しだけ人間を上回る速度で走る事が出来るのだ。
ダメだと悟ったクーデリカは逃げようとするが、泥濘みで足を滑らせ転倒してしまう。
『即効魔法ーーワープ』
ゼンジは迫るヌマリザドの頭上に転移すると腰に吊るした空瓶の栓を抜き魔法を唱えた。
『精霊よ。風をこの手にーー繰気術 見えざる一鎚』
操った風を手に集中させヌマリザドの顔面に叩き付ける。
その他から見れば子供騙しの様な攻撃だが、生命活動に必要な酸素を極力排除した酸欠ガスを吸ったヌマリザドはヨロヨロと迷走しその巨体を地に崩した。
倒れたヌマリザドの頭上から放り出されたゼンジは華麗に着地して見せようとするが、泥濘んだ地面で見事に滑り盛大に転倒した。
「痛ったぁ。クーデリカ大丈夫か?」
「はい大丈夫です。すみませんご迷惑お掛けしました」
泥だらけになった二人はげんなりして立ち上がる。
「オタク弓下手っぴだねぇ」
「あぐぅっ……!」
クーデリカに追撃の言葉を浴びせてゼンジはヌマリザドの急所に止めの刃を入れる。ちょっと酷いとは思ったが優しい言葉を掛けた所でどうにもならない。
「おーい! もう出発出来るぞ!」
ちょうど荷馬車も泥濘みから脱出した様でフェルムが二人を呼んでいた。
「ほら行くよ。冒険者続けたいならこんな事でくよくよしない。下手ならお父さんが認めてくれるまで練習すれば良いんだよ」
ゼンジはクーデリカの背を叩いて励ます。
泥だらけの二人はまた転ばない様に気を付けながら荷馬車を追い掛けた。
荷馬車はタジルからもう十キロも無い所まで来ているらしいが、その間にある湿地帯を安全に通る為に手前の村で待っているらしい。
ウーツ剣はアンスラ討伐の最後の希望だ。何としてでもタジルまで持ち帰らないといけない。
「ところでフェルムさん達まで着いて来なくても良かったんじゃないですか?」
護衛メンバーの中にはタジルの住人達の姿があった。
彼等は予備の荷馬数頭を連れ、それに木の板を十数枚を括り付けている。
「昨日も言っただろ。街が救われるなら俺達は協力を惜しまない。それに荷馬車にはタジルへの生活物資も積んであるんだ。だから俺達も手伝わせてもらう」
リーダー格であるフェルムが答える。
「とか言ってフェルムの奴、クーデリカちゃんが心配なだけだぜ」
「ああ、あと冒険者の兄ちゃんがクーデリカちゃんに相応しい男か見定める気だ」
後ろでフェルムの仲間達がこそこそと話す。
昨日ゼンジがつい口を滑らせてしまったが為に、フェルムは完全に彼を警戒する様になった。
今もうちの娘に何かしないかジッとゼンジを監視している。
(何だか背中がゾワゾワする……。風邪かな?)
いや治癒強化のスキルがある彼が病気になった事なんてこの世界では一度も無いのだが、ゼンジは得も言われぬ謎の感覚に襲われていた。
輸送護衛に参加したのは鉱夫達ばかりではない。中にはゼンジ達の活躍を見たいと言って着いてきた変わり者も居る。
「これから先はヌマリザドが棲息する湿地帯です。出てきますかねぇ? 出て来てくれたなら嬉しいですが」
そう言って何やら楽しそうに話し掛けて来るのはタジルに住むコルホという男だ。
何でも有名な画家兼小説家らしく街を救いに来たゼンジ達を観察して次の作品のネタにしたいのだとか。だからこんな面倒事が起こって欲しそうな事を言っているのだが、他の人達からすれば勘弁して欲しい話だ。
「ヌマリザドは泥濘みで動けんくなったもんを襲うモンスターや。動きはトロいし出くわしても走ったら十分逃げ切れるで」
「んん~、それは残念」
せっかく二人の戦闘が見たかったのにとコルホは肩を落とす。
こちらとしては無駄な戦闘なんてやってられない。彼には無駄足を踏んでもらおう。
ルイの言葉通り一行は何の問題も無く湿地帯を抜け荷馬車が居る村に到着した。
荷馬車を運搬しているのはタジル伯爵の兵士達だ。彼等は護衛が来るまでこの村で待機せよと命じられていたのだが、まさかこんな大勢で来るとは思っていなかったらしく一行を見ると大変驚いた様子だった。
「ウーツ剣はちゃんとありまっか?」
