BLショートショート

鳥羽ミワ

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カムバック初恋

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 同窓会。成人の日の前日は、どこのホテルのラウンジも予約がいっぱいなんじゃなかろうか。
 例に漏れず、俺も慣れないネクタイを締めて、同窓会の会場へ向かった。駅前の大きなホテルのロビーを貸し切って、明日成人式を迎える卒業生たちが集まる。
 本当のことを言えば、あんまり出る気はなかった。だけど会いたい人がいて、そいつに会えるチャンスが、これくらいしか思いつかない。

 高校時代、気になっていたクラスメイトがいた。俺は男で、彼も男だった。狭い世界では、たった一つの噂が尾ひれも背びれもついてあっという間に隅々まで広がる。
 仲は、よかった。俺はクラスでも友達が多い方だったけど、彼は気難しい人で、俺くらいしか普通に話す同級生はいなかったはずだ。それもまた俺の優越感を煽って、どうしようもないくらいのぼせあがらせた。
 低い声が好きだった。長くて節くれだった指がセクシーで、手の甲に浮いた血管を見るたびたまらない気持ちになった。美術部だって知ったとき、その手で絵を描く仕草を妄想するだけでうっとりできた。猫背ぎみの高い背を、俺に会わせてかがめてくれる仕草に夢中になった。
 全部過去形なのは、まあ、そういうことだ。俺は彼とその後、全く連絡をとれていない。
 クラスの連絡用のメッセージアプリなんかで、連絡を取ろうと思えば取れた。だけど、怖いんだ。俺が好意を伝えれば、俺たちの関係はどうしようもなく変わってしまう。
 もう、俺たちは学校という箱庭から出た立派な成人だ。あの頃あんなに怖かった閉じた世界はもう遠くて、俺と彼がどうなろうが、世界は何も変わらないと分かっている。でも、怖い。

 そんな物思いにふけっている間に、電車は会場の最寄り駅に着いた。改札を出て、同窓会の案内にあったホテルを探す。久しぶりの駅前は、何も変わっていない。ネクタイを締めなおして、よし、と気合を入れる。
 俺は意気地なしで、彼と合ってどうにかなる気もない。ただひと目、今の彼を見られたらいいのにと思うんだ。そうしたら、俺の恋心は、やっと成仏してくれる気がする。

