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だいたい十回目の婚約破棄

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「ロゼ=ローラン。お前との婚約を破棄する!」
「はあ」
 
 私の口から、ものすごく間抜けな声が出た。
 今日で十七歳になる(元)婚約者の、誕生日パーティー。対する私は十六歳の頃から数えて八年目、だいたい十回目の婚約破棄だ。豪華絢爛な会場の真ん中で私を指さす彼の隣には、同じ年ごろの可憐なご令嬢がいる。
 なるほど、今回はこのパターンらしい。

「承知いたしました。お二人の行く末のご多幸を、陰ながらお祈りしております」
「は?」

 私はあっさり受け入れて、優雅なカーテシーを披露する。こればかりは長年社交界で白い目で見られ続けた私に、一日の長があった。

「ま、待って、ロゼ」
「ごきげんよう」

 なぜかうろたえる元婚約者を置いて、私は颯爽と踵を返す。視界の隅っこでは、勝ち誇った笑みを浮かべたあの令嬢が、元婚約者に抱き着いていた。

 七歳も年上の婚約者を異性として見ることができないのは、正直に言って分かるのだ。きっと同年代のかわいい女の子に、ちょっと目が眩んでしまったのだろう。それにそっちの方が、きっと彼のためだ。

 私は八年間も婚約破棄をされ続けている、いわくつきの女なのだから。

「出してちょうだい。ローラン伯爵家へ帰るわ」

 私は馬車に乗り込み、御者に告げた。私の度重なる破局劇に散々付き合わせられている彼はすっかり慣れたもので、返事も寄越さず馬の手綱を握る。
 年齢に見合わない派手なドレス、色の濃いアクセサリー。こんなものが似合う年齢は数年前に過ぎ去っているのに、似合う服は既婚者に見られるから着ることができない。なかなかにままならないわね、と私は窓の外をぼんやり見つめた。

「そうだわ、街の酒屋に寄ってちょうだい。婚約破棄記念よ」
「かしこまりました」

 十六歳の頃から、私の人生はいつもこうだ。
 最初は、相手方の領地問題がうまく解決できなかったから婚約がなくなった。こればかりは運が悪かったと周りも同情してくれたのだけど、そこからが本番だった。

 なぜか婚約相手がたびたび不幸に見舞われたり、不貞行為を働いたり、ちょっと言えないような不祥事を起こしたり、とにかく不都合なことがたくさんあったのだ。
 でも、結婚してからそういうことが発覚しなくてよかった。私は心の底から、自分は幸福だと思う。

 酒屋でいちばん高かった酒瓶を抱えて揺られるうちに、実家へと辿りついた。

「着きましたぜ、お嬢様」

 馬車の扉が開き、御者の手を借りて降りようとする。と、「リゼ!」と私を呼ぶ声がした。

「エドガー」

 私の三つ下の義弟が、黒髪を振り乱し、息を切らして駆け寄ってくる。まるでこいぬのように一生懸命走ってくるものだから、私も慌てて馬車から降りた。

「ロゼ、どうしたの? お土産まで持ってきて。こんなにはやく帰ってくるなんて。何かあったの?」

 赤い瞳を輝かせ、エドガーが私の手をそっと御者から引き取り、酒瓶を没収する。私はされるがままに腰を抱かれて、うふふと笑った。

「あら。お姉さまは、お父さまとお母さまと、あなたが恋しくて帰ってきたのよ」
「もしかして、また? 婚約破棄なんて、もう十一回目じゃないか!」

 私が冗談めかして言うと、さっとエドガーのかわいい顔が曇った。いけない、と彼の額に張り付いた髪を払ってやる。
 十歳でうちの養子に入ってから、ずっとずっとかわいがってきた愛しい弟だ。どうせ見るなら笑顔がいい。

「本当に何もないのよ。さあ、かわいい顔を私に見せてちょうだい」
「ロゼ、俺はもう二十一歳で――」

 エドガーが諭すように私に顔を近づけた瞬間、「ロゼ!」と、私を呼ぶ一組の男女の声がした。ぱっとそちらを向けば、お父さまとお母さまが、紳士淑女らしからぬはやさでこちらへ走ってくるところだ。
 お父さまより身体ひとつぶん早く私たちのもとへ駆けつけたお母さまが、私を抱きしめる。

「まあまあ、おかえりなさい。ロゼ、お腹は減っていないかしら? またお酒は飲みすぎてない?」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかと、先にちゃんと食事をとっていたの。お酒はこれから、一緒に飲みましょう」

 冗談めかして言えば、まあ……と、お母さまの瞳が潤んでいく。お父さまはお母さまごと私を抱いて、「大変な思いをしたね」とさめざめと泣いた。

「今度こそ、いい子だと思ったんだがなあ。あの年にしては律儀で、お前への態度も悪くなかった。彼からは信頼されていたんだろう?」
「ええ。跡取りとしての重圧や友人関係や、いろいろなお悩みをお聞きしておりましたわ」
「なのに、こんなにあっさりと婚約をなかったことにするだなんて。分からないものね」

 いい年の大人が二人そろって、娘を抱きしめておいおいと泣く。私がかなりの回数の婚約破棄であまり心を病んでいないのは、この愛すべき暑苦しい両親とお酒のおかげだ。
 エドガーはそっと私を引き抜いて、その逞しい胸で抱きしめる。ふわりと香るパルファムの香りに、彼も随分と大人になったものだと目を閉じた。

「あんな見る目のない男のところに、ロゼが行かなくてよかった」

 そう言って、エドガーは私を撫でる。その手の熱くて大きいことに、どきんと心臓が跳ねた。ロゼ、と囁く声がなんだか甘くて、くらくらする。

「いけないわ! もう、私をからかっているのね」

 私は、強引にエドガーから離れた。彼はいたずらなところがあって、それからあまりにも私が大好きだ。だから、こんな恋人にするような真似を平気でする。
 エドガーは御者に酒瓶を渡し、「からかってなんかいないさ」と私をエスコートするように手を差し出した。それに甘えて手を乗せると、大事なものを触る切ない強さで握られる。

「俺は、ロゼを愛しているだけだよ」
「うん? ええ、私も愛しているわよ」

 それから、冗談めかして言ったのだ。

「あなたが婚約者だったら、喜んで結婚するのに。もちろん姉弟だからできないけど!」

 そしてエドガーはこう言った。

「もちろん、俺はあなたを愛し続けるからね。ありとあらゆる、合法的な方法で」

 なんだかずれている気がしないでもないけれど、賢い弟のことだから、何か考えがあるのだろう。

 そして二日後に、義弟は宰相代理になった。
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