飄々ゼンジの異世界謳歌

サムハラ

文字の大きさ
上 下
2 / 41
第1章 冒険者ゼンジ

第1話 〜全然違うじゃん!〜

しおりを挟む
 長く降った雨のせいでぬかるんだ地面と凡そ道とは言えない悪路を踏破し、ようやく薄暗い森から抜け出したゼンジはそこから見える光景に目を輝かせた。

「おお! 絶景かな絶景かな!」

 空は快晴、眼下には樹海が広がり、樹海の向こうには海が見える。この絶景大パラノマを前にお弁当を食べればさぞ美味しい事だろうが、残念ながら今はそんな時間は無い。
 森の上空に作戦開始を告げる白い発煙弾が高々と打ち上がった。
 それを確認したゼンジは自分の装備を確認する。
 機動性を重視したので鎧は着ず、防具は左腕に装着した盾兼マジックアイテムのガンレットとシャツの上に着た鉄板入りのベストのみ。腰には東方の商人から購入した自慢の刀が吊ってある。

「いやはや緊張するねぇ。こんなに緊張するのは高校受験の面接の時以来かな? あ、高校ってのは学校の事で、俺の国では小、中と義務教育ってのがあって――」
「うっさいわ! アンタ毎度毎度ホンマテンション高いな! 今日くらい気ぃ張れや!」

 横にいる少女がお前の自分語りはうんざりだと言った顔でゼンジの言葉を遮る。
 少女の名前はルイ。歳はゼンジと同じ17歳。
 小柄で髪はワインの様な赤黒いショートヘアをしており饅頭の様な帽子を被っている。服はヴィジットと呼ばれる大きな半割れ袖が特徴の上衣を着ており身体のシルエットは分からない。

「分かってるよ~。『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』ってね。大丈夫。だって俺天才だから。ハーハッハッハ!」

 そう言ってゼンジはもう目的は達したとばかりに呵々大笑する。

「あー! うっさいな! ちぃと黙れや!」

 彼がこの世界に迷い込んでから一年半が経った。
 あの日、ルイ達に助けられたゼンジは彼女達のパーティーに入り冒険者として活動している。
 冒険者となってからのゼンジの活躍は凄まじく、仲間達の援護があったとは言え、数々のモンスターを討伐した彼は最下級のGランクから僅か一年で五階級上位のBランクに昇級した。
 その為、彼の住む街ではちょっとした有名人になっている。
 そしてルイはそんなゼンジの――

「ウチはアンタの相棒バディやけど、今日は手ぇ出すな言われとんねん。ソロでデモンゴブリン三体も討伐出来んのけ?」

 相棒のルイは能天気なゼンジに指を突き付け諫める。
 デモンゴブリンとはゴブリン種の中でも最上位の個体だ。
 通常のゴブリンは子供くらいの体格で一体当たりの強さも大した事ない。子供でも追い払えるくらいのモンスターだ。
 だがデモンゴブリンの体格は成人男性以上あり、馬や牛を担いで巣に持って帰る程に力も強い。更に魔法を使うので一般人や並の冒険者では軽く蹴散らされて殺されてしまうのだ。
 本来Bランク以下の冒険者であれば一体を討伐するのに複数人で戦うのがセオリーだ。
 だが今回ゼンジはAランク冒険者への昇級試験を受ける為の見極め試験という事で、一人で三体のデモンゴブリンを討伐するという課題をパーティーのリーダーから与えらている。
 しかしそんな難題を課せられているにも関わらず、ゼンジは特に気負った様子も無く、むしろ楽しんでいる様な気楽さを見せていた。

「何々心配してくれてるの? いやぁ嬉しいねぇ『赤毛の悪魔』と恐れられるルイに心配されるなんて」
「だーれーが悪魔や。こんな可憐な美少女掴まえて失礼なやっちゃな。ウチのデーモンハンド食らうけ?」

 悪魔を否定しといてデーモンハンドをちらつかせるのはこれ如何に?
 ボケだろうかマジだろうかとゼンジは反応に困った。
 だがそんな楽しい雑談も終わりを迎える。
 森の奥がにわかに騒がしくなり始めたのだ。木々が折れる音、打撃音、獣の咆哮等、それまでの静かだった森とは一変した空気が漂う。

