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スパダリはノンフィクション
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俺の大学には「王子様」がいる。長身ですらりと伸びた腰下、がっしりした肩幅、整った強い顔面、成績優秀運動万能。絶世の美男でスパダリの役満みたいな彼は、俺の年下の幼なじみの光輝だ。名前まで光り輝いている。
「まひろくん……」
その男はかわいそうに、寄せられる大量の秋波に疲れ果てて俺の部屋に逃げ込んで俺を背後から抱きしめていた。頭頂部に鼻を寄せ、すんすんとすすり泣くようにしている。
「また女の子たちから追いかけられたんだ。鈴なりで押し寄せてくるから、ちょっと怖くて。今日も全力疾走でまいてきた」
「災難だったな」
俺は労わってやるように、後ろでに光輝の頭を撫でる。すん、と彼は鼻を啜った。
「うん。だから、まひろくんを吸うんだ」
「いや、吸うな。離れなさい。おかしいだろ」
俺が腕をばたつかせて逃れようとするも、鍛えたたくましい身体が俺と捉えて離さない。ぐえ、と少し息が詰まった俺に、慌てて力が緩められた。それでもなお、彼は俺を離さない。
「やだ。まひろくんのことが好きだもん。離れたくない」
「もんとか言うな、自販機よりでかい男が」
困ったことにこの男、未だに幼なじみ離れができていないのだ。兄貴分の俺を追ってわざわざ遠方の大学へ進学してきたときには、心底驚いた。
「まだ俺のこと好きとか言ってるのか、きみは」
ため息をつく俺のつむじに顎を置いて、光輝は「好きだもん」と呻く。
「まひろくんは、いつになったら俺のことを好きになってくれるの」
「いつ好きになるっていうか、まあ、好きだけど」
「それはまだ好きになってない人の台詞だよね」
ふう……と仰々しく息を吐いて、光輝は俺から離れる。のっそりと立ち上がり、荷物を持って玄関へと向かう。
見送りに行くと、光輝は靴のつま先を床へ叩きつけつつ俺を睨んだ。
「まひろくん、覚えておいてよ。俺は絶対、まひろくんをオトすから」
「なんだよ、一体……」
戸惑えばいいのか呆れれば分からなくて立ち尽くす俺を置いて、光輝は俺の部屋から出て行った。
あれからずっと、光輝の姿を大学で見ることはなかった。
女子たちは嘆き、悲しみに暮れ、俺は何度も光輝の家を訪れた。いつもならインターホンが鳴る前に飛び出てくるのに、何度インターホンを押しても出てこない。きっと、家にもいないのだろう。
ポストにも広告やらなにやら溜まっていくから、俺はせっせと回収した。光輝の実家に連絡を入れようと思っても、どうやら引っ越しているようで、学生時代の連絡網は役に立たなかった。
俺は案外光輝が好きだったんだな、と、胸にぽっかりと空いた穴にさみしさが入り込む。こんなことなら、もっとかわいがってやればよかった。それに、彼の気持ちにまるきり気づいていなかったわけじゃない。本当はもっと、上手くやれたはずだ。
そうしたら、光輝は今も、俺の隣にいたんだろうか。
気づけば夏休みも終わり、秋風が吹く十月になっていた。
俺はずっと光輝の部屋に通っていた。せっせとポストからはみ出た整体院や水道屋の広告を回収し、女の子たちからのラブレターをそっと押し込んでやる。
どうしてだろうか、女の子たちの書いた華やかな便箋を見るたびに胸が痛む。
俺がもっと素直になっていれば、光輝も俺も、苦しまずに済んだのだろうか。そんなどうしようもないもやもやとした後悔が、じっとりと苦しい。
風の噂では、光輝がアメリカで起業したとか、山奥に籠って格闘技の修行をしているだとか、はたまた石油王になったとか聞こえてくる。そんなでたらめな噂が流れているのが、俺は悲しかった。
みんな、光輝のことをなんだと思っているんだ。あいつは元々大人しくて、引っ込み思案で、俺の後をついて回るかわいい男の子だったんだぞ。
まるでフィクションのキャラクターみたいに、滅茶苦茶を言うなよ。
こうして俺がもどかしい日々を送っている中、その日は唐突に訪れた。
光輝が、戻ってきたのだ。
「まひろくん!」
戻ってきたあいつは、ぱりっとした青色のスーツに身を包んでいた。なんかぎらぎら輝く指輪をいっぱい嵌めて、ゴツい耳飾りをして日に焼けていた。ぴかぴかの革靴で高らかにアスファルトを蹴り、薔薇をざっと百本くらい束ねた花束を抱えて走り寄ってくる。
幻覚かな。あまりの光景に俺が目を擦るよりはやく、光輝が俺に抱き着いた。男らしい、いい匂いがする。どくんと心臓が跳ねる俺をよそに、光輝は薔薇の花束を俺の胸へと押し付けた。
「好きだよ、まひろくん」
そう言って微笑みながら、彼は俺に跪く。
