BLショートショート

鳥羽ミワ

文字の大きさ
上 下
2 / 9

かわいいきみに恋してる(甘々営業マン×瓶底眼鏡プログラマ)

しおりを挟む
甘々営業マン×瓶底眼鏡プログラマ
客先の営業マンに「かわいい」と口説かれまくるプログラマの話。
受け視点。



 プログラマという仕事柄、ド近眼で乱視の俺には眼鏡が必須だ。それも瓶底みたいなやつ。
 だけど最近、客先常駐先の人に、「コンタクトにしないか」と迫られているのが悩み。今日も休憩所で、自販機の前でつかまった。
「宮本さん、コンタクトにはしないの?」
 栗色に染めた髪をツーブロックに刈り上げた、背が高いその人は、俺を見下ろしてそう尋ねてくる。顔を合わせるたびにこうだ。営業職だというその人の、話し相手に目を合わせる癖だとか、ぱっちりした目元だとか、正直俺はちょっと怖い。
「しません。高いし。高木さんも飽きませんね」
 コンタクトより、眼鏡の方が随分と割安で済む。それにブルーライトカットをオプションでつけるのも簡単だ。
「眼鏡、外さないんですか。外した方がかわいいかもしれないのに」
「しつこいです。外しませんし、かわいくないです」
 眼鏡をかけると、目が悪すぎて顔の輪郭はレンズの内側に食い込んでいるし、目も小さく見える。だけどそんなデメリットより、俺は経済性と利便性を取った。
「外しても、俺、こんなんですよ」
 ひょい、と眼鏡を外してみせる。途端に世界がちょっと眩しくなって目を細めた。レンズから外れた視界はぼやけ、輪郭がずれて、一歩踏み込むのもちょっと怖い。俺はそれくらい、目が悪かった。幼少期から学生時代にかけて、暗いところで本を読んだりゲームをやったりしたツケだ。
「まぶし……」
 ひとりごちて眼鏡を戻すと、高木さんは口元に手を当てて何か考え込んでいた。その視線は珍しく俺からそらされて、床に向けられている。つられてそちらを見るが、特に何も落ちていなかった。
「眼鏡」
 高木さんがぽつりと呟く。はい、と相槌をうつと、彼は、あっさりした口調で「外さなくてもいいです」と掌を返した。
「はぁ……」
「かわいいので。眼鏡をしていたほうが」
「ありがとうございます……?」
 首を傾げると、彼は目を眇めた。口元がへの字に曲がり、いつもにこにこと俺を見下ろすやたらと強い目が、熱っぽく見えた。俺はちょっと首を傾げ、のけぞる。
「かわいい、ですか」
「宮本さんは、かわいいですよ」
「人生で縁のない言葉トップテンくらいですね」
 俺が軽口を叩くと、「うっそだぁ~」と高木さんは笑った。彼は自信満々に腕を組み、壁に肩をつけて立った。
「宮本さんがかわいいことが当たり前すぎて、周りが何も言わなかったんです」
「ンなわけないです」
 俺がちょっと荒っぽく言うと、彼は珍しくはにかんだ。その表情があんまりやわらかいものだから、俺はちょっと怯んで口ごもる。
「あ、あんまり、かわいいとか言わない方がいいですよ。怒られますよ」
 早口で言うと、彼は片眉をひょいと上げた。気障な仕草でも、彼がすると妙に様になった。
「セクハラです。俺だからいいですけど、他の人に言ったら人事に話が行きます。注意されます」
「宮本さんは、いいんだ?」
 からかう彼に、むっと眉間に皺が寄る。だけど彼はだらしなく口元を緩め、「俺にかわいいって言われるのは、いいんですね?」と、薄い唇を触る。
「うれし~」
 浮かれた様子で言う彼に、眉間に深い皺が寄った。からかいやがって。彼はなおも続ける。
「本当に嬉しいです。口説いてるから。ずっとそうです」
「は?」
 いきなり放り込まれた爆弾発言に俺が目を白黒させていると、いかにも恋愛になれていますという仕草で、彼は俺の顔をのぞきこんできた。
「ね」
「何が!?」