 会場へは早く着きすぎたようで、まだ役員の卒業生がやっと名簿を広げたところだった。
「久しぶり! スーツ、似合ってるね」
 クラスでよく話していた女子がそう言って、はにかむような笑みを向ける。俺は「久しぶり」と明るく微笑んで、名簿にチェックを入れた。
「他に、誰が来るって言ってた?」
「えっとね」
 彼女はひとりひとり、数え上げるように同級生たちの名前を挙げた。途中で「あっ」と声を上げて、それから少し声のトーンを落として俺に言う。
「美術部の彼、来てるよ。友達、あんたくらいしかいなかったのに」
 ん、と俺は気のない返事をした。彼女はその反応を見て「ま、あんたくらいしか話してなかったもんね」とすぐ話を切り上げる。
「今日、会えてよかった。お酒は飲める?」
「うん。もう誕生日来てるから。ビール飲んだけど、まずかったな」
「私もビールは無理!」
 わはは、と笑い合ってから会場へ入る。その赤い絨毯を踏んだ瞬間、そわりと全身の毛が逆立った。彼がここにいる。視線をあちこちへ走らせると、俺たちのクラスに割り当てられたテーブルの一つに、大きな黒い人影があった。
 俺と同じようにスーツを着て、ネクタイを締めて、手元にはグラスがあった。ああ彼だ、とすぐに分かる。
 もう帰ってもいいな、と俺は思った。革靴のつま先を迷うように揺らすと、彼がこちらを振り返る。すぐに立ち上がって、こちらへ向かってきた。
 その長いコンパスの一歩一歩で、彼はあっという間に俺のもとへやってくる。結構はやい。彼は真新しいスーツを着て、革靴なんかぴかぴかで、やっぱり手は大きくて、背は猫背だった。
 その彼は俺の前でぴたりと歩みを止めて、「久しぶり」と囁くように言う。その低い声で脳の奥が痺れるようで、俺は視線をそらしてしまった。
「ひ、さしぶり」
「来ると思った。きみは、友達が多かったから」
「そうかな。そう、かも」
 俺のぎこちない返事に、彼は眉間へしわを寄せる。
「……わざわざ挨拶に来てくれて、ありがとな」
 ぱ、と笑みを作って彼を見上げると、ますますそのしわが深くなる。ただ俺はもういっぱいいっぱいで、だって墓まで持っていこうと思っていた片思いの相手が目の前にいて、親し気に接してくる。
「なあ」
 彼は少し背を屈めて、俺の耳元へ口元を寄せる。
「俺、もう帰るわ」
「あ、そ、そうなんだ」
 ふわりとアルコールのにおいがした。俺も、彼も、とっくに高校生じゃなくなってる。
 俺たちの接点といえば、あの狭い箱くらいしかなかったのに。
 きっと、これでお別れなんだろう。俺が最後に一言だけ、なんとか絞り出そうと口を開くと、彼はこともなげに言った。
「うん。一緒に帰ろ」
「え、同窓会まだ始まってないじゃん」
 彼はじっと俺の目を見つめた。その顔色がほんのり赤くて、目が少し潤んでいて、どきりとする。
「もう満足だ、帰ってもいいって顔、してるけど」
「してないしてない」
 俺が笑って首を横に振れば、彼は「してる」と強引に言った。
「卒業式のときと同じ顔だ。俺、あの時、連絡先を渡そうと思ってたのに」
 突然投げ込まれたカミングアウトに、俺はもはや黙り込むしかなかった。はい、と小さく俯くと、「ほら」と彼はポケットをまさぐる。
「連絡先、……くそ、鞄の中だ」
 くそとか言うんだ。口汚いのもかえってチャーミングだな。俺がそんな浮かれていることを考えている間に、彼は俺の手首を掴む。まるで俺が逃げるとでも思っているみたいだ。
「逃げないよ。会場にいるし」
「それもそうか」
 ぱっ、と彼の手が離れる。これは期待してもいいのではないか、と、舞い上がりそうになる気持ちを抑えた。
「ほら。連絡先、教えて」
 俺たちはメッセージアプリの連絡先を交換しあって、それから彼は本当に帰ろうとした。荷物をまとめて受付へ出ようとする彼を、俺は慌てて引き留める。
「ねえ、もうちょっといようよ。俺も、きみと話したいし」
「俺はきみ以外と話す予定はない。それにここにいても、きみはあっちの連中と一緒にいるだろ」
「なんだ、その言い分は」
 俺はなんだかおかしくなって、ちいさく笑った。彼は「もういい」と拗ねた様子だけど、これは本当に拗ねているわけじゃない。ただ、寂しがっているのは本当だと、俺だけは分かっている。
 うん、と俺は頷いた。俺も荷物をまとめて、彼の隣に並ぶ。
「いいよ。一緒に帰ろう」
 その言葉に、彼は鼻を鳴らして「最初から素直になれよ」と言い捨てた。あんまりな言いように俺はやっぱりおかしくて、唇を噛みながら笑った。
 会場から出ていく俺たちを、みんなお手洗いで離席するもんだと思っているらしい。
「会場内にもトイレ、あるよ」
「ううん。いいんだ、こっちで」
 俺がひらひらと手を振りつつ、彼は俺を連れて会場の外へ出る。一緒にエレベーターに乗って、会場を脱出した。
 好きな人に誘われて二人きりなんて、この先一生ない気がしたんだ。同窓会はこれからもあるだろうけど、これは今しかできないことだ。
「ところでさ」
 彼がふと口を開く。じっと俺を見下ろすから、俺も素直に彼を見上げた。
 エレベーターが一階に着く。彼が開ボタンを押しっぱなしにして、俺を先に降ろした。
「俺たちは友達だったよな」
 事実確認をする彼に、「うん」と俺も頷く。そうだよな、と彼はそのまま歩き始めた。
 ロビーから出ると、冬の冷たい風が頬を切った。彼の長い指が彼の腹の上で絡み合って、指先は寒さで赤くなっている。
「それ以外の関係とか、考えたことある?」
 彼の静かな問いかけに、そうだね、と俺は頷いた。
 じっとりと、背中が嫌な汗をかいている。この答えを間違えたが最後、俺は一生後悔するかもしれない。
 なんとか答えようと口を開くと、彼が先に口を開いた。
「俺は、ある」
 彼は少し背をかがめて、「きみもあるだろう」と囁いた。俺は思わず立ち止まって、革靴の中のつま先を丸めた。
「う、ん。あの、俺から言っていいですか」
「いいよ」
 ひゃ、と俺は首をすくめた。それから真っすぐ、道の端っこに置かれたベンチへと向かった。だけどこの季節、どこにもカップルが座っている。
 仕方ないから俺は諦めて、街頭の下へ彼を立たせた。震える呼吸をいなして、なんとか彼を見上げる。目がかちりと合って、合図みたいに瞬きをした。
「好きです」
 いっぱいいっぱいになってそれだけ言えば、「それだけ?」と彼は不満げに言う。
「それだけって、言われても」
「他にもあるだろ。付き合う、とか」
 うわーっ、と俺は本当に叫び出してしまった。彼は突然の大声にびっくりして固まって、俺はその場でひたすらに、恥ずかしいやら嬉しいやらで地団駄を踏んだ。
「も、もう、いっぱいいっぱいだから言わなかったのに」
「ごめん」
 彼は目を丸くしつつ、俺の肩へ手を置いた。それですら、恋愛経験のない俺には、俺たちにとっては、過ぎた刺激だ。
 二人でしばらく見つめ合った後、そっと身体を離す。咳払いをして、俺は「とにかく」と仕切り直した。
「……もうちょっと、駅前で遊んでく?」
「いいね。コンビニでなんか買って、カラオケに持ち込もうか」
 話はとんとん拍子でまとまっていく。このテンポはあの頃と変わらなくて、だけど、一歩踏み込んだ近さを許されていた。
 俺は浮かれて、彼を見上げる。
「初デートだね」
 げほ、と彼が急に咳き込んだ。俺はもう、恥ずかしいやら、嬉しいやら、面白いやらでいっぱいいっぱいで、とにかく笑った。
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