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第3話 ヤリモクで登録したから、ヤれない男に用はないんだが
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春海はヨシを連れて、地下街へと入った。本当ならバーなり居酒屋なり、いい雰囲気の店に連れていこうと思っていたところだ。だけどこの男を相手に、しっぽりとした雰囲気にはなりたくない。
とはいえ、さすがに名古屋駅が近いだけあって、どこも混んでいた。観光客や地元の人間がまぜこぜになって、活気がある。
「どこに行っても並ぶけど、いい?」
「はい!」
いいお返事が返ってくる。春海はマップをちらりと見て、「こっち」と迷いなく歩いた。
並んだのは、チェーンのサンドイッチ屋だ。ここならお互い金銭的な負担は少ないし、何より、春海が本気でないことも伝わるだろう。
そんないやらしいことを思いながら、春海はヨシを連れて、列へと並んだ。
正直、哀れみの気持ちもある。彼がどんな出会いを期待したかは分からないけれど、こんなヤりまくりの男とマッチングしてしまうだなんて……。すれっからしの春海にも、さすがに彼をとって食わない良心は、あった。
「ぼ、僕、こういうアプリはじめてなんですけど、その。ハルさんとマッチングできて、よかったです……」
「そうですか」
邪険にするのも気が引けて、春海は曖昧に頷く。ヨシは「はい」と大きく頷いた。子犬みたいだ、とぼんやり思う。昔、実家で飼っていた、甘えん坊の黒いラブラドールレトリバーを思い出した。
「ずっと勇気が出なくて、二の足を踏んでたんですけど、思い切ってよかった」
初々しい。春海は「そう」と頷いて、少し遠い目をした。
彼の勇気と、純真さが、眩しい。春海は最初から、その手のものを持っていなかったように思うから。
「勇気、ちゃんと出したんですね。……すごいな」
呟いてから、うらやむような口調になっていたことに気づく。しまった。ちらりとヨシを見上げると、ぽかんとした顔で春海を見ていた。場が白けてしまった。春海は慌てて「なんでもないです」と曖昧に笑ってごまかす。ヨシはゆるゆると目を細めて、「はい」と頷いた。口元は、甘く緩んでいた。
「はい。勇気、出しました」
まずい。童貞くんの変なスイッチを押してしまったようだ。
そこから先の春海は、場を取り繕うことに必死だった。というか少しでも、自分に幻滅してほしい。
「ハルさんは、こういうの、慣れていらっしゃるんですね」
「結構使います。いや~、何度目かな、こうやって人と会うのも。数えきれないくらいやってきたからさ~」
「経験豊富なんですね。素敵だ……」
「えへ。えへへ、えへ……」
これで幻滅しないのかよ。
何を言ってもヨシは喜んでしまって、うっとりした目で春海を見る。気まずいどころの話ではない。うっかり純真な童貞くんをたぶらかすのは、春海の趣味ではない。
(もっとスケベ心のある、食っちまっても大丈夫な奴だと思ってた、こっちが甘かった……!)
ヨシは、春海の期待の少し斜め上を行っている。はっきり言ってこういう童貞くんは、面倒くさくて、抵抗感があって、……汚してやるのに罪悪感があった。
少なくとも、春海のような人間にヤリ捨てされたら、予後がよくないタイプだろう。後腐れなく遊びたい春海からしたら、とんだ事故物件だ。
「ハルさん、また連絡しますね!」
別れ際にも、ヨシは浮ついた笑みを唇に浮かべていた。弾んだ声で言われて、「はは」と乾いた笑いを漏らす。
「いやぁ。ヨシさんには、俺なんかよりいい人、いっぱいいると思いますよ……」
「いませんよ。じゃあ、また」
さらりとヨシは断言して、改札の向こうへと消えていった。春海はしばらく茫然としながら、ふらふらと地下鉄の改札へと向かう。改札の中は、ひどい人混みだった。塊みたいな群衆に押されて、地下鉄へ乗り込む。押し合いへし合いの車内で、シュンポロンを開いた。
早速、ヨシからメッセージが届いていた。今日のお礼がぽつぽつ送られてくる。その丁寧な文面に、目を細めた。
「ごめんな」
ぽつりと呟いて、ためらいなくブロックボタンを押した。「ブロックしますか?」という確認のポップアップが液晶画面に表示されて、「はい」をタップ。呆気なく、ヨシと春海の縁は切れた。
なんだか虚しくなって、春海はぼんやりつり革へ体重を預ける。電車の車輪のきしむ音と、たくさんの人のざわめき。楽しそうに語り合う高校生たち、仲睦まじく手を繋いだカップル。
そういうものと無縁な人生だった。春海にはまともな友達がいないし、まともな恋人がいたこともない。いつだって、行きずりの関係だった。数年以上続いている人間関係なんか、今回テストユーザーを依頼してきた工藤くらいだ。