「俺はまひろくんに告白するために、いい男になる修行をしていたんだよ」
「俺の、ために」
声を震わせる俺に、光輝が頷く。
「まず、俺はアメリカへ行って起業したんだ」
「は?」
「立派な男になって、まひろくんを振り向かせたかった。その途中でまあ、いろいろあって山奥で拳法の修行をしたり、油田の権利を得たりしたんだけど……」
「全部本当のこと、あるか?」
俺が茫然と情報の濁流に打たれていると、光輝はいたって真剣な面持ちで「まひろくん」と俺に迫る。
「こんなにかっこいい男は、地上のどこにもいないよ。俺のこと、好きになってよ」
「うーん……」
俺が唸って渋い顔をしてみせると、途端に光輝がくしゃりと顔を歪めた。
「ダメ?」
「ちょっと待って。今、言語化してる」
光輝の目が潤んでいく。それでも俺に言われた通り、大人しくおすわりして待っている。
俺はそれほど賢いわけじゃないから、ずっと考え込んでしまった。その間、光輝はじっと俺を待っていた。跪いて、スーツの膝を土で汚して、気づけば俺たちの周りにはたくさんの見物人がいる。
その中で、俺はやっと結論を出した。
「光輝は、別にかっこいいとかじゃない」
「別にかっこいいわけじゃ、ない!?」
光輝の心底びっくりした顔に、俺は「ああ……」と神妙な顔で頷く。そんな、と光輝は、薔薇の花束をぼとりと落とした。
俺はそれを拾って、そのまましゃがみこんだ。光輝と視線を合わせ、その胸に花束を押し付け返す。
「きみはいじらしいとか、そういうのじゃないの」
俺は笑って、光輝の顔を薔薇の花束へとめり込ませた。こうして目つぶしをして、俺は言う。
「そんなまでしてくれて、ありがとうな。俺も好きだよ。ちゃんと好き」
その瞬間、光輝はものすごい勢いで薔薇の花束を取り上げた。素早く、獣のようなしなやかさで俺を抱きしめ、そのまま横抱きにする。
軽々と俺を持ち上げて、光輝は顔を真っ赤にした。
「俺はか、かっこいいだろ」
「噛んだ」
けらけら笑う俺を抱えて、光輝は走る。背後からは野次馬をしていた大勢の人が俺たちを追いかけて、「走れ!」と俺は光輝をけしかける。
「このまま二人きりになろうぜ!」
光輝が弾かれたように走り始める。ぴかぴかの革靴はすぐに土埃に塗れて、しゃがみこんだしわが刻まれている。サングラスも気づけば吹き飛んで、いつもの光輝の顔だ。
「まひろくん、すき」
この状況で出てくる台詞がこれなのだから、本当に大したものだ。俺は彼の首筋へ腕を回して抱き着く。大真面目に彼を見上げて、頷いた。
「俺も光輝のこと、好きだよ」
「まひろくん……」
その男はかわいそうに、寄せられる大量の秋波に疲れ果てて俺の部屋に逃げ込んで俺を背後から抱きしめていた。頭頂部に鼻を寄せ、すんすんとすすり泣くようにしている。
「また女の子たちから追いかけられたんだ。鈴なりで押し寄せてくるから、ちょっと怖くて。今日も全力疾走でまいてきた」
「災難だったな」
俺は労わってやるように、後ろでに光輝の頭を撫でる。すん、と彼は鼻を啜った。
「うん。だから、まひろくんを吸うんだ」
「いや、吸うな。離れなさい。おかしいだろ」
俺が腕をばたつかせて逃れようとするも、鍛えたたくましい身体が俺と捉えて離さない。ぐえ、と少し息が詰まった俺に、慌てて力が緩められた。それでもなお、彼は俺を離さない。
「やだ。まひろくんのことが好きだもん。離れたくない」
「もんとか言うな、自販機よりでかい男が」
困ったことにこの男、未だに幼なじみ離れができていないのだ。兄貴分の俺を追ってわざわざ遠方の大学へ進学してきたときには、心底驚いた。
「まだ俺のこと好きとか言ってるのか、きみは」
ため息をつく俺のつむじに顎を置いて、光輝は「好きだもん」と呻く。
「まひろくんは、いつになったら俺のことを好きになってくれるの」
「いつ好きになるっていうか、まあ、好きだけど」
「それはまだ好きになってない人の台詞だよね」
ふう……と仰々しく息を吐いて、光輝は俺から離れる。のっそりと立ち上がり、荷物を持って玄関へと向かう。
見送りに行くと、光輝は靴のつま先を床へ叩きつけつつ俺を睨んだ。
「まひろくん、覚えておいてよ。俺は絶対、まひろくんをオトすから」
「なんだよ、一体……」
戸惑えばいいのか呆れれば分からなくて立ち尽くす俺を置いて、光輝は俺の部屋から出て行った。
あれからずっと、光輝の姿を大学で見ることはなかった。
女子たちは嘆き、悲しみに暮れ、俺は何度も光輝の家を訪れた。いつもならインターホンが鳴る前に飛び出てくるのに、何度インターホンを押しても出てこない。きっと、家にもいないのだろう。
ポストにも広告やらなにやら溜まっていくから、俺はせっせと回収した。光輝の実家に連絡を入れようと思っても、どうやら引っ越しているようで、学生時代の連絡網は役に立たなかった。