「「来た!」」

 ゼンジは腰のポーチから二枚のカードを引くと左腕のガンレットを展開しそのカードを挿入した。

「う~ん。やっぱり音声が無いのは寂しいねぇ。ルイ魔法で何たらベントみたいなカード読み込み音声機能を付けれない?」
「アホ言うとる場合か。来んで!」

 こんな状況でも軽口を叩く相棒に呆れつつルイはどんどん近付いて来る気配に身構える。
 その時、森から人影が飛び出して来た。
 両手に細身の剣を持ち、機動性を重視した軽装の鎧を着た青年だ。

「クラウスお疲れ様! 首尾はどうよ?」

 クラウスと呼ばれた青年はゼンジと同じ冒険者パーティーの男だ。
 年齢は24歳。双剣使いである彼はパーティーではゼンジと一緒に前衛を張っている。ゼンジにとっては兄貴分的存在なのだが、物静かな性格でいつもパーティーの隅にいる。
 ゼンジに気付いたクラウスがこちらに駆けて来る。

「準備は良いか?」
「バッチリ!」
「そうか。頑張れ」

 激励を受けたゼンジは任せろと気合いを入れた。
 間もなくクラウスを追って森から今回の討伐対象が姿を現す。
 青黒い体色で、その名の通り悪魔の様な見た目をし、手には動物の骨で作った棍棒や冒険者から奪った剣で武装した上級モンスター『デモンゴブリン』

「オオォォォ!!」
「おーおー、凄く怒ってんじゃん」

 巣を襲撃されて激怒しているのであろう。クラウスを見失ったデモンゴブリンは咆哮を上げた。
 その咆哮に続き仲間のデモンゴブリンも森から現れる。

 ――その数、十体!

「は!? 十!? ちょいちょいちょいちょいちょい!! は!? 十!? はぁ!?」

 直後、クラウスが笛を吹き鳴らす。

「ちょお! 何してくれてんのクラウス!?」
「ん? 何か問題だったか?」

 何かやっちゃいましたみたいな顔をするクラウスだが、その通りやっちゃってる。

「いや数! 言ったよね!? 今日の討伐目標は三体って! なのにこれは何!?」
「ザルムがそのまま誘導しろと言った」
「はあ!? あのいい加減リーダーはもう!」

 今回この試験を立案したパーティーリーダーの顔がよぎる。
 どうせ今回もノリと勢いで「まあゼンジなら大丈夫だろ」とか思ったのだろう。いや信頼してくれるのは嬉しいけどそれとこれとは話が別だ。
 そうこうしている内に笛の音に誘導されたデモンゴブリン達はゼンジを新たな獲物と定め一斉に突進を始めた。

「ほれほれどないする? 何やったら半分手伝てっどうたろけ?」

 ルイは狼狽するゼンジを面白そうにからかう。

「いいや、こうなったら全部倒してやる!」

 ゼンジは覚悟を決めると数歩前に出て腰を落とし抜刀の構えを見せた。

「ふうん。ほなお手並み拝見さしてもらうわ」

 デモンゴブリンは棍棒を持った個体が三、剣が二、槍が二、残り三は素手。
 突っ込んでくる棍棒持ち一体の後ろに素手の二体がいるが、出遅れたのか先頭より少し間隔があった。
 ゼンジは刀の鯉口を切ると、今まさに間合いに入ったデモンゴブリンに対し白刃一閃を浴びせるやいなや、袈裟懸けに二太刀目を叩き込み敵を地に伏せた。
 一瞬の出来事に後続の二体がたじろぐ。ゼンジをマズい相手とでも思ったのかその脚が一瞬鈍くなった。
 そんな隙をゼンジは見逃さない。

