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第一部

白熱4*

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含有成分:非合意での性行為

 グノシスが目を覚ました時、腹に重みを感じた。見ればフラエが突っ伏しており、彼が助けてくれたのだろうことは、想像に難くなかった。グノシスは横たえられた状態で、シャツは自分のものなのだろう体液で汚れており、防具も外されている。竜の炎を間近で受けたのだから、きっと身体は酷い状態だったのだろう。
「フラエ……」
 胸がいっぱいになる。周りを見れば、竜は静かにこちらを見据えていた。ぞっと鳥肌が立ったが、それが襲い掛かって来る様子はない。
 ひとまず彼を起こさなければ、と身体をゆすると、違和感に気づく。へその辺りが一際濡れており、フラエをどかしてみれば、血のまじった赤黒い粘液がグノシスの腹を汚していた。
「フラエ」
 慌てて彼を起こす。彼は鼻や口から血を流し、ぐったりしていた。その顔色はかなり悪く、頬は青を通り越して土気色だ。
 咄嗟に脈と呼吸を見る。脈はかなり弱く、呼吸も浅い。あちこちにポーションの瓶が転がっていた。恐らくポーションを大量に服用し、一気に魔力を消費したためのショック反応だろう。一刻も早く治療を受けさせなければ、彼は死んでしまう。
 しかし、今すぐ竜を倒さなければ、今にこの一帯は火の海になる。
「畜生、」
 グノシスの目から涙があふれた。優先すべきことは分かっている。だけど、今目の前で尽きようとしている命の灯火が愛しくて、悲しくて、つらくて、彼の小さな手を握り込んだ。
 その時、竜が静かに歩み寄ってくる。尾を引きずるようにして歩き、一歩一歩に地響きを伴った。そして傷だらけのそれはグノシスの前で止まり、こうべを下げた。それは、静かに問いかける。
『その子を、助けたいか』
「助けたいに決まってる」
 グノシスはぽつりと呟き、のろのろと竜を見上げた。それは『酷い顔だな』とグノシスをからかった。それに反応する気力もなく、フラエを膝に抱えて髪を撫でた。ひっ詰められていた黒髪はほどけて、しどけなく身体にかかっている。竜は愉快と言わんばかりに目を細め、『取引をしよう、英雄』とグノシスに持ち掛けた。
『この子の胎を、私に貸せ。一度だけ、人間の生活をしてみたい』
「は?」
 いきなりのことに怪訝な声を出すグノシスに、竜は構わず続ける。
『もう、お前の一撃のせいで、どうせ私は長くない。だが、その子の胎から産まれなおすなら、いい』
 突然のことに目を白黒させるグノシスに構わず、竜は続けた。
『それにお前たちは、愛し合っているようだからな。一度誰かに育てられるのも、悪くなさそうだ』
 だから、今からお前がするのは簡単なことだ、とそれはフラエを見た。
『私は今からこの子の胎に入る。そこに、お前の精を注げ』
 グノシスは、目の前が真っ暗になった。今から意識のないフラエを犯して孕ませろと、これは言っている。そんなこと、と震える声で首を横に振るグノシスを後目に、竜は何事かを唱えた。そして巨体は光の粒となって浮き上がり、フラエの下腹部へと入っていった。
 こうして、ダンジョンの主である竜はいなくなった。グノシスたちの当初の目的は、達成された。
 残されたフラエの身体に、グノシスは茫然と涙を流した。ふらえ、ふらえ、と何度も身体をゆすっても、彼は応じない。ここから出口まで運んで、病院へ連れていかなければ。だけど間に合うのだろうか。それほどまでに、彼は衰弱していた。
「クソッ……!」
