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夜の蝶 ※アダン視点
しおりを挟む幼少期、スラムで育った俺には何も無かった。
売婦として金を稼ぎ俺をろくに育てもしなかった母親。顔も覚えていない俺と母を捨てた父。
希望も何も見えない毎日の中俺はひたすらに強さを求めた。
この街では強さが全てだ。強ければ欲しいものが手に入る、強ければ奪われることは無い。
貪欲に強さを求めスラムに蔓延る輩を片っ端から始末していればとある男に声をかけられた。
王都の騎士団で騎士として働かないかと。
強さを買われたのだろう、食い扶持に困らない生活は悪くないとすぐに入団した。そして初めは下っ端の騎士として、戦績を収めれば徐々に出世し今の地位まで上り詰めた。
今の俺にあるものは国王への忠誠心と国の秩序だ。
あのスラムのような街があってはならない平和を乱すものは悪。裁きこの世から滅しなければならない。
だから国王の一人息子である皇子の婚約者があの悪名高い令息エヴァ・ヴィリエと聞いて俺は驚き同時に怒りを覚えた。父親の権力を使い汚い手でその地位を手に入れたのだろう。
意外なことに皇子から届く手紙ではエヴァ・ヴィリエについて好意的な内容ばかりだった。
あの男は数多の男を誘惑しその毒牙にかけることで有名だ。きっと皇子も騙されているのだろう。
早々に遠征を切りあげた俺は皇子の入学した学園へと向かった。
目的は勿論皇子からエヴァを遠ざけさせる為。
そうして俺はかの悪名高き令息エヴァ・ヴィリエと初めて出会ったのだ。
思わず息を飲んだ。美しいと言う言葉すら軽く思えてしまうほどの存在。
まるで夜空を羽ばたく蝶の様だと思った。
人形のようなきめ細かい肌、猫のような瞳はきつい印象を与えるがブルーの宝石が埋め込まれたような瞳は誰もが吸い込まれる。黒い艶やかな髪は肌の白さを際立たせ1本1本が美しい。長い襟足は動く度にさらさらと揺れつい目で追ってしまう。そして赤い唇は男を誘う毒のようで喋る度時折見える舌がどうしようもなく吸い付きたくなるほどにつややかだった。ゆったりとしたシャツでもわかるほど細いシルエット、両手でが1周回ってしまうほど細い腰は乱暴にゆさぶれば折れてしまいそうな儚さを演出している。高いヒールは歩く度に音を鳴らしまるで追いかけてというようにどこぞの御伽噺を連想させてしまう。
「アダン」
皇子から声をかけられはっと我に返る。
皇子が話しているというのに目の前の存在から目を離せない。エヴァ・ヴィリエ・・・エヴァ。
目の前の蝶は美しい瞳で俺を捉えすぐ視線を逸らしてしまう。もっとその瞳を見たい、何故目を逸らす。無意識にそんな事を考えていたが皇子の「婚約者」という言葉で正気に戻った。
エヴァは俺から隠れるように皇子の腕を掴み少し後ろに下がる。
その姿で嫌でもこの青年には既に心に決めた男がいるのだと思い知らされる。
「お噂はかねがね聞いております。ヴィリエ様お会い出来て光栄です」
「あ・・・はい。私も名高い騎士様にお会い出来て嬉しいです」
名高い騎士。その言葉に心が跳ねる。だがすぐにエヴァは皇子を誘いバルコニーへと離れていってしまった。まるで俺の元から早く去りたいというように。
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