なんだか、妙にセンチメンタルになってしまった。春海は気を取り直して、いつも使っているマッチングアプリを開く。
何人かキープしているセフレを吟味しつつ、メッセージを送った。さて、今晩の相手をしてくれる人は、いるだろうか。
端末が振動する。返信かと思えば、帰省を催促する実家からのメッセージだった。実母の「帰ってこないの」という素っ気ない文面を無感情にスワイプして、「気が向いたら」と返信する。
結論から言って、今晩の相手は捕まらなかった。諦めて自宅へ帰り、寝自宅を整える。
ずっと寂しい。その寂しさを埋めてくれる相手はいない。マッチング相手としけこめなかった日は、いつだってこうだ。虚しくてたまらない。
自分が空っぽだと思い知らされる夜が、春海は嫌いだ。
何はともあれ、軽い気持ちで、童貞とマッチングしてはいけない。シュンポロンにも、戒めとして日記を残した。今日得た教訓を胸に、春海は眠りについた。
その日も、眠りは浅かった。
こうして春海は、呆気なく日常へと戻った。マッチングアプリへ課金して、注目を集めてマッチング申請をもらう。ときどきこちらからも申請をする。そうして、抱いてもらう。一晩だけ、虚しさを忘れる。
その日の朝も、いつも通りに端末を開いた。しばらくぶりにシュンポロンから、通知が来ていた。ヨシとの会話ぶりだ。
開いてみる。「ヨシ」という名前のアカウントからの、マッチング申請だった。
「はえ」
変な声が漏れる。春海は、しげしげとそのアイコンを眺めた。あの不器用なピースではなくて、喫茶店の紙カップを持つ手元のアップだ。誰かに撮ってもらった写真だろう。
指が長くて、ごつごつと骨ばっていて、男らしい。カップとの対比からして、掌だけでも相当の大きさだ。手の甲に浮いた骨のシルエットと血管が、なんともいえずセクシーだった。
(これは……)
気づくと、春海の指は承認ボタンを押していた。期待で胸が躍る。手がこれだけエロいのだ。どんな色男だろうか、と、鼻歌さえ歌いだしそうだった。
それが、ヨシと繰り広げる、無限マッチングのはじまりだとも知らずに。
とはいえ、さすがに名古屋駅が近いだけあって、どこも混んでいた。観光客や地元の人間がまぜこぜになって、活気がある。
「どこに行っても並ぶけど、いい?」
「はい!」
いいお返事が返ってくる。春海はマップをちらりと見て、「こっち」と迷いなく歩いた。
並んだのは、チェーンのサンドイッチ屋だ。ここならお互い金銭的な負担は少ないし、何より、春海が本気でないことも伝わるだろう。
そんないやらしいことを思いながら、春海はヨシを連れて、列へと並んだ。
正直、哀れみの気持ちもある。彼がどんな出会いを期待したかは分からないけれど、こんなヤりまくりの男とマッチングしてしまうだなんて……。すれっからしの春海にも、さすがに彼をとって食わない良心は、あった。
「ぼ、僕、こういうアプリはじめてなんですけど、その。ハルさんとマッチングできて、よかったです……」
「そうですか」
邪険にするのも気が引けて、春海は曖昧に頷く。ヨシは「はい」と大きく頷いた。子犬みたいだ、とぼんやり思う。昔、実家で飼っていた、甘えん坊の黒いラブラドールレトリバーを思い出した。
「ずっと勇気が出なくて、二の足を踏んでたんですけど、思い切ってよかった」
初々しい。春海は「そう」と頷いて、少し遠い目をした。
彼の勇気と、純真さが、眩しい。春海は最初から、その手のものを持っていなかったように思うから。
「勇気、ちゃんと出したんですね。……すごいな」
呟いてから、うらやむような口調になっていたことに気づく。しまった。ちらりとヨシを見上げると、ぽかんとした顔で春海を見ていた。場が白けてしまった。春海は慌てて「なんでもないです」と曖昧に笑ってごまかす。ヨシはゆるゆると目を細めて、「はい」と頷いた。口元は、甘く緩んでいた。
「はい。勇気、出しました」
まずい。童貞くんの変なスイッチを押してしまったようだ。
そこから先の春海は、場を取り繕うことに必死だった。というか少しでも、自分に幻滅してほしい。
「ハルさんは、こういうの、慣れていらっしゃるんですね」
「結構使います。いや~、何度目かな、こうやって人と会うのも。数えきれないくらいやってきたからさ~」
「経験豊富なんですね。素敵だ……」
「えへ。えへへ、えへ……」
これで幻滅しないのかよ。
何を言ってもヨシは喜んでしまって、うっとりした目で春海を見る。気まずいどころの話ではない。うっかり純真な童貞くんをたぶらかすのは、春海の趣味ではない。
(もっとスケベ心のある、食っちまっても大丈夫な奴だと思ってた、こっちが甘かった……!)
