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第一部

白熱3*残酷描写有

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 グノシスは派手な金属音を立てて地面に落ち、そこに追い打ちをかけるように竜が炎を吹きかけた。彼は魔力盾でそれを防ぐが、防具を着けていても防げなかった衝撃で何度も咳き込んでいた。顔を顰めて胸元に手を当てている。肋骨が何本か折れたのかもしれない。
「逃げてよ……」
 フラエの呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、彼は弾かれるように起き上がり、再び竜に向かって剣を振るった。彼はこういう人だ。傲慢で、自己中心的で、幼稚で。それから、一度自分がやると決めたことは、どんな手段を使ってでもやり遂げないと、気が済まない。
 彼は絶望的に、諦めが悪いのだ。
「そんなに俺が好きか、フラエ!」
 グノシスが、どこか泣きそうな声で言う。頭がカッと熱くなる。
「ふざけるな!」
 目元からはずっと、涙が流れていた。頬が火照っている。頭がくらくらする。ふらつく身体を必死に動かして、立ち上がって叫ぶ。
「あなたこそ、僕が好きなくせに!」
 グノシスが身体全体をバネにして、高く跳躍する。そして竜の首元に剣を突き立て、落下する勢いのままに肉を引き裂く。傷口から炎が勢いよく噴き出し、グノシスを包み込んだ。
 竜の咆哮が、ダンジョン全体を震わせる。それは身体のあちこちから炎を噴き、彼を見下ろした。咆哮は、竜が怒っているように、不思議と満足しているようにも聞こえた。
 グノシスは剣を抜き、トドメを刺そうと竜の頭側に走り込む。そして、頭骨に剣を突き刺すため、剣を大きく振りかぶり。
 一瞬の隙。がら空きになった脇腹に、竜が噛みついた。グノシスを噛み砕かんとする顎の力は甲冑が防ぐが、竜はそのまま上を向く。そして、大きな火柱を噴きあげた。至近距離でそれを浴びるグノシスに、フラエは絶叫した。
「やめろ――――!」
 何もできることがあるわけないのに走り出す。剣を抜き、めちゃくちゃに竜を切りつけた。当たり前のように傷一つつかない。びくともしない。
 やがて竜は、炎を吐ききって、グノシスを放り投げた。どさりと彼は地面に投げ出され、力無く横たわる。
「グノシス……!」
 フラエはそちらへと駆け寄り、息をのんだ。
 彼は酷い有様だった。魔力盾と魔力操作では防ぎきれなかった熱で鎧は熱く熱され、熱風で顔は赤く焼けただれていた。口からこぼれていた頭は比較的無事だったのだが、髪の毛の端は黒く焦げ、輝いていた姿は見る影もない。
 フラエは自らが火傷するのも厭わず、甲冑を脱がし始めた。内部を開けると籠った熱気が放たれ、その中も酷い有様だ。息はしているものの、酷く浅く速い。即死していないのが不思議なくらいだ。
 ぐちゃぐちゃになった彼の身体に、フラエは躊躇いなく手を当てた。
「はじめに精霊ありき」
 回復魔術の呪文詠唱を始める。この状態だと、内臓にまで損傷がいっているだろう。早く回復させなければ、彼の命はない。目を閉じ、彼の体内に意識を集中させた。
「地のことわりはかたまりである。形を与え、へだたりを持つ」
 焼けただれた皮膚を、損傷を受けた内臓を、元の形へ戻すように。
「水のことわりは浸食である。流れ、満たし、熱をも孕む」
 じゅくじゅくと肉から漏れだす体液を戻すように、足りない分はフラエが生み出すように、肉へ活力を戻していく。竜は、そのフラエの姿を、じっと見つめていた。額にじんわりと汗が滲む。自分の中から、何かが削れていく。ためらわずにポーションを開け、一気に二本飲み干した。火傷した掌にグノシスの体液が沁みる。
「火のことわりは熱である。熱はあたため、いのちを保つ」
 熱をコントロールし、過剰な熱は流していく。正常な体温へと戻していく。
 けほ、と咳き込むと、血が口の端からこぼれた。過剰供給で魔力が身体の容量を超えた結果、体内で暴走が起きているらしかった。そんなこと、今は知らない。さらにもう三本ポーションを飲み干し、瓶を投げ捨てる。
「風のことわりは流体である。流れ、運び、いのちを満たす」
 彼の身体から、じわじわと赤みが引いていく。ぐずぐずになっていた組織が引き締まり、元の色へと戻っていく。身体の修復が進んでいるのだろう。
「四大精霊のいと高き名を呼ぶ。地の精、水の精、火の精、風の精」
 ぽた、ぽた、と、いろいろな液体が顔の穴からこぼれおちる。赤く濁った体液でグノシスが汚れるのは、嫌だな、と思った。
「汝ら創世の獣、ことわりの精霊。我が名は、フラエ」
 視界が明滅する。倒れ込みそうな身体を必死でとどめ、詠唱を続ける。
「四大精霊の祝福を、この者に、与えたまえ……我が贖いに、応えかし」
 そうして、彼の身体はもとの綺麗な肌に戻った。呼吸は安定し、顔色も悪くない。
 なんとかなったかな。フラエはぼんやり考えながら、グノシスの上に倒れ込むようにして気を失った。

 だからここから先は、フラエの知らない話だ。
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