「ビビっちゃ終いよ」

 一歩踏み込むと同時に刀を上段に構え袈裟斬り、更に斬ったデモンゴブリンに蹴りを入れ、後ろのデモンゴブリンにぶつけて怯ませ、手近にいた一体に一太刀浴びせた。
 瞬く間に三体の屍を作ったゼンジは更に群れの中に割って入って行きデモンゴブリンを斬り伏せて行く。
 弱腰になってしまえばモンスターと言えど脆い。相手を攻撃する事より相手からの攻撃を避けようと受身になるからだ。
 戦いの主導権を握ったゼンジはデモンゴブリン達を翻弄し一体また一体と一撃必殺の一刀で斬り伏せて行く。その姿はデモンゴブリンよりゼンジの方が怪物の様に見えた。
 そしてまた間合いに入ったデモンゴブリンに彼はその刀を振り上げた。
 しかしその時、急に腕が動かなくなった。
 腕だけでなく脚も石の様に動かない。
 見れば魔法陣が枷の様にゼンジの手足を拘束しているではないか。

「魔法!?」

 見れば一体のデモンゴブリンが意味の分からない言葉で詠唱しいるではないか。
 そして間もなくゼンジの首にも魔法陣が展開され、彼は首すら動かす事が出来なくなった。

「――ッく!」

 藻掻くゼンジに生き残った五体のデモンゴブリン達が近付いて来る。
 どう苦しめて殺してやろうかという殺意が種族の違うゼンジにすら分かった。
 そして彼等は各々が持つ凶器を力任せに叩き付けるという最も単純な殺害方法を選んだ。

『即効魔法――ワープ』

 振り降ろされた武器は地面を抉り土砂が周囲に飛び散るが、その中にゼンジ血肉はおろか彼の姿その物が無かった。
 デモンゴブリン達は突然消えたゼンジに困惑するが、瞬間背にゾワりとした殺気が走る。

『即効魔法――ブースト』

 デモンゴブリン達が振り返った時、ゼンジは既に一撃を放つ瞬間だった。
 魔法で強化された刀は、攻撃力も然る事ながらリーチまで伸びている。
 デモンゴブリン達はゼンジのキルゾーンにいた。

った!!」

 ゼンジは横一閃に斬撃を走らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

異世界隠密冒険記

リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。 人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。 ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。 黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。 その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。 冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。 現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。 改稿を始めました。 以前より読みやすくなっているはずです。 第一部完結しました。第二部完結しました。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

コスパ厨のアラサー男、嫁の不倫とリストラを機に子供部屋おじさんになる 〜税金対策に週三でダンジョン潜ってたら脳筋女子高生とバディ組んだ話〜

ジュテーム小村
ファンタジー
なろうで1位。カクヨムでも1位。現代ダンジョン物の決定版! 「知りたくないか? 労働ゼロで手取り月35万稼ぐ方法」(第4話より) 宇津美京介。30歳。既婚。子供なし。某大手企業勤務。年収850万円。 順風満帆な人生を計画通り歩んでいたはずが、嫁の不倫とリストラによって、それはあっけなく崩壊してしまう。 やむなく実家で子供部屋おじさんとなった宇津美には纏まった財産があった。 元々の預金、間男から受け取った慰謝料、割増退職金、マンションの売却代金。 しばらく無職でもいいかな? と思った彼だが、一つ問題が発生する。 それは税金。 一時に大きな収入を得てしまった彼には、この累進課税制度の社会では理不尽なほどの税金が課せられてしまう。 虎の子の財産を失っては快適な寄生ニート生活が維持できない! そう思った彼は一つの制度に目を付けた。 ダンジョン冒険者ライセンス制度。 5年前、突然世界中に発生したダンジョンにはモンスターが跋扈するが、金やダイヤ、レアメタルに加えて謎のマジックアイテムなどが眠っており、ライセンスをもって探索・戦利品を国に納品する冒険者に対して各種課税優遇政策が施行されているのだ。 もちろん宇津美は一切リスクを取る気はない。 安全圏内での最低限の活動実績確保のみを目的にダンジョンに週三で潜る日々。 しかし、そこで若干17歳にして5人の家族の生活を一身に背負って戦う少女、及川真理と出会う。 子供のような大人の男。大人のような子供の女。この出会いが何を変えるのか、宇津美はまだ知らない。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...