ヨシは、春海の期待の少し斜め上を行っている。はっきり言ってこういう童貞くんは、面倒くさくて、抵抗感があって、……汚してやるのに罪悪感があった。
少なくとも、春海のような人間にヤリ捨てされたら、予後がよくないタイプだろう。後腐れなく遊びたい春海からしたら、とんだ事故物件だ。
「ハルさん、また連絡しますね!」
別れ際にも、ヨシは浮ついた笑みを唇に浮かべていた。弾んだ声で言われて、「はは」と乾いた笑いを漏らす。
「いやぁ。ヨシさんには、俺なんかよりいい人、いっぱいいると思いますよ……」
「いませんよ。じゃあ、また」
さらりとヨシは断言して、改札の向こうへと消えていった。春海はしばらく茫然としながら、ふらふらと地下鉄の改札へと向かう。改札の中は、ひどい人混みだった。塊みたいな群衆に押されて、地下鉄へ乗り込む。押し合いへし合いの車内で、シュンポロンを開いた。
早速、ヨシからメッセージが届いていた。今日のお礼がぽつぽつ送られてくる。その丁寧な文面に、目を細めた。
「ごめんな」
ぽつりと呟いて、ためらいなくブロックボタンを押した。「ブロックしますか?」という確認のポップアップが液晶画面に表示されて、「はい」をタップ。呆気なく、ヨシと春海の縁は切れた。
なんだか虚しくなって、春海はぼんやりつり革へ体重を預ける。電車の車輪のきしむ音と、たくさんの人のざわめき。楽しそうに語り合う高校生たち、仲睦まじく手を繋いだカップル。
そういうものと無縁な人生だった。春海にはまともな友達がいないし、まともな恋人がいたこともない。いつだって、行きずりの関係だった。数年以上続いている人間関係なんか、今回テストユーザーを依頼してきた工藤くらいだ。
なんだか、妙にセンチメンタルになってしまった。春海は気を取り直して、いつも使っているマッチングアプリを開く。
何人かキープしているセフレを吟味しつつ、メッセージを送った。さて、今晩の相手をしてくれる人は、いるだろうか。
端末が振動する。返信かと思えば、帰省を催促する実家からのメッセージだった。実母の「帰ってこないの」という素っ気ない文面を無感情にスワイプして、「気が向いたら」と返信する。
結論から言って、今晩の相手は捕まらなかった。諦めて自宅へ帰り、寝自宅を整える。
ずっと寂しい。その寂しさを埋めてくれる相手はいない。マッチング相手としけこめなかった日は、いつだってこうだ。虚しくてたまらない。
自分が空っぽだと思い知らされる夜が、春海は嫌いだ。
何はともあれ、軽い気持ちで、童貞とマッチングしてはいけない。シュンポロンにも、戒めとして日記を残した。今日得た教訓を胸に、春海は眠りについた。
その日も、眠りは浅かった。
こうして春海は、呆気なく日常へと戻った。マッチングアプリへ課金して、注目を集めてマッチング申請をもらう。ときどきこちらからも申請をする。そうして、抱いてもらう。一晩だけ、虚しさを忘れる。
その日の朝も、いつも通りに端末を開いた。しばらくぶりにシュンポロンから、通知が来ていた。ヨシとの会話ぶりだ。
開いてみる。「ヨシ」という名前のアカウントからの、マッチング申請だった。
「はえ」
変な声が漏れる。春海は、しげしげとそのアイコンを眺めた。あの不器用なピースではなくて、喫茶店の紙カップを持つ手元のアップだ。誰かに撮ってもらった写真だろう。
指が長くて、ごつごつと骨ばっていて、男らしい。カップとの対比からして、掌だけでも相当の大きさだ。手の甲に浮いた骨のシルエットと血管が、なんともいえずセクシーだった。
(これは……)
気づくと、春海の指は承認ボタンを押していた。期待で胸が躍る。手がこれだけエロいのだ。どんな色男だろうか、と、鼻歌さえ歌いだしそうだった。
それが、ヨシと繰り広げる、無限マッチングのはじまりだとも知らずに。
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