 グノシスは顔を歪め、自らのベルトを緩めた。彼の腰回りも緩め、股間を露出させる。彼の男の象徴は小さく、淡い色をしていた。後天的に作られた女陰は肉付きが薄く、少女じみている。焦がれ続けた彼の局部を見て、しかし、グノシスは一切の興奮を覚えなかった。
 自前のポーションを煽り、体内の魔力を過剰に増やす。たちまち勃起した自らのものに、乾いた笑いが漏れた。
「すまない、フラエ」
 せめてと思い、彼の頬に唇を落とした。冷たい頬は涙で濡れていて、それがますます悲しさと罪悪感を煽った。
 事は一刻を争う。ろくに愛撫もせずに膣へ挿入すると、そこは思いの外、すんなりとグノシスを受け入れた。彼は既にヌメリツタの種子を出産した経験があるため、膣口も広がりやすいのだろうか。何もかもに涙が出る。
「フラエ、すまない……」
 目を瞑り、必死に腰を振りたくる。初めて味わう肉の味に、グノシスの身体は歓喜した。心は冷え冷えとするばかりだが、身体は勝手に熱くなり、吐精する。
 それに伴って、わずかにフラエの顔色がよくなった気がした。それを見たグノシスは一度腰を引いてものを抜き、手で扱いてもう一度勃起させる。それをフラエに挿入し、腰を振りたくる。
 グノシスは、ひたすらにそれを繰り返した。何度彼の中に精を吐き出したか分からない。彼との結合部は精液と血液と愛液でどろどろに汚れ、淫猥な音を立てていた。フラエの身体に徐々に赤みがさし、体温が戻ってくる。もういいだろう、とグノシスはものを引き抜き、息をついた。自分のぐちゃぐちゃになっていたシャツで彼の身体を拭き、できる限り清めてやる。服を着せていると、フラエがぼんやりと目を開ける。
「ぐのしす……?」
 フラエ、と声をかけると、彼は朦朧とした目でグノシスを捉えた。そして手をゆっくりとグノシスの頬に当て、頬をなぞる。赤く爛れた彼の手から、体液が跡になってべったりと着いた。
「ねぇ。一晩だけ、ぼくに、ちょうだい」
 その一言だけで、彼があの日に囚われているのだと、グノシスは分かってしまった。彼はずっと、自分が石畳へ突き飛ばした日の中で、苦しんでいたのか。だからあんなに、態度が冷たかったのか。
 碧眼から涙があふれ、「うん」と必死に頷く。
「うん、……いや、全部だ。全部やる」
 フラエを強く抱きしめる。フラエは「うれしい」と囁いて、グノシスにそっと腕を回した。ねえ、と甘く、舌足らずの口ぶりで、彼は言った。
「あいしてる」
 声を聞けば聞くほど、罪悪感と愛しさが募った。グノシスは彼の頭を胸に抱えて、「知ってる」と頬ずりした。
「俺も、フラエを愛してる」
 夢と現実の間で漂う彼は、ぱちぱちと瞬きをする。うれしい、うれしい、と繰り返し、何度も頬ずりをし返す。だんだんと意識が覚醒してきたのか、彼はやがて戸惑うように身をよじらせた。
「グノシス……?」
 その口調に芯が戻ったのを見て、「フラエ」と顔を覗き込んだ。彼の顔は血液をはじめとした体液で汚れ、酷い有様だ。痛々しくて目を細めると、「僕、どうしてたの」と問いかけた。
「その、……股間が、ひりひりするし」
 気まずそうに尋ねる彼に、「すまない」とグノシスは頭を下げた。地面に頭がつく勢いで頭を下げたため、ごちんという音が辺りに響いた。驚いてフラエが思わず後ずさると、「竜と、約束した」と、グノシスは告白した。
「竜は、お前の胎を借りて人として生まれたい、と」
 ぱち、とフラエは瞬きをした。そして腹に手を当てる。え? と間の抜けた声を出す彼に、変わらずグノシスは頭を下げ続ける。
「同意がないまま、お前を抱いた」
 はぁ……、と、フラエは気の抜けた様子だ。えっと、と困ったように言葉を選ぶ。
「つまり、意識のない僕を抱いた、と」
「そうだ」
「それで孕ませた、と」
「……そうだ」
