ご安心を、2度とその手を求める事はありません

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お父様はお母様の死に目にも間に合わなかった。いや、会いに戻る気など無かったのだろう。むしろ待ってさえいたと言うのが本当の所か・・・ずっと、愛人宅で暮らしていたのだから。お母様も知っていたからこそ自分の命が長くないと分かった時からお父様の事はいない者として、むしろ敵として手を打っていたのだから。

そんなお父様がこの邸に帰って来たのは5本の指で数え切れる程度だった。最初の内はお父様の事を尋ねていた私も段々と訊かなくなった。 お母様の愛で充分だと感じていたから。
そんなお父様が帰って来た数少ない内の一回は私が10歳の時に3歳年上のダーメリン公爵家のカーシス・ダーメリン様との婚約を決めて来た時だった。 お母様はどうやら反対だった様だけれど 『もう決まった事だ。』とお父様は聞く耳を持たず突っぱねた。

そんな経緯はあったものの私はカーシス様に恋をした。陽が当たるとキラキラと輝くハニーブロンドに煌めくペリドットの瞳。長身にスラッとした恵まれた体躯の美少年。優しい上に成績も上位、剣の腕も良い。 13歳の若さで将来有望・・・まるで王子様の様な令息だった。私も彼の包み込む様な優しさも相まりすぐに大好きになったのだった。 


お母様を喪った時・・・お父様は淡々とお母様の葬儀を終えた。涙を抑えきれず嗚咽を漏らし、張り裂ける様な苦しさを抱えながらお母様に縋った私の頬を張って

「やめなさい!みっともない。 お前はそれでも侯爵令嬢だ、高位貴族の矜持を忘れるな。」と低い声で淡々と、凍えそうな冷ややかな視線と声音を放って来た

そうしてお母様から引き剥がされた私をチラリと見たカーシス様は「こちらへおいで・・」と、肩を抱いたのだった。心の中はお母様と会えなくなる悲しみに絶望感しか無かった12歳の私には腕の温もりを与えてくれた婚約者である15歳のカーシス様がとても大人に見えたし優しい、と認識してしまった。 


お母様を喪った悲しみで打ちひしがれている間にお父様が邸で生活する様になっていた。そして、お母様が亡くなって2週間も経たない内に愛人とその連れ子・・いや連れ子では無かった、お父様と愛人の間に生まれた子供たち。 3歳上の兄、1歳上の姉、2ヶ月下の妹を邸に入れていた。

お父様の家族は愛人様の方だった。だったらお母様を解放してあげれば良かったのに

そんな事を思っていたら、まだ悲しみに暮れる私は私室から引き摺り出され離れに追いやられた。そしてお母様も使ってはいなかったとは言え主人夫妻のメインの部屋と家族用の部屋をそれぞれ決め私室としたようだ。深い悲しみに覆われていたけれどふっと正気に戻った。 

ああ、お母様のしてきた事は正しかったのだ・・・と


お母様は亡くなる半年程前に自分の命がもう少ししか残されていない事を私にも告げた。私が知っていた事も分かっていたようだ。それでも、お互い向き合って話す事が大事だと思って話してくれた。

その中で、明かしてくれた所によると今は言えないけれどその時がくればお母様が何故こんな生活を続けていたのか、何れ分かる時がくると。 でも、残された時の中で今は私の今後の方が大事だから一つずつ私に教えてくれようとしている事を・・・

まだ子供の私には本当はこんな事伝えたくないけれど必要だから伝えると。もし、自分が儚くなってしまえばきっとお父様が私を蔑ろにする時が来るだろうと。 その時に、お母様の大切な物も財産も奪われる可能性が高い事。でも、それを防ぐ為に色々と準備もして、信用出来る相手に託した事。 離れに隠し部屋があってその部屋への行き方。 そして、その部屋の移動のさせ方。いくら高度な魔法が使えてもそんな魔法聞いた事も無かったから・・・?と思ったけれど実際お母様がやって見せてくれたし教えて貰ったから可能だ。

そして、もしかすると私はこの離れに追いやられるかもしれないからと、大切な物はお母様と一緒に離れの隠し部屋に移した。

それにお母様が亡くなったらお母様が愛用した物は全部隠し部屋に転移する術がかけてあったから無事だ。本邸の部屋に残されていたのはお母様がダミーで用意した物たち、入れ替わりで転移した物だ。お父様の本当の家族達は喜んでいた。お母様と私から全部奪ってやったと・・・本当に大切なものは全て隠し部屋にある。


そして、大事な事をもう一つ・・・と切なげに瞳を閉じた後。この事は何があっても私と、侍従のレオンだけの秘密にするように、と凜とした瞳で見つめられ約束した。 お父様は勿論、例えカーシス様でも言ってはいけないと。 カーシス様と結婚し子供も生まれたとしても、年老いてしまったとしても。 この部屋の秘密を明かして良いと鍵が示す者以外には明かさないように、と約束した



お母様との最後の約束は、‘’ ブランシーヌ、幸せになってね  ‘’  だった



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