 俺が裏返った声をあげると、「やっぱりかわいい」と追い打ちがかけられる。
「今、この会社にいる人間の中で、宮本さんがいちばんかわいい」
 俺にとっては、ね。その囁きが嫌に現実味を帯びていて、俺はかっと頬が熱くなった。じっとり掌が汗ばみ、あわててうつむく。その拍子で眼鏡がずれたので直す仕草に、彼はまた「かわいい」と言った。
「正直、俺にこう言われるの、満更でもないんでしょ?」
「い、いや」
 口ごもる俺に、高木さんは「やっぱり」と笑う。
「大人しくて、でも毒舌で、かわいい」
「じゃあ眼鏡かけててもかわいいじゃないですか」
 俺が咄嗟に切り返すと、彼は言い含めるように言う。
「それは、眼鏡を外したあなたを、俺が知らなかったから」
 俺の目を指さした。正確に言えば、眼鏡を。慌てて指でフレームを抑えると、「眼鏡も素顔も、どっちもかわいいってことが分かったので」と彼は腕組みをする。
「眼鏡外したらもっとかわいくなるかな~と思っていたんですけど。どっちもかわいいってことしか分からなかったです」
「期待外れってことなんじゃないですか?」
 減らず口を叩く俺に、「いや?」と、高木さんがしたり顔で首を横に振る。
「あなたのかわいさは、眼鏡と素顔で二通りあるんです。どちらにも優劣をつけることはできません」
「はぁ」
「こし餡とつぶ餡、みたいな」
「好き嫌いで分布とったら結構偏りありません?」
 ふー……と、高木さんはため息をついた。ちょっと呆れた感じで彼はポケットに手を突っ込み、「俺は両方を、同じくらい、好きなんです」と言う。あんこの話か俺の話か分からなくなってきた。
 まずい、話の着地点が見えない。
「と、とにかく」
 強引に話を切って、俺は眼鏡を外した。雑にシャツの裾でレンズを拭く。彼の顔を見ているのがものすごく、気恥かしい。なんだか世界がちかちか光っていて、落ち着かなくて、熱い。
「俺、席に戻るんで」
「ちょっと待って」
 ぼんやりとした色の塊にしか見えない高木さんが、スーツの胸元から何かを取り出す。それはだいたい四角くて、光っているから、スマホだ。
「連絡先。これ、プライベートのやつ」
 俺はしぶしぶ眼鏡をかけて、画面を見る。彼のアドレスが液晶画面に表示されており、仕方ないなぁとしぶしぶスマホを取り出した。ここで「いやだ」と突っぱねられない俺は、悔しいけど。つまりは、そういうことなんだろう。
 大人しく連絡先を交換して、彼を見上げて。俺は、眼鏡をかけ直したことを若干後悔した。
 彼の頬は赤らんで、表情はだらしなくゆるんでいた。目はうるんで熱っぽくて。大きな手が、彼のスマホに映った俺のアイコンを撫でている。ああこの人って、本当に俺のこと好きなのかも。
「宮本さん、顔、赤いですよ」
「あなたも人のこと言えませんけどね」
 最後の最後まで憎まれ口を叩いて、俺はやっと自販機に百円玉を入れた。がちゃん、と硬貨が落ちる音が、やたら耳に残る。ブラックコーヒーを選んでボタンを押した。
「仕事終わったら連絡しますね」
「どうぞ」
 ぷい、と顔をそむけてエレベーターの下の階へと向かうボタンを押す。冷えたコーヒー缶が、じっとりと汗ばんだ熱い掌に吸い付いた。彼もまた自販機に硬貨を入れ、「絶対に連絡しますね」と爽やかに笑った。
「絶対口説き落としますんで」
 そう言われると、俺はもう、何て返せばいいのか分からなかった。悔しいのに胸が熱くなって、嫌だと思うのに浮足立って、どうしようもなくなる。
 だからやってきたエレベーターに無言で乗り込んで、閉じるボタンを連打した。閉じる間際にちょっと会釈すると、「ほんとにかわいい」とまた彼は言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...