 フラエはそれきり黙り込んだ。グノシスは変わらず地面に頭頂部をつけ続けていたが、しばらく経って「頭を上げてよ」と、彼に促される。
「あなたに頭をさげられるなんて、変な気分だな」
 彼はちいさく笑っていた。その笑みが何を意味するのか、グノシスには分からなかった。それでも衝動のままに彼を抱きしめ、「すまない」と嗚咽を漏らすように言う。
「ごめんね、あなたに謝られる心当たりが多すぎて、どのことなのか」
 彼はそう、グノシスの背中に腕を回した。全部だ、とグノシスは言う。
「卒業式のこと、とか……お前がそんなに悲しんでいるなんて、知らなかった」
 フラエは黙って、グノシスと目を合わせた。そしてしげしげと顔を見つめ、「ねえ」と神妙な顔で切り出す。
「一発、殴っていい?」
「何発でも殴れ」
 そう言って、グノシスは頭を差し出した。フラエは握りこぶしをつくり、遠慮なく彼の左頬を殴りつけた。パァン、と凄まじい音が辺りに響き、グノシスの頬が赤く腫れる。
 そして彼が右頬を黙って差し出したのを見て、フラエは大声で笑いだした。
「馬鹿じゃないのか!」
 あまりにも楽しそうに笑うので、グノシスは全く腹が立たなかった。フラエがかわいい、とすら思った。
 フラエは一頻り笑った後、掌をひらひらと振って「あー、痛かった」としみじみとした口調で言う。彼の掌は、グノシスを助けた際、火傷で負傷してしまっていた。
「もう回復魔術は使いたくないなぁ」
 ひとりごちるフラエ。グノシスは立ち上がり、フラエの前で背中を向けてしゃがんだ。
「乗れ。背負っていく」
「うん」
 フラエは彼の背中に乗り、腕を首へ回した。グノシスは彼を背負って立ちあがり、ゆっくりと歩き出す。
「ねえ、グノシス」
 グノシスの背中に揺られて、彼の声は眠たげだった。先ほどまで土気色で冷え切っていた身体は、今は少し熱っぽい。
「僕のお腹に、グノシスの赤ちゃんがいるの?」
 直接的な言葉に、欲を煽られるよりも、現実で頭を殴られるようだった。グノシスはフラエを背負い直し、「そうだ」と答える。
「悪いが、産んでくれ。一生の責任は、取る」
 その言葉に、フラエはなぜか嬉しそうに笑った。僕ね、と彼はひそやかな声で言う。
「あなたのそういう、妙なところで義理堅くて頑固なところ、……嫌いじゃないんだ」
 グノシスは泣きたくなって、涙を拭うこともできなくて、必死に唇を噛んだ。フラエは「泣かないでよ」とくすくす笑って、グノシスの頬を指の背で拭った。
 二人が歩みを進めるうちに、洞窟がだんだんと元の姿へと戻っていく。火属性の魔力によって燃え盛っていた火は消え、だんだんと薄暗くなっていった。出口付近にたどり着けば、「戻ってきたぞ」と誰かが知らせる声が聞こえた。外に出ると、もう夜明けが近かった。向こうの東の空は白んで、星の光は西の空へわずかに残るばかりだ。
「フラエ、着いたぞ」
 ん、と彼は夢うつつの返事をして、目を閉じる。つかれた、と言う彼を背負いなおして、グノシスは「はやく病院へ連れていってくれ」と声を張り上げた。
「フラエ、殿下」
 ディールが駆け寄ってきて「僕が連れていきます」と志願する。それにグノシスは首を横に振った。
「彼は、俺と一緒に手当てを受ける。俺も怪我人だ」
 ぴり、とした緊張が二人の間に走る。その緊張は、担架が二本運ばれてきたことにより決着がついた。グノシスは担架を断ったが、フラエをそこへ寝かせた。
 こうして火属性ダンジョン攻略は、奇跡的に死者を出さずに終了したのだ。
 グノシスはこの功績により、大きく立場を変えることとなる。
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