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第一部
休憩:五分間
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「実際、フラエはどっちを選んだ方が幸せなのかなぁ」
紅一点のミジーが言う。生体研究室では、研究者たちがだらだらとした時間を過ごしていた。昼休みも残りわずか。フラエはまだ、ディールと話しているようだ。
ミスミは「圧倒的に、俺」と挙手し、「あんたは違うよ」とすげなく却下される。顰めっ面のギックはちらちらとミジーを見ては、視線が合って睨まれていた。カシエは傍観を決め込むのか、優先度の低い書類を片付けている。ミジーは思いの外真剣な顔で、(いつもの噂話よりは)慎重に切り出した。
「……私としては、フラエには殿下より、ヘイリー卿の方がいいと思う」
なぜ? という顔でミスミが彼女を見れば、顔に書いてあったのか「だってマトモだから」と言う。殿下はマトモではないというのか。不敬罪、と軽く彼女にチョップする真似をすると、白刃どりの真似をされる。
「あいつは外堀から埋めてきてるから、卑怯。俺はイヤ」
「いいじゃない、それくらい」
殿下の方が……と、ミジーが言葉を濁す。確かに公衆の面前で「子どもを作ろう」と迫られるよりは、外堀を埋められる方が、一般的にはマシだろう。
「強引に行った方が、フラエも嬉しいんじゃない? あの子はすごく奥手だし」
でもあいつは王子の方が、という言葉をすんでのところで飲み込む。それに気づかず、ミジーは「フラエってさ……」と目を伏せた。
「自分のことは全然話さないけど、私たちのことは好きだって、本当に分かりやすいよねぇ」
この場は、ほとんどミジーとミスミの二人しか話していない。他の男性陣は知らんぷりを決め込むカシエ、ミジーへの片想いを拗らせてフラエを目の敵にするギック。ここに既婚者はいないし、恐らく恋人持ちもいない。センチメンタルになっているミジーには悪いが、早くフラエに帰ってきてほしい。心の底からミスミは願った。
「そうだな……」
ミジーは胸の前で拳を握り締め、熱弁する。
「フラエはしっかりしてるけど、誰かと結ばれて、幸せになってほしいな……」
「そうだな」
そうだな、を繰り返すだけになったミスミに構わず、ミジーはしんみりと頬杖をついた。彼女は未婚の三十五歳であり、研究に生涯を捧げると決めている。その一方で人情に厚く恋愛脳で、誰かの幸せを心から願う気持ちは本物の、お節介焼きだ。
「私は結婚が嫌でこういう生活を選んだけど、一人で頑張りすぎるフラエの隣には、誰かがいた方がいいと思うんだ」
ミスミは面倒くさそうに脚を組んだ。お節介されるまでもない、とため息をつく。
「そんなん、俺とつるんで老後に古本屋でもやればいいんだよ」
「あんたもよ、ミスミ」
思わぬ飛び火を喰らい、ミスミは咄嗟に背筋を伸ばした。ミジーは静かに彼を見据えている。咄嗟の反論が浮かばない。毒蛇に睨まれたネズミのように固まり、ごくりと生唾を飲んだ。
その瞬間、研究室のドアが音を立てて開いた。
「みんな、どうしたんだ?」
ひょっこりとフラエが顔を出す。ミジーは「フラエ……!」と駆け寄り、その手を取った。フラエより少し小さな荒れた手が、しっかり彼の滑らかな手を覆う。
「幸せになってねッ……」
「ん? うん。もちろん……?」
何があったのか説明を求めるように、フラエがミスミを見る。ミスミは黙って首を横に振り、唇の前で人差し指を交差させた。黙秘権の行使である。
紅一点のミジーが言う。生体研究室では、研究者たちがだらだらとした時間を過ごしていた。昼休みも残りわずか。フラエはまだ、ディールと話しているようだ。
ミスミは「圧倒的に、俺」と挙手し、「あんたは違うよ」とすげなく却下される。顰めっ面のギックはちらちらとミジーを見ては、視線が合って睨まれていた。カシエは傍観を決め込むのか、優先度の低い書類を片付けている。ミジーは思いの外真剣な顔で、(いつもの噂話よりは)慎重に切り出した。
「……私としては、フラエには殿下より、ヘイリー卿の方がいいと思う」
なぜ? という顔でミスミが彼女を見れば、顔に書いてあったのか「だってマトモだから」と言う。殿下はマトモではないというのか。不敬罪、と軽く彼女にチョップする真似をすると、白刃どりの真似をされる。
「あいつは外堀から埋めてきてるから、卑怯。俺はイヤ」
「いいじゃない、それくらい」
殿下の方が……と、ミジーが言葉を濁す。確かに公衆の面前で「子どもを作ろう」と迫られるよりは、外堀を埋められる方が、一般的にはマシだろう。
「強引に行った方が、フラエも嬉しいんじゃない? あの子はすごく奥手だし」
でもあいつは王子の方が、という言葉をすんでのところで飲み込む。それに気づかず、ミジーは「フラエってさ……」と目を伏せた。
「自分のことは全然話さないけど、私たちのことは好きだって、本当に分かりやすいよねぇ」
この場は、ほとんどミジーとミスミの二人しか話していない。他の男性陣は知らんぷりを決め込むカシエ、ミジーへの片想いを拗らせてフラエを目の敵にするギック。ここに既婚者はいないし、恐らく恋人持ちもいない。センチメンタルになっているミジーには悪いが、早くフラエに帰ってきてほしい。心の底からミスミは願った。
「そうだな……」
ミジーは胸の前で拳を握り締め、熱弁する。
「フラエはしっかりしてるけど、誰かと結ばれて、幸せになってほしいな……」
「そうだな」
そうだな、を繰り返すだけになったミスミに構わず、ミジーはしんみりと頬杖をついた。彼女は未婚の三十五歳であり、研究に生涯を捧げると決めている。その一方で人情に厚く恋愛脳で、誰かの幸せを心から願う気持ちは本物の、お節介焼きだ。
「私は結婚が嫌でこういう生活を選んだけど、一人で頑張りすぎるフラエの隣には、誰かがいた方がいいと思うんだ」
ミスミは面倒くさそうに脚を組んだ。お節介されるまでもない、とため息をつく。
「そんなん、俺とつるんで老後に古本屋でもやればいいんだよ」
「あんたもよ、ミスミ」
思わぬ飛び火を喰らい、ミスミは咄嗟に背筋を伸ばした。ミジーは静かに彼を見据えている。咄嗟の反論が浮かばない。毒蛇に睨まれたネズミのように固まり、ごくりと生唾を飲んだ。
その瞬間、研究室のドアが音を立てて開いた。
「みんな、どうしたんだ?」
ひょっこりとフラエが顔を出す。ミジーは「フラエ……!」と駆け寄り、その手を取った。フラエより少し小さな荒れた手が、しっかり彼の滑らかな手を覆う。
「幸せになってねッ……」
「ん? うん。もちろん……?」
何があったのか説明を求めるように、フラエがミスミを見る。ミスミは黙って首を横に振り、唇の前で人差し指を交差させた。黙秘権の行使である。
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