俺は案外光輝が好きだったんだな、と、胸にぽっかりと空いた穴にさみしさが入り込む。こんなことなら、もっとかわいがってやればよかった。それに、彼の気持ちにまるきり気づいていなかったわけじゃない。本当はもっと、上手くやれたはずだ。
そうしたら、光輝は今も、俺の隣にいたんだろうか。
気づけば夏休みも終わり、秋風が吹く十月になっていた。
俺はずっと光輝の部屋に通っていた。せっせとポストからはみ出た整体院や水道屋の広告を回収し、女の子たちからのラブレターをそっと押し込んでやる。
どうしてだろうか、女の子たちの書いた華やかな便箋を見るたびに胸が痛む。
俺がもっと素直になっていれば、光輝も俺も、苦しまずに済んだのだろうか。そんなどうしようもないもやもやとした後悔が、じっとりと苦しい。
風の噂では、光輝がアメリカで起業したとか、山奥に籠って格闘技の修行をしているだとか、はたまた石油王になったとか聞こえてくる。そんなでたらめな噂が流れているのが、俺は悲しかった。
みんな、光輝のことをなんだと思っているんだ。あいつは元々大人しくて、引っ込み思案で、俺の後をついて回るかわいい男の子だったんだぞ。
まるでフィクションのキャラクターみたいに、滅茶苦茶を言うなよ。
こうして俺がもどかしい日々を送っている中、その日は唐突に訪れた。
光輝が、戻ってきたのだ。
「まひろくん!」
戻ってきたあいつは、ぱりっとした青色のスーツに身を包んでいた。なんかぎらぎら輝く指輪をいっぱい嵌めて、ゴツい耳飾りをして日に焼けていた。ぴかぴかの革靴で高らかにアスファルトを蹴り、薔薇をざっと百本くらい束ねた花束を抱えて走り寄ってくる。
幻覚かな。あまりの光景に俺が目を擦るよりはやく、光輝が俺に抱き着いた。男らしい、いい匂いがする。どくんと心臓が跳ねる俺をよそに、光輝は薔薇の花束を俺の胸へと押し付けた。
「好きだよ、まひろくん」
そう言って微笑みながら、彼は俺に跪く。
「俺はまひろくんに告白するために、いい男になる修行をしていたんだよ」
「俺の、ために」
声を震わせる俺に、光輝が頷く。
「まず、俺はアメリカへ行って起業したんだ」
「は?」
「立派な男になって、まひろくんを振り向かせたかった。その途中でまあ、いろいろあって山奥で拳法の修行をしたり、油田の権利を得たりしたんだけど……」
「全部本当のこと、あるか?」
俺が茫然と情報の濁流に打たれていると、光輝はいたって真剣な面持ちで「まひろくん」と俺に迫る。
「こんなにかっこいい男は、地上のどこにもいないよ。俺のこと、好きになってよ」
「うーん……」
俺が唸って渋い顔をしてみせると、途端に光輝がくしゃりと顔を歪めた。
「ダメ?」
「ちょっと待って。今、言語化してる」
光輝の目が潤んでいく。それでも俺に言われた通り、大人しくおすわりして待っている。
俺はそれほど賢いわけじゃないから、ずっと考え込んでしまった。その間、光輝はじっと俺を待っていた。跪いて、スーツの膝を土で汚して、気づけば俺たちの周りにはたくさんの見物人がいる。
その中で、俺はやっと結論を出した。
「光輝は、別にかっこいいとかじゃない」
「別にかっこいいわけじゃ、ない!?」
光輝の心底びっくりした顔に、俺は「ああ……」と神妙な顔で頷く。そんな、と光輝は、薔薇の花束をぼとりと落とした。
俺はそれを拾って、そのまましゃがみこんだ。光輝と視線を合わせ、その胸に花束を押し付け返す。
「きみはいじらしいとか、そういうのじゃないの」
俺は笑って、光輝の顔を薔薇の花束へとめり込ませた。こうして目つぶしをして、俺は言う。
「そんなまでしてくれて、ありがとうな。俺も好きだよ。ちゃんと好き」
その瞬間、光輝はものすごい勢いで薔薇の花束を取り上げた。素早く、獣のようなしなやかさで俺を抱きしめ、そのまま横抱きにする。
軽々と俺を持ち上げて、光輝は顔を真っ赤にした。
「俺はか、かっこいいだろ」
「噛んだ」
けらけら笑う俺を抱えて、光輝は走る。背後からは野次馬をしていた大勢の人が俺たちを追いかけて、「走れ!」と俺は光輝をけしかける。
「このまま二人きりになろうぜ!」
光輝が弾かれたように走り始める。ぴかぴかの革靴はすぐに土埃に塗れて、しゃがみこんだしわが刻まれている。サングラスも気づけば吹き飛んで、いつもの光輝の顔だ。
「まひろくん、すき」
この状況で出てくる台詞がこれなのだから、本当に大したものだ。俺は彼の首筋へ腕を回して抱き着く。大真面目に彼を見上げて、頷いた。
「俺も光輝のこと、好きだよ」
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