早速ルイが剣の確認をする。
兵士が長細い木箱を荷馬車から下ろし蓋を開けると、中には革鞘に納められたショートソードが入っていた。
ルイは早速箱から取り出すと剣を抜き放ちその剣身を皆に見せる。
「おお~!」
その剣を見た一同はその美しさに感嘆の声を上げた。
その刀身は曇り無く、鋼とは思えない銀色をしており、木目の様な神秘的な波紋が皆の目を奪った。
「これが錆びない鋼、ウーツ鋼。なんて綺麗なんでしょう……。」
「こいつであのモンスターが倒せるんだな!」
「よし、帰るぞ! 何としてでもこの剣をタジルに持って帰るんだ!」
フェルムの号令で鉱夫達は出発の準備をする。長旅で疲れた馬と連れて来た馬を交代させ荷馬車を取り囲む様に陣形を作る。
何だか「絶対この荷馬車は守ってやる」という男達の決意の様な物が見て取れた。
「これ俺達いるかな?」
「ウチ等はモンスターと出くわしたら働けばええねん。正直あの湿地帯を荷馬車で移動すんのは骨が折れそうやからな。おっちゃん等が居ってくれて良かったわ」
「あー確かに。あのベチャベチャした道どうやって行くんだろ?」
街道は湿地帯の沼を避ける様に通ってはいるものの、所々に泥濘みや凸凹があり、こんな悪路を帰りは荷馬車を連れて通らなければならないのかと思った。「行きは良い良い。帰りは怖い」と言うが今回は正にそれだ。
だが心配しても仕方が無い。一行はタジルに向けて出発した。
街道は整地されているとは言え、小石程度は普通に転がっているし小さな凸凹もある。だがさすがの鉱山の男達はそんな物に車輪が引っ掛かっても車を押して簡単に脱出していた。
やがて一行が最大の難関である湿地帯に差し掛かった時、フェルムが仲間達に向かって叫んだ
「よーし! 野郎共道を作れ!」
男達は予備の馬から木の板を外すと、それを荷馬車の車輪の進行方向に敷き詰め始めた。
なるほど、これなら地面が泥濘んでようが凸凹してようが車輪がハマること無く進む事が出来る。
敷き詰められた木の板上を荷馬車がゆっくりと移動する。足下が安定したとは言え勢い出して板と板の間にハマったり板の道から外れでもすれば泥濘んだ地面に車輪を取られ動けなくなってしまうからだ。
だがどんなにどんなに注意したとて荷馬車を引くのは馬だ。馬は臆病な生き物であり何かのきっかけで簡単にビックリする。
沼地からニョロっと這い出て来た蛇に驚いた馬は、ほんの一瞬だが馬引きの制御を逃れて暴れ出した。
馬引きはすぐに馬を制するが、そのほんの一瞬で荷馬車は敷かれた板から脱輪し泥濘んだ道に落ちてしまった。
「くそっ! ハマっちまった! 皆押せ!」
男達が荷馬車に群がり押せや引けやと救出を試みる。しかし物資を満載した荷馬車は足場が悪い事もあって、屈強な男達でも中々脱出出来ない。
「あ~あ、やっぱりこうなるか。ルイ周辺を警戒して。この騒ぎでヌマリザドが出て来るかも」
動きが遅いから泥濘みに嵌まった動物を狙うヌマリザド。冒険者ならともかく一般人がまともに戦って勝てる相手ではない。
ウーツ剣とタジルへの物資を守る為にもゼンジとルイの役割は重要だ。
「あの私は?」
何か出来る事は無いかとクーデリカは尋ねた。
「クーデリカは俺と一緒に沼を警戒して。ヌマリザドが襲って来るならそっち方向だ」
立ち往生場所の横に広がる大きな沼。そこはモンスターが隠れるには十分な広さと水草が生茂っている。
沼から荷馬車までは二十メートル程あり、ここから襲って来る可能性が一番高い。
「んん~、何やらヌマリザドが出て来そうな予感。どうせなら大物が襲って来て欲しいですね~!」
「おっさん黙って向こうを手伝えや!」
相変わらず不謹慎な事を言うコルホにルイが怒鳴る。
ちなみにルイは好感が持てる年上男性には「おっちゃん」と呼び、快く思わない男には「おっさん」呼びをする癖がある。だからさっきから勝手な事ばかり言っているコルホはおっさん呼びだ。
ゼンジは双眼鏡を構えて沼を観察する。横ではクーデリカも目視で沼に注意を払っていた。
「お父さんから聞いたよ。オタク昔話に憧れて冒険者になったんだって?」
ゼンジは双眼鏡を覗きながらクーデリカに問い掛ける。
クーデリカは驚いた様子でゼンジの方を向くが、すぐに沼に視線をやった。
「パパから何か言われました? 冒険者を辞めるように言って欲しいとか」
「いや何も。ただクーデリカの事を心配してたよ」
「パパは心配性なんです。今日だって勝手に着いて来るし」
「でもああやって協力してくれて凄く助かったよ」
クーデリカは後ろで荷馬車を押す父に振り返る。
「ゼンジさんはどう思います? 憧れで冒険者になっちゃいけませんか?」
「まさか。俺も憧れから冒険者になった人間だからねぇ。俺はクーデリカを応援するよ」
そう言われた彼女は「ありがとうございます」と嬉しそうに顔を綻ばせた。
その時、ゼンジが沼に不自然な波を見つけた。
波はゆっくりとこちらに寄って来る。そして沼から人の二倍はあろうかという大きさのトカゲがのっそりと陸に上がって来た。
「敵襲! 敵襲!」
ヌマリザドの出現を皆に知らせる。
待ってましたといった感じで興奮しているコルホを押し退けてルイがすぐさまこちらに駆け付けてくれた。
「おう中々デカいやんけ。ほな早速ーー」
「待った。ここは俺達に任せてルイは他にヌマリザドが襲って来ないか警戒しててくれない?」
今にも飛び出そうなルイをゼンジは制する。
せっかく暴れられると思っていたルイはその制止を邪魔臭そうに睨み付けるが、横にいるクーデリカを見ると察した様に了承した。
「クーデリカ矢を射れ!」
ゼンジはすぐさまクーデリカに指示を出す。
「へ!? でも」
「良いから。お父さんに実力を見せてやれ!」
ヌマリザドの皮膚はサンショウウオの様に柔らかく、動きも遅いので弓使いには良い的になる。クーデリカには持って来いの獲物と言うわけだ。
「はい!」
ゼンジの気持ちを汲み取ったクーデリカは活躍の場を与えてくれた彼に力強い返事をする。
そして弓を構えるとのっそのっそと寄って来るヌマリザドに向けて一射を放つ。
だが放たれた矢は何とも弱々しく矢の尻から落ちた。
「……あり?」
「も、もう一度!」
気合を入れてもう一射放つがその矢もヒョロヒョロと頼りない軌道を描き地面に落ちて行く。
弓は得意じゃないとフェルムが言っていたがまさかここまでとは。敵を狙う以前に全く弓が引けていない。
「キシャアア!」
巨大なオオトカゲが牙を剥きクーデリカに突進する。動きが遅いとは言われるヌマリザドだがほんの少しだけ人間を上回る速度で走る事が出来るのだ。
ダメだと悟ったクーデリカは逃げようとするが、泥濘みで足を滑らせ転倒してしまう。
『即効魔法ーーワープ』
ゼンジは迫るヌマリザドの頭上に転移すると腰に吊るした空瓶の栓を抜き魔法を唱えた。
『精霊よ。風をこの手にーー繰気術 見えざる一鎚』
操った風を手に集中させヌマリザドの顔面に叩き付ける。
その他から見れば子供騙しの様な攻撃だが、生命活動に必要な酸素を極力排除した酸欠ガスを吸ったヌマリザドはヨロヨロと迷走しその巨体を地に崩した。
倒れたヌマリザドの頭上から放り出されたゼンジは華麗に着地して見せようとするが、泥濘んだ地面で見事に滑り盛大に転倒した。
「痛ったぁ。クーデリカ大丈夫か?」
「はい大丈夫です。すみませんご迷惑お掛けしました」
泥だらけになった二人はげんなりして立ち上がる。
「オタク弓下手っぴだねぇ」
「あぐぅっ……!」
クーデリカに追撃の言葉を浴びせてゼンジはヌマリザドの急所に止めの刃を入れる。ちょっと酷いとは思ったが優しい言葉を掛けた所でどうにもならない。
「おーい! もう出発出来るぞ!」
ちょうど荷馬車も泥濘みから脱出した様でフェルムが二人を呼んでいた。
「ほら行くよ。冒険者続けたいならこんな事でくよくよしない。下手ならお父さんが認めてくれるまで練習すれば良いんだよ」
ゼンジはクーデリカの背を叩いて励ます。
泥だらけの二人はまた転ばない様に気を付けながら荷馬車を追